32 / 53
第二章 不幸が続く家
消えた屋敷
しおりを挟む
雨が止んだのは、それから三日後のことだった。民宿の玄関を出た灼は、思いっきり深呼吸した。それまでの長雨が嘘のように、雲ひとつない空が広がっている。
「何日も足止めくらって、体が鈍った気がするな……」
晴天の下、ぐいぐいと体を伸ばす。それから煙草に火を付けて、灼は車に乗り込んだ。雨が止んだことで、ようやく集落に行くことができる。
今日は的形の屋敷へ赴き、カヤの供養をするのだ。
「……はぁ」
シートベルトを装着しながら、助手席の夜一が肩を落とす。かなりテンションが低めだ。理由は、宿賃がかさんだから。
「過ぎたことを言ってもしょうがねぇだろ。天候なんて、どうしようもないんだから」
「……そうやけど。ガソリンは値上がりするし、光熱費も高い。食品も値上げラッシュが止まらへん。もうあかん。破産や」
オーバーな奴だ。そもそも光熱費や、食品の値上げラッシュと今回のことは、無関係だと思うのだが。
「また仁川とか、他の相談者とか、小金持ち連中から相談料をふんだくれば良いだろ」
庶民から金を毟り取ることはしない。これでも灼は善人なのだ。粗暴だが。
「……うちは明朗会計やもん」
「料金設定を変えればいいだろ」
「え?」
夜一が顔を上げる。目の下のクマがひどい。せっかくの美貌が台無しだ。唯一の取柄なのに。
「便乗するんだよ」
灼は、口の端を上げてニヤリと笑った。たぶん今、悪役ちっくな表情をしているのだろうなと、自分でも思う。
「……便乗、値上げ?」
「そう。どこもやってるだろ? 原材料費がかさんだとか、人件費が高騰してるとか、それっぽいこと言って。うちもやれば良いんじゃないか?」
「そ、そうかな……?」
険しかった夜一の表情が、幾分和らぐ。
「事務所が潰れたら、困るヤツがいるだろ」
幽霊とか、呪いとか。そういった類のモノが、確かに存在すると身を持って知った。だから、御影探偵事務所は必要な存在だと思うのだ。未だに、胡散臭せぇ……と、ドン引きすることもあるけれど。
灼の助言を聞き、夜一はすっかり気を取り直したようだ。ボディバッグから電卓を取り出し、意気揚々と叩いている。
「二割くらい値上げしようかな。いや、この際やから景気よく、ぷわぁ~~っと三割ほど上げて……。そうなったら売り上げ的に、うん、うん! ええ感じやーー!」
満面の笑みで、電卓をひしっと抱きしめている。確かにあったはずの目の下のクマは、どういうわけか消えていた。謎に肌ツヤが良くなっている。なんという単純な男なのだろう。
横目で夜一を見ながら、灼は呆れかえった。
山道に入ってからは、慎重にハンドルを握る。晴れているが、道の両脇は濡れていた。雨水が地層からしみ出しているのだ。しかし、それ以上の影響はなかったようで、無事に集落の入口にたどり着いた。
村に足を踏み入れた瞬間、灼は思わず息を飲んだ。
「う、うそや……」
夜一も、愕然としている。
的形の屋敷が、土砂に埋もれていたのだ。
裏山が崩れたらしい。母屋も、蔵も、あの立派な壁も、全てが土砂にまみれている。
しかし、他の民家は被害を受けていない。的形の屋敷だけが、跡形もなく流されていた。
土砂に足を取られながら、屋敷があった場所まで行く。ひどく、土の匂いがした。
「……カヤが消滅したことと、因果関係があると思うか?」
「分からへん。でも、的形の最後には相応しいのかもしれへん。ここにはもう、呪いは残ってない。わずかに思念が漂ってるだけや」
「カヤの思念か?」
灼の問いに、夜一は首を振る。
「……違う。今、分かった。初めてこの集落に来たとき、おれが感じた気配。すごくイヤな感じやった。あれは、カヤちゃんの気配と違うかったんや」
ゾッとするような、絡めとられるような。暗い場所から、いくつもの手が伸びてくるような感覚だったという。
「遺影を見たとき、なんですぐに気づかへんかったんやろう」
夜一が感じたモノ。その正体は、仏間で見た的形の人間たちだった。
遺影の目に、じいっと見られている感覚は、確かにあのとき灼も感じていた。
「……まずは、残った思念を祓う」
そう言って、夜一は道具を取り出した。
「何日も足止めくらって、体が鈍った気がするな……」
晴天の下、ぐいぐいと体を伸ばす。それから煙草に火を付けて、灼は車に乗り込んだ。雨が止んだことで、ようやく集落に行くことができる。
今日は的形の屋敷へ赴き、カヤの供養をするのだ。
「……はぁ」
シートベルトを装着しながら、助手席の夜一が肩を落とす。かなりテンションが低めだ。理由は、宿賃がかさんだから。
「過ぎたことを言ってもしょうがねぇだろ。天候なんて、どうしようもないんだから」
「……そうやけど。ガソリンは値上がりするし、光熱費も高い。食品も値上げラッシュが止まらへん。もうあかん。破産や」
オーバーな奴だ。そもそも光熱費や、食品の値上げラッシュと今回のことは、無関係だと思うのだが。
「また仁川とか、他の相談者とか、小金持ち連中から相談料をふんだくれば良いだろ」
庶民から金を毟り取ることはしない。これでも灼は善人なのだ。粗暴だが。
「……うちは明朗会計やもん」
「料金設定を変えればいいだろ」
「え?」
夜一が顔を上げる。目の下のクマがひどい。せっかくの美貌が台無しだ。唯一の取柄なのに。
「便乗するんだよ」
灼は、口の端を上げてニヤリと笑った。たぶん今、悪役ちっくな表情をしているのだろうなと、自分でも思う。
「……便乗、値上げ?」
「そう。どこもやってるだろ? 原材料費がかさんだとか、人件費が高騰してるとか、それっぽいこと言って。うちもやれば良いんじゃないか?」
「そ、そうかな……?」
険しかった夜一の表情が、幾分和らぐ。
「事務所が潰れたら、困るヤツがいるだろ」
幽霊とか、呪いとか。そういった類のモノが、確かに存在すると身を持って知った。だから、御影探偵事務所は必要な存在だと思うのだ。未だに、胡散臭せぇ……と、ドン引きすることもあるけれど。
灼の助言を聞き、夜一はすっかり気を取り直したようだ。ボディバッグから電卓を取り出し、意気揚々と叩いている。
「二割くらい値上げしようかな。いや、この際やから景気よく、ぷわぁ~~っと三割ほど上げて……。そうなったら売り上げ的に、うん、うん! ええ感じやーー!」
満面の笑みで、電卓をひしっと抱きしめている。確かにあったはずの目の下のクマは、どういうわけか消えていた。謎に肌ツヤが良くなっている。なんという単純な男なのだろう。
横目で夜一を見ながら、灼は呆れかえった。
山道に入ってからは、慎重にハンドルを握る。晴れているが、道の両脇は濡れていた。雨水が地層からしみ出しているのだ。しかし、それ以上の影響はなかったようで、無事に集落の入口にたどり着いた。
村に足を踏み入れた瞬間、灼は思わず息を飲んだ。
「う、うそや……」
夜一も、愕然としている。
的形の屋敷が、土砂に埋もれていたのだ。
裏山が崩れたらしい。母屋も、蔵も、あの立派な壁も、全てが土砂にまみれている。
しかし、他の民家は被害を受けていない。的形の屋敷だけが、跡形もなく流されていた。
土砂に足を取られながら、屋敷があった場所まで行く。ひどく、土の匂いがした。
「……カヤが消滅したことと、因果関係があると思うか?」
「分からへん。でも、的形の最後には相応しいのかもしれへん。ここにはもう、呪いは残ってない。わずかに思念が漂ってるだけや」
「カヤの思念か?」
灼の問いに、夜一は首を振る。
「……違う。今、分かった。初めてこの集落に来たとき、おれが感じた気配。すごくイヤな感じやった。あれは、カヤちゃんの気配と違うかったんや」
ゾッとするような、絡めとられるような。暗い場所から、いくつもの手が伸びてくるような感覚だったという。
「遺影を見たとき、なんですぐに気づかへんかったんやろう」
夜一が感じたモノ。その正体は、仏間で見た的形の人間たちだった。
遺影の目に、じいっと見られている感覚は、確かにあのとき灼も感じていた。
「……まずは、残った思念を祓う」
そう言って、夜一は道具を取り出した。
3
あなたにおすすめの小説
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。
2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/7:『かわぞいのみち』の章を追加。2026/1/14の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
怪蒐師
うろこ道
ホラー
第8回ホラー•ミステリー大賞で優秀賞を受賞しました。ありがとうございました!
●あらすじ
『階段をのぼるだけで一万円』
大学二年生の間宮は、同じ学部にも関わらず一度も話したことすらない三ツ橋に怪しげなアルバイトを紹介される。
三ツ橋に連れて行かれたテナントビルの事務所で出迎えたのは、イスルギと名乗る男だった。
男は言った。
ーー君の「階段をのぼるという体験」を買いたいんだ。
ーーもちろん、ただの階段じゃない。
イスルギは怪異の体験を売り買いする奇妙な男だった。
《目次》
第一話「十三階段」
第二話「忌み地」
第三話「凶宅」
第四話「呪詛箱」
第五話「肉人さん」
第六話「悪夢」
最終話「触穢」
※他サイトでも公開しています。
【完結】ホラー短編集「隣の怪異」
シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。
日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。
襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。
身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。
じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。
今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる