上 下
32 / 50
4.みだらしだんご(岐阜)

並ぶ

しおりを挟む
「千影さん、里芋ありますよ!」

 少し前を行く陽汰が、振り返って手招きした。

 普段、千影が愛用している大きめのエコバッグを肩から提げて、陽汰はうきうきと楽しそうだ。

 いつも贔屓にしている店の商品も、少しずつ様変わりしている。番重にぎっしりと積み重なった野菜のラインナップが、夏から秋に移行しているのだ。

 少し前までは、新鮮で真っ赤なトマトや濃い緑色をしたきゅうりが幅を利かせていたけれど、今はカボチャやさつまいも、里芋が主役だ。

 どれもこれもみずみずしく、見るからに新鮮でおいしそうだった。

「千影ちゃん、よう来てくれんさったなぁ」

「こんにちは」

 いつものように店主と挨拶を交わす。

 彼女は千影の隣にいる陽汰の存在に気づいたらしい。少し目を丸くしてから、すぐに柔和な顔になって「今日はめずらしいねぇ」と言った。
 
「荷物持ちとして来ました!」

 店主に負けず劣らずのにこにこ顔で、陽汰が自己紹介をする。

「千影さんと同じ会社で働いてます」

 里芋を包んでもらい、陽汰がそれを受け取る。

「ふたりが並んでると若夫婦みたいだねぇ」

 店主の言葉に、陽汰は思わず里芋を落としそうになった。おたおたと慌てている。気のせいか顔が赤い。若夫婦と言われただけで赤面するなんて、陽汰は純粋でかわいいところがあるなと千影は微笑ましく思った。

 他にも野菜をいくつか購入して、店を後にするころにはエコバッグがパンパンになっていた。

「普段から、こんなにたくさん買物をしてるんですか?」

 両肩からエコバッグを提げ、さらに手にも荷物を持った陽汰が千影に訊く。

「今日は少し多いです」

 正直に千影が告げると、陽汰は驚いた顔をした。

「少し……? えっと、それだと千影さん、いつもはどうしてるんですか? とてもじゃないけど、ひとりで持てないでしょう」

「持てますよ」

 さらりと答える。小柄ながら力持ちで、体力にも自信がある千影だった。料理の仕事はそこそこハードな肉体労働だ。体力が無ければ務まらないし、非力では大鍋を振るうこともできない。

「いやいや、千影さんの細っこい腕で持てるはずないです。もっと早く言ってくれれば、俺はいつでも荷物持ちになったのに」

 持てないと決めてかかる陽汰に「持てますから」と千影は少しムキになって言い募る。

「ぜんぜん平気です。見た目より力持ちなんです」

「……マジですか?」

 陽汰が疑いの目で千影を見る。

「ほんとうです。ただ、あまりにも量が多い日はさすがの私も二往復しないといけなくて。時間がもったいないなぁと思ってたんです。なので、今日は陽汰さんに手伝ってもらえてとても助かりました」

 陽汰に礼を言うと、彼の顔がぱっと明るくなった。

「いつでも言ってください! 仕事中でも飛んで行きますから!」

 いや、仕事中はダメだろうと心の中で千影はツッコむ。不真面目なことを言っているのに、陽汰は大真面目な顔をしていて、それがおかしくて思わず笑ってしまった。

「ふふっ」

 笑ったら、陽汰に変な顔をされた。ぽかんとあっけにとられたような表情をしている。

 普段、千影は滅多に笑わない。

 もしかしたら、笑った顔がとてつもなく変だったのかもしれない。よくよく考えてみたら、千影自身も自分の笑顔がどういう感じなのかよく分からない。引かれるほどの変顔だったらどうしよう、と今すぐにでも鏡を自分の顔を確認したくなった。

 慣れないことをするものじゃないな、と歩きながら落ち込んでいると、またしても例の香りが漂ってきた。焦げた醤油の香ばしい匂い。

「やっぱり美味しそうだなー!」

 陽汰の意見に完全同意だ。口の中からよだれがあふれそうになり、思わずごくりと唾を飲み込む。ふいに視線を感じて陽汰のほうを見ると、目が合った。

「千影さんも、ほんとうは食べたいんでしょう」

「それは……」

 否定できない。醤油と焦げ目のついた香ばしい匂い。おいしくないはずがない。

「買い出しも終わったことだし、今は休憩時間です。休憩中なら食べてもいいでしょう」

 陽汰がいたずらっぽく笑う。

「そ、それは……まぁ……」

「よし、決まり」

 陽汰に促されて、観光客に混じってみだらし屋の列に並んだ。

「たくさん並んでますね」

「そうですね」

 人気店らしく、長蛇の列になっている。千影は混雑していることよりも、カップルの多さに驚いた。自分の前に並んでいるふたりの手が繋がれていることに気づいて、耐性のない千影はドギマギしてしまう。

 そういったことにまったく縁がなかった千影にとって、恋人同士というのは未知の世界だ。

 列に並びながら少しずつ歩を進めていると、ふいに「若夫婦」という言葉がよみがえった。贔屓にしている店主の言葉。自分と陽汰は、本当にそんな風に見えたのだろうか。

 ちらりと陽汰を見上げると、「ん?」というやさしい顔で見下ろされる。

 急に心臓に電気が走ったようにビリビリした。何が起こったか分からず、驚きのあまりわたわたしてしまう。

 肩から提げていたエコバッグから里芋がこぼれ落ちそうになって、千影は我に返った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

漫画のつくりかた

右左山桃
ライト文芸
サトちゃんの隣に居座るためなら何にだってなれる。 隣の家の幼なじみでも、妹みたいな女の子でも、漫画家のプロアシスタントにだって! 高校生の日菜子は、幼馴染で6つ年上の悟史のことが大大大好き。 全然相手にされていないけど、物心つく頃からずっと切ない片思い。 駆け出しの漫画家の悟史を支えたくて、プロアシスタントの道を志す。 恋人としてそばにいられなくても、技術者として手放せない存在になればいいんじゃない!? 打算的で一途過ぎる、日菜子の恋は実るのか。 漫画馬鹿と猪突猛進娘の汗と涙と恋のお話。 番外編は短編集です。 おすすめ順になってますが、本編後どれから読んでも大丈夫です。 番外編のサトピヨは恋人で、ほのぼのラブラブしています。 最後の番外編だけR15です。 小説家になろうにも載せています。

峽(はざま)

黒蝶
ライト文芸
私には、誰にも言えない秘密がある。 どうなるのかなんて分からない。 そんな私の日常の物語。 ※病気に偏見をお持ちの方は読まないでください。 ※症状はあくまで一例です。 ※『*』の印がある話は若干の吸血表現があります。 ※読んだあと体調が悪くなられても責任は負いかねます。 自己責任でお読みください。

『Goodbye Happiness』

設樂理沙
ライト文芸
2024.1.25 再公開いたします。 2023.6.30 加筆修正版 再公開しました。[初回公開日時2021.04.19]       諸事情で7.20頃再度非公開とします。 幸せだった結婚生活は脆くも崩れ去ってしまった。 過ちを犯した私は、彼女と私、両方と繋がる夫の元を去った。 もう、彼の元には戻らないつもりで・・。 ❦イラストはAI生成画像自作になります。

『恋しくて! - I miss you. 』

設樂理沙
ライト文芸
信頼していた夫が不倫、妻は苦しみながらも再構築の道を探るが・・。 ❧イラストはAI生成画像自作 メモ--2022.11.23~24---☑済み

カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある? たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。  ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話? ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。 ※もちろん、フィクションです。

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...