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1章

6 謎の子供と、旦那様の妹

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「……旦那様、その子は……?」

 震える声でそう尋ねても、レオンハルトからの返事はない。
 レオンハルトの髪は青紫で、その腕に抱かれる子は銀髪。
 髪色は異なるし、子は目を瞑っているから瞳の色もわからない。
 けれどなんとなく、レオンハルトの面影があるような気がして。
 アリアは自身の旦那と、突然やってきた子供を見比べて隠し子疑惑を深めた。
 少しのあいだ二人をじっと見ていたアリアだったが、ふと、子の様子がおかしいことに気が付く。
 目は閉じっぱなしで、顔が赤く、息も荒い。身体にも力が入っておらず、ぐったりしているように見える。

(もしかして……)

 アリアがそっと幼子の額に触れる。

「やっぱり、すごい熱……!」

 レオンハルトが連れ帰ってきた幼子は、少し触れただけでわかるほどの高熱を出していた。
 そのことを理解したアリアは、すぐさま後ろを振り返り、使用人たちにてきぱきと指示を出す。

「この子を清潔な場所に運んで寝かせて! すぐにお医者様の手配を! 着替えも必要ね。用意できる?」

 修羅場にも思える状況を見守っていた者たちが、アリアの言葉を受けて動き出す。
 謎の子供も、アリアの指示通り使用人が別室へ運んでいった。
 その後も、彼女は見知らぬ幼子の治療のため、使用人に声をかけ続ける。
 両手が自由になったレオンハルトは、そんな妻を前にしてどこかぽかんとした様子だった。

***

 幼子が別室で治療を受ける中、アリアとレオンハルトは向かい合ってしーんと静まり返っていた。
 二人が座るソファの間に置かれたテーブルには、お茶が用意されている。しかし、無言の時間が長すぎてぬるくなり始めている。
 アリアは、夫がなにかしらの説明をしてくれるのを待っていた。しかし、無言で腕を組み目を閉じるのみで、彼はなにも言いはしない。
 そんな態度にやはり彼女は内心ブチ切れで。

(この人、なんっにも言わない! ちょっとぐらい自分からなにか話してくれたっていいんじゃないの!?)

 そんなことを思ったって、説明なんてないものはないのだ。
 アリアは一つため息をつくと、自ら切り出した。

「……旦那様。あの子とは、一体どのような関係なのでしょうか。何故、突然連れてきたのですか?」

 妻の問いにレオンハルトは静かに目を開け、答える。

「……俺の甥だ。先ほど見た通り、高熱を出している。回復するまでうちにおくが、構わないな?」
「え、ええ……。治療には、私も賛成ですが……」

 そういうことじゃないんだよ、とアリアは脳内でふしゃー! とツッコミを入れた。
 高熱を出しているのも、治療が必要なのも見ればわかる。彼女が聞きたいのは、どうして連れてきたのか、の部分だ。
 しかしレオンハルトは「どうして」の部分に回答する気はないらしく、再び黙ってしまう。
 レオンハルトの話が本当なら、あの子は彼の甥っ子。であれば、なんとなく面影があることにも納得がいく……かも、しれない。
 しかし、愛人と隠し子の疑惑が晴れることはない。

(甥っ子ってことは、兄弟の子供よね? 旦那様のご兄弟は、たしか……)

 アリアは、結婚してすぐの頃の、執事とのやりとりを思い出していた。
 このお屋敷の大きな階段を上がった先には、家族の肖像が飾られている。
 レオンハルトの両親、まだ幼いレオンハルト。……それから、彼とあまり年の変わらない女の子の四人の姿が描かれており、アリアも「旦那様のご家族ね!」とその絵を眺めた。
 今の冷徹旦那とは大違いのあどけなく可愛らしい姿に、「夏場に便利そうな室温下げ男にも、こんな可愛い時代があったのねえ……」としみじみとしたものだ。
 女の子のほうは銀髪に青い瞳の美少女で、成長後は相当な美人さんになっていると確信できる。
 描かれた子供二人は、どちらも10歳に満たないぐらいだろうか。そのぐらいの年頃だと、どちらが年上なのかよくわからないのはままあることで、アリアには二人のどちらが上の子なのかわからなかった。
 肖像画を眺めるアリアのそばを、執事のウォルトが通りかかったので、確認してみる。

「ねえ、ウォルト。このお嬢さんは、旦那様のお姉さんか妹さんかしら?」
「ええ。妹君のステラ様でございます」
「結婚式には、来てなかったみたいだけど……」

 二人の式には両家の家族が出席したが、レオンハルトの妹に会った覚えはなく、妹がいるという話すら聞かされていない。
 なにか事情でもあったのかと、何の気なしにそう問えば、執事は目を伏せる。

「ステラ様は、旦那様がご結婚なさる半年ほど前に亡くなられて……」

 思いもしなかった答えに、アリアも言葉を失う。気の利いたセリフなど浮かばず「そう、なの」と返すことしかできなかった。

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