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第二章

15 もしも、もしもそうだったら。

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 自分に与えられた部屋で、一人ベッドに横たわる。
 恥ずかしくて、惨めで、悔しくて、悲しくて。涙がとまらない。
 あれだけ頑張っても、ジョンズワートに拒まれてしまったのだ。
 彼はきっと、カレンを抱くつもりはないのだろう。
 愛されているのかもしれないと、思ったのに。天国から地獄へ突き落されたような気分だ。
 カレンはジョンズワートの妻だ。だが、妻という立場にあるだけでもある。
 ジョンズワートが優しいから勘違いしそうにもなったが、やはり、彼の気持ちはサラにあるのかもしれない。
 最初の一回はどうしても逃れられないから、仕方なしにカレンを抱いただけ。
 
 ジョンズワートは優しい人だから。本命の女性がいても、カレンを大事に扱ってくれた。夫婦らしく、デートもしてくれた。次も行こうと言ってくれた。
 でも、カレンと身体の関係を持つことはしない。
 ジョンズワートなりの線引きなのだろうか。

 これは貴族の婚姻であるから、たとえ愛のない結婚であろうと、世継ぎは作る必要がある。
 カレンも伯爵家の娘だ。子供はいるが夫婦仲が冷え切っている家庭もあることぐらい、知っている。
 だから、普通に考えれば、本命が別にいたとしても、ジョンズワートはカレンを抱いて子を作るべきなのだ。
 彼だって公爵家の当主。それは承知しているはずだ。なのに、カレンに手を出すことはない。
 ジョンズワートは、本命の女性と、妻の自分の間で、苦しんでいるのかもしれない。
 
「ワートさま……」

 ジョンズワートに二度目の求婚をされたとき。
 カレンは、傷をつけた責任が理由でもいいから、彼と結婚したいと思ってしまった。
 想い人がいるとしても、彼が欲しいと思ってしまった。
 そして、自分の望みを叶えるために、彼の求婚を受け入れた。
 その結果が、これだ。
 カレンも苦しくてたまらないし、ジョンズワートのことも困らせてしまっている。

 カレンは、思う。 
 自分は、身を引くべきなのではと。
 彼に愛されているなんていう夢を見ず、彼の元を去るべきなのではと。
 もっと早くにそうした方が、お互い傷が浅く済んだ可能性だってある。
 そもそも、彼とサラのことを知っていたのだから、婚約などするべきではなかったのだ。
 このまま夜を共にせず、子を作らず。タイミングを見て、彼の元を去ろう。
 涙で枕を濡らしながら、カレンはそう決めた。

 それはジョンズワートを想っての決断であったが、自分のためでもあった。
 彼のそばは、こんなにも、苦しい。
 彼のことが好きだから。彼と一緒に過ごす時間がとても楽しかったから。
 だからこそ、求められない事実が、苦しくてたまらない。
 求めて欲しい、自分の身体に触れて欲しいと、彼の情欲を向けられたいと、願ってしまう。
 それが叶わない以上、もう、カレンの方が耐えられない。




「あ……。最後に、きたのって」

 そうやって、子を作らないようにと考えてしまったからだろうか。
 カレンはあることに気が付いてしまった。
 結婚式を挙げ、ジョンズワートとの初夜を済ませたあとから、月のものがきていない。
 女性の身体はデリケートだ。環境が変わったり、ストレスがかかったりして、周期が乱れることは多々ある。
 カレンは今までもそういったことがあったから、きていないことに自分でも気が付いていなかった。
 サポートがあるとはいえ、公爵家の奥様になったばかりのカレンは忙しく、心労も多い。
 だから、月のもののことなんて、気にする余裕もなかったのだ。

 ジョンズワートと交わったのはただの1回のみだから、環境の変化による負荷で、周期が乱れたと考えるほうが自然だ。
 けれど、妊娠の可能性がゼロだとは言い切れない。
 医師に診てもらえばはっきりするのかもしれないが――そんなことをして、本当に妊娠していたら。
 当然、ジョンズワートにも知られてしまうだろう。
 
 妊娠か、周期の乱れか。
 どちらかは、まだわからない。
 でも、もし前者だったら。
 カレンは、この先もジョンズワートを縛り付けてしまう。
 昔に起きたことの責任を取るために、本当に好きな人ではなく、自分と結婚した、優しく責任感のある彼を。一生、自分に縛ってしまう。

「そんなの……いや……」

 このままだと、自分も彼も苦しみ続けることになってしまう。
 どうしたら、彼を自由にできるのだろう。カレン自身も、彼を縛った罪から逃れられるのだろうか。
 一人ぼっちの部屋で、ベッドに横たわって。カレンは、思考を巡らせた。
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