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4.みだらしだんご(岐阜)
朝から賑やか
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具体的に何を手伝ってもらうのが良いだろうかと、千影は考えてみた。
作業場の整理整頓もれっきとした業務の一部なのだけど、仕事内容としては地味だと思う。かといってあまり高度なこと……たとえば魚を三枚におろすとか、テクニックを要することはお願いしにくい。
結野が言ったように、野菜の皮むきが良いかもしれない。ピーラーを使えば誰でもすいすい皮をむくことができるだろう。
翌朝、さっそく陽汰にお願いしてみた。
本人はやる気満々といった感じだ。千影が出勤して間もなくの早朝、作業場に姿を見せた。やる気はあるのだけれど、ピーラーを持つ手に力が入り過ぎて妙にぎこちない。
見ているだけでヒヤヒヤする。じゃがいもの皮をむく手付きの危なっかしさったらない。
「くれぐれも、怪我だけは気を付けてください」
祈るような気持ちで陽汰の皮むきを見守る。
「なんか、難しいです……」
力の入り過ぎなのか、陽汰の手がぷるぷると震えている。
「まさか、野菜の皮むきでつまずくなんて……」
自信喪失したように情けない声で陽汰が言う。
新しいことに挑戦する際は、自信を持つことが大事だ。苦手意識を持つといけないので、千影は慌ててフォローする。
「じゃがいもは、野菜の皮むきの中でも難しいんです。凹凸がありますから。特に男性は手が大きいので、握りにくいと思います」
必死にじゃがいもと格闘している陽汰を見て、なんだか申し訳ないような、一生懸命な子供を「がんばれ」と励ますような、よく分からない感情が芽生える。
千影にじっとみられていることに気づいたのか、陽汰が困った顔をする。
「……こんなことも出来ないなんて、幻滅してますか?」
「してません。ただ」
「た、ただ……?」
「陽汰さんが不器用だと知っていたら、じゃがいもではなく人参にしていたのにな、と思いまして」
人参は握りやすい。凹凸もないので、初心者でもすいすい皮むきが可能だ。
「ごめんなさいぃ~~~」
じゃがいもを握ったまま、うぅと陽汰が項垂れる。
それにしても、陽汰がこんなに不器用だとは思わなかった。何事も器用にできるタイプだと勝手に想像していた。野菜の皮むきくらい、さらっとこなせそうな感じがしていたのだ。
「……料理をしたことがないんです」
しょんぼりとした声で言う。
「そういうひともいると思います」
めずらしいことではない気がする。
「料理ができない男はどう思いますか」
「別に、何とも思わないです」
男性であろうと女性であろうと、料理ができないからといって、別にどうということはない。出来たほうが良いかもしれないが、今はテイクアウトやデリバリーが充実してる世の中だ。何とでもなるだろう。
「何とも思わない、かぁ……」
これまでにないくらいに、陽汰が肩を落とす。何かまずいことでも言ってしまったのだろうかと焦っていると、廊下のほうから足音が聞こえてきた。
「お、今朝はイングリッシュマフィンかぁ」
貫井だった。ホワイトボードを確認しながら、眠そうにあくびを噛み殺している。
------------------------------------
【今日の朝食】
・イングリッシュマフィン ~クリームチーズとスモークサーモン~
・さくさくハッシュポテト
・パイナップルとセロリの爽やかサラダ
※コーヒーor紅茶あります
------------------------------------
「貫井さん、こんな朝早くにどうしたんですか」
陽汰が訊くと、貫井はふふんと悪い顔をした。
「ちゃんと手伝いが出来てるか見に来たんだよ」
失敗したら笑ってやるつもりだと、貫井は嬉々としている。
「貫井さんって、ほんとうに性格がひん曲がってますよね!」
じゃがいもと必死に格闘しながら、陽汰が貫井をぎろりと睨む。
今日もまた、ふたりの小競り合いが始まりそうだ。相変わらず仲が良いなぁと千影が思っていると、貫井の後ろから結野が現れた。
「まったく、ふたりの邪魔をしないでくださいよ」
「邪魔はしてないぞ。おかしなものを陽汰に食わされないように、見張ってるんだよ」
結野の小言に対して、貫井は自分の正当性を訴える。
「おかしなものにはなりません。……もしかしたら、ハッシュポテトが少し小さくなる可能性はありますけど」
千影が小声で付け足した言葉に、貫井と結野がハッとした。そして、同時に陽汰の手元を注視する。
「……お前それ、ピーラー使ってるわりに皮が分厚くないか? それ捨てる部分だよな?」
「陽汰、俺はハッシュポテトが好物なんだよ。あまりにも小さいのはちょっと、何ていうか寂しんだけど」
「ちょっと結野さんと貫井さん、静かにしてくださいよ! 俺は真剣なんですから」
ぷるぷると震えながら、ピーラーを動かす陽汰が注文をつける。途端にふたりは大人しくなって、陽汰の応援を始めた。
「揚げたてのハッシュポテトは贅沢品だぞ、がんばれ」
「さくさくのあつあつで、良い感じに塩も振ってあって……。陽汰、たのむから皮は薄くな? 陽汰ならできる」
まるで小さな子供を励ますように、貫井と結野は、陽汰の皮むきの行方を見つめていた。
作業場の整理整頓もれっきとした業務の一部なのだけど、仕事内容としては地味だと思う。かといってあまり高度なこと……たとえば魚を三枚におろすとか、テクニックを要することはお願いしにくい。
結野が言ったように、野菜の皮むきが良いかもしれない。ピーラーを使えば誰でもすいすい皮をむくことができるだろう。
翌朝、さっそく陽汰にお願いしてみた。
本人はやる気満々といった感じだ。千影が出勤して間もなくの早朝、作業場に姿を見せた。やる気はあるのだけれど、ピーラーを持つ手に力が入り過ぎて妙にぎこちない。
見ているだけでヒヤヒヤする。じゃがいもの皮をむく手付きの危なっかしさったらない。
「くれぐれも、怪我だけは気を付けてください」
祈るような気持ちで陽汰の皮むきを見守る。
「なんか、難しいです……」
力の入り過ぎなのか、陽汰の手がぷるぷると震えている。
「まさか、野菜の皮むきでつまずくなんて……」
自信喪失したように情けない声で陽汰が言う。
新しいことに挑戦する際は、自信を持つことが大事だ。苦手意識を持つといけないので、千影は慌ててフォローする。
「じゃがいもは、野菜の皮むきの中でも難しいんです。凹凸がありますから。特に男性は手が大きいので、握りにくいと思います」
必死にじゃがいもと格闘している陽汰を見て、なんだか申し訳ないような、一生懸命な子供を「がんばれ」と励ますような、よく分からない感情が芽生える。
千影にじっとみられていることに気づいたのか、陽汰が困った顔をする。
「……こんなことも出来ないなんて、幻滅してますか?」
「してません。ただ」
「た、ただ……?」
「陽汰さんが不器用だと知っていたら、じゃがいもではなく人参にしていたのにな、と思いまして」
人参は握りやすい。凹凸もないので、初心者でもすいすい皮むきが可能だ。
「ごめんなさいぃ~~~」
じゃがいもを握ったまま、うぅと陽汰が項垂れる。
それにしても、陽汰がこんなに不器用だとは思わなかった。何事も器用にできるタイプだと勝手に想像していた。野菜の皮むきくらい、さらっとこなせそうな感じがしていたのだ。
「……料理をしたことがないんです」
しょんぼりとした声で言う。
「そういうひともいると思います」
めずらしいことではない気がする。
「料理ができない男はどう思いますか」
「別に、何とも思わないです」
男性であろうと女性であろうと、料理ができないからといって、別にどうということはない。出来たほうが良いかもしれないが、今はテイクアウトやデリバリーが充実してる世の中だ。何とでもなるだろう。
「何とも思わない、かぁ……」
これまでにないくらいに、陽汰が肩を落とす。何かまずいことでも言ってしまったのだろうかと焦っていると、廊下のほうから足音が聞こえてきた。
「お、今朝はイングリッシュマフィンかぁ」
貫井だった。ホワイトボードを確認しながら、眠そうにあくびを噛み殺している。
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【今日の朝食】
・イングリッシュマフィン ~クリームチーズとスモークサーモン~
・さくさくハッシュポテト
・パイナップルとセロリの爽やかサラダ
※コーヒーor紅茶あります
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「貫井さん、こんな朝早くにどうしたんですか」
陽汰が訊くと、貫井はふふんと悪い顔をした。
「ちゃんと手伝いが出来てるか見に来たんだよ」
失敗したら笑ってやるつもりだと、貫井は嬉々としている。
「貫井さんって、ほんとうに性格がひん曲がってますよね!」
じゃがいもと必死に格闘しながら、陽汰が貫井をぎろりと睨む。
今日もまた、ふたりの小競り合いが始まりそうだ。相変わらず仲が良いなぁと千影が思っていると、貫井の後ろから結野が現れた。
「まったく、ふたりの邪魔をしないでくださいよ」
「邪魔はしてないぞ。おかしなものを陽汰に食わされないように、見張ってるんだよ」
結野の小言に対して、貫井は自分の正当性を訴える。
「おかしなものにはなりません。……もしかしたら、ハッシュポテトが少し小さくなる可能性はありますけど」
千影が小声で付け足した言葉に、貫井と結野がハッとした。そして、同時に陽汰の手元を注視する。
「……お前それ、ピーラー使ってるわりに皮が分厚くないか? それ捨てる部分だよな?」
「陽汰、俺はハッシュポテトが好物なんだよ。あまりにも小さいのはちょっと、何ていうか寂しんだけど」
「ちょっと結野さんと貫井さん、静かにしてくださいよ! 俺は真剣なんですから」
ぷるぷると震えながら、ピーラーを動かす陽汰が注文をつける。途端にふたりは大人しくなって、陽汰の応援を始めた。
「揚げたてのハッシュポテトは贅沢品だぞ、がんばれ」
「さくさくのあつあつで、良い感じに塩も振ってあって……。陽汰、たのむから皮は薄くな? 陽汰ならできる」
まるで小さな子供を励ますように、貫井と結野は、陽汰の皮むきの行方を見つめていた。
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