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冬
8 その約束は、守られなかった。だって、来年は――
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しっかりと防寒具を着たショーンを抱いて、カレンたちの元へ向かう。
自分にすがりつく息子をぎゅっと抱きしめ、努めて優しく話しかける。
「ショーン、ごめんね。寂しかったろう。もう、離さないから」
「……う、しゃ」
「え?」
「おとう、しゃ」
本当に寂しく、心細かったのだろう。父に抱かれたショーンは、その胸でぐすぐすと泣き始めた。
お父さん、という呼び方つきで。
「おとうしゃ、おとう、しゃ、おとーさ……」
べしょべしょ。ぐすぐす。
お父さん、とジョンズワートのことを呼び、安心しきってその身を預け。父にべったりくっついて。息子は泣き続ける。
こうもはっきりと、ショーンがジョンズワートのことを「お父さん」と呼ぶのは初めてで。
もしかしたら、あの老婦人がジョンズワートのことを「お父さん」と呼び続けたから、ショーンにもそれがうつったのかもしれない。
明日にはまた「ワートさん」呼びに戻るのかもしれない。
でも……それでも。自分は、この子の父なのだと。紛れもなく、お父さん、なのだと。
ジョンズワートは、自分の胸で泣く小さな存在の重みと温もりを、しっかりと受け止めた。
ショーンに初めて会ってから、そろそろ1年になる。
この子の父は自分であると会ったその日にわかったが、親子としての関係を築くには時間がかかり。
自信がなくなりそうな日もあった。この子の父にはなれないのではと、悲しくなることもあった。
けど、諦めずに距離を縮めてきたつもりだ。
もしも本当の意味で「父」と認められる日が来なかったとしても――父として、この子を守り続ける。
まだたどたどしい言葉で、お父さん、お父さん、と繰り返す我が子を抱いて、ジョンズワートは強く誓った。
カレンとの待ち合わせ場所まではそれなりに距離があったが、ジョンズワートはショーンを抱いたまま離さなかった。
腕が疲れを訴えて痛むが、それよりも、今は息子がここにいること、この重みを感じられることの方が、重要だった。
カレンと合流すると、彼女もまた、よかった、ごめんね、と繰り返す。
ショーンがカレンの方へ行きたがっていることを感じ取り、ジョンズワートは息子を妻へ預ける。
泣きながら母にすがりつく息子と、涙をにじませながら息子を抱きしめる妻。
そんな妻子を、ジョンズワートは二人まとめて抱きしめて。
「ごめんね、ショーン。カレン。もう絶対に、離ればなれになんてしないから。きみたちのことを、離したりしないから」
その言葉には、どれほどの想いがこもっているのだろう。
何度も失いかけた男の、何年分もの想いが、そこに詰まっていた。
カレンにも、もちろんその重さは伝わっていて。
「はい。はい……! 私も、もう、離れません」
夫に抱きしめられながら、ぽろぽろと涙をこぼした。
こうして、この騒動は幕を閉じた。
アーネスト領に訪れた頃はまだ昼前だったというのに、もう日が落ちかけている。
時間帯としては夕方に差し掛かるぐらいだが……季節が季節だから、暗くなるのも早い。
今日は色々あって疲れたのだろう。まだ幼いショーンなんて、父に抱かれて眠っている。
温かい恰好をして父にくっついているから、眠ってしまっても特に問題はないだろう。
カレンとジョンズワートは、このままアーネスト家へ向かうことにした。
この日の夕食は、アーネスト家でとることになっているのである。
アーネスト家へ向かう道中、夫婦で今日のことについていろいろな話をした。
楽しかったけど大変だった、外出のときはもっと気を付けよう、でも無事で本当によかった。
そんなことを話しながらアーネスト邸のすぐ前まで来た頃、ジョンズワートがこう口にした。
「来年も、また三人で来よう」
「ええ。三人で、一緒に」
色々あったが――今日は、本当に楽しかった。
来年も三人で一緒に来たら、きっとよい時間を過ごせるだろう。
二人は同じことを考えて、微笑み合う。
「来年も楽しみですね」
夕日を浴びながら微笑む彼女は、とても綺麗だった。
こんなやりとりをした彼らであるが、来年の雪まつりへの参加は見送りとなる。
次の夏頃、カレンが妊娠していることがわかるのだ。
身体が弱く身重な彼女を、冬にあまり出歩かせるわけにはいかない。
だから来年の雪まつりに三人で来ることはできないし、なんなら、家族が増えるため、落ち着いてからも「三人」で来ることはない。
そのことを、この夫婦はまだ知らない。
自分にすがりつく息子をぎゅっと抱きしめ、努めて優しく話しかける。
「ショーン、ごめんね。寂しかったろう。もう、離さないから」
「……う、しゃ」
「え?」
「おとう、しゃ」
本当に寂しく、心細かったのだろう。父に抱かれたショーンは、その胸でぐすぐすと泣き始めた。
お父さん、という呼び方つきで。
「おとうしゃ、おとう、しゃ、おとーさ……」
べしょべしょ。ぐすぐす。
お父さん、とジョンズワートのことを呼び、安心しきってその身を預け。父にべったりくっついて。息子は泣き続ける。
こうもはっきりと、ショーンがジョンズワートのことを「お父さん」と呼ぶのは初めてで。
もしかしたら、あの老婦人がジョンズワートのことを「お父さん」と呼び続けたから、ショーンにもそれがうつったのかもしれない。
明日にはまた「ワートさん」呼びに戻るのかもしれない。
でも……それでも。自分は、この子の父なのだと。紛れもなく、お父さん、なのだと。
ジョンズワートは、自分の胸で泣く小さな存在の重みと温もりを、しっかりと受け止めた。
ショーンに初めて会ってから、そろそろ1年になる。
この子の父は自分であると会ったその日にわかったが、親子としての関係を築くには時間がかかり。
自信がなくなりそうな日もあった。この子の父にはなれないのではと、悲しくなることもあった。
けど、諦めずに距離を縮めてきたつもりだ。
もしも本当の意味で「父」と認められる日が来なかったとしても――父として、この子を守り続ける。
まだたどたどしい言葉で、お父さん、お父さん、と繰り返す我が子を抱いて、ジョンズワートは強く誓った。
カレンとの待ち合わせ場所まではそれなりに距離があったが、ジョンズワートはショーンを抱いたまま離さなかった。
腕が疲れを訴えて痛むが、それよりも、今は息子がここにいること、この重みを感じられることの方が、重要だった。
カレンと合流すると、彼女もまた、よかった、ごめんね、と繰り返す。
ショーンがカレンの方へ行きたがっていることを感じ取り、ジョンズワートは息子を妻へ預ける。
泣きながら母にすがりつく息子と、涙をにじませながら息子を抱きしめる妻。
そんな妻子を、ジョンズワートは二人まとめて抱きしめて。
「ごめんね、ショーン。カレン。もう絶対に、離ればなれになんてしないから。きみたちのことを、離したりしないから」
その言葉には、どれほどの想いがこもっているのだろう。
何度も失いかけた男の、何年分もの想いが、そこに詰まっていた。
カレンにも、もちろんその重さは伝わっていて。
「はい。はい……! 私も、もう、離れません」
夫に抱きしめられながら、ぽろぽろと涙をこぼした。
こうして、この騒動は幕を閉じた。
アーネスト領に訪れた頃はまだ昼前だったというのに、もう日が落ちかけている。
時間帯としては夕方に差し掛かるぐらいだが……季節が季節だから、暗くなるのも早い。
今日は色々あって疲れたのだろう。まだ幼いショーンなんて、父に抱かれて眠っている。
温かい恰好をして父にくっついているから、眠ってしまっても特に問題はないだろう。
カレンとジョンズワートは、このままアーネスト家へ向かうことにした。
この日の夕食は、アーネスト家でとることになっているのである。
アーネスト家へ向かう道中、夫婦で今日のことについていろいろな話をした。
楽しかったけど大変だった、外出のときはもっと気を付けよう、でも無事で本当によかった。
そんなことを話しながらアーネスト邸のすぐ前まで来た頃、ジョンズワートがこう口にした。
「来年も、また三人で来よう」
「ええ。三人で、一緒に」
色々あったが――今日は、本当に楽しかった。
来年も三人で一緒に来たら、きっとよい時間を過ごせるだろう。
二人は同じことを考えて、微笑み合う。
「来年も楽しみですね」
夕日を浴びながら微笑む彼女は、とても綺麗だった。
こんなやりとりをした彼らであるが、来年の雪まつりへの参加は見送りとなる。
次の夏頃、カレンが妊娠していることがわかるのだ。
身体が弱く身重な彼女を、冬にあまり出歩かせるわけにはいかない。
だから来年の雪まつりに三人で来ることはできないし、なんなら、家族が増えるため、落ち着いてからも「三人」で来ることはない。
そのことを、この夫婦はまだ知らない。
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