33 / 77
第三章
6 それが、彼女のためだから。
しおりを挟む
村人の話によると、カレンたちは村外れの丘に建つ、小さな家で暮らしているそうだ。
家族仲は良好で、息子は3歳。
その年齢が確かなら、カレンはジョンズワートの元からいなくなった頃、妊娠したことになる。
旦那は、とびきりの美形で、金髪だという。
ジョンズワートは、そんな男に心当たりがあった。カレンと共に姿を消した従者、チェストリーである。
「ワート。しっかり歩け。どういう結果であれ、やっと見つけたんだ。姿を見るぐらいはしておきたいだろ?」
「ああ……」
ようやくカレンの無事を確認できるというのに、ジョンズワートの足取りは重い。
ここまでの情報から、ある可能性に辿り着いてしまったのである。
そもそも、カレンは誘拐などされていなかったのでは、と。
ジョンズワートは、カレンとチェストリーの関係を主人と従者であると思い込んでいた。
変態貴族に引き取られて玩具にされてもおかしくなかったチェストリーは、まだ幼かったカレンに人生を救われている。
二人の仲のよさは知っていたが、そんな経緯だから、そこにあるのは恋愛感情ではなく忠義だと思っていたのだ。
けれど、違ったのかもしれない。
本当は、二人は恋仲で。カレンはチェストリーのことが好きだったから、縁談を断り続けていた。
なのに、ジョンズワートが無理やりカレンを妻にした。
苦しんだカレンは、誘拐されたふりをして、チェストリーとともにジョンズワートから逃げ出した。
今のジョンズワートの頭の中にあるのは、そんな筋書きだ。
「あれじゃないか?」
村の外れまでたどり着くと、アーティがどこかを指さした。
示すものがなにかなんて、わかっている。カレンたちが住んでいるという話の家だろう。
アーティが物陰に隠れたから、ジョンズワートも同じようにした。
ずっと探していた人がそこにいるというのに、ジョンズワートは、顔を上げる気になれなかった。
もしも、その家からカレンたちが出てきたら。カレンが幸せそうに笑っていたら。
ジョンズワートが考えている筋書きが、事実なのだと突きつけられてしまったら――。
もう、このまま。なにも知らなかった、なにも見なかったことにして、立ち去ってしまいたい。
その場から逃げ出しそうになったジョンズワートだが、懐かしい声に惹かれて、ばっと顔を上げてしまった。
カレンが、まだ幼い子供とともに家から出てきたのである。
子に話しかける彼女の声は、とても優しいものだった。
ジョンズワートの記憶の中の彼女より、ずいぶんと髪は短くなったけれど。確かに、カレンだった。
二人に続いて、男が姿を現した。
カレンと同じく髪を切っていたが、誰なのかはわかる。チェストリーだ。あんな美形、そうそうお目にかかれるものではない。
チェストリーがひょいと子を抱き上げれば、子は楽しそうに笑い声をあげる。
遠目であっても、子が金髪であることはわかった。
カレンは亜麻色の髪であるが、チェストリーは金髪。父親はチェストリーなのだろう。
夫婦と息子の三人の、穏やかで、幸せな家庭。
ほんの短い時間でも、彼らの空気感から、今のカレンが幸せであることが伝わってきた。
カレンは、傷を利用して無理やり結婚させた男から逃げ、想い人と家庭を築いたのだ。
ジョンズワートのせいで、家族や母国を捨てて他国まで逃げるなんていう、つらいこともさせてしまった。
ジョンズワートはずっとカレンを探し続けていたが、カレンにジョンズワートは必要ない。
むしろ、邪魔な存在だろう。
彼女を苦しませ続けてしまったジョンズワートが、彼女のためにできることは。
「……行こう」
「ワート……」
これ以上、彼女に干渉しないことだった。
ジョンズワートは、カレンたちに声をかけず、その場から立ち去ることを決めた。
家族仲は良好で、息子は3歳。
その年齢が確かなら、カレンはジョンズワートの元からいなくなった頃、妊娠したことになる。
旦那は、とびきりの美形で、金髪だという。
ジョンズワートは、そんな男に心当たりがあった。カレンと共に姿を消した従者、チェストリーである。
「ワート。しっかり歩け。どういう結果であれ、やっと見つけたんだ。姿を見るぐらいはしておきたいだろ?」
「ああ……」
ようやくカレンの無事を確認できるというのに、ジョンズワートの足取りは重い。
ここまでの情報から、ある可能性に辿り着いてしまったのである。
そもそも、カレンは誘拐などされていなかったのでは、と。
ジョンズワートは、カレンとチェストリーの関係を主人と従者であると思い込んでいた。
変態貴族に引き取られて玩具にされてもおかしくなかったチェストリーは、まだ幼かったカレンに人生を救われている。
二人の仲のよさは知っていたが、そんな経緯だから、そこにあるのは恋愛感情ではなく忠義だと思っていたのだ。
けれど、違ったのかもしれない。
本当は、二人は恋仲で。カレンはチェストリーのことが好きだったから、縁談を断り続けていた。
なのに、ジョンズワートが無理やりカレンを妻にした。
苦しんだカレンは、誘拐されたふりをして、チェストリーとともにジョンズワートから逃げ出した。
今のジョンズワートの頭の中にあるのは、そんな筋書きだ。
「あれじゃないか?」
村の外れまでたどり着くと、アーティがどこかを指さした。
示すものがなにかなんて、わかっている。カレンたちが住んでいるという話の家だろう。
アーティが物陰に隠れたから、ジョンズワートも同じようにした。
ずっと探していた人がそこにいるというのに、ジョンズワートは、顔を上げる気になれなかった。
もしも、その家からカレンたちが出てきたら。カレンが幸せそうに笑っていたら。
ジョンズワートが考えている筋書きが、事実なのだと突きつけられてしまったら――。
もう、このまま。なにも知らなかった、なにも見なかったことにして、立ち去ってしまいたい。
その場から逃げ出しそうになったジョンズワートだが、懐かしい声に惹かれて、ばっと顔を上げてしまった。
カレンが、まだ幼い子供とともに家から出てきたのである。
子に話しかける彼女の声は、とても優しいものだった。
ジョンズワートの記憶の中の彼女より、ずいぶんと髪は短くなったけれど。確かに、カレンだった。
二人に続いて、男が姿を現した。
カレンと同じく髪を切っていたが、誰なのかはわかる。チェストリーだ。あんな美形、そうそうお目にかかれるものではない。
チェストリーがひょいと子を抱き上げれば、子は楽しそうに笑い声をあげる。
遠目であっても、子が金髪であることはわかった。
カレンは亜麻色の髪であるが、チェストリーは金髪。父親はチェストリーなのだろう。
夫婦と息子の三人の、穏やかで、幸せな家庭。
ほんの短い時間でも、彼らの空気感から、今のカレンが幸せであることが伝わってきた。
カレンは、傷を利用して無理やり結婚させた男から逃げ、想い人と家庭を築いたのだ。
ジョンズワートのせいで、家族や母国を捨てて他国まで逃げるなんていう、つらいこともさせてしまった。
ジョンズワートはずっとカレンを探し続けていたが、カレンにジョンズワートは必要ない。
むしろ、邪魔な存在だろう。
彼女を苦しませ続けてしまったジョンズワートが、彼女のためにできることは。
「……行こう」
「ワート……」
これ以上、彼女に干渉しないことだった。
ジョンズワートは、カレンたちに声をかけず、その場から立ち去ることを決めた。
14
お気に入りに追加
3,302
あなたにおすすめの小説
あなたの子ではありません。
沙耶
恋愛
公爵令嬢アナスタシアは王太子セドリックと結婚したが、彼に愛人がいることを初夜に知ってしまう。
セドリックを愛していたアナスタシアは衝撃を受けるが、セドリックはアナスタシアにさらに追い打ちをかけた。
「子は要らない」
そう話したセドリックは避妊薬を飲みアナスタシアとの初夜を終えた。
それ以降、彼は愛人と過ごしておりアナスタシアのところには一切来ない。
そのまま二年の時が過ぎ、セドリックと愛人の間に子供が出来たと伝えられたアナスタシアは、子も産めない私はいつまで王太子妃としているのだろうと考え始めた。
離縁を決意したアナスタシアはセドリックに伝えるが、何故か怒ったセドリックにアナスタシアは無理矢理抱かれてしまう。
しかし翌日、離縁は成立された。
アナスタシアは離縁後母方の領地で静かに過ごしていたが、しばらくして妊娠が発覚する。
セドリックと過ごした、あの夜の子だった。
【完結】さようなら、王子様。どうか私のことは忘れて下さい
ハナミズキ
恋愛
悪女と呼ばれ、愛する人の手によって投獄された私。
理由は、嫉妬のあまり彼の大切な女性を殺そうとしたから。
彼は私の婚約者だけど、私のことを嫌っている。そして別の人を愛している。
彼女が許せなかった。
でも今は自分のことが一番許せない。
自分の愚かな行いのせいで、彼の人生を狂わせてしまった。両親や兄の人生も狂わせてしまった。
皆が私のせいで不幸になった。
そして私は失意の中、地下牢で命を落とした。
──はずだったのに。
気づいたら投獄の二ヶ月前に時が戻っていた。どうして──? わからないことだらけだけど、自分のやるべきことだけはわかる。
不幸の元凶である私が、皆の前から消えること。
貴方への愛がある限り、
私はまた同じ過ちを繰り返す。
だから私は、貴方との別れを選んだ。
もう邪魔しないから。
今世は幸せになって。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
元サヤのお話です。ゆるふわ設定です。
合わない方は静かにご退場願います。
R18版(本編はほぼ同じでR18シーン追加版)はムーンライトに時間差で掲載予定ですので、大人の方はそちらもどうぞ。
24話か25話くらいの予定です。
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…
彼女の光と声を奪った俺が出来ること
jun
恋愛
アーリアが毒を飲んだと聞かされたのは、キャリーを抱いた翌日。
キャリーを好きだったわけではない。勝手に横にいただけだ。既に処女ではないから最後に抱いてくれと言われたから抱いただけだ。
気付けば婚約は解消されて、アーリアはいなくなり、愛妾と勝手に噂されたキャリーしか残らなかった。
*1日1話、12時投稿となります。初回だけ2話投稿します。
浮気癖夫が妻に浮気された話。
伊月 慧
恋愛
浮気癖夫の和樹は結婚しているにも拘わらず、朝帰りは日常的。
そんな和樹がまた女の元へ行っていた日、なんと妻の香織は家に男を連れ込んだ。その男は和樹の会社の先輩であり、香織の元カレでーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる