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6.地属性で泥沼は作れるか

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「君って、どういう時に死ぬ?」

 【大陸一の賢者】は【地の勇者】ドリスに尋ねる。

「え、何です、藪から棒ですね」

 ドリスは、慣用句を使えば頭が良く見えると思っていたが、賢者はそういったことは気にしない性質だった。

「四天王って化け物みたいに強いじゃん。死ぬ所とかあんまり想像できないんだけど、ほら、君だって大概化け物でしょ」
「あ、馬鹿にしてますよね?」

 馬鹿になんてしてないよ、と賢者は真顔を作って答えれば、ならいいですが、と勇者は丸め込まれる。精神の素直さは、強大な魔力の源となるのである。

「心臓を貫かれたら死ぬ?」
「何で貫くのかは知りませんけど、貫かれて、何もしなかったら死にます」

 まず、圧倒的な防御力により、貫くことが難しい。
 貫いた後に、開いた傷を土で塞ぐことはできる。
 心臓を土で象り、心筋の代わりに土を脈動させることもできる。
 そんなことを勇者は事も無げに語る。

「土で出来ることは大体風でもできますよ、たぶん」
「うーん、まぁ、いいや」

 賢者の曖昧な魔法知識でもそれらは非常識なように感じられたが、事実としてそうだというなら、そうなのだろう。

「脳をかき混ぜられたら死ぬ?」
「何でかき混ぜるかは知りませんけど、死ぬんじゃないですかね」

 頭蓋骨がある分、穴だらけの肋骨より更に防御力が高いだろうが、死ぬのは死ぬらしい。
 ただ、前提として、勇者や四天王レベルの頭蓋骨を貫くことが現実的でない、というのが問題だろうか。

「振り回したらいけるかなぁ」
「地震だったら【地属性以外完全無効】も抜けますかねぇ」
「まぁ空飛ぶだろうけども」

 結局の所、地属性は根本的に、風属性に対して相性が悪いのだ。逆に、風を使って振り回そうとしても地中に潜れば済む話なので、風属性も地属性に相性が悪いのだが。

「賢者様はどんな時に死にますか?」

 ドリスは気軽な調子でそう尋ねる。
 酷い会話だなぁ、と賢者は瞑目した。

***

 魔王軍【風の四天王】ヴェゼルフォルナは、久々に気分の良い労働に従事していた。
 地の勇者と黒髪の教唆犯の手により、植物系の魔物モンスターに襲われた自宅――風の四天王城。魔王軍に連なるそれとは別系統で生まれた魔物には、四天王の権威も通じない。飴でも釣れず鞭でも怯えず、調教の難しい植物系魔物相手では、穏便な解決策など採りようもない。ただ刈るのみだ。
 火を放てば城ごと燃えてしまう。城自体は時間経過で自己修復するが、書類や家具はそうもいかないし、何より、自宅に火を放つのは精神的につらい物がある。
 人間相手に使うような魔術は、どれも大抵、植物には効きが悪い。
 そこで考えたのが、【竜巻鋸ブラストカッター】という魔術だ。小さな竜巻を縦に潰して、一般的な【風の刃ウィンドエッジ】と同程度まで薄く延ばす。放てば放ったままの【風の刃】と違い、回転する竜巻ならば、一度の発動で長時間の効果が保てる。この【竜巻鋸】を遠隔操作すると、極めて草刈りに都合が良いのだ。
 「刈る」と「散らす」を同時に行うため、刈った後のゴミが邪魔になることもなく、再生力の高い植物系魔物の長所を潰す利点もある。土いじりが好きな【地の四天王】イオルムに教えてやっても良いだろう。風魔法は使えなくとも、土で似たようなことはできるだろうから。
 気付けば、ヴェゼルフォルナは鼻歌まで歌いだしていた。

「お天気も良いですし、ガーデニングも楽しいものですわね」

 勇者のことが落ち着いたら、城に庭園を作るのも良いかもしれない。

 そんなことを考えながら空を見上げると。

 不意に、空を、暗闇が覆った。

***

 土壁で密閉して窒息させる。魔族も空気呼吸をしているのだから、と試してみたが、よくよく考えれば、相手は風の四天王なのだ。新鮮な空気くらい、いくらでも作り出せるだろう。

「このまま封印したらいいんじゃないかな?」
「駄目ですよ、賢者様! 四天王はちゃんと殺さないと、魔王城の封印が解けないんですから!」

 そういえばそんな話だったな、と賢者は軽く首を振り、四天王城のある方向を見つめた。

 城ごと包み込んだ立方体の土壁は分厚く硬く、光も、物音も、通さない。

 ひとまず土壁はそのままにして、晴天の下で作戦会議を再開する。

「土……うーん、泥……? あ、毒沼とかって作れる?」
「そういうのは水魔法の範疇ですよ。今代の水の勇者が毒と酸のエキスパートです」

 王都で行われた四勇者壮行会、そこで出会った水の勇者を思い浮かべ、ドリスは少し顔をしかめた。「地属性は戦闘向きではない」、「ただの村人には荷が重い」、「お嬢さんは安全な所にいればいい」。水の勇者としては自身の常識をもって当然のことを語っただけだった。感情の激しさ、心根の素直さ、そして思い込みの強さは強い魔力の源となる。思い込みが強いこと自体は、勇者として悪いことではない。それを汲んだ上でも、元が単なる田舎娘のドリスは、エリート中のエリートたる他の勇者に一方的なコンプレックスを持っていた。

「駄目かぁ。飛べる相手にただの底なし沼じゃ意味がないし、普通の泥とかかけられても、気持ち悪いなぁ程度だしね」

 ちょっとした憎悪が表情に出始めたドリスに気付き、賢者はポーカーフェイスで話題を変えた。
 そして、そのまま泥の使い道について考え始める。

 出るかどうかは知らないが、天然ガスなんて出しても仕方がない。

 泥、泥、泥。泥栽培、二択クイズの罰ゲーム、泥レスリング、泥パック。

 栽培は先日上手くいかなかったばかりだが、それにしたって、ロクなものがない。

「ある種の泥を顔や肌に塗ると、栄養素の補給、汚れの除去、潤いの保持に効果があるらしい」
「? 三行で言うと?」
「今の三行も使ってないと思うんだけど」

 要するに肌が綺麗になるんだってさ、と賢者が言い、お互い半信半疑ながら、試してみるだけ試してみることとした。

***

 土魔法で四畳半ほどの広さ、腰程の深さに掘った穴へ、温めた泥を注ぐ。
 安物の服に身を包んだ賢者とドリスは、恐る恐る、灰色の泥に浸かった。

「おおお……気持ち悪いけど、気持ちいいですねこれ」

 泥、という要素を何にも使えないというのは、賢者としての敗北である。だからひとまず泥湯に入ってはみたが。

「だから何って話だなぁ。入湯料でも取って……取ってどうするんだ」

 金ならあるのだ。諸々の権利収入で。
 となれば、魔族に泥湯ブームを起こし、風の四天王がのこのこ出向いてきた所を、ズドン。吊り天井で。

「チョロい四天王だなぁ」

 当然、そんな四天王がいるはずもない。
 徒労だろうが何だろうが、溜息だけはつかないことを信条としている賢者は、腹に力を入れてそれを耐えた。
 泥を割って、人影が浮上する。

「重いですねぇ、泥」

 三編みを解いた髪は潜る前までは軽く波打ってもいたが、今は泥に塗れ、重力方向へ真っ直ぐ垂れていた。
 温泉回で泥湯というのは些か倒錯の気が強い。「それも着衣とか」という賢者の呟きをドリスは、またいつものか、と、聞き流す。

「たまには四天王のことなんか忘れて、こうしてのんびりするのもいいですね」

 全身灰色の泥人形のようになったドリスは、目と口の周りの泥を操って剥がしてみせた。

「泥落とすの、俺も後でやってよ」

 何にせよ、晴天露天の昼風呂とは良いものだ。

「いいですよー」

 と請け負うドリスに礼を言い、賢者は土壁の立方体を見遣ると、鼻を摘まんで頭の先まで泥湯に潜った。
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