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第三章
18 ただいまと、おかえり。
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カレンたちが母国に着いた頃、ホーネージュの冬は終わりに近づいていた。
ジョンズワートたちが出発した頃から、もう季節が変わり始めている。
地形の関係で、国境を越えた途端に雪国となる。
終わりに近いとはいえ、冬は冬。
ホーネージュに入ってからデュライト公爵領に着くまで、それなりの時間を要するかと思われたが……。
どうしてか、カレンたちが通る道の吹雪は収まり、幼いショーンを連れていてもなんとか進める程度には天候が安定していた。
まるで――
「おかえり、って言ってるみたいだね」
想定よりもずっと早く、デュライト領に到着できたとき。
ジョンズワートが、はにかみながらそう言った。
それはジョンズワート自身が、カレンに向けた言葉でもあった。
カレンもジョンズワートに笑みを返し、彼の手を握る。
雪に慣れていないショーンがそわそわしていたものだから、公爵邸に行く前に、町を見て回ることになった。
ショーンと手を繋ぎ、町の中央の広場へ。
ホーネージュの建物は、天井がとんがっているものが多い。積雪対策だ。出入り口が2階にあることだってある。
ラントシャフトとは全く異なる光景に、ショーンは目を輝かせた。
広場から見えるのは、一面の銀世界。
空は曇り、しんしんと雪が降り続いているが、視界は明るい。雪が光を反射しているのだ。
元より雪深い地であるから、こんな天気でもそれなりの人が外を歩いているが、雪に音が吸い込まれるために静かだ。
息をすると、きん、と冷たい空気が身体の中に入ってくる。ラントシャフトはここまで寒くなることはなかったから、カレンがこの空気を感じるのは本当に久しぶりで。
ああ、帰ってきたんだな、と実感することができた。
「……カレン・アーネスト・デュライト。旦那様とともに、ただいま戻りました」
静かにそう言ったカレンの前には、誰もいなかったが。
彼女は、この土地に、この地の人々に。……ジョンズワートに。ただいま、を言ったのである。
カレンの言葉に、ジョンズワートも改めて、ずっと言いたかった言葉を伝える。
「おかえり、カレン」
町の真ん中で、雪の降る中で、二人は微笑み合った。
すれ違い続けた二人。逃げ出した妻と、死亡説が流れても諦めなかった夫の、ただいまと、おかえり。
そんな光景に、ずっと二人を支えてきたチェストリーとアーティは少し涙ぐんで。
……母と実父が今この瞬間を噛みしめていてもおかまいなしなのが、息子のショーンである。
「あっ、ショーン! 勝手に離れちゃダメよ」
初めての土地で息子が迷子にならないよう、手を繋いでいたカレンであったが。
ジョンズワートと見つめ合っているうちに、ショーンにするりと逃げられてしまった。
追いかけようとしたカレンだったが、雪国は4年ぶりで。
転びそうになるカレンをジョンズワートが支え、「僕が行くから待っていて」と言い残し、ショーンの元へ向かった。
子供はすばしっこいものだが、雪国に慣れた成人男性であるジョンズワートの方が何枚も上手。
ショーンはあっという間にジョンズワートに捕獲された。
ショーンを抱き上げ、ジョンズワートは困ったように笑う。
「ショーン。急に飛び出したら、母さんが心配するよ。ほら、手を繋ごう。どこに行きたい? 気になるものはある?」
ショーンをおろし、父と息子が手を繋ぐ。
ジョンズワートは、空いてる方の手で色々な方向を指し示した。
だが、ショーンはジョンズワートが指さす方ではなく、実の父のことをじいっと見つめていて。
深い青の瞳には、同じ色を持つ大人の男の姿が映っている。
ここまでの旅路で、なにか思うところがあったのだろうか。
ショーンは、
「……おとう、しゃ?」
と。
一言だが、そう言った。
「……!」
ジョンズワートも、これには驚いた。
ショーンに出会ってから、さほど時間は経っていない。
なのに、もう。父親だと思ってもらえたのだろうか。
本当に、本当に驚いたし、嬉しかったのだ。だからジョンズワートは、ショーンと繋いだ手から、力を抜いてしまった。
そのすきに、ショーンはまた走り出す。
「待ちなさい、ショーン!」
しかしすぐにジョンズワートに捕まって。今度は息子を抱き上げたまま、カレンの元まで連れて行った。
父息子の攻防を少し離れた場所から見ていたカレンは、くすくすと楽しそうに笑っていた。
ショーンがジョンズワートのことを「お父さん」と呼んだのは、驚かせて逃げるためだったのか、それとも、なにかを感じ取ったのか。
それは、ジョンズワートにも、ショーン自身にもわからなかった。
だって、ショーンは。まだ、3歳なのだから。
ジョンズワートたちが出発した頃から、もう季節が変わり始めている。
地形の関係で、国境を越えた途端に雪国となる。
終わりに近いとはいえ、冬は冬。
ホーネージュに入ってからデュライト公爵領に着くまで、それなりの時間を要するかと思われたが……。
どうしてか、カレンたちが通る道の吹雪は収まり、幼いショーンを連れていてもなんとか進める程度には天候が安定していた。
まるで――
「おかえり、って言ってるみたいだね」
想定よりもずっと早く、デュライト領に到着できたとき。
ジョンズワートが、はにかみながらそう言った。
それはジョンズワート自身が、カレンに向けた言葉でもあった。
カレンもジョンズワートに笑みを返し、彼の手を握る。
雪に慣れていないショーンがそわそわしていたものだから、公爵邸に行く前に、町を見て回ることになった。
ショーンと手を繋ぎ、町の中央の広場へ。
ホーネージュの建物は、天井がとんがっているものが多い。積雪対策だ。出入り口が2階にあることだってある。
ラントシャフトとは全く異なる光景に、ショーンは目を輝かせた。
広場から見えるのは、一面の銀世界。
空は曇り、しんしんと雪が降り続いているが、視界は明るい。雪が光を反射しているのだ。
元より雪深い地であるから、こんな天気でもそれなりの人が外を歩いているが、雪に音が吸い込まれるために静かだ。
息をすると、きん、と冷たい空気が身体の中に入ってくる。ラントシャフトはここまで寒くなることはなかったから、カレンがこの空気を感じるのは本当に久しぶりで。
ああ、帰ってきたんだな、と実感することができた。
「……カレン・アーネスト・デュライト。旦那様とともに、ただいま戻りました」
静かにそう言ったカレンの前には、誰もいなかったが。
彼女は、この土地に、この地の人々に。……ジョンズワートに。ただいま、を言ったのである。
カレンの言葉に、ジョンズワートも改めて、ずっと言いたかった言葉を伝える。
「おかえり、カレン」
町の真ん中で、雪の降る中で、二人は微笑み合った。
すれ違い続けた二人。逃げ出した妻と、死亡説が流れても諦めなかった夫の、ただいまと、おかえり。
そんな光景に、ずっと二人を支えてきたチェストリーとアーティは少し涙ぐんで。
……母と実父が今この瞬間を噛みしめていてもおかまいなしなのが、息子のショーンである。
「あっ、ショーン! 勝手に離れちゃダメよ」
初めての土地で息子が迷子にならないよう、手を繋いでいたカレンであったが。
ジョンズワートと見つめ合っているうちに、ショーンにするりと逃げられてしまった。
追いかけようとしたカレンだったが、雪国は4年ぶりで。
転びそうになるカレンをジョンズワートが支え、「僕が行くから待っていて」と言い残し、ショーンの元へ向かった。
子供はすばしっこいものだが、雪国に慣れた成人男性であるジョンズワートの方が何枚も上手。
ショーンはあっという間にジョンズワートに捕獲された。
ショーンを抱き上げ、ジョンズワートは困ったように笑う。
「ショーン。急に飛び出したら、母さんが心配するよ。ほら、手を繋ごう。どこに行きたい? 気になるものはある?」
ショーンをおろし、父と息子が手を繋ぐ。
ジョンズワートは、空いてる方の手で色々な方向を指し示した。
だが、ショーンはジョンズワートが指さす方ではなく、実の父のことをじいっと見つめていて。
深い青の瞳には、同じ色を持つ大人の男の姿が映っている。
ここまでの旅路で、なにか思うところがあったのだろうか。
ショーンは、
「……おとう、しゃ?」
と。
一言だが、そう言った。
「……!」
ジョンズワートも、これには驚いた。
ショーンに出会ってから、さほど時間は経っていない。
なのに、もう。父親だと思ってもらえたのだろうか。
本当に、本当に驚いたし、嬉しかったのだ。だからジョンズワートは、ショーンと繋いだ手から、力を抜いてしまった。
そのすきに、ショーンはまた走り出す。
「待ちなさい、ショーン!」
しかしすぐにジョンズワートに捕まって。今度は息子を抱き上げたまま、カレンの元まで連れて行った。
父息子の攻防を少し離れた場所から見ていたカレンは、くすくすと楽しそうに笑っていた。
ショーンがジョンズワートのことを「お父さん」と呼んだのは、驚かせて逃げるためだったのか、それとも、なにかを感じ取ったのか。
それは、ジョンズワートにも、ショーン自身にもわからなかった。
だって、ショーンは。まだ、3歳なのだから。
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