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1 新米パパと、母親と。

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 短い春が終わり、これまた短い夏がホーネージュにやってきた。
 とはいえ、一応、夏は夏。海に面したホーネージュでは、海水浴を楽しむことができる。

 夏季休暇に入ったジョンズワートは、妻子を連れて海へ旅行に来ていた。
 貴族や、それに近い有力な人間しか入ることのできない場所を選んだから、カレンやショーンが変な輩に絡まれる心配は少ない。
 海が見える宿もとり、家族三人で楽しむ気満々である。
 まだ完全に父親の交代ができているわけではないため、チェストリーも一緒だ。
 だが、彼はできる限りショーンには近づかないようにするつもりだった。
 今回の旅行で、ショーンをジョンズワートに任せても大丈夫かどうか、判断するつもりなのである。
 大丈夫だと思えたら、一度デュライト邸から離れるつもりだった。



 目の前に広がる大きな大きな水たまりを見て、ショーンは声をあげてはしゃいだ。
 ラントシャフトには海がなかったから、ショーンにとっては初めて見るものなのである。
 できることなら、好きに遊ばせてやりたいが……。海は危ない。
 ショーンの性格的にも、少し目を離すと海へ突っ込んでいきそうなため、ジョンズワートはショーンとしっかり手を繋いでいる。
 もちろん、デュライト家から連れてきた者たちも目を光らせている。



 浅瀬であっても、まだ幼いショーンを海に入れるのは怖かったから。
 ジョンズワートは、砂浜での遊びを息子と楽しむことにした。
 最初に行ったのは、貝殻拾い。
 
「ほら、ショーン。見てごらん。きれいだろう?」

 ジョンズワートは、ピンク色の、つやつやとした貝殻を選んでショーンに見せた。
 喜んだショーンはそれを受け取り、母の元へと駆けていく。
 休めるよう砂浜にテーブルや椅子を展開しており、カレンはそこに座って二人を見守っていた。

「おかあしゃ、みてみて!」

 息子に差し出された貝殻を見え、「まあ」とカレンは目を細める。
 きれいね、と母に頭を撫でられ、ショーンはどこか誇らしげだった。
 そこに、追加の貝殻を持ったジョンズワートがやってくる。
 どれもつやつやぴかぴかで。それに対してもカレンが喜んで笑顔を見せたものだから。
 母を取られたような気持ちになったのだろうか。ショーンがむすっとした。

「ああ、ごめんごめん、ショーン」
「んー……」
「ごめんよ。今度は母さんに一緒に見せよう。僕と来てくれるかい?」

 ジョンズワートが手を差し出しても、ショーンはぷーっと頬を膨らませている。
 これにはジョンズワートも困ってしまい。
 休暇も始まったばかりだというのに、息子がご機嫌斜めになってしまった。
 ジョンズワートは、なんとかショーンの機嫌をとろうと必死だ。
 どうにかして宥めると、二人は手を繋いで歩いていき、再び砂浜で遊び始めた。

 
 そんな父息子を見たカレンは――

「ふふっ、ふふふっ」

 面白くて、笑ってしまった。
 二人の前ではなんとか耐えたが、少し距離ができた頃には吹き出してしまった。
 まだ幼いショーンが、母である自分に貝殻を見せに来るのわかる。
 でも、そのあと。ジョンズワートまで貝殻を持ってくるなんて。
 しかも、ショーンが持っている分よりずっと多く。
 彼は昔、身体の弱いカレンに色々なものを見せてくれたから。
 そのときの感覚が、抜けていないのかもしれない。
 自分より多くの貝殻を持ってきた男に対して、ショーンが機嫌を損ねてしまったのも、息子には悪いが面白かった。
 父息子揃って同じことをして、息子の機嫌を損ねて。なんとか宥めて、また遊びに行った。

 今度はなにを持ってくるんだろう。なにを見せてくれるんだろう。――どんなやりとりが、見られるのだろう。
 カレンは、もう、この時間が楽しくてたまらなかった。


 カレンがくすくす笑っているころ、ジョンズワートは、大人げないことをしたと反省していた。幼子に張り合うような真似をしてしまった。
 昔のクセで、ついついカレンに色々なものを見せたくなってしまうのである。
 だって、彼女はなにを見せても喜んでくれるのだ。……流石に、セミの抜け殻のときは怯えられたが。
 けれど、怖がらせるようなものを持ち込んだとしても、怒られはしないのである。
 驚いて小さく悲鳴をあげたあと、せっかく持ってきてくれたのにごめんなさい、と謝ってくるぐらいで。
 ベッドで寝込みがちな女の子には刺激の強いものを渡した、ジョンズワートが悪いのにだ。
 ジョンズワートは、そんな彼女の優しさと笑顔が、好きだった。
 この年になっても、幼子と一緒になって貝殻をみてみてしてしまうぐらいには。
 今回も、ショーンにだけでなく、ジョンズワートにも笑顔を見せてくれた。
 息子より多くの貝殻を持ってきた27歳の男に対しても、呆れることなく、きれいだと、笑ってくれたのだ。

 

 ふと、ああ、そういうことか。とジョンズワートは気が付く。
 ショーンが、よくメイドに花や葉っぱをプレゼントしていることは知っていた。
 それはきっと、カレンがショーンの「みてみて」に対して毎回笑顔を見せていたからだろう。
 これが相手に喜ばれる行為であると。受け取ってもらえると。ショーンは知っているのである。
 そう教えたのは、そう思わせたのは、カレンである。
 母が喜んでくれるから、笑顔を見せてくれるから。ショーンは贈り物をすることに迷いがない。
 初対面のときも、見知らぬ男である自分に近づき、大丈夫かと心配してくれたが……。
 それも、他者を心配することが自然なものとして身についていたからなのだろう。
 ショーンが可愛がられて暮らしてきた子であることは、これまでの姿からも伝わってきていた。


 カレンは他国へ逃亡し、知り合いもいない土地で、乳母なんていない状態で、子育てをしていた。
 貴族から平民の生活へ。母国から他国へ。乳母もなく子供を育て。
 伯爵家のお嬢さんとして育った彼女には、大変なことだっただろう。
 それでもショーンは、こんなにも元気に、優しく育っている。


 ジョンズワートは、ショーンと手を繋いだままカレンのほうへ振り返った。
 目が合うと、カレンは嬉しそうにひらひらと手を振る。
 そのまなざしは、愛情にあふれていて。
 彼女は母なのだと、ジョンズワートに強く感じさせた。
 ショーンと離れていたジョンズワートは新米パパであるが、彼女は、ここまでこの子を育ててきた、立派な母なのである。
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