上 下
74 / 77
番外編

あなたを、忘れることなんて ワートside

しおりを挟む
 デュライト家の長男として生まれたジョンズワートは、幼い頃から、公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けていた。
 生まれのためか、元の性格か。早熟なところのあった彼は、それらが必要なものであると理解していたから、特に嫌がることもなく、あらゆる指導を受け続けていた。
 優秀で、真面目で、飲み込みも早い。故に親族や教師にも熱が入り、その年で受けるには早い内容も叩き込まれる。

 そんな将来有望な少年のジョンズワートだが、当然、疲れることだってある。
 いくらやっても新たな課題が降りかかり、終わりなど見えそうになく。
 授業の合間には、ご令嬢とその親の相手をすることもあった。
 名門公爵家との繋がりを欲し、本人も親もギラついていることが多く、更にジョンズワートを疲労させた。
 貴族同士なのだから仕方がない。
 公爵家との繋がり……もっと言えば、婚約者の座などを欲するのも、悪いことではない。
 そう理解してはいたが、ため息の1つぐらいはつきたくなる。

 10歳ほどにして既に多忙なジョンズワートであったが、そんな彼にも、楽しみがあった。
 好きな子――カレン・アーネストに、会いに行くことである。



「今日はなにを持っていこうかな……」

 アーネスト邸へ行く日の朝。
 ジョンズワートは、デュライト公爵邸の庭を散策していた。
 カレンへのプレゼントを探しているのである。
 プレゼントといっても、金銭的な価値のあるものではない。
 大好きなあの子は、身体が弱く、あまり外に出ることができないから。海岸で拾った綺麗な貝殻や、紅葉して季節を感じさせる葉っぱなどを選んでいた。
 さて今回はどうするかと、頭を悩ませるジョンズワート。
 そんな彼の視界に、季節感たっぷりの、あるものが映りこんだ。
 ……木についた、セミの抜け殻である。
 一目でぴんときた。今日のプレゼントは、これにしようと。
 講師陣も驚くほどに優秀な公爵家の跡取り、ジョンズワート。
 しかし彼も、10歳の少年であった。


 結論から言えば、今回のプレゼント選びは失敗だった。
 カレンに悲鳴をあげさせたうえに、気遣いからのお礼まで言わせてしまった。
 後になってから、あまり外に出られない女の子には刺激が強かったと、反省した。

 今日は失敗してしまったが、ジョンズワートは、カレンへの贈り物を探す時間が好きだった。
 喜んでくれるかな、もっと可愛いほうがいいかな、これは見たことあるかな、と探しているあいだ、ずっとわくわくしている。
 そうして選んだものを彼女に渡すと、ありがとう、と嬉しそうに笑ってくれるのだ。
 いやまあ、今日の笑顔はジョンズワートへの気遣いからだったが。


 彼女が「ワートさま」と柔らかく自分を呼ぶ声が、心からの笑顔が、好きだった。
 公爵家のジョンズワートではなく、よく遊びにくる男の子を、ただの「ワート」を見て、話してくれている。そんな気がしていた。
 カレンのそばは、心地いい。
 彼女に会う時間を作るためなら、厳しい教育だって乗り越えられる。
 むしろ、大人たちの想像以上の成果を出して、自由時間をもぎとってやれる。
 ジョンズワートの優秀さは、好きな子に会いたい、少しでも時間を作りたいという思いから生まれるものでもあったのだ。



 そのあとも、そのまたあとも、ジョンズワートはカレンに会いに行く。
 彼女は寝込みがちなため、基本的にジョンズワートのほうがアーネスト邸に足を運ぶのだ。

 とある日、アーネスト邸に着くと、カレンは調子を崩してベッドにいると伝えられた。
 寝ているなら邪魔をすべきではないと思ったが、彼女はまだ起きていて、ジョンズワートに会いたがっているとのこと。
 無理はさせたくないが、ジョンズワートだって、カレンの顔が見たい。
 少しだけ、会わせてもらうことにした。
 
「ごめんなさい、ワートさま」
「いいんだ。僕のことは気にせず、ゆっくりやすんで?」

 ベッドの横に用意された椅子に座り、カレンと言葉を交わす。
 横たわる彼女の顔は赤く、いくらか呼吸も乱れていた。
 できることなら、もっとカレンのそばにいたいが――彼女のことを想うなら、長居するべきではないだろう。
 自分がここにいたら、きっと、彼女は眠れない。
 だから、少し経ったら「じゃあ、今日はこれで」と、帰るつもりで立ち上がった。
 ……立ち上がろうとした。
 くん、となにかに引っ張られたことを感じ取り、ジョンズワートの動きがとまる。

「……カレン?」
「あっ……。ご、ごめんなさい」

 見れば、カレンの手がジョンズワートの服のすそに伸びていた。
 すぐに離されたものの、彼女の表情や行動は、「まだここにいて」と語っていた。
 好きな女の子にこんなことをされて、放っておける男がどこにいるだろうか。
 ジョンズワートは椅子に座り直し、彼女の小さな手をそっと握った。

「きみが眠るまで、ここにいるよ。だから、安心しておやすみ」
「わーと、さま……」

 手に触れる温もりに安心したのか、カレンは弱々しく、けれど安堵した様子で微笑んでから、眠りに落ちていった。


 カレン・アーネストは、優しく、美しい女の子だ。
 日々の暮らしも大変なはずなのに笑顔を見せ、ジョンズワートに力をくれる。
 外に出る機会の少ない今は、彼女のよさを知る男は少ない。
 彼女はまだ、男たちに見つかっていないのだ。
 元気になり、外に出るようになったら、きっと、他の人間も彼女の魅力に気が付くだろう。
 もちろん、ジョンズワートだって、カレンが外を駆けまわれるようになる日がくることを、望んでいる。
 けれど、他の男に彼女を見せたくなかった。
 後から出てきた男にカレンを持っていかれるのは、嫌で嫌で仕方がなかった。
 

 ジョンズワートは、眠る彼女に触れる手に、少しだけ力を込めた。
 起こさぬよう、痛くないよう、ほんの少しだけ。

 願わくば、きみの手に触れる男が、この先も自分であるように――。

 そんな思いと共に、ジョンズワートは眠るカレンを見守り続けた。


 公爵家の教育は厳しく、今のジョンズワートでは満足にこなせないものもある。
 それでも、諦めずに食らいつきたい。
 きみが多くの人を知る日がきても、堂々ときみの隣に立てるよう、きみに選んでもらえる男になれるよう、しっかりと、努力を積み上げていこう。




 その後、ジョンズワートは早くに父を亡くし、20歳そこそこにして公爵の地位に就くこととなった。
 まだまだ年若いにも関わらず、年齢以上の働きを見せ、公爵としての仕事をこなすことができたのは、幼い頃からの積み上げがあったからだ。
 彼がサボりもせず頑張ってこれたのは、カレンがいたからで。
 可愛い息子まで連れてカレンが戻ってきてからの彼は、妻子との時間を作るため、より仕事が早く正確になり、その優秀さは国でも評判となった。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫の母親に会いたくない私と子供。夫は母親を大切にして何が悪いと反論する。

window
恋愛
エマ夫人はため息をつき目を閉じて思い詰めた表情をしていた。誰もが羨む魅力的な男性の幼馴染アイザックと付き合い恋愛結婚したがとんでもない落とし穴が待っていたのです。 原因となっているのは夫のアイザックとその母親のマリアンヌ。何かと理由をつけて母親に会いに行きたがる夫にほとほと困り果てている。 夫の母親が人間的に思いやりがあり優しい性格なら問題ないのだが正反対で無神経で非常識な性格で聞くに堪えない暴言を平気で浴びせてくるのです。 それはエマだけでなく子供達も標的でした。ただマリアンヌは自分の息子アイザックとエマの長男レオだけは何をしてもいいほどの異常な溺愛ぶりで可愛がって、逆にエマ夫人と長女ミアと次女ルナには雑な対応をとって限りなく冷酷な視線を向けてくる。

「私も新婚旅行に一緒に行きたい」彼を溺愛する幼馴染がお願いしてきた。彼は喜ぶが二人は喧嘩になり別れを選択する。

window
恋愛
イリス公爵令嬢とハリー王子は、お互いに惹かれ合い相思相愛になる。 「私と結婚していただけますか?」とハリーはプロポーズし、イリスはそれを受け入れた。 関係者を招待した結婚披露パーティーが開かれて、会場でエレナというハリーの幼馴染の子爵令嬢と出会う。 「新婚旅行に私も一緒に行きたい」エレナは結婚した二人の間に図々しく踏み込んでくる。エレナの厚かましいお願いに、イリスは怒るより驚き呆れていた。 「僕は構わないよ。エレナも一緒に行こう」ハリーは信じられないことを言い出す。エレナが同行することに乗り気になり、花嫁のイリスの面目をつぶし感情を傷つける。 とんでもない男と結婚したことが分かったイリスは、言葉を失うほかなく立ち尽くしていた。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。

たろ
恋愛
幼馴染のロード。 学校を卒業してロードは村から街へ。 街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。 ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。 なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。 ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。 それも女避けのための(仮)の恋人に。 そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。 ダリアは、静かに身を引く決意をして……… ★ 短編から長編に変更させていただきます。 すみません。いつものように話が長くなってしまいました。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

婚約者の家に行ったら幼馴染がいた。彼と親密すぎて婚約破棄したい。

window
恋愛
クロエ子爵令嬢は婚約者のジャック伯爵令息の実家に食事に招かれお泊りすることになる。 彼とその妹と両親に穏やかな笑顔で迎え入れられて心の中で純粋に喜ぶクロエ。 しかし彼の妹だと思っていたエリザベスが実は家族ではなく幼馴染だった。彼の家族とエリザベスの家族は家も近所で昔から気を許した間柄だと言う。 クロエは彼とエリザベスの恋人のようなあまりの親密な態度に不安な気持ちになり婚約を思いとどまる。

処理中です...