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5.ひんやり抹茶ラテ
もふもふの喜怒哀楽
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郡司が暮らす部屋は、駅から徒歩五分のところにあった。
閑静な住宅街にひっそりと建つデザイナーズマンション。いわゆる低層高級マンションというやつだった。親が所有する物件だという。
郡司はボンボンだった。
前から、そうじゃないかと思っていた。口が悪くても下品にならないところとか、ダルそうな態度なのに妙に所作がきれいなところとか。
エントランスを抜けると解放感のある中庭があって、芝生とか木々とか、手入れされている感がある。共用部分にはもちろんゴミひとつ落ちていない。
「良いおうちですねー」
自分のマンションと比べると物悲しくなって、自然と棒読み口調になった。
「……あなたの部屋も良いところだと思うけど。落ち着くというか」
郡司にがめずらしく言葉を選んでいる。落ち着くというのはあれだ。多少散らかっている(ソファから垂れ下がったパジャマとかの話)と、気を張らないで済むとか、そういう話だろう。
けっ。片付いてない部屋で悪かったね。
部屋の鍵を開けて、郡司が中に招き入れてくれた。
玄関から続く廊下の突き当りがリビングらしい。リビングに入るための扉の中央の部分がすりガラスになっていて、なにやらゴソゴソと動く物体が見える。
ごくりとつばを飲む。間違いなく、もふもふ。だって、白い。なんか丸っこい。
郡司が、扉をゆっくり開ける。その瞬間、もっふーーーんと真っ白な物体が飛び出してきた。全身がくるくるの巻髪、頭部はアフロヘア。
はわわわわわわーーーーーー!!
思わず、心の中で悲鳴をあげる。
もふもふは夢中で郡司の足元にじゃれついていた。うれしいのだろう。自分の体を郡司の足に擦り付けるように、ぐるぐると動き回っている。立ち上がって二本足でぴょんぴょん、としてみたり、前足でがりがりと黒いパンツを引っ掻いてみたり。
全身で「おかえり」「待ってたよ」「さみしかった」を伝えている。
郡司はそんなもふもふの頭を片手でちょんちょんと撫でて、あやすような仕草をする。
「ただいま」
今まで聞いたことのない、やさしくて甘ったるい声だ。おい。そんな声も出せたのかい郡司さんよ。
心の中で郡司にツッコんでいると、ひとしきりはしゃいだもふもふが私の存在に気づいた。
不思議そうな目でこちらを見る。黒目がちのキュートな瞳だ。くりくりのおめめで「だれ?」と問われた気がした。
その瞬間、私の中のストッパーが決壊した。
なぜ君はそんなにかわいいのか。なぜそんなにも愛おしいフォルムなのか。なぜこの世にこんなに愛くるしい生き物がいるのか。もう我慢できない。
「もっふんーーーー!!」
私はもふもふに飛び掛かるようにして近づいた。
「へんな名前で呼ぶのやめてくれる?」
嫌そうな顔をしながら、郡司がもふっとわんこを抱き上げる。
私は郡司の腕の中にいるわたあめと視線を合わせて、なにがなんでも好かれようと満面の笑みを浮かべた。
「ごめんね、わたあめちゃん♡♡ おねえさんはね、わたあめちゃんのことがだーーいすきなの♡♡ とーーーってもやさしいおねえさんでちゅよ~~♡ って、どうしたの、わたあめちゃん」
わたあめは、私の自己紹介などまるで耳に入っていないらしい。身を乗り出すようにして、手荷物に鼻を近づけてクンクンしている。めちゃくちゃ真剣な顔でにおいを嗅いでいる。
どうやらわたあめは食いしん坊らしい。
「あ、もしかして分かる? 良いお鼻だね♡ やっぱりわんちゃんだねぇ♡♡ わたあめちゃんにお土産だよ♡」
がさがさと紙の手提げ袋からおやつを見せる。
途端にわたあめは、パアァッっとうれしそうな顔になった。
「とーーっても素直で、表情が豊かでちゅね~~♡♡」
どこかの飼い主とは大違いだ。
「その気味の悪い話し方やめろ」
そのどこかの飼い主が、心底嫌そうに顔を顰めている。
気味の悪い話し方というのは、語尾に♡を付けながら繰り出す赤ちゃん言葉のことだろう。自分でも分かっているのだけど、どうしようもない。
「わたあめが可愛すぎて、自然とこの話し方になるんだけど♡♡ どうしよう♡♡ こんな話し方を今までしたことないから、止め方もわからない♡」
なぜ人間は、プリティーなわんこ(猫ちゃんも)を見ると赤ちゃん言葉を話すのか。それは未だ人類が解明できていない大いなる謎だ。
「ほんとーーに♡ 可愛いでちゅね~~♡♡」
きもい口調だなと自分でも思いつつ、わたあめのラブリーさに慣れるまで、私はしばらくこのままだった。
閑静な住宅街にひっそりと建つデザイナーズマンション。いわゆる低層高級マンションというやつだった。親が所有する物件だという。
郡司はボンボンだった。
前から、そうじゃないかと思っていた。口が悪くても下品にならないところとか、ダルそうな態度なのに妙に所作がきれいなところとか。
エントランスを抜けると解放感のある中庭があって、芝生とか木々とか、手入れされている感がある。共用部分にはもちろんゴミひとつ落ちていない。
「良いおうちですねー」
自分のマンションと比べると物悲しくなって、自然と棒読み口調になった。
「……あなたの部屋も良いところだと思うけど。落ち着くというか」
郡司にがめずらしく言葉を選んでいる。落ち着くというのはあれだ。多少散らかっている(ソファから垂れ下がったパジャマとかの話)と、気を張らないで済むとか、そういう話だろう。
けっ。片付いてない部屋で悪かったね。
部屋の鍵を開けて、郡司が中に招き入れてくれた。
玄関から続く廊下の突き当りがリビングらしい。リビングに入るための扉の中央の部分がすりガラスになっていて、なにやらゴソゴソと動く物体が見える。
ごくりとつばを飲む。間違いなく、もふもふ。だって、白い。なんか丸っこい。
郡司が、扉をゆっくり開ける。その瞬間、もっふーーーんと真っ白な物体が飛び出してきた。全身がくるくるの巻髪、頭部はアフロヘア。
はわわわわわわーーーーーー!!
思わず、心の中で悲鳴をあげる。
もふもふは夢中で郡司の足元にじゃれついていた。うれしいのだろう。自分の体を郡司の足に擦り付けるように、ぐるぐると動き回っている。立ち上がって二本足でぴょんぴょん、としてみたり、前足でがりがりと黒いパンツを引っ掻いてみたり。
全身で「おかえり」「待ってたよ」「さみしかった」を伝えている。
郡司はそんなもふもふの頭を片手でちょんちょんと撫でて、あやすような仕草をする。
「ただいま」
今まで聞いたことのない、やさしくて甘ったるい声だ。おい。そんな声も出せたのかい郡司さんよ。
心の中で郡司にツッコんでいると、ひとしきりはしゃいだもふもふが私の存在に気づいた。
不思議そうな目でこちらを見る。黒目がちのキュートな瞳だ。くりくりのおめめで「だれ?」と問われた気がした。
その瞬間、私の中のストッパーが決壊した。
なぜ君はそんなにかわいいのか。なぜそんなにも愛おしいフォルムなのか。なぜこの世にこんなに愛くるしい生き物がいるのか。もう我慢できない。
「もっふんーーーー!!」
私はもふもふに飛び掛かるようにして近づいた。
「へんな名前で呼ぶのやめてくれる?」
嫌そうな顔をしながら、郡司がもふっとわんこを抱き上げる。
私は郡司の腕の中にいるわたあめと視線を合わせて、なにがなんでも好かれようと満面の笑みを浮かべた。
「ごめんね、わたあめちゃん♡♡ おねえさんはね、わたあめちゃんのことがだーーいすきなの♡♡ とーーーってもやさしいおねえさんでちゅよ~~♡ って、どうしたの、わたあめちゃん」
わたあめは、私の自己紹介などまるで耳に入っていないらしい。身を乗り出すようにして、手荷物に鼻を近づけてクンクンしている。めちゃくちゃ真剣な顔でにおいを嗅いでいる。
どうやらわたあめは食いしん坊らしい。
「あ、もしかして分かる? 良いお鼻だね♡ やっぱりわんちゃんだねぇ♡♡ わたあめちゃんにお土産だよ♡」
がさがさと紙の手提げ袋からおやつを見せる。
途端にわたあめは、パアァッっとうれしそうな顔になった。
「とーーっても素直で、表情が豊かでちゅね~~♡♡」
どこかの飼い主とは大違いだ。
「その気味の悪い話し方やめろ」
そのどこかの飼い主が、心底嫌そうに顔を顰めている。
気味の悪い話し方というのは、語尾に♡を付けながら繰り出す赤ちゃん言葉のことだろう。自分でも分かっているのだけど、どうしようもない。
「わたあめが可愛すぎて、自然とこの話し方になるんだけど♡♡ どうしよう♡♡ こんな話し方を今までしたことないから、止め方もわからない♡」
なぜ人間は、プリティーなわんこ(猫ちゃんも)を見ると赤ちゃん言葉を話すのか。それは未だ人類が解明できていない大いなる謎だ。
「ほんとーーに♡ 可愛いでちゅね~~♡♡」
きもい口調だなと自分でも思いつつ、わたあめのラブリーさに慣れるまで、私はしばらくこのままだった。
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