大陸一の賢者による地属性の可能性追求運動 ―絶対的な物量を如何にして無益に浪費しつつ目的を達するか―

ぽへみやん

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プロローグ

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 全力で振りぬいた拳は、魔族の女の背後の壁を、衝撃だけで吹き飛ばす。馬車で潜れる程の真円が穿たれ、地上九階の高さの蒼穹が除く。それでも地の勇者の拳は、相手の衣の表面で弾かれ、糸屑一つ揺らすことはできなかった。
 腰を捻って拳を繰り出す度に、砂埃に塗れた二房の三編みが、蛇のように激しくのたうつ。対する相手は、毛の一本すら揺らがない。
 十発、二十発、百発、二百発と、あらゆる角度から叩き込むが、衝撃が部屋の壁や床を破壊するだけで、相手には欠片の痛痒も与えられない。

「くっ、流石は風の四天王。【地属性以外完全無効】は伊達じゃないってことですね」

 地の勇者は軽く後ろに跳んで距離を取り、息を整えた。

「……………………そ、その通りですわ、矮小なる人間よ!! 魔王様からいただいたわたくしの耐性の前には、打撃属性の拳など何程のものでもありませんわ!」

 だから無駄なことはやめて今すぐ帰るがいい。左胸に片手を当て、貼りついたような邪悪な笑みを浮かべた魔族は、早口にそう語る。勇者の拳の余波でパノラマビューと化した部屋の中でも、全くの無傷。これまでの相手とはまさに別格の力に、勇者は戦慄した。
 ただの物理耐性、高防御力程度なら、物理で殴れば貫いてきた。この風の四天王城の前にいた、絶対無敵の魔獣とかいう触れ込みの魔鉱七層重機亀レインボータートルも、四回殴れば殺せた。七層の内の三層は、魔法耐性特化だったので。
 しかし、本物の完全無効とはこれほどのものか。
勇者は舌先で拳を舐めて呟く。

「あたしは四勇者の中でも最弱」

 えっ、と、風の四天王から乾いた声が漏れた気がしたが、家鳴りか何かを聞き違えたのだろう。勇者は気にせず続ける。

「他人より魔力と地属性適性があるだけで、何の取柄もない、ただの村娘だったあたしに……神様から賜ったこの使命。あたしが風の四天王を殺さなければ、魔王城の結界は破れないのだから」

 簡単に諦めるわけにはいかない。出来ることは全てやる。泥臭くとも足掻くのだ、と決意を滾らせて。
 左手を石造りの床に。右手を魔力を生み出す、自らの心臓に。濃い黄色を帯びた魔力の流れが、右手、右腕、右肩、左肩、左腕、左手を通って石床へと注ぎ込まれる。
 魔力を使って起こす現象が魔法。魔法を効率的に、高威力で使うための型となるのが魔術。魔術により流れを規定された魔力は、物理法則を乗り超えた結果を示す。

「貫き、潤せ。【死刺の絨毯デスカーペット】!!」

 左手の触れた先から、大人の背丈の倍ほどの石槍が床を突き出し、滑らかだった石床は地獄の針山を思わせる惨状と化す。石槍の床は面積を広げ風の四天王へと迫るが、「ひゃっ、死ぬ、死んじゃう!」という呪いの言葉と共に軽やかに躱される。
 あわよくばこれで仕留められればと思っていた勇者だが、そう甘くないことはわかっていた。

「呑込み、噤め。【奈落の扉ゲートオブアビス】!!!」

 続けて唱えた呪文で、床から地面まで吹き抜ける地割れを起こすが、

「きゃああぁぁぁぁぁぁあああああ……あ、フ、フフ……フフフフ!!! そう、そうですわ、地属性魔法なんて飛んでいれば届きませんわ!!」

 宙へ浮かんだ四天王により、あっさりと無効化される。

「だったら……空は万象の墓穴にして大地は其の石蓋なり。【宙舞う鳥が為の墓碑アンチエアトゥーム】!!」

 左手から放った魔力は四天王の頭上に十字の杭となって現出し、一瞬の後、標的ごと床へと縫い付けんと突き下ろす。

「こ、この速さなら避けられますわよ! フフフフ!! フフフフフフフ!!」

 しかし、その一瞬の間が致命の隙となり、ごくあっさりと躱されてしまう。隙間を無くし夏の雨のように弾幕を張っても、「ひやあああああ!!?」などという馬鹿にした声を残して大きく避けられ、終わりだ。

地属性って、これ本当に風属性に相性いいんだろうか、と勇者は疑問を抱いた。
 接地攻撃は飛行持ちには無効だし、風属性の者は大抵、敏捷性に優れている。普通に勝ち目ないんじゃないですかね、と。
 溜息をついて魔法を止め、じっと手を見る。

「か、勝てる、勝てますわ! 今度はこっちから行きますわよ!!」

 ふがいない勇者を舐めているのか、風の四天王が詠唱も略して放つ風の刃は、強化した物理防御で勇者に傷一つ付けることはないが、それも今の内だけだろう。圧縮した空気による打撃、真空の檻、そういった小手調べを片手間に防ぎつつも、勇者は己の敗北を悟った。
 軽く腕を払って、その風圧で相手の風を散らし。
 血の気の引いた魔族らしい顔色で目を見開き、肩で息をする風の四天王に向け。

「ここはあたしの負けです……しかし、必ず! 必ずまた貴女を殺しに来ます!」

 苦渋の思いで捨て台詞を残し、地の勇者は、壁の穴から撤退した。
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