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秋
3 彼女は、確かに「母」だった。
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元気いっぱいに遊ぶ姿が愛らしい、公爵家の長男・ショーン。
旦那様そっくりの見た目に、なつっこい性格。
周囲の人々に可愛い可愛いと言われることは、ラントシャフトでもホーネージュでも変わらず。
ショーンはみなを笑顔にし、幸せを届ける、デュライト公爵家の宝物だった。
そんなショーンだが、最近は。
「おとしゃ……。おとしゃ、まだ? どこ?」
そう言いながら泣くことがある。
ショーンは、これまで父親役をつとめていたチェストリーを探しているのだ。
ジョンズワートも彼の父親になれるよう努力しているが……。
ショーンが生まれてからの3年間、彼の父だったのはまぎれもなくチェストリーで。
その「父」が長く不在にしているものだから、こうして寂しがる日もある。
こうなってしまうと、息子に出会って1年にも満たないジョンズワートでは対応できず。ショーンを抱きあげておろおろするのみだった。
夜になると不安になるのは、大人も子供も一緒なのだろうか。
ショーンは夜間に寂しがることが多かった。
「ショーン。大丈夫。みんないるよ。僕も一緒にいるから」
「おとしゃ……おとしゃがいいの!」
「おとう、さん……」
デュライト公爵邸に戻った今は乳母がいるが、家族の時間を取り戻すため、ショーンが寝るまでの時間を三人で過ごすことも多く。
今は家族揃ってジョンズワートの寝室にいる。
きみの本当のお父さんは僕だよ。
そう言いたい気持ちもあったが……。それを今のショーンに伝えたところで、どうなるのだろう。
ここで重要なのは、実父かどうかではない。
ショーンは、今まで自分の「父」としてそばにいた人を求めているのである。
自分が本当の父だと言っても混乱させるだけだし、重要なのはそこではないから。
ショーンが「父」を求めて泣き始めると、ジョンズワートも困ってしまう。
そんなときでも、ショーンを落ち着かせることができるのが……実母であり、ずっと彼のそばにいた、カレンである。
乳母もいない状態でこの子を育ててきたカレンは、幼子への対応に慣れていた。
「ショーン。おいで?」
カレンがそう言えば、ショーンはカレンの方へ身を乗り出し、ジョンズワートの腕の中から母の胸へと移動した。
もちろん、大人二人も慎重に子の受け渡しをしている。
カレンに抱かれ、ショーンは母の胸にすがりついた。
自分にべったりとくっつく、まだ幼い息子。
カレンは目を閉じ、軽く揺れながらぽんぽん、と優しく幼子の背を叩く。
それだけでも安心できるのだろうか。ショーンの泣き方が、少し変わった。
先ほどまではもっとわあわあ泣いていたのに、今はぐす、ぐす、と。少し落ち着いたようだ。
そんな息子の変化を見て、カレンは愛おし気に目を細め。
宝物を大事に大事に抱えながら、子守り歌を歌いだす。
特別上手いわけではないが、静かで、温かく、優しい歌声。そこに宿る愛情に、気が付かない者などいないだろう。
次第にぐすぐすという音も聞こえなくなり――ショーンは、母に抱かれて眠りに落ちた。
ショーンをベビーベッドに寝かせ、夫婦で顔を見合わせる。
二人とも、よかった、という顔をしていた。
そのまま、ショーンを起こさないよう小声で話す。
「……すごいな。僕にはできないよ」
「私だって、最初はどうしたらいいかわかりませんでしたよ。私には……3年、ありましたから」
そう言うと、カレンは少し俯いた。
ジョンズワートにもあったはずの3年を、自分が奪ってしまったことを思い出してしまったのだ。
ジョンズワートも、妻の感情の動きを察したようで。
カレンの髪に触れ、彼女の顔を上げさせた。
再会したときに比べたら、ずいぶん長くなった亜麻色のそれは、つやがあり、指通りもいい。
「……よく、頑張ったね。乳母もなしで、ここまで。きみは立派な母親だよ」
「っ……!」
ジョンズワートだって、最初の3年をともにできなかったことは素直に寂しいし、残念に思っている。
けれど、ここまでショーンを育て上げたカレンのことは、心から尊敬していた。
チェストリーが夫と父親の役を務めていたから、一人ではなかったが。子育てをしたのは、主にカレンだと聞いている。
これといった財産も持たず他国へ逃亡したため、チェストリーは暮らしを守るために稼ぎに出ていることが多かった。
村の人々にもよくしてもらったそうだが、ショーンをここまで育てたのはカレンなのである。
賞賛。労わり。そんなジョンズワートの気持ちが、カレンにも伝わったのだろう。
彼女は、ぽろぽろと涙をこぼしはじめる。
「カレン!? ごめん、泣かせるつもりは……」
「ちが、違うんです。嬉しくて。この子の母になれていることが、そう見えることが、嬉しくて」
「カレン……」
涙がとまらず、カレンは自分の手で顔を覆った。眠るショーンを気遣っているのか、こんなにも泣いているというのに声は出していない。
ジョンズワートは、そんな妻をそっと抱きしめて。
眠る息子と、寄り添う夫婦。夜は、静かに更けていく。
旦那様そっくりの見た目に、なつっこい性格。
周囲の人々に可愛い可愛いと言われることは、ラントシャフトでもホーネージュでも変わらず。
ショーンはみなを笑顔にし、幸せを届ける、デュライト公爵家の宝物だった。
そんなショーンだが、最近は。
「おとしゃ……。おとしゃ、まだ? どこ?」
そう言いながら泣くことがある。
ショーンは、これまで父親役をつとめていたチェストリーを探しているのだ。
ジョンズワートも彼の父親になれるよう努力しているが……。
ショーンが生まれてからの3年間、彼の父だったのはまぎれもなくチェストリーで。
その「父」が長く不在にしているものだから、こうして寂しがる日もある。
こうなってしまうと、息子に出会って1年にも満たないジョンズワートでは対応できず。ショーンを抱きあげておろおろするのみだった。
夜になると不安になるのは、大人も子供も一緒なのだろうか。
ショーンは夜間に寂しがることが多かった。
「ショーン。大丈夫。みんないるよ。僕も一緒にいるから」
「おとしゃ……おとしゃがいいの!」
「おとう、さん……」
デュライト公爵邸に戻った今は乳母がいるが、家族の時間を取り戻すため、ショーンが寝るまでの時間を三人で過ごすことも多く。
今は家族揃ってジョンズワートの寝室にいる。
きみの本当のお父さんは僕だよ。
そう言いたい気持ちもあったが……。それを今のショーンに伝えたところで、どうなるのだろう。
ここで重要なのは、実父かどうかではない。
ショーンは、今まで自分の「父」としてそばにいた人を求めているのである。
自分が本当の父だと言っても混乱させるだけだし、重要なのはそこではないから。
ショーンが「父」を求めて泣き始めると、ジョンズワートも困ってしまう。
そんなときでも、ショーンを落ち着かせることができるのが……実母であり、ずっと彼のそばにいた、カレンである。
乳母もいない状態でこの子を育ててきたカレンは、幼子への対応に慣れていた。
「ショーン。おいで?」
カレンがそう言えば、ショーンはカレンの方へ身を乗り出し、ジョンズワートの腕の中から母の胸へと移動した。
もちろん、大人二人も慎重に子の受け渡しをしている。
カレンに抱かれ、ショーンは母の胸にすがりついた。
自分にべったりとくっつく、まだ幼い息子。
カレンは目を閉じ、軽く揺れながらぽんぽん、と優しく幼子の背を叩く。
それだけでも安心できるのだろうか。ショーンの泣き方が、少し変わった。
先ほどまではもっとわあわあ泣いていたのに、今はぐす、ぐす、と。少し落ち着いたようだ。
そんな息子の変化を見て、カレンは愛おし気に目を細め。
宝物を大事に大事に抱えながら、子守り歌を歌いだす。
特別上手いわけではないが、静かで、温かく、優しい歌声。そこに宿る愛情に、気が付かない者などいないだろう。
次第にぐすぐすという音も聞こえなくなり――ショーンは、母に抱かれて眠りに落ちた。
ショーンをベビーベッドに寝かせ、夫婦で顔を見合わせる。
二人とも、よかった、という顔をしていた。
そのまま、ショーンを起こさないよう小声で話す。
「……すごいな。僕にはできないよ」
「私だって、最初はどうしたらいいかわかりませんでしたよ。私には……3年、ありましたから」
そう言うと、カレンは少し俯いた。
ジョンズワートにもあったはずの3年を、自分が奪ってしまったことを思い出してしまったのだ。
ジョンズワートも、妻の感情の動きを察したようで。
カレンの髪に触れ、彼女の顔を上げさせた。
再会したときに比べたら、ずいぶん長くなった亜麻色のそれは、つやがあり、指通りもいい。
「……よく、頑張ったね。乳母もなしで、ここまで。きみは立派な母親だよ」
「っ……!」
ジョンズワートだって、最初の3年をともにできなかったことは素直に寂しいし、残念に思っている。
けれど、ここまでショーンを育て上げたカレンのことは、心から尊敬していた。
チェストリーが夫と父親の役を務めていたから、一人ではなかったが。子育てをしたのは、主にカレンだと聞いている。
これといった財産も持たず他国へ逃亡したため、チェストリーは暮らしを守るために稼ぎに出ていることが多かった。
村の人々にもよくしてもらったそうだが、ショーンをここまで育てたのはカレンなのである。
賞賛。労わり。そんなジョンズワートの気持ちが、カレンにも伝わったのだろう。
彼女は、ぽろぽろと涙をこぼしはじめる。
「カレン!? ごめん、泣かせるつもりは……」
「ちが、違うんです。嬉しくて。この子の母になれていることが、そう見えることが、嬉しくて」
「カレン……」
涙がとまらず、カレンは自分の手で顔を覆った。眠るショーンを気遣っているのか、こんなにも泣いているというのに声は出していない。
ジョンズワートは、そんな妻をそっと抱きしめて。
眠る息子と、寄り添う夫婦。夜は、静かに更けていく。
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