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第二章

7 その優しさが、苦しくて。

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「あの、ジョンズワート様」
「うん? なんだい、カレン」
「欲しいものがあって、少し買い物に出たいのですが」
「わかったよ。いっておいで。護衛を手配するから、少し待っていてくれるかな」

 おずおずと外出を希望するカレンに、ジョンズワートは優しい笑みを返し、彼女の望みを快く受け入れた。

 今日、カレンの護衛についたのは、アーネスト家から連れてきたチェストリーと、ジョンズワートの右腕で親友のアーティだ。
 付き合いの長いチェストリーは言うまでもなく。
 アーティもカレンに対してとても好意的だから、カレンは楽しい時間を過ごすことができた。
 ついつい、ジョンズワートへのお土産のお菓子まで買ってしまって。
 それを渡せば、ジョンズワートは顏を綻ばせて「ありがとう」と言ってくれた。
 こういうときは、自分たちが仲のいい夫婦であるように思えた。
 こんなやりとりを何度か繰り返していた。だからか、つい。

「あの、もしよければ、なのですが」
「なんだい?」
「今度、一緒におでかけしませんか?」

 カレンが渡した小袋を、嬉しそうに眺める彼を見ていたら、こんな言葉が飛び出してしまった。
 だって、彼はちょっとしたお菓子をプレゼントしただけでこんなにも喜んでくれるのだ。
 今度は一緒に、と誘いたくなるのも無理はない。

 しかし、ジョンズワートは。

「え……?」

 そう言って、驚いた様子で青い瞳を開いた。
 そんなことを言われるとは、思っていなかった。そんな雰囲気だ。
 ジョンズワートの反応を見た瞬間、カレンは泣きたい気持ちになって。

「し、失礼しました!」

 あまりにもいたたまれなくて、彼の前から逃げ出してしまった。

「待って、カレン!」
「失礼します!」

 妻に向かって手を伸ばすジョンズワートと、素早く逃げるカレン。
 ジョンズワートの手がカレンに触れることはなかったが……。

「……一緒に行ったり、誘ったりしていいのかな」

 一人残されて。ジョンズワートは、そう呟いた。
 自分は彼女に嫌われていると思っていたから。
 外出のときぐらい、好きにさせてあげよう、自分から離れる時間を作ってあげようと思っていた。
 だから、一緒にどうかと誘われて、とても驚いた。ジョンズワートにしてみれば、まさかまさかのことだったからだ。
 でも、彼女が同行を望んでくれるのなら。

「デートコース、アーティに相談してみるか……」

 ジョンズワートの唇は、弧を描いていた。




 一方カレンは、やってしまった、突然なんてことを、と顔を赤くしたり青ざめたりしながら公爵邸の廊下を歩いていた。
 ジョンズワートは、同行など望んでいないはずなのに。
 勢いであんなことを言ってしまった。
 

 ジョンズワートはカレンに触れこそしないが、それ以外の面では、カレンを大事に扱っていた。
 公爵夫人としての仕事については、新米奥様のカレンにしっかりサポートをつけたうえで、裁量を持たせてくれる。
 期待や信頼をされている、と思えた。
 服、アクセサリー、食べ物なども、カレン好みのものを見繕っては度々プレゼントしてくれる。

 外出だって、先のやりとりのように、護衛さえ確保できればほぼほぼカレンの要望が通る。
 その護衛というのも、腕利きの者ばかり複数名用意されるのだ。
 必ずといっていいほどカレンに同行するのは、嫁入り後もカレンの従者を続けるチェストリー。
 彼はカレンを守れるよう十分な訓練を受けていたが、デュライト公爵家に来てからは、更に対人戦闘能力に磨きをかけた。ジョンズワートの指示によるものだ。
 もう一人、高確率で護衛を務めるのは、ジョンズワートの右腕でもあるアーティ。
 彼は伯爵家の三男。家は兄たちに任せ、早い段階でジョンズワートの下についたそうだ。二人は同い年で、親友でもある。
 ジョンズワートにとって大変重要な人物だというのに、カレンにつけてしまうのである。
 アーティを出せないときだって、ジョンズワートの信頼と強さの両方を兼ね備えた人物が護衛として選ばれる。

 カレンはデュライト公爵に愛され、大事にされている妻だった。……夜のことさえ知らなければ、誰もがそう思うだろう。
 ジョンズワートに大切にされていると、カレンも理解している。
 だがどうしても、初夜の一度きりで放置されていることが、引っかかるのだ。
 貴族なのだから、当然、カレンたちの婚姻には子を作れという意味も含まれている。
 なのに、ジョンズワートは慣習に沿っての初夜しかもうけず、次がないまま何ヶ月も経過してしまった。
 大事にされているのに、求められてはいない。
 カレンはもう、ジョンズワートがなにを考えているのかわからなかった。
 求めていないなら、いっそ、冷たくしてくれたらいいのに。
 責任を取って結婚しただけの、お飾りの妻として扱ってくれたらいいのに。
 カレンはそんなことを考えるようになっていたが、ジョンズワートはいつも優しかった。
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