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6.モダン焼き(大阪)

お雑煮

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 朝、冬の寒さで目が覚めた。部屋の中なのに鼻の頭がツンと冷えている。千影はのろのろと起き上がってセーターを着込み、ストーブに火を入れた。

 職場である杉野館の近くにあるアパート。八畳ほどの一室が、少しずつ暖まっていく。今は年が明けたばかりで、千影も他の社員たちと同じく休みに入っている。

 杉野館の住人たちは、ほとんどが帰省中だ。貫井も陽汰も地元に戻っている。結野は京都へ旅行すると言って、休暇一日目に出かけて行った。弓削が仕事の関係もあり、一足先に新生活を始めているのだ。

『新居を見てみたいから。もちろん、京都観光もしてくるよ』

 あくまでも結野は「旅行」と言っていたけど、実際は弓削の引っ越しの荷物の片付けを手伝ったり、近隣住民への挨拶に赴いたりしているという。弓削が意気揚々とマウント報告してきた。いい加減にうっとうしいので、ブロックしてやろうと密かに思っている。

 ぐうぐうと鳴るお腹をさすりながら、千影は朝食の準備に取り掛かった。仕事で大人数の料理を作っていたから、一人分を作るのは何だか張り合いがなく気が抜けたような感じがする。

 年末から年始にかけて、千影はひとりで「全国津々浦々お雑煮」を作って愉しんでいる。

 正月の定番、お雑煮。

 お雑煮は地域によって作り方が様々だ。餅の形からして違う。丸餅だったり、角餅だったりする。餅を煮るところもあれば、焼く地域もある。すまし汁なのか、味噌なのか。小豆汁があると知ったときにはさすがに驚いた。

 見た目が「ぜんざい」なので、慣れない千影にはお雑煮感はなかった。味はもちろんおいしいので、これはこれでアリだなと思いながらいただいた。

 小豆といえば、白味噌仕立ての汁に甘いあん入りの丸餅を入れるパターンもある。口の中でマッチする組み合わせとは思えなかったけれど、実際に食べてみるとおいしくて、新たな発見をした気分だった。

 大阪で暮らしていた頃、千影は白味噌のお雑煮を食べていた。餅はシンプルな丸餅。輪切りにされた大根と人参が入っていた。すべて丸い食材なのは、縁起が良いからだと伯母に聞いた記憶がある。

 今から作るのは、宮城県の仙台雑煮。

 餅は角餅、ハゼの出汁で作る。特徴はパッと見て分かるくらい豪華なこと。椀からはみ出すように焼きハゼが鎮座しており、中央にはイクラが盛られている。

 他にも、大根、人参、ごぼう、ずいき、凍り豆腐などが具材がいっぱい。餅が見えなくなるほどの具材で覆うのが仙台流らしい。

 具材を細切りにするのも特徴といえる。細切りにした大根、にんじん、ごぼうをサッとゆでて水にとり、しっかりと水気をきって冷凍庫で凍らせておく。

 これは「おきひな」といって、昔は外気にさらして凍らせていたという。凍らせることで味がぎゅっとしみやすくなるのだ。

 まずは、小鍋に水と焼きハゼを入れて出汁をとる。出汁をとったあとのハゼは、身を崩さないようにそっと取り出しておく。

 ずいきと凍り豆腐はもどしたあと、細切りにする。出汁のなかに具材を入れて煮てから、醤油、塩、みりん、酒で味をととのえる。小鍋で煮ていると、なんともほっこりする匂いが台所に充満した。

 椀に焼いた餅を入れ、具材と汁を盛り付ける。

 出汁をとったハゼを乗せ、いくらをたっぷりと盛ったらできあがり。豪華な仙台雑煮の完成だ。

「いただきます」

 祝い箸で、そっと焼きハゼの身を崩す。食べ方に正解があるのかは分からないけど、とりあえずひとつずつの具材を味わう。ぷちぷちしたいくらの食感がたまらない。具材が少なくなってきたら汁と一緒にすすって、最後に焼きめのついた香ばしい角餅をいただく。

 野菜の旨味やハゼの出汁、焼餅の香ばしさが椀のなかで一体となっている。見た目は驚くほど豪華なのに、口に入れるとそれぞれの個性が邪魔をしない。

「あっつい……」

 ぬくもった部屋で、あつあつのお雑煮を食べたせいだ。気づくと額に汗が滲んでいた。着込んでいたセーターを脱いでから、小鍋に残っている汁をすべて椀に入れる。

 ほっこりして、おいしい。おいしいのだけど、なにか物足りない気がする。

 こんなに豪華なお雑煮を食べているのに足りない感じがするのだ。それは他のお雑煮を食べたときにも感じたことだった。お腹はいっぱい、けれど満たされない。

 もしかしたら、自分ひとりで食べているからかもしれない。 

 ひとりが寂しいというのは少し違う気がする。もともとひとりが好きだし、落ち着く。そうではなくて、きっと自分は作ること以上に食べてもらうことが好きなのだ。
 
 だから、ひとりで作って食べているこの状況を物足りなく感じている。

 ……まかない係の仕事って、自分にとっては天職だなぁ。

 料理人になって良かったと、千影はふたつめの焼餅を椀に入れながら、しみじみと感じていた。
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