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第二章
16 さようなら、大好きでした。
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妊娠の可能性に気が付いたカレン。
これ以上ジョンズワートと自分を苦しませることのないよう、ある計画を立てた。
誘拐と死亡を装って、彼の前から消えてしまおうと思ったのだ。
ホーネージュ王国は雪国で、季節はちょうど、冬だった。
伯爵家の生まれであるカレンは守られて生きてきたが、この国の冬には、雪に関連した事故で命を落とすものも少なくない。
それを利用することにした。
「ワート様。アーネスト家の領地で行われる雪まつりに行きたいのですが……」
「ああ、あのお祭りか。僕らも一緒に行ったよね。日程は?」
「できれば、今日」
夫に外出を申し出るカレンは、おずおずと、こんなときに申し訳ない、といった風を装う。
この日、よくカレンの護衛につく者たちが出払っていることは確認済みだった。
アーネスト伯爵領で行われる雪まつりについては、ジョンズワートもよく知っている。
1週間ほどかけて開催される盛大なもので、デュライト公爵領で行われる祭よりも規模が大きく、歴史もある。アーネスト伯爵領の観光資源の1つにも数えられている。
カレンが元気になった頃には、二人で見て回ったものだ。
「今日か……」
「はい。父に聞いたところ、私の好きな催しが行われるのが、今日だそうで」
「きみの故郷のお祭りだ。いいよと言いたいところだけど……。護衛の手配が……」
カレンの狙い通り、ジョンズワートはどうしたものかと考え込んでいる。
この日、ジョンズワートが急に公爵邸をあけられないことも既に確認済みだ。
「チェストリーだけではダメでしょうか? 行先はアーネスト領ですから、まずは実家に顔を出しますし、チェストリーは腕も立ちます。彼一人でも、十分かと思うのですが……。急なことで申し訳ありません。でも、どうしても今日、行きたいのです」
デュライト公爵家に来た今も、チェストリーはカレンの従者だ。
彼が最優先すべき仕事は、カレンに仕えること。守ること。
だから、他の者が別のことで拘束されているときでも、チェストリーだけは絶対にカレンの元へ駆けつけられるよう配置されていた。
「……そう、だね。今回は、チェストリーにお願いしようか。雪まつり、楽しんでおいで」
「ありがとうございます。ワート様」
ジョンズワートの答えに、カレンはぱあっと表情を輝かせた。
なにも知らなければ、祭に行けることが嬉しくて笑顔を見せる、愛らしい姿なのだが……。
このときのカレンは、計画を実行に移せることを、喜んでいた。
「では、いってきます」
「うん。気を付けて」
これが、ジョンズワートとカレンが最後に交わした言葉だった。
カレンはこれが最後になるとわかっていたが――さようなら、とは、流石に言えなかった。
だから、心の中だけで。ジョンズワートに今までのことへの感謝とお別れを告げた。
ワート様。今までありがとうございました。
幼い頃から、ずっとあなたを慕っておりました。
身体の弱い私を、ここまで元気にしてくれたのは、あなたです。
ワート様は、私の大好きな人で、恩人です。
優しいあなたを縛ってしまって、ごめんなさい。
私は、今日を最後に、あなたの前から姿を消します。
ですから、あなたは……本当に愛する人と、幸せになってください。
さようなら、ワート様。大好きでした。
これ以上ジョンズワートと自分を苦しませることのないよう、ある計画を立てた。
誘拐と死亡を装って、彼の前から消えてしまおうと思ったのだ。
ホーネージュ王国は雪国で、季節はちょうど、冬だった。
伯爵家の生まれであるカレンは守られて生きてきたが、この国の冬には、雪に関連した事故で命を落とすものも少なくない。
それを利用することにした。
「ワート様。アーネスト家の領地で行われる雪まつりに行きたいのですが……」
「ああ、あのお祭りか。僕らも一緒に行ったよね。日程は?」
「できれば、今日」
夫に外出を申し出るカレンは、おずおずと、こんなときに申し訳ない、といった風を装う。
この日、よくカレンの護衛につく者たちが出払っていることは確認済みだった。
アーネスト伯爵領で行われる雪まつりについては、ジョンズワートもよく知っている。
1週間ほどかけて開催される盛大なもので、デュライト公爵領で行われる祭よりも規模が大きく、歴史もある。アーネスト伯爵領の観光資源の1つにも数えられている。
カレンが元気になった頃には、二人で見て回ったものだ。
「今日か……」
「はい。父に聞いたところ、私の好きな催しが行われるのが、今日だそうで」
「きみの故郷のお祭りだ。いいよと言いたいところだけど……。護衛の手配が……」
カレンの狙い通り、ジョンズワートはどうしたものかと考え込んでいる。
この日、ジョンズワートが急に公爵邸をあけられないことも既に確認済みだ。
「チェストリーだけではダメでしょうか? 行先はアーネスト領ですから、まずは実家に顔を出しますし、チェストリーは腕も立ちます。彼一人でも、十分かと思うのですが……。急なことで申し訳ありません。でも、どうしても今日、行きたいのです」
デュライト公爵家に来た今も、チェストリーはカレンの従者だ。
彼が最優先すべき仕事は、カレンに仕えること。守ること。
だから、他の者が別のことで拘束されているときでも、チェストリーだけは絶対にカレンの元へ駆けつけられるよう配置されていた。
「……そう、だね。今回は、チェストリーにお願いしようか。雪まつり、楽しんでおいで」
「ありがとうございます。ワート様」
ジョンズワートの答えに、カレンはぱあっと表情を輝かせた。
なにも知らなければ、祭に行けることが嬉しくて笑顔を見せる、愛らしい姿なのだが……。
このときのカレンは、計画を実行に移せることを、喜んでいた。
「では、いってきます」
「うん。気を付けて」
これが、ジョンズワートとカレンが最後に交わした言葉だった。
カレンはこれが最後になるとわかっていたが――さようなら、とは、流石に言えなかった。
だから、心の中だけで。ジョンズワートに今までのことへの感謝とお別れを告げた。
ワート様。今までありがとうございました。
幼い頃から、ずっとあなたを慕っておりました。
身体の弱い私を、ここまで元気にしてくれたのは、あなたです。
ワート様は、私の大好きな人で、恩人です。
優しいあなたを縛ってしまって、ごめんなさい。
私は、今日を最後に、あなたの前から姿を消します。
ですから、あなたは……本当に愛する人と、幸せになってください。
さようなら、ワート様。大好きでした。
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