上 下
45 / 77
第三章

18 ただいまと、おかえり。

しおりを挟む
 カレンたちが母国に着いた頃、ホーネージュの冬は終わりに近づいていた。
 ジョンズワートたちが出発した頃から、もう季節が変わり始めている。
 地形の関係で、国境を越えた途端に雪国となる。
 終わりに近いとはいえ、冬は冬。
 ホーネージュに入ってからデュライト公爵領に着くまで、それなりの時間を要するかと思われたが……。
 どうしてか、カレンたちが通る道の吹雪は収まり、幼いショーンを連れていてもなんとか進める程度には天候が安定していた。
 まるで――

「おかえり、って言ってるみたいだね」

 想定よりもずっと早く、デュライト領に到着できたとき。
 ジョンズワートが、はにかみながらそう言った。
 それはジョンズワート自身が、カレンに向けた言葉でもあった。
 カレンもジョンズワートに笑みを返し、彼の手を握る。

 雪に慣れていないショーンがそわそわしていたものだから、公爵邸に行く前に、町を見て回ることになった。
 ショーンと手を繋ぎ、町の中央の広場へ。
 ホーネージュの建物は、天井がとんがっているものが多い。積雪対策だ。出入り口が2階にあることだってある。
 ラントシャフトとは全く異なる光景に、ショーンは目を輝かせた。

 広場から見えるのは、一面の銀世界。
 空は曇り、しんしんと雪が降り続いているが、視界は明るい。雪が光を反射しているのだ。
 元より雪深い地であるから、こんな天気でもそれなりの人が外を歩いているが、雪に音が吸い込まれるために静かだ。
 息をすると、きん、と冷たい空気が身体の中に入ってくる。ラントシャフトはここまで寒くなることはなかったから、カレンがこの空気を感じるのは本当に久しぶりで。
 ああ、帰ってきたんだな、と実感することができた。
 
「……カレン・アーネスト・デュライト。旦那様とともに、ただいま戻りました」

 静かにそう言ったカレンの前には、誰もいなかったが。
 彼女は、この土地に、この地の人々に。……ジョンズワートに。ただいま、を言ったのである。
 カレンの言葉に、ジョンズワートも改めて、ずっと言いたかった言葉を伝える。

「おかえり、カレン」

 町の真ん中で、雪の降る中で、二人は微笑み合った。
 すれ違い続けた二人。逃げ出した妻と、死亡説が流れても諦めなかった夫の、ただいまと、おかえり。
 そんな光景に、ずっと二人を支えてきたチェストリーとアーティは少し涙ぐんで。
 ……母と実父が今この瞬間を噛みしめていてもおかまいなしなのが、息子のショーンである。

「あっ、ショーン! 勝手に離れちゃダメよ」

 初めての土地で息子が迷子にならないよう、手を繋いでいたカレンであったが。
 ジョンズワートと見つめ合っているうちに、ショーンにするりと逃げられてしまった。
 追いかけようとしたカレンだったが、雪国は4年ぶりで。
 転びそうになるカレンをジョンズワートが支え、「僕が行くから待っていて」と言い残し、ショーンの元へ向かった。
 子供はすばしっこいものだが、雪国に慣れた成人男性であるジョンズワートの方が何枚も上手。
 ショーンはあっという間にジョンズワートに捕獲された。
 ショーンを抱き上げ、ジョンズワートは困ったように笑う。

「ショーン。急に飛び出したら、母さんが心配するよ。ほら、手を繋ごう。どこに行きたい? 気になるものはある?」

 ショーンをおろし、父と息子が手を繋ぐ。
 ジョンズワートは、空いてる方の手で色々な方向を指し示した。
 だが、ショーンはジョンズワートが指さす方ではなく、実の父のことをじいっと見つめていて。
 深い青の瞳には、同じ色を持つ大人の男の姿が映っている。
 ここまでの旅路で、なにか思うところがあったのだろうか。
 ショーンは、

「……おとう、しゃ?」

 と。
 一言だが、そう言った。

「……!」

 ジョンズワートも、これには驚いた。
 ショーンに出会ってから、さほど時間は経っていない。
 なのに、もう。父親だと思ってもらえたのだろうか。
 本当に、本当に驚いたし、嬉しかったのだ。だからジョンズワートは、ショーンと繋いだ手から、力を抜いてしまった。
 そのすきに、ショーンはまた走り出す。

「待ちなさい、ショーン!」

 しかしすぐにジョンズワートに捕まって。今度は息子を抱き上げたまま、カレンの元まで連れて行った。
 父息子の攻防を少し離れた場所から見ていたカレンは、くすくすと楽しそうに笑っていた。
 ショーンがジョンズワートのことを「お父さん」と呼んだのは、驚かせて逃げるためだったのか、それとも、なにかを感じ取ったのか。
 それは、ジョンズワートにも、ショーン自身にもわからなかった。
 だって、ショーンは。まだ、3歳なのだから。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

window
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

「私も新婚旅行に一緒に行きたい」彼を溺愛する幼馴染がお願いしてきた。彼は喜ぶが二人は喧嘩になり別れを選択する。

window
恋愛
イリス公爵令嬢とハリー王子は、お互いに惹かれ合い相思相愛になる。 「私と結婚していただけますか?」とハリーはプロポーズし、イリスはそれを受け入れた。 関係者を招待した結婚披露パーティーが開かれて、会場でエレナというハリーの幼馴染の子爵令嬢と出会う。 「新婚旅行に私も一緒に行きたい」エレナは結婚した二人の間に図々しく踏み込んでくる。エレナの厚かましいお願いに、イリスは怒るより驚き呆れていた。 「僕は構わないよ。エレナも一緒に行こう」ハリーは信じられないことを言い出す。エレナが同行することに乗り気になり、花嫁のイリスの面目をつぶし感情を傷つける。 とんでもない男と結婚したことが分かったイリスは、言葉を失うほかなく立ち尽くしていた。

【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。

暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。 リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。 その翌日、二人の婚約は解消されることになった。 急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

window
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

たまこ
恋愛
 エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。  だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

処理中です...