上 下
10 / 77
第二章

2 あなたは、もしかして。今も、まだ。

しおりを挟む
 そんな折。話があるからと、カレンは父親の執務室に呼び出された。
 親子仲は良好な方で、会話も多い。だから、父と話すことも、呼び出されることも珍しくはなかったが……。
 執務室という場所と、父のまとう雰囲気が、いつもとは違うなにかを感じさせた。

「お父様、お話とは……?」
「カレン。お前との結婚を望む人がいる」
「いきなり結婚、ですか? あの、私、縁談を進めたい方が」

 段階を踏まず、急に結婚だなんて。一体どこの誰なのだろう。
 婚約や結婚に関しては、カレンも父に話したいことがあった。
 まだ話が生きている男性との縁談を進めたい。そう伝えたかったのだが。
 父であるアーネスト伯爵により、カレンの言葉はさえぎられた。

「デュライト公爵だよ」
「……え?」
「お前を妻に迎えたいと言ってきたのは、デュライト公爵だ」
「え、ええと……。デュライト公爵といいますと……」

 話の内容が、わかるけど、わからなかった。
 デュライト公爵が自分との結婚を望んでいる。それは理解できた。
 デュライト公爵といえば、今はジョンズワートのことを指す。
 ジョンズワートが、カレンに結婚を申し込んできたわけだ。
 だが、ジョンズワートがそうする理由がわからなかった。
 カレンの混乱を感じ取ったのだろう。父はなるべく聞き取りやすいよう、ゆっくりと言葉を続けた。

「ジョンズワート様だよ。ジョンズワート・デュライト。幼い頃、よくしてもらっただろう」
「じょんず、わーとさま……」
「ああ。ジョンズワート様が、お前との結婚を望んでいる」
「ど、どうしてです? ジョンズワート様には、大切な方がいらっしゃるのでは……?」
「……それは、ただの噂にすぎない。ジョンズワート様ご本人から、気持ちを聞いてくるといい」

 そう言われてしまったら、カレンは黙る他なく。
 父は、ジョンズワートが何を考えているのか知っているのだろうか。
 それすらも、カレンにはわからなかったが――質問をしたところで、同じ答えしか返ってこないことは、なんとなく感じとれた。


 
 執務室を出たカレンは、自室へ向かってとぼとぼと歩いていた。
 ジョンズワートとまともに話さなくなって、8年ほど経つ。
 カレンは新しい道へ踏み出そうとしていたし、ジョンズワートにだって、大切な人がいるはずだ。
 すっかり疎遠にはなっていたが、カレンも、ジョンズワートとサラが仲睦まじげに話す姿を見たことがあった。
 カレンと一緒にいるときの彼はいつも優しくて。柔らかに微笑んでいることが多かった。
 しかし、サラと話しているときは様子が違い。もっと表情豊かで、二人の親しさが伝わってきた。
 きっと、サラに対しては、カレンにしていたように取り繕う必要がないのだ。
 父を亡くした彼を支えたという話も、本当なのだろう。
 二人の仲についての話はただの噂だと、自分の父親は言っていたが……。カレンは、どうにも納得できなかった。
 
 ジョンズワートはサラを選ぶものだと思っていた。
 なのに、どうして自分に結婚を申し込んだのか。
 だっておかしいのだ。もう8年もまともに接していないし、ひどい言葉で彼を傷つけたことだってある。
 普通に考えたら、こんなにも長い月日、ろくに話していなかったら別の道を考え始めるはずだ。
 ジョンズワートの家柄、見た目、性格、どれをとっても、相手なんて選び放題でもあって。
 ジョンズワートがカレンを選ぶ必要など、ないのだ。
 思い当たることといえば――

「……」

 カレンは、自分の額にそっと触れた。
 ジョンズワートと乗馬をした際に負った傷は、まだ消えていない。
 髪の毛で隠せる位置ではあるが、触るとかすかな膨らみを感じる。
 もしかしたら。彼は今も、カレンに傷を作ったことを気にしているのかもしれない。

「……そんな必要、ありませんのに」

 ふと横を見れば、廊下の窓に映る自分の姿が見えた。
 窓に近づき、前髪を分ける。あのときついた傷跡は――今もそこにあった。
 鏡ではなく、窓に映るほどに、はっきりと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔力がなくなって冷遇された聖女は、助けた子供に連れられて

朝山みどり
恋愛
カミーユは12歳で聖女となり、神殿にはいった。魔力が多いカミーユは自身の努力もあり治癒や浄化、結界までこなし、第三王子の婚約者となった。 だが、いまのカミーユは魔力が低くなり侍女として働いていた。第三王子とも婚約も解消されるだろうと噂されている。 カミーユが仕えているのはオリビア。16歳で聖女としての力が発現し神殿にやってきた。 今日も第三王子はオリビアとお茶を飲んでいた。 連絡を受けて挨拶に行ったカミーユはオリビア達から馬鹿にされ、王子も一緒に笑っていた。 そんなある夜、カミーユは獣人の子供を助けた。

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

〖完結〗二度目は決してあなたとは結婚しません。

藍川みいな
恋愛
15歳の時に結婚を申し込まれ、サミュエルと結婚したロディア。 ある日、サミュエルが見ず知らずの女とキスをしているところを見てしまう。 愛していた夫の口から、妻など愛してはいないと言われ、ロディアは離婚を決意する。 だが、夫はロディアを愛しているから離婚はしないとロディアに泣きつく。 その光景を見ていた愛人は、ロディアを殺してしまう...。 目を覚ましたロディアは、15歳の時に戻っていた。 毎日0時更新 全12話です。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ
恋愛
ルティエラ・エヴァートン公爵令嬢は王太子アルヴァロの婚約者であったが、王太子が聖女クラリッサと真実の愛をみつけたために、婚約破棄されてしまう。 ルティエラの取り巻きたちがクラリッサにした嫌がらせは全てルティエラの指示とれさた。 懲罰のために懲罰局に所属し、五年間無給で城の雑用係をすることを言い渡される。 半年後、休暇をもらったルティエラは、初めて酒場で酒を飲んだ。 翌朝目覚めると、見知らぬ部屋で知らない男と全裸で寝ていた。 仕事があるため部屋から抜け出したルティエラは、二度とその男には会わないだろうと思っていた。 それから数日後、ルティエラに命令がくだる。 常に仮面をつけて生活している謎多き騎士団長レオンハルト・ユースティスの、専属秘書になれという──。 とある理由から仮面をつけている女が苦手な騎士団長と、冤罪によって懲罰中だけれど割と元気に働いている公爵令嬢の話です。

転生悪役令嬢の考察。

saito
恋愛
転生悪役令嬢とは何なのかを考える転生悪役令嬢。 ご感想頂けるととても励みになります。

【完結】わたしの娘を返してっ!

月白ヤトヒコ
ホラー
妻と離縁した。 学生時代に一目惚れをして、自ら望んだ妻だった。 病弱だった、妹のように可愛がっていたイトコが亡くなったりと不幸なことはあったが、彼女と結婚できた。 しかし、妻は子供が生まれると、段々おかしくなって行った。 妻も娘を可愛がっていた筈なのに―――― 病弱な娘を育てるうち、育児ノイローゼになったのか、段々と娘に当たり散らすようになった。そんな妻に耐え切れず、俺は妻と別れることにした。 それから何年も経ち、妻の残した日記を読むと―――― 俺が悪かったっ!? だから、頼むからっ…… 俺の娘を返してくれっ!?

処理中です...