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第二章

10 あなたを、あなたたちを、信じられる気がした。

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 話した通り、最初は食器を取り扱う店に向かった。
 本当なら、ジョンズワートとしては湖畔や海辺の町にでも行きたかったところだが……今は冬。
 カレンのことも考えて、暖かい場所を行先に選んでいた。

 店に入った二人が最初に向かったのは、茶器が並ぶコーナーだ。
 店主が「どうぞお手にとってご覧ください」と言ってくれたから、ジョンズワートは気になるものを手に取り、じっくりと形や模様を確認する。

「カレン、きみも気になるものがあったら見てごらんよ」
「い、いえ。私はやめておきます」
「……そうかい?」

 カレンも紅茶は好きだから、茶器にも興味がある。
 けれど、突然の旦那様とのデートで動揺しきりの今、茶器なんて手に持ったら落として割ってしまいそうだった。
 だからお断りしたのだが……。カレンの返事に、ジョンズワートは少しだけ寂しそうな顔をした。
 でもすぐに気を取り直して、自分で持ったカップをカレンに見せてくれた。
 
「ほら、これなんてキレイだよ」

 ジョンズワートが見せたのは、白地に花があしらわれたティーカップ。
 カップの内側は、ほどよいバランスで緑と花が配置されており、カップを鮮やかに彩っている。
 ソーサーも同じように、白、緑、花、で構成されている。

「まあ……!」

 流石は幼い頃から彼女に片思いする男、といったところか。
 カレンの好みを的確に当ててきたものだから、彼女の表情もほころんだ。

「……緑はやっぱりいい色だよね」
「ええ! 私も、緑は大好きです」

 そう返したときには、だいぶ緊張がほぐれていた。
 緑色には人を癒す力があるという。そのおかげだろうか。
 ジョンズワートとしては、カレンの緑の瞳のことも褒めたつもりだったのだが……。
 それが伝わらなくとも、カレンが喜んでくれたからよしとした。
 
 黄色がかった淡い茶色の髪に、少し薄めの、明るい緑の瞳。
 ジョンズワートは、彼女が持つ優しく柔らかい色が好きだった。
 今日はお忍びデートなため、彼女にはドレスではなく、一般の人がお洒落をするときに着るようなワンピースを着てもらっている。
 白いワンピースの上に、ブラウンのポンチョ。
 ふわっとしたシルエットが、なんとも男心をくすぐる。
 ちなみにこのポンチョ、さらっと羽織れる1枚だが、カレンのために用意した軽くて暖かい優れものである。

 ジョンズワートは、白いパンツの上に、グレーのコート。コートの下には、黒いセーターを着ている。
 彼は好んで使う色は、白と青に加え、今着ているようなグレーや黒。
 顔もスタイルもいいから、なにを着ても似合うのだが……。カレンも、自分の夫にはそういう色が似合うと思っていた。
 今日も、普段よりカジュアルなコートを着た彼にドキドキしていたぐらいである。


 そのあとも二人で一緒に茶器を見て、いくつか候補を作って。
 結局、最初にジョンズワートがカレンに見せた白と緑のものを揃いで購入した。
 ジョンズワート様が選んでくれたカップ! と心躍らせるカレンと、大好きな妻とお揃いなうえ、彼女の色を取り入れたカップを購入できたジョンズワート。
 店を出る頃には、両者にこにこで。

「ありがとうございます、ジョンズワート様」
「喜んでもらえてよかった。お茶をするときは、一緒にこれを使おう」
「はい!」

 これまでも、ジョンズワートに色々な贈り物をされていた。
 もちろん嬉しかったが、どれもジョンズワートが一人で選んで、カレンの分だけを買ってきたもので。
 けれど、一緒に見に行って、一緒に選んだ今回は、いつもよりずっと特別で、とびきり嬉しく思えた。



 今までのことが嘘のように、カレンの心の氷が解け始めていた。

――少し勇気を出すだけで、よかったのね。

 あのとき、一緒にでかけないか、とジョンズワートに言ってみてよかった。
 自分たちに必要なのは、少しの勇気と、きっかけだったのかもしれない。
 

 8年も経ったのに、ジョンズワートが自分のことを好きなわけがない。
 きっと彼は、昔につけた傷の責任を取るために、本当に好きな人を諦めて自分と結婚したのだ。
 そう、思っていた。

 でも、今は。こうして二人で「デート」して、揃いの茶器まで購入し、笑顔を向け合う今は。
 二度目のプロポーズのとき、彼に言われた「ずっと好きだった」という言葉や、チェストリーやサラが教えてくれた「ジョンズワート様はずっとあなたのことを想っていた」「旦那様は、ずっと奥様のことを求めていた」といった言葉を、信じられるような気がした。

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