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1.赤かぶ漬け(岐阜)

夕餉の支度

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 出勤時間の早い千影には、日中に少し長めの休憩時間が与えられている。日によっては一旦自宅に戻り、家事をこなしたり用事を済ませたりしている。

 今日は杉野館の玄関脇にある談話室で少し休んでから仕事を再開した。ホワイトボードにさらさらと夕餉の献立を書き込む。
 
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【今日の夕食】

・ごはん(白米)
・鰤のあら煮
・春キャベツの味噌汁
・甘い卵焼き
・赤かぶ漬け

※ごはんと味噌汁はおかわり自由です
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 書き終わると、ボードを食堂の入口付近の壁に掛けた。ひとつに結んでいた髪を一旦解いてから、きつく結び直す。それから割烹着に両腕を通して、よし、と気合を入れる。

 さっそく鰤のアラの下処理に取り掛かる。魚の頭を切断する際は、厚みのある片刃包丁がいちばん適している。いわゆる出刃包丁というやつだ。千影は鰤の頭をまな板に立てて置いた。

 頭を兜割りにするのだ。

 魚のぬめりで手が滑らないように布巾で掴んで固定してから、口を開けて包丁の先を差し込む。そのままぐっと中まで突き入れ、まな板に切っ先が到達したらそのまま包丁の柄尻を下げる。

 これが魚の頭を真っ二つにする兜割りと呼ばれるのやり方(梨割ともいう)なのだが、いかんせん頭が大きいので力を要した。ぎりぎりと力を込めて包丁を下ろす。テコの原理も利用して、なんとか一刀両断することができた。

 下顎とカマの部分をそれぞれ切り落とし、あとは食べやすい大きさに切り分けていく。包丁の刃元でたたくようにすると簡単に切り離すことができる。

 食べやすい大きさに切ったら、ボウルに入れて軽く塩を振る。ざっくりと手で混ぜてから十分ほど置いておく。十分経ったら熱湯をまわしかけ、白っぽく色が変わったら冷水をかけて粗熱を取る。

 残っているうろこや血合い、ぬめりをていねいに洗い落とす。これは「霜降り」と呼ばれる臭みを取るための下処理方法だ。するかしないかで味に大きな違いが出る。

 きれいになった鰤のアラを鍋に敷いて、昆布だし、みりん、醤油、日本酒、砂糖、生姜を加える。落し蓋をして、噴きこぼれない程度の火加減でコトコト煮る。ときどきアクを取り除きながら、様子を確認する。味をしっかりとしみこませるには、一旦冷ますのがポイントだ。

 食べるときに温め直すのだが、小さめの火で煮汁をしっかりとまわしかけながら温めると、こってりと味のしみたおいしい鰤のあら煮が出来上がる。

 次は甘い卵焼きを作る。杉野館には甘い派としょっぱい派がいるので、平等に交互にこしらえることになっている。今日は甘い日だ。

 ボウルに卵を割り、しっかりと溶く。卵白が固まっている部分は菜箸ですくうようにして切っておく。ふわりとした食感に仕上げたいので、ザルでこすひと手間をかける。

 砂糖、みりん、だしの素、水とマヨネーズを加えて卵液を完成させる。卵焼き器を火にかけて熱し、サラダ油をよく馴染ませる。菜箸の先に少量の卵液を付けて、卵焼き器に垂らす。ジュっと音を立てれば適温だ。

 卵液を流し入れ全体に広げる。ぷくりと気泡がふくらんできたら、菜箸で突いて潰す。卵が焼けてきたら、菜箸を使って奥から手前にくるりと巻く。

 この時点ではまだ形がきれいでなくても問題ない。巻いたら卵焼きを奥に移動させて、手前にサラダ油をひく。卵液を流し入れ、卵焼きの下にも流し込む。少し固まってきたら巻き始め、これを何度か繰り返す。

 きれいな焼き色になるまで満遍なく焼いたら、ほっこりとした懐かしいおいしさの甘い卵焼きの出来上がりだ。
 
 それから、朝市で手に入れた春キャベツ使って味噌汁をこしらえる。まだ旬になったばかりの春キャベツ。旬が終わる五月頃までは、春キャベツのお世話になるだろう。食材は旬のものがいちばんおいしいと思う。春キャベツは、ほんのりと甘くて優しい味がする。

 みずみずしい葉をちぎり、一枚ずつていねいに水で洗う。ひと口大に切って、雪平鍋を火にかける。水と出汁を入れて、煮立ったら春キャベツを入れる。さっと煮てから味噌を溶き入れ、ひと煮立ちさせたら完了だ。

 後は土鍋でごはんを炊いたら、夕食の準備がすべて整う。

 こつを掴めば、意外に簡単に土鍋でごはんを炊くことができる。ふっくらとしたもちもちのごはんは、それだけでも立派なごちそうになる。

 まずはカップとすりきりできちんと計量する。それから米をとぐ。最初にそそぐ水は米が水分を吸いやすいので、ミネラルウォーターなどの良質な水を使うと良い。

 水が半透明になったら、ざるにあげて水気を切る。土鍋の中にといだ米を入れて、水(ここでも良質なものを使う)をそそぐ。平らにならして三十分ほど浸水させたら、いよいよ炊飯である。

 土鍋をコンロに乗せて、強めの中火にかける。強火で一気に炊くより、少し時間をかけて沸騰させたほうがふっくらと炊きあがる。沸騰したら弱火にして十分ほど加熱する。

 土鍋の中から、ふつふつと音がする。この音が聞こえなくなれば、炊きあがりは近い。火を消して蓋を開けずに十分ほど蒸らす。

 この蒸らす時間も大事な工程になる。鍋の種類や厚みによっても仕上がりに多少差が出る。何度か炊くうちに、ちょうど良い加減が見つけられる。

 炊飯器よりは手間がかかる作業だが、ふっくらとしたつやつやのごはんを見ていると、やはり土鍋がいちばんだと千景は思う。土鍋を開けた瞬間の香りが、なんとも食欲をそそる。

 味見をするために茶碗によそい、炊き立てのごはんを頬張る。

「ん~~、うまっ!」

 じん、と体にしみわたるおいしさだ。土鍋で炊いた熱々のごはん。とびきりのごちそうを味わっていると、玄関のほうから声がした。 

 柱時計を見ると、夕方の六時半を少し回ったところだった。寮で暮らす社員たちが、そろそろ帰ってくる時刻だ。
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