祓屋探偵・御影夜一と憑かれた助手

水縞しま

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第三章 溺れる部屋

行方不明者

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「管理会社からの返答に、納得がいくはずもないだろう。たいていの住人は、この時点で退去を決めるそうだ。それでも『仕事が忙しい』とか『引っ越し費用が足りない』とか、他にも諸々ね。とにかく、なんらかの理由でその部屋に居続けると……」

「ど、どうなるんですか……?」

 ごくりと息を飲みながら、夜一が問う。

「部屋中のあちこちから、一気に水が噴出して。溺れるんだそうだよ」

 八家の言葉を聞いた瞬間、灼は後輩の顔が頭に浮かんだ。本当に、青倉が無事で良かったと胸を撫でおろす。

「お、溺れたひとは、どうなったんですか……?」

 夜一が、遠慮がちに訊いた。

「幸いにも、まだ死人は出てないみたいだけどね」

 八家の「まだ」という言葉に身震いがした。

「水が噴き出して、溺れる。息ができない。いつの間にか意識を失っている。そして、次に目が覚めたとき。どこにも水の痕跡は残っていないそうだ」

 そう言って、八家がマグカップをふたつテーブルに置いた。「どうぞ」とすすめられ、灼と夜一はそれを手に取る。

「そういえば、行方不明になっている住人がひとりだけいるそうだよ」

「行方不明……。何年くらい前ですか?」

 マグカップを両手で持ちながら、夜一が八家に質問する。

「たしか六年、いや七年くらい前だったかなぁ。最初の住人だよ」

 大手商社に勤務する女性だったらしい。年齢は二十代後半。ある日、忽然と部屋から姿を消したというのだ。

 なんとなく、灼はその人物のことが気になった。行方不明。あの部屋の、最初の住人。

 手の中のマグカップから、ゆらりと湯気が揺れる。そっと口を付けた。淹れたてのコーヒーには、深い苦みがあった。





「おれはな~~、最初の住人が怪しいと思うねんなぁ」

 八家不動産を後にして、駅に向かう途中。夜一は「怪しい」と繰り返した。

「まぁ、俺もそう思うけどな」

 灼も同意見だ。

「もしかしたら『呪詛師じゅそし』かもな……!?」

 夜一は、ハッとしたような顔になった。

「なんだよそれ」

「自分の欲望の赴くままに《呪い》の力を使う奴らのことやで」

「……へぇ」

「その《呪い》でな、商売をしとる不届き者もおるんや……! 許せん奴らやで!!」

 夜一が語気を強める。

「……ふぅん」

 現実味がなさ過ぎて、相槌が適当になってしまった。本当にそんなことが有り得るのだろうか。

 「誰かに頼まれて《呪い》をかけたんとちゃうかな? すぐに住人が出ていくように仕向けて。あのシェアハウスの運営を妨害しようとしてる……? ということは、ライバル会社が怪しいな!」

 夜一は、完全に「閃いた!」という顔をしている。

 謎推理を聞かされた灼は、ガクッと力が抜けた。

「妨害したいなら、全室に《呪い》を仕掛けるんじゃないか? なんで、一階の角部屋だけなんだよ」

「そ、それは……。えっとぉ、その……」

 閃き顔から一転して、夜一はしどろもどろになった。

 横浜に戻ると、ホテルではなくシェアハウスのほうに直行した。もう一度、状況を確認しようということになったのだ。なにか見落としている点があるかもしれない。

 最寄り駅に着き、改札を出ようとしたところで灼は足を止めた。構内の掲示板に、行方不明者の情報提供を募るチラシがあった。

 顔写真付きで、氏名、性別、身体的特徴も細かく記載されている。

「灼くん? なに見てるん……?」

 掲示物を凝視する灼の背後から、夜一が覗き込んでくる。

「この行方不明者、女だな」

「え? あ、ほんまや!」

 夜一は驚いたように声を上げ、チラシを確認する。

 失踪したのは、今から六年ほど前のようだ。行方不明当時の年齢は、二十八歳。シェアハウスで暮らしていたことが書かれていた。

 おそらく、間違いないだろう。

「このひとが、最初の住人や……!」

 夜一がチラシを指さす。

 灼は、顔写真をじっと眺めた。色白で、長い黒い髪。前髪は綺麗に切り揃えられている。顔立ちは、これといって特徴はなかった。それぞれのパーツが小さく、印象に残らない。地味といえば地味だが、粗がないので美人とも捉えられる。そんな顔だった。
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