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第三章

6 それが、彼女のためだから。

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 村人の話によると、カレンたちは村外れの丘に建つ、小さな家で暮らしているそうだ。
 家族仲は良好で、息子は3歳。
 その年齢が確かなら、カレンはジョンズワートの元からいなくなった頃、妊娠したことになる。
 旦那は、とびきりの美形で、金髪だという。
 ジョンズワートは、そんな男に心当たりがあった。カレンと共に姿を消した従者、チェストリーである。

「ワート。しっかり歩け。どういう結果であれ、やっと見つけたんだ。姿を見るぐらいはしておきたいだろ?」
「ああ……」

 ようやくカレンの無事を確認できるというのに、ジョンズワートの足取りは重い。
 ここまでの情報から、ある可能性に辿り着いてしまったのである。
 そもそも、カレンは誘拐などされていなかったのでは、と。

 ジョンズワートは、カレンとチェストリーの関係を主人と従者であると思い込んでいた。
 変態貴族に引き取られて玩具にされてもおかしくなかったチェストリーは、まだ幼かったカレンに人生を救われている。
 二人の仲のよさは知っていたが、そんな経緯だから、そこにあるのは恋愛感情ではなく忠義だと思っていたのだ。
 けれど、違ったのかもしれない。
 本当は、二人は恋仲で。カレンはチェストリーのことが好きだったから、縁談を断り続けていた。
 なのに、ジョンズワートが無理やりカレンを妻にした。
 苦しんだカレンは、誘拐されたふりをして、チェストリーとともにジョンズワートから逃げ出した。
 今のジョンズワートの頭の中にあるのは、そんな筋書きだ。



「あれじゃないか?」

 村の外れまでたどり着くと、アーティがどこかを指さした。
 示すものがなにかなんて、わかっている。カレンたちが住んでいるという話の家だろう。
 アーティが物陰に隠れたから、ジョンズワートも同じようにした。
 ずっと探していた人がそこにいるというのに、ジョンズワートは、顔を上げる気になれなかった。
 もしも、その家からカレンたちが出てきたら。カレンが幸せそうに笑っていたら。
 ジョンズワートが考えている筋書きが、事実なのだと突きつけられてしまったら――。

 
 もう、このまま。なにも知らなかった、なにも見なかったことにして、立ち去ってしまいたい。
 その場から逃げ出しそうになったジョンズワートだが、懐かしい声に惹かれて、ばっと顔を上げてしまった。
 カレンが、まだ幼い子供とともに家から出てきたのである。
 子に話しかける彼女の声は、とても優しいものだった。
 ジョンズワートの記憶の中の彼女より、ずいぶんと髪は短くなったけれど。確かに、カレンだった。
 二人に続いて、男が姿を現した。
 カレンと同じく髪を切っていたが、誰なのかはわかる。チェストリーだ。あんな美形、そうそうお目にかかれるものではない。
 
 チェストリーがひょいと子を抱き上げれば、子は楽しそうに笑い声をあげる。
 遠目であっても、子が金髪であることはわかった。
 カレンは亜麻色の髪であるが、チェストリーは金髪。父親はチェストリーなのだろう。
 
 夫婦と息子の三人の、穏やかで、幸せな家庭。
 ほんの短い時間でも、彼らの空気感から、今のカレンが幸せであることが伝わってきた。
 カレンは、傷を利用して無理やり結婚させた男から逃げ、想い人と家庭を築いたのだ。
 ジョンズワートのせいで、家族や母国を捨てて他国まで逃げるなんていう、つらいこともさせてしまった。

 ジョンズワートはずっとカレンを探し続けていたが、カレンにジョンズワートは必要ない。
 むしろ、邪魔な存在だろう。
 彼女を苦しませ続けてしまったジョンズワートが、彼女のためにできることは。

「……行こう」
「ワート……」

 これ以上、彼女に干渉しないことだった。
 ジョンズワートは、カレンたちに声をかけず、その場から立ち去ることを決めた。
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