28 / 50
6.豚バラと里芋の煮物
不正勤怠
しおりを挟む
定時後の事務所。
少しずつ人がまばらになっていく中、実久は自分のデスクで背もたれに身を委ねている。
製造部のユニフォームから私服に着替え、さっきから何度目かのため息を吐いた。
「数分とはいえ、加賀谷が遅れて出勤してることに気づかなかった私も悪いんだよね。一度や二度のことじゃないし」
管理責任というやつだ。
管理職はつらい。自分の仕事をしながら他人の仕事ぶりや勤務態度にも目を配らなければいけない。それ自体も職務なのだと言われれば、それまでなのだけど。
「全員揃って朝礼するとかもないですもんね」
「その時間がもったいないのよ」
せっかちで猪突猛進な実久らしい言葉だ。
製造部では、各々に割り振られた仕事がある。出勤すると個人が予定表を確認して仕事を進めていく。特に年数を重ねていくとひとりで担当する作業が多くなるのだ。
常に忙しいこともあって、他の社員のことを気にする余裕もない。
「でも、私は気にしてなきゃだめだよね。脇目を振らずにいたいけど、それじゃ失格だ……」
自己嫌悪タイムらしい。椅子をギコギコと揺らしながら反省の弁を述べる。
実久の反省に付き合っていると、いつの間にか事務所はがらんとしていた。もちろん嶺衣奈も史哉もとっくに退勤している。
そろそろ帰ろうかと思い、デスクの上を整理する。思った以上にペン類が散らばっている。資料の下から赤ペンが3本も出てきたのを見て、自分にも実久と同じ素質があるなと苦笑いした。
その実久は、やたらと周囲を見渡していた。不自然なほどキョロキョロしたかと思えば、急に立ち上がった。警戒するように、他の社員がいないことを確認している。
「皆、帰ったみたいね」
「そうですね。私たちが最後みたいです」
パソコンの電源を落としつつ、実久に返事をする。
「ちょっと、こっちに来て」
少し離れた席から、実久に手招きされる。
彼女の席は、事務用品を置く小さな棚の奥にある。棚の横にはコピー機があり、その隣は嶺衣奈の席で、さらにその隣が私の席だ。
帰り支度を整え、自分の鞄を肩に掛ける。なんとなく長くなりそうな予感がしたので、椅子をころころ押しながら彼女の席に向かった。実久のデスクは、やっぱり物であふれている。
実久が自分のパソコンのモニターを指さすので、視線を移した。そこには、見慣れた事務所が映し出されている。
「あ、これって!」
映像は粗いけれども、間違いない。この事務所が今、リアルライムで映っているのだ。
「事務所の監視カメラ。実は私、アクセスできるんだよね」
管理職の権限だ。
「録画機能って……」
「もちろん、あるわよ」
なるほど。これを見るために実久は事務所に残っていたのか。やたら周囲を警戒していた理由も分かった。総務部の湯田には、秘密にしていることがある。
実久がカチカチとマウスを操作すると、パッと画面が切り替わった。画角は同じだけれども、様子が違う。嶺衣奈と史哉が映っている。
「あ、これ今日の午前中ですね」
カウンターで配送業者の対応をしている私がいる。しばらくすると、実久が事務所に入ってくる映像も流れた。
「この時間帯が見たいわけじゃないんだけどな……」
権限を使って、実際に監視カメラの映像を見るのは初めてらしい。四苦八苦しながら、マウスをカチカチしている。
印鑑を手に持ち、カウンターにダッシュする私が映る。勢いよくダッシュしたせいでちょっとコケそうになっている。
大股で立ち、腰に手を当て、大きく頷いている私が映る。嶺衣奈の背後にいるので、これは事務処理について質問をされたときの映像だろう。
昨日の夕方の話だ。よく見るとモニターに日時も出ている。間違いなく、昨日の映像だった。「そうそう! それでOK!」と言った記憶はあるけど、こんなにオーバーに頷いていたのか。
「……まだですか? 肝心なところが見たいんですけど」
自分の恥ずかしい姿を薄目で見ながら、実久を急かす。
しばらくして、やっと特定の人物の姿を映し出すことに成功した。事務所に加賀谷が入室してきた。モニターが示す時刻は、朝の8時過ぎ。日付は、三日前だ。
さっと早足で実久のデスクに近づく。その足取りから、かなり慣れていることが分かった。迷いなく、上から二番目の引き出しを開ける。
ごくりと息を飲む。
彼女は手に何かを持っていて、おそらくタイムカードなのだろうけど、肝心な部分がよく見えない。映像が粗いことに加えて、積み重なった資料の影になって決定的瞬間が確認できないのだ。
「……はっきりとは、見えませんね」
以前から私に「片付けてください」と言われていた実久は、若干気まずそうにしながら頷いた。
「でも、締め上げる材料はこれで十分。事務所に入室して、私のデスクを漁ってるところは、ばっちし映ってるし」
締め上げるなんて、やっぱり任侠ちっくだなと内心思った。実久は、さらに日付を遡って映像を確認している。
加賀谷は、数日おきに朝の事務所に侵入していた。そして、実久のデスク周りで怪しい行動を繰り返す。
いつか、バレるかもしれないと考えなかったのだろうか。映像を見ながら、私はなんともいえない苦い気持ちになった。
少しずつ人がまばらになっていく中、実久は自分のデスクで背もたれに身を委ねている。
製造部のユニフォームから私服に着替え、さっきから何度目かのため息を吐いた。
「数分とはいえ、加賀谷が遅れて出勤してることに気づかなかった私も悪いんだよね。一度や二度のことじゃないし」
管理責任というやつだ。
管理職はつらい。自分の仕事をしながら他人の仕事ぶりや勤務態度にも目を配らなければいけない。それ自体も職務なのだと言われれば、それまでなのだけど。
「全員揃って朝礼するとかもないですもんね」
「その時間がもったいないのよ」
せっかちで猪突猛進な実久らしい言葉だ。
製造部では、各々に割り振られた仕事がある。出勤すると個人が予定表を確認して仕事を進めていく。特に年数を重ねていくとひとりで担当する作業が多くなるのだ。
常に忙しいこともあって、他の社員のことを気にする余裕もない。
「でも、私は気にしてなきゃだめだよね。脇目を振らずにいたいけど、それじゃ失格だ……」
自己嫌悪タイムらしい。椅子をギコギコと揺らしながら反省の弁を述べる。
実久の反省に付き合っていると、いつの間にか事務所はがらんとしていた。もちろん嶺衣奈も史哉もとっくに退勤している。
そろそろ帰ろうかと思い、デスクの上を整理する。思った以上にペン類が散らばっている。資料の下から赤ペンが3本も出てきたのを見て、自分にも実久と同じ素質があるなと苦笑いした。
その実久は、やたらと周囲を見渡していた。不自然なほどキョロキョロしたかと思えば、急に立ち上がった。警戒するように、他の社員がいないことを確認している。
「皆、帰ったみたいね」
「そうですね。私たちが最後みたいです」
パソコンの電源を落としつつ、実久に返事をする。
「ちょっと、こっちに来て」
少し離れた席から、実久に手招きされる。
彼女の席は、事務用品を置く小さな棚の奥にある。棚の横にはコピー機があり、その隣は嶺衣奈の席で、さらにその隣が私の席だ。
帰り支度を整え、自分の鞄を肩に掛ける。なんとなく長くなりそうな予感がしたので、椅子をころころ押しながら彼女の席に向かった。実久のデスクは、やっぱり物であふれている。
実久が自分のパソコンのモニターを指さすので、視線を移した。そこには、見慣れた事務所が映し出されている。
「あ、これって!」
映像は粗いけれども、間違いない。この事務所が今、リアルライムで映っているのだ。
「事務所の監視カメラ。実は私、アクセスできるんだよね」
管理職の権限だ。
「録画機能って……」
「もちろん、あるわよ」
なるほど。これを見るために実久は事務所に残っていたのか。やたら周囲を警戒していた理由も分かった。総務部の湯田には、秘密にしていることがある。
実久がカチカチとマウスを操作すると、パッと画面が切り替わった。画角は同じだけれども、様子が違う。嶺衣奈と史哉が映っている。
「あ、これ今日の午前中ですね」
カウンターで配送業者の対応をしている私がいる。しばらくすると、実久が事務所に入ってくる映像も流れた。
「この時間帯が見たいわけじゃないんだけどな……」
権限を使って、実際に監視カメラの映像を見るのは初めてらしい。四苦八苦しながら、マウスをカチカチしている。
印鑑を手に持ち、カウンターにダッシュする私が映る。勢いよくダッシュしたせいでちょっとコケそうになっている。
大股で立ち、腰に手を当て、大きく頷いている私が映る。嶺衣奈の背後にいるので、これは事務処理について質問をされたときの映像だろう。
昨日の夕方の話だ。よく見るとモニターに日時も出ている。間違いなく、昨日の映像だった。「そうそう! それでOK!」と言った記憶はあるけど、こんなにオーバーに頷いていたのか。
「……まだですか? 肝心なところが見たいんですけど」
自分の恥ずかしい姿を薄目で見ながら、実久を急かす。
しばらくして、やっと特定の人物の姿を映し出すことに成功した。事務所に加賀谷が入室してきた。モニターが示す時刻は、朝の8時過ぎ。日付は、三日前だ。
さっと早足で実久のデスクに近づく。その足取りから、かなり慣れていることが分かった。迷いなく、上から二番目の引き出しを開ける。
ごくりと息を飲む。
彼女は手に何かを持っていて、おそらくタイムカードなのだろうけど、肝心な部分がよく見えない。映像が粗いことに加えて、積み重なった資料の影になって決定的瞬間が確認できないのだ。
「……はっきりとは、見えませんね」
以前から私に「片付けてください」と言われていた実久は、若干気まずそうにしながら頷いた。
「でも、締め上げる材料はこれで十分。事務所に入室して、私のデスクを漁ってるところは、ばっちし映ってるし」
締め上げるなんて、やっぱり任侠ちっくだなと内心思った。実久は、さらに日付を遡って映像を確認している。
加賀谷は、数日おきに朝の事務所に侵入していた。そして、実久のデスク周りで怪しい行動を繰り返す。
いつか、バレるかもしれないと考えなかったのだろうか。映像を見ながら、私はなんともいえない苦い気持ちになった。
12
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長
五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜
王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。
彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。
自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。
アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──?
どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。
イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。
*HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています!
※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)
話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。
雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。
※完結しました。全41話。
お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!
月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。
そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。
新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ――――
自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。
天啓です! と、アルムは――――
表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

【完結】それはダメなやつと笑われましたが、どうやら最高級だったみたいです。
まりぃべる
ファンタジー
「あなたの石、屑石じゃないの!?魔力、入ってらっしゃるの?」
ええよく言われますわ…。
でもこんな見た目でも、よく働いてくれるのですわよ。
この国では、13歳になると学校へ入学する。
そして1年生は聖なる山へ登り、石場で自分にだけ煌めいたように見える石を一つ選ぶ。その石に魔力を使ってもらって生活に役立てるのだ。
☆この国での世界観です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる