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6.モダン焼き(大阪)

いつもの食卓

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 連休明けは働く意欲が著しく低下するらしい。特に大型連休になるとそれが顕著のようだ。

 杉野館の食堂、千影は社員たちに朝食を提供しながら、皆の顔がどんよりとしていることに気づいた。

「ゆっくりするつもりで帰ったのに、むしろ疲れた気がする……」

 貫井は実家で、甥っ子と姪っ子の遊び相手として重宝されていたらしい。げっそりした顔で「抱っこのし過ぎで腕が上がらない」とこぼしている。

 続いて食堂にやって来た結野も、かなりのお疲れ顔だった。

「結局、自分の荷造りは出来なかったな。あと一日、いや二日くらい休みがあれば……」

 自室の片付けが進んでいないようで、ぶつぶつと独り言をいっている。

 沈んだ表情の貫井や結野と対照的なのが、陽汰だ。明るい声で他の社員たちと新年の挨拶を交わしている。

「千影さん、あけましておめでとうございます!」

 表情がいきいきしている。全身から元気がみなぎって、働く意欲をビシビシと感じる。

「おめでとうございます。仕事始めで皆さんは憂鬱そうなんですけど、陽汰さんは元気ですね」
 
「そりゃ、千影さんにも会えますから!」

 元気が良過ぎて、サービストークにも力が入っているらしい。

「また千影さんの美味しいご飯が食べられると思うと、めちゃくちゃ元気になります」

 数日といえど間を開けると、分かりやすいお世辞にもおたおたしてしまう。なんとか平然を装い、陽汰に「どうも」と返答した。

 仕事始めからの月日は、なんだかあっとう間に過ぎていった。気づいたら月末という感じだった。結野の退寮日も迫っている。

 貫井と陽汰が盛大なお別れ会を計画していたらしいのだけど、「逆に寂しくなる」という結野の意見で取りやめになった。豪華な食事もなし。

『最後の日は、いつも通りの献立で大丈夫だから』

 結野にそう言われてしまっては仕方がない。彼の意向に沿って、千影はいつものように馴染みの商店で食材を仕入れ、夕食をこしらえた。

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【今日の夕食】

・ねぎとろ丼
・大葉とチーズの春巻き ~スイートチリソース添え~
・しゃきしゃき大根の明太マヨサラダ
・レンコン入り鶏団子と白菜の中華スープ

※ごはんとスープはおかわり自由です
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「マジでいつもの感じだな。なんかもう実家より安心感あるというか、しっくりくるわ……」

 かわり映えのないメニューを前にして、貫井がつぶやく。

「俺が千影ちゃんに頼んだんですよ。いつも通りの献立にして欲しいって。そのほうが落ち着きますから」

 結野が大根サラダを頬張りながら、千影のフォローをしてくれる。

「お刺身とか海鮮丼じゃなくて、ねぎとろ丼っていうのが杉野館のまかないメシって感じしますねー!」

 陽汰のいう通り。マグロの中落ち部分からこそげ取っているので、お買い得商品なのだ。おかげ様で今日も無事に予算内におさめることができた。

「そういえば、京都ってぶぶ漬け伝説があるじゃないですか。結野さん大丈夫なんですか?」

 春巻きを口に運びながら、陽汰が結野を心配する。

「なんだ? ぶぶ漬け伝説って」

 貫井が聞き慣れないワードに反応する。

「知らないんですか? ぶぶ漬けっていうのはお茶漬けのことです。お店とか訪問先とかで『ぶぶ漬けでもそうですか?』って聞かれたら、それは『そろそろ帰ってください』って意味らしいです」

「はぁ? 意味が分からん。はっきり『帰れ』って言えば済む話だろう」

 中華スープをレンゲですくいながら、貫井が驚きの声をあげる。

「それが京都流で、ぶぶ漬け伝説です。間違っても本気にして『お茶漬けください』なんて言ったら、笑い者になっちゃいますよ」

 陽汰に忠告され、貫井はムッとした顔になる。

「あいつ自体が、そういうの得意そうだから問題ないだろ」

 弓削のことが頭に浮かんだらしい。嫌そうな顔をしながら、貫井がスープをすする。

「まぁ、実際に京都で『ぶぶ漬けでもどうどす?』っていう言葉は、あまり使われないらしいので。俺は大丈夫ですよ」

 結野が笑いながら訂正する。

「本来は『特にお構いはできないけど、せめてぶぶ漬けでも食べてゆっくりしていってください』っていう、控えめでやさしい表現らしいですよ」

「そうなのか? めちゃくちゃ使ってそうだぞ、特にあいつが。もったいぶって嫌味ったらしいからピッタリだ」

 結野の説明に納得できない様子の貫井は、ひとり徹底抗戦の構えを見せる。

「そんなに弓削さんと京都のこと、敵視しないでくださいよ。結野さんが落ち着いたら京都を案内してもらおうって、計画してたじゃないですか。俺、楽しみにしてるんですよ」

 陽汰が「ぶぶ漬け伝説の話なんてしなきゃ良かった」と反省しながら、貫井を見て呆れている。

 パートナーが罵られているというのに、結野は特に気を悪くした気配もなかった。おいしそうにご飯を食べながら、ただただ笑っていた。

 そのままの笑顔で、結野は次の日、京都へと旅立って行った。





 大阪に住む伯母から連絡があったのは、二月に入ってしばらく経った頃だった。

 長年営んでいたお好み焼き店を閉めることになったという。伯母は、千影の母とは一回り年が離れている。高齢にさしかかってはいるものの、持病もなく、まだ店を続けることは出来たはずだ。

 店じまいをする理由を問うと、伯母はつっけんどんな声で言った。

『自分が元気なうちに、始末をつけなあかん。いつまでも意地張っても迷惑をかけるだけや』

 愛想のない物言いは、自分に似ている。千影はそう思いながら、伯母に食べさせてもらったお好み焼きや焼きそばの味を思い出していた。
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