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4.みだらしだんご(岐阜)
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「千影さん、里芋ありますよ!」
少し前を行く陽汰が、振り返って手招きした。
普段、千影が愛用している大きめのエコバッグを肩から提げて、陽汰はうきうきと楽しそうだ。
いつも贔屓にしている店の商品も、少しずつ様変わりしている。番重にぎっしりと積み重なった野菜のラインナップが、夏から秋に移行しているのだ。
少し前までは、新鮮で真っ赤なトマトや濃い緑色をしたきゅうりが幅を利かせていたけれど、今はカボチャやさつまいも、里芋が主役だ。
どれもこれもみずみずしく、見るからに新鮮でおいしそうだった。
「千影ちゃん、よう来てくれんさったなぁ」
「こんにちは」
いつものように店主と挨拶を交わす。
彼女は千影の隣にいる陽汰の存在に気づいたらしい。少し目を丸くしてから、すぐに柔和な顔になって「今日はめずらしいねぇ」と言った。
「荷物持ちとして来ました!」
店主に負けず劣らずのにこにこ顔で、陽汰が自己紹介をする。
「千影さんと同じ会社で働いてます」
里芋を包んでもらい、陽汰がそれを受け取る。
「ふたりが並んでると若夫婦みたいだねぇ」
店主の言葉に、陽汰は思わず里芋を落としそうになった。おたおたと慌てている。気のせいか顔が赤い。若夫婦と言われただけで赤面するなんて、陽汰は純粋でかわいいところがあるなと千影は微笑ましく思った。
他にも野菜をいくつか購入して、店を後にするころにはエコバッグがパンパンになっていた。
「普段から、こんなにたくさん買物をしてるんですか?」
両肩からエコバッグを提げ、さらに手にも荷物を持った陽汰が千影に訊く。
「今日は少し多いです」
正直に千影が告げると、陽汰は驚いた顔をした。
「少し……? えっと、それだと千影さん、いつもはどうしてるんですか? とてもじゃないけど、ひとりで持てないでしょう」
「持てますよ」
さらりと答える。小柄ながら力持ちで、体力にも自信がある千影だった。料理の仕事はそこそこハードな肉体労働だ。体力が無ければ務まらないし、非力では大鍋を振るうこともできない。
「いやいや、千影さんの細っこい腕で持てるはずないです。もっと早く言ってくれれば、俺はいつでも荷物持ちになったのに」
持てないと決めてかかる陽汰に「持てますから」と千影は少しムキになって言い募る。
「ぜんぜん平気です。見た目より力持ちなんです」
「……マジですか?」
陽汰が疑いの目で千影を見る。
「ほんとうです。ただ、あまりにも量が多い日はさすがの私も二往復しないといけなくて。時間がもったいないなぁと思ってたんです。なので、今日は陽汰さんに手伝ってもらえてとても助かりました」
陽汰に礼を言うと、彼の顔がぱっと明るくなった。
「いつでも言ってください! 仕事中でも飛んで行きますから!」
いや、仕事中はダメだろうと心の中で千影はツッコむ。不真面目なことを言っているのに、陽汰は大真面目な顔をしていて、それがおかしくて思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
笑ったら、陽汰に変な顔をされた。ぽかんとあっけにとられたような表情をしている。
普段、千影は滅多に笑わない。
もしかしたら、笑った顔がとてつもなく変だったのかもしれない。よくよく考えてみたら、千影自身も自分の笑顔がどういう感じなのかよく分からない。引かれるほどの変顔だったらどうしよう、と今すぐにでも鏡を自分の顔を確認したくなった。
慣れないことをするものじゃないな、と歩きながら落ち込んでいると、またしても例の香りが漂ってきた。焦げた醤油の香ばしい匂い。
「やっぱり美味しそうだなー!」
陽汰の意見に完全同意だ。口の中からよだれがあふれそうになり、思わずごくりと唾を飲み込む。ふいに視線を感じて陽汰のほうを見ると、目が合った。
「千影さんも、ほんとうは食べたいんでしょう」
「それは……」
否定できない。醤油と焦げ目のついた香ばしい匂い。おいしくないはずがない。
「買い出しも終わったことだし、今は休憩時間です。休憩中なら食べてもいいでしょう」
陽汰がいたずらっぽく笑う。
「そ、それは……まぁ……」
「よし、決まり」
陽汰に促されて、観光客に混じってみだらし屋の列に並んだ。
「たくさん並んでますね」
「そうですね」
人気店らしく、長蛇の列になっている。千影は混雑していることよりも、カップルの多さに驚いた。自分の前に並んでいるふたりの手が繋がれていることに気づいて、耐性のない千影はドギマギしてしまう。
そういったことにまったく縁がなかった千影にとって、恋人同士というのは未知の世界だ。
列に並びながら少しずつ歩を進めていると、ふいに「若夫婦」という言葉がよみがえった。贔屓にしている店主の言葉。自分と陽汰は、本当にそんな風に見えたのだろうか。
ちらりと陽汰を見上げると、「ん?」というやさしい顔で見下ろされる。
急に心臓に電気が走ったようにビリビリした。何が起こったか分からず、驚きのあまりわたわたしてしまう。
肩から提げていたエコバッグから里芋がこぼれ落ちそうになって、千影は我に返った。
少し前を行く陽汰が、振り返って手招きした。
普段、千影が愛用している大きめのエコバッグを肩から提げて、陽汰はうきうきと楽しそうだ。
いつも贔屓にしている店の商品も、少しずつ様変わりしている。番重にぎっしりと積み重なった野菜のラインナップが、夏から秋に移行しているのだ。
少し前までは、新鮮で真っ赤なトマトや濃い緑色をしたきゅうりが幅を利かせていたけれど、今はカボチャやさつまいも、里芋が主役だ。
どれもこれもみずみずしく、見るからに新鮮でおいしそうだった。
「千影ちゃん、よう来てくれんさったなぁ」
「こんにちは」
いつものように店主と挨拶を交わす。
彼女は千影の隣にいる陽汰の存在に気づいたらしい。少し目を丸くしてから、すぐに柔和な顔になって「今日はめずらしいねぇ」と言った。
「荷物持ちとして来ました!」
店主に負けず劣らずのにこにこ顔で、陽汰が自己紹介をする。
「千影さんと同じ会社で働いてます」
里芋を包んでもらい、陽汰がそれを受け取る。
「ふたりが並んでると若夫婦みたいだねぇ」
店主の言葉に、陽汰は思わず里芋を落としそうになった。おたおたと慌てている。気のせいか顔が赤い。若夫婦と言われただけで赤面するなんて、陽汰は純粋でかわいいところがあるなと千影は微笑ましく思った。
他にも野菜をいくつか購入して、店を後にするころにはエコバッグがパンパンになっていた。
「普段から、こんなにたくさん買物をしてるんですか?」
両肩からエコバッグを提げ、さらに手にも荷物を持った陽汰が千影に訊く。
「今日は少し多いです」
正直に千影が告げると、陽汰は驚いた顔をした。
「少し……? えっと、それだと千影さん、いつもはどうしてるんですか? とてもじゃないけど、ひとりで持てないでしょう」
「持てますよ」
さらりと答える。小柄ながら力持ちで、体力にも自信がある千影だった。料理の仕事はそこそこハードな肉体労働だ。体力が無ければ務まらないし、非力では大鍋を振るうこともできない。
「いやいや、千影さんの細っこい腕で持てるはずないです。もっと早く言ってくれれば、俺はいつでも荷物持ちになったのに」
持てないと決めてかかる陽汰に「持てますから」と千影は少しムキになって言い募る。
「ぜんぜん平気です。見た目より力持ちなんです」
「……マジですか?」
陽汰が疑いの目で千影を見る。
「ほんとうです。ただ、あまりにも量が多い日はさすがの私も二往復しないといけなくて。時間がもったいないなぁと思ってたんです。なので、今日は陽汰さんに手伝ってもらえてとても助かりました」
陽汰に礼を言うと、彼の顔がぱっと明るくなった。
「いつでも言ってください! 仕事中でも飛んで行きますから!」
いや、仕事中はダメだろうと心の中で千影はツッコむ。不真面目なことを言っているのに、陽汰は大真面目な顔をしていて、それがおかしくて思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
笑ったら、陽汰に変な顔をされた。ぽかんとあっけにとられたような表情をしている。
普段、千影は滅多に笑わない。
もしかしたら、笑った顔がとてつもなく変だったのかもしれない。よくよく考えてみたら、千影自身も自分の笑顔がどういう感じなのかよく分からない。引かれるほどの変顔だったらどうしよう、と今すぐにでも鏡を自分の顔を確認したくなった。
慣れないことをするものじゃないな、と歩きながら落ち込んでいると、またしても例の香りが漂ってきた。焦げた醤油の香ばしい匂い。
「やっぱり美味しそうだなー!」
陽汰の意見に完全同意だ。口の中からよだれがあふれそうになり、思わずごくりと唾を飲み込む。ふいに視線を感じて陽汰のほうを見ると、目が合った。
「千影さんも、ほんとうは食べたいんでしょう」
「それは……」
否定できない。醤油と焦げ目のついた香ばしい匂い。おいしくないはずがない。
「買い出しも終わったことだし、今は休憩時間です。休憩中なら食べてもいいでしょう」
陽汰がいたずらっぽく笑う。
「そ、それは……まぁ……」
「よし、決まり」
陽汰に促されて、観光客に混じってみだらし屋の列に並んだ。
「たくさん並んでますね」
「そうですね」
人気店らしく、長蛇の列になっている。千影は混雑していることよりも、カップルの多さに驚いた。自分の前に並んでいるふたりの手が繋がれていることに気づいて、耐性のない千影はドギマギしてしまう。
そういったことにまったく縁がなかった千影にとって、恋人同士というのは未知の世界だ。
列に並びながら少しずつ歩を進めていると、ふいに「若夫婦」という言葉がよみがえった。贔屓にしている店主の言葉。自分と陽汰は、本当にそんな風に見えたのだろうか。
ちらりと陽汰を見上げると、「ん?」というやさしい顔で見下ろされる。
急に心臓に電気が走ったようにビリビリした。何が起こったか分からず、驚きのあまりわたわたしてしまう。
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