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4.みだらしだんご(岐阜)

宮川沿い

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 丸く小さな餅を五つ串に刺して、醤油だれをつけて焼いたみだらし団子。口に入れると、香ばしさと団子本来の米の風味に感動した。

 カリッとするまで表面を焼いているのに、固くならずにもっちりしている。醤油だれはしょっぱ過ぎず、素朴でほっこりする味だ。あっさりしているので、二本、三本と食べられる。観光地グルメとしては庶民的な価格であることも人気のひとつかもしれない。

 歩きながら食べると、何だか観光客になった気分だった。

「歩きやすい季節になりましたね」

 宮川沿いを歩きながら、陽汰がしみじみと言う。

「ほんとうに、そうですね」 

 暑さが和らぎ、心地よい風が体を通り抜けていく。

 雲間から覗く陽の光を受けて、宮川の水面がきらきらと輝いている。何気なく川の向こうに目をやると、見知った人影を対岸に見つけた。

「あれって、結野さん……?」

 そういえば結野も今日は代休だと言っていた。てっきり部屋に籠って執筆をしていると思っていたが、どうやら気晴らしに散歩に出かけたらしい。

 結野が宮川にかかる鍛冶橋にさしかかった。声を掛けようとしたけれど、彼の隣に誰かがいることに気づいて思いとどまった。

 すらりと背の高い男性だ。年齢は貫井と同じくらいか、もう少し上かもしれない。

「たぶん、結野さんを担当してるひとですね」

 橋の上にいるふたりを眺めながら、陽汰が言う。

「編集者さんですか?」

 陽汰がうなずく。一度だけ顔を合わせたことがあるらしい。

「打ち合わせのために杉野館に来られていて。結野さんとふたりで、談話室で話し込んでましたよ」

「そうなんですか」

「良い季節だし、歩きながら打ち合わせでもしてるんじゃないですか?」

 手を振って、彼らに声を掛けようとした陽汰を千影は制止した。

 何となく邪魔をしてはいけないような気がした。今まで見たことのない顔をして、結野は担当編集者の隣にいた。あどけない子供のような、それでいて艶のある大人びた表情だった。

「千影さん? どうかしたんですか?」

「う、打ち合わせ中だと、申し訳ないので……」

 誤魔化すように言って、千影は結野たちに背を向けた。

「あー、そうですね。仕事の邪魔しちゃいけないですよね」

 納得したらしい陽汰と一緒に、千影は杉野館に戻った。





 その日の夕食時、食堂は居酒屋のような雰囲気になった。

 酒器を片手に、ほろ酔い気分の社員たちのご機嫌な声があちらこちらから聞こえて来る。酒の肴にと思ってこしらえた献立は好評だった。おかずをアテに、わいわいと盛り上がっている。

 その分、今日はごはんの減りが遅い。

 千影は、土鍋に残ったごはんをボウルに移した。ほかほかのごはんに、醤油とごま油、みりんを加える。しゃもじでよく混ぜたら、白ごまとかつお節を足してさらに混ぜる。ごはんを三角おむすびにして、トースターでこんがりさせる。

 香ばしい匂いがたまらない、焼きおにぎりの完成だ。

 たれを作って、ハケでおむすびに塗る作り方でも、もちろん問題はない。以前いた創作料理店では、先に味付けをしてから握るやり方だったので千影はそれに倣っている。

 大皿に大葉を敷いて、その上に焼きおにぎりを乗せていく。香ばしい匂いにつられて、食いしん坊の陽汰が配膳台から作業場のほうに顔を覗かせた。

「良い匂いがすると思ったら、めちゃくちゃ美味しそうな焼きおにぎりじゃないですかー!」

 陽汰の顔は真っ赤だ。かなり酔っているらしい。

「召し上がりますか」

「うん、たべりゅよー!」

 呂律もあやしい。

「……お皿、持てますか?」

「だいじょーぶ!」

 酔っ払いの「大丈夫」ほど信用できないものはない。ゆらゆらと揺れている陽汰には水を入れたグラスを手渡し、大皿は千影が皆のところまで運んだ。

「お、うまそうだな」

 貫井が、ひょいと焼きおにぎりを掴んで口に運ぶ。

「んー、うまい。この香ばしさと日本酒は合うな」

「そういえば、飛騨高山のみたらし団子も同じですよね。味付けが醤油で、香ばしくて。あ、みたらしじゃなくて、みだらしって呼ぶんでしたね」

 結野も腕を伸ばし、大皿から焼きおにぎりをひとつ取った。

 みだらしだんご……。

 ふいに、朝市でのことを思い出した。陽汰に見下ろされた瞬間、千影の心臓はおかしな風に暴れ出した。今、その現象がぶり返している。

 顔面が強い人間の微笑みはある種の凶器だ。その威力の凄まじさを身を持って知った。

 自分は、どうだったのだろう……。

 千影は、無意識に己の顔に手をやった。片手で顔の下半分を包む。頬をむぎゅむぎゅとしながら、昼間、ヘンテコな顔をしていなかっただろうかと不安になった。

 戸棚の硝子にうつる自分の顔をじっと睨むように見つめる。取り立てて美しくもないかわりに、目立った粗もないように思う。

 一言でいえば、地味な顔。
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