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番外編
あなたを、忘れることなんて ワートside
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デュライト家の長男として生まれたジョンズワートは、幼い頃から、公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けていた。
生まれのためか、元の性格か。早熟なところのあった彼は、それらが必要なものであると理解していたから、特に嫌がることもなく、あらゆる指導を受け続けていた。
優秀で、真面目で、飲み込みも早い。故に親族や教師にも熱が入り、その年で受けるには早い内容も叩き込まれる。
そんな将来有望な少年のジョンズワートだが、当然、疲れることだってある。
いくらやっても新たな課題が降りかかり、終わりなど見えそうになく。
授業の合間には、ご令嬢とその親の相手をすることもあった。
名門公爵家との繋がりを欲し、本人も親もギラついていることが多く、更にジョンズワートを疲労させた。
貴族同士なのだから仕方がない。
公爵家との繋がり……もっと言えば、婚約者の座などを欲するのも、悪いことではない。
そう理解してはいたが、ため息の1つぐらいはつきたくなる。
10歳ほどにして既に多忙なジョンズワートであったが、そんな彼にも、楽しみがあった。
好きな子――カレン・アーネストに、会いに行くことである。
「今日はなにを持っていこうかな……」
アーネスト邸へ行く日の朝。
ジョンズワートは、デュライト公爵邸の庭を散策していた。
カレンへのプレゼントを探しているのである。
プレゼントといっても、金銭的な価値のあるものではない。
大好きなあの子は、身体が弱く、あまり外に出ることができないから。海岸で拾った綺麗な貝殻や、紅葉して季節を感じさせる葉っぱなどを選んでいた。
さて今回はどうするかと、頭を悩ませるジョンズワート。
そんな彼の視界に、季節感たっぷりの、あるものが映りこんだ。
……木についた、セミの抜け殻である。
一目でぴんときた。今日のプレゼントは、これにしようと。
講師陣も驚くほどに優秀な公爵家の跡取り、ジョンズワート。
しかし彼も、10歳の少年であった。
結論から言えば、今回のプレゼント選びは失敗だった。
カレンに悲鳴をあげさせたうえに、気遣いからのお礼まで言わせてしまった。
後になってから、あまり外に出られない女の子には刺激が強かったと、反省した。
今日は失敗してしまったが、ジョンズワートは、カレンへの贈り物を探す時間が好きだった。
喜んでくれるかな、もっと可愛いほうがいいかな、これは見たことあるかな、と探しているあいだ、ずっとわくわくしている。
そうして選んだものを彼女に渡すと、ありがとう、と嬉しそうに笑ってくれるのだ。
いやまあ、今日の笑顔はジョンズワートへの気遣いからだったが。
彼女が「ワートさま」と柔らかく自分を呼ぶ声が、心からの笑顔が、好きだった。
公爵家のジョンズワートではなく、よく遊びにくる男の子を、ただの「ワート」を見て、話してくれている。そんな気がしていた。
カレンのそばは、心地いい。
彼女に会う時間を作るためなら、厳しい教育だって乗り越えられる。
むしろ、大人たちの想像以上の成果を出して、自由時間をもぎとってやれる。
ジョンズワートの優秀さは、好きな子に会いたい、少しでも時間を作りたいという思いから生まれるものでもあったのだ。
そのあとも、そのまたあとも、ジョンズワートはカレンに会いに行く。
彼女は寝込みがちなため、基本的にジョンズワートのほうがアーネスト邸に足を運ぶのだ。
とある日、アーネスト邸に着くと、カレンは調子を崩してベッドにいると伝えられた。
寝ているなら邪魔をすべきではないと思ったが、彼女はまだ起きていて、ジョンズワートに会いたがっているとのこと。
無理はさせたくないが、ジョンズワートだって、カレンの顔が見たい。
少しだけ、会わせてもらうことにした。
「ごめんなさい、ワートさま」
「いいんだ。僕のことは気にせず、ゆっくりやすんで?」
ベッドの横に用意された椅子に座り、カレンと言葉を交わす。
横たわる彼女の顔は赤く、いくらか呼吸も乱れていた。
できることなら、もっとカレンのそばにいたいが――彼女のことを想うなら、長居するべきではないだろう。
自分がここにいたら、きっと、彼女は眠れない。
だから、少し経ったら「じゃあ、今日はこれで」と、帰るつもりで立ち上がった。
……立ち上がろうとした。
くん、となにかに引っ張られたことを感じ取り、ジョンズワートの動きがとまる。
「……カレン?」
「あっ……。ご、ごめんなさい」
見れば、カレンの手がジョンズワートの服のすそに伸びていた。
すぐに離されたものの、彼女の表情や行動は、「まだここにいて」と語っていた。
好きな女の子にこんなことをされて、放っておける男がどこにいるだろうか。
ジョンズワートは椅子に座り直し、彼女の小さな手をそっと握った。
「きみが眠るまで、ここにいるよ。だから、安心しておやすみ」
「わーと、さま……」
手に触れる温もりに安心したのか、カレンは弱々しく、けれど安堵した様子で微笑んでから、眠りに落ちていった。
カレン・アーネストは、優しく、美しい女の子だ。
日々の暮らしも大変なはずなのに笑顔を見せ、ジョンズワートに力をくれる。
外に出る機会の少ない今は、彼女のよさを知る男は少ない。
彼女はまだ、男たちに見つかっていないのだ。
元気になり、外に出るようになったら、きっと、他の人間も彼女の魅力に気が付くだろう。
もちろん、ジョンズワートだって、カレンが外を駆けまわれるようになる日がくることを、望んでいる。
けれど、他の男に彼女を見せたくなかった。
後から出てきた男にカレンを持っていかれるのは、嫌で嫌で仕方がなかった。
ジョンズワートは、眠る彼女に触れる手に、少しだけ力を込めた。
起こさぬよう、痛くないよう、ほんの少しだけ。
願わくば、きみの手に触れる男が、この先も自分であるように――。
そんな思いと共に、ジョンズワートは眠るカレンを見守り続けた。
公爵家の教育は厳しく、今のジョンズワートでは満足にこなせないものもある。
それでも、諦めずに食らいつきたい。
きみが多くの人を知る日がきても、堂々ときみの隣に立てるよう、きみに選んでもらえる男になれるよう、しっかりと、努力を積み上げていこう。
その後、ジョンズワートは早くに父を亡くし、20歳そこそこにして公爵の地位に就くこととなった。
まだまだ年若いにも関わらず、年齢以上の働きを見せ、公爵としての仕事をこなすことができたのは、幼い頃からの積み上げがあったからだ。
彼がサボりもせず頑張ってこれたのは、カレンがいたからで。
可愛い息子まで連れてカレンが戻ってきてからの彼は、妻子との時間を作るため、より仕事が早く正確になり、その優秀さは国でも評判となった。
生まれのためか、元の性格か。早熟なところのあった彼は、それらが必要なものであると理解していたから、特に嫌がることもなく、あらゆる指導を受け続けていた。
優秀で、真面目で、飲み込みも早い。故に親族や教師にも熱が入り、その年で受けるには早い内容も叩き込まれる。
そんな将来有望な少年のジョンズワートだが、当然、疲れることだってある。
いくらやっても新たな課題が降りかかり、終わりなど見えそうになく。
授業の合間には、ご令嬢とその親の相手をすることもあった。
名門公爵家との繋がりを欲し、本人も親もギラついていることが多く、更にジョンズワートを疲労させた。
貴族同士なのだから仕方がない。
公爵家との繋がり……もっと言えば、婚約者の座などを欲するのも、悪いことではない。
そう理解してはいたが、ため息の1つぐらいはつきたくなる。
10歳ほどにして既に多忙なジョンズワートであったが、そんな彼にも、楽しみがあった。
好きな子――カレン・アーネストに、会いに行くことである。
「今日はなにを持っていこうかな……」
アーネスト邸へ行く日の朝。
ジョンズワートは、デュライト公爵邸の庭を散策していた。
カレンへのプレゼントを探しているのである。
プレゼントといっても、金銭的な価値のあるものではない。
大好きなあの子は、身体が弱く、あまり外に出ることができないから。海岸で拾った綺麗な貝殻や、紅葉して季節を感じさせる葉っぱなどを選んでいた。
さて今回はどうするかと、頭を悩ませるジョンズワート。
そんな彼の視界に、季節感たっぷりの、あるものが映りこんだ。
……木についた、セミの抜け殻である。
一目でぴんときた。今日のプレゼントは、これにしようと。
講師陣も驚くほどに優秀な公爵家の跡取り、ジョンズワート。
しかし彼も、10歳の少年であった。
結論から言えば、今回のプレゼント選びは失敗だった。
カレンに悲鳴をあげさせたうえに、気遣いからのお礼まで言わせてしまった。
後になってから、あまり外に出られない女の子には刺激が強かったと、反省した。
今日は失敗してしまったが、ジョンズワートは、カレンへの贈り物を探す時間が好きだった。
喜んでくれるかな、もっと可愛いほうがいいかな、これは見たことあるかな、と探しているあいだ、ずっとわくわくしている。
そうして選んだものを彼女に渡すと、ありがとう、と嬉しそうに笑ってくれるのだ。
いやまあ、今日の笑顔はジョンズワートへの気遣いからだったが。
彼女が「ワートさま」と柔らかく自分を呼ぶ声が、心からの笑顔が、好きだった。
公爵家のジョンズワートではなく、よく遊びにくる男の子を、ただの「ワート」を見て、話してくれている。そんな気がしていた。
カレンのそばは、心地いい。
彼女に会う時間を作るためなら、厳しい教育だって乗り越えられる。
むしろ、大人たちの想像以上の成果を出して、自由時間をもぎとってやれる。
ジョンズワートの優秀さは、好きな子に会いたい、少しでも時間を作りたいという思いから生まれるものでもあったのだ。
そのあとも、そのまたあとも、ジョンズワートはカレンに会いに行く。
彼女は寝込みがちなため、基本的にジョンズワートのほうがアーネスト邸に足を運ぶのだ。
とある日、アーネスト邸に着くと、カレンは調子を崩してベッドにいると伝えられた。
寝ているなら邪魔をすべきではないと思ったが、彼女はまだ起きていて、ジョンズワートに会いたがっているとのこと。
無理はさせたくないが、ジョンズワートだって、カレンの顔が見たい。
少しだけ、会わせてもらうことにした。
「ごめんなさい、ワートさま」
「いいんだ。僕のことは気にせず、ゆっくりやすんで?」
ベッドの横に用意された椅子に座り、カレンと言葉を交わす。
横たわる彼女の顔は赤く、いくらか呼吸も乱れていた。
できることなら、もっとカレンのそばにいたいが――彼女のことを想うなら、長居するべきではないだろう。
自分がここにいたら、きっと、彼女は眠れない。
だから、少し経ったら「じゃあ、今日はこれで」と、帰るつもりで立ち上がった。
……立ち上がろうとした。
くん、となにかに引っ張られたことを感じ取り、ジョンズワートの動きがとまる。
「……カレン?」
「あっ……。ご、ごめんなさい」
見れば、カレンの手がジョンズワートの服のすそに伸びていた。
すぐに離されたものの、彼女の表情や行動は、「まだここにいて」と語っていた。
好きな女の子にこんなことをされて、放っておける男がどこにいるだろうか。
ジョンズワートは椅子に座り直し、彼女の小さな手をそっと握った。
「きみが眠るまで、ここにいるよ。だから、安心しておやすみ」
「わーと、さま……」
手に触れる温もりに安心したのか、カレンは弱々しく、けれど安堵した様子で微笑んでから、眠りに落ちていった。
カレン・アーネストは、優しく、美しい女の子だ。
日々の暮らしも大変なはずなのに笑顔を見せ、ジョンズワートに力をくれる。
外に出る機会の少ない今は、彼女のよさを知る男は少ない。
彼女はまだ、男たちに見つかっていないのだ。
元気になり、外に出るようになったら、きっと、他の人間も彼女の魅力に気が付くだろう。
もちろん、ジョンズワートだって、カレンが外を駆けまわれるようになる日がくることを、望んでいる。
けれど、他の男に彼女を見せたくなかった。
後から出てきた男にカレンを持っていかれるのは、嫌で嫌で仕方がなかった。
ジョンズワートは、眠る彼女に触れる手に、少しだけ力を込めた。
起こさぬよう、痛くないよう、ほんの少しだけ。
願わくば、きみの手に触れる男が、この先も自分であるように――。
そんな思いと共に、ジョンズワートは眠るカレンを見守り続けた。
公爵家の教育は厳しく、今のジョンズワートでは満足にこなせないものもある。
それでも、諦めずに食らいつきたい。
きみが多くの人を知る日がきても、堂々ときみの隣に立てるよう、きみに選んでもらえる男になれるよう、しっかりと、努力を積み上げていこう。
その後、ジョンズワートは早くに父を亡くし、20歳そこそこにして公爵の地位に就くこととなった。
まだまだ年若いにも関わらず、年齢以上の働きを見せ、公爵としての仕事をこなすことができたのは、幼い頃からの積み上げがあったからだ。
彼がサボりもせず頑張ってこれたのは、カレンがいたからで。
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