May

樫野 珠代

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side 壱也

4-7

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リビングに戻ると、山済みになっている仕事を片付けようと鞄に手を伸ばした。
しかし書類を捲りながらも気が付けば、琴未のことばかり俺は考えていた。
彼女の心は未だ過去に縛られている。
だから例え俺の気持ちを彼女に告げたとしても受け入れる余裕は今の彼女にはないだろう。
だから友人として今までのように接して頃合を見るつもりだ。
すでに意味のなくなっている書類たちをテーブルに投げやり、ソファに深く座りなおした。
ひどく疲れていた。
普段とは違う、慣れない事をしたからだろうか。
そのままソファと一体化してしまうような錯覚に陥った。
気が付けばソファに凭れかかったまま、うとうとしている自分がいた。
それに気付いたのは、意識の遠くで鳴り響く音楽がきっかけだった。
こんなところで寝てしまった・・・。
体を軽く動かし、疲れた体を解した。
奥の部屋で話し声がした。
彼女が誰かと話しているらしい。
先程の音楽は携帯か・・・。
何気なくその部屋へと足を運ぶと、ドアが開いていて彼女の背中が見えた。
携帯を耳に当て、相手との話に集中している。
部屋が静かな上に相手の声が大きく、俺にまで聞こえてくる。
相手は・・・男だった。
彼女の言葉でそれがつい数時間前に顔を合わせたあの北島という男だということがわかった。
その瞬間、さっきまで沈静化していた嫉妬の渦が再燃した。
こんな時間に電話してくるとは、非常識だ!
さっさと切ってしまえ!
すぐにでも彼女に言いたかった。
しかし今の俺にはそんな権限はない。
仕方なく心の中でひたすらさっさと電話を終えろと呟いた。
しかし次に北島が発した言葉で俺の感情はドッと色を濃くした。
『うん。これはデートの誘いで、イコール俺の気持ち。』
電話越しの声で聞きづらいものがあったが、それでもはっきりとした口調で奴は言っていた。
それをまともに聞いている琴未は困っていた。
行きたくないならさっさと断ればいい。
好きでないならはっきりそう言えばいいだろ?
さっさと切らないからそんなことになるんだ。
口に出せない分、心でずっとそんなことを言い続けていた。
しかし彼女は相変わらず、携帯を握り締め、彼の話を聞いてるだけだった。
すぐにでも携帯を奪って、壊したくなる。
ようやく電話が終わり、彼女もほっとしたようだった。
はぁっと溜息をつきながら項垂れている。
そして俺に気付いたのか、振り返ってきた。
「ご、ごめんなさい。起こしちゃって。うるさかったですよね?」
俺が眠っていた事を知ってる?
一度、リビングに来たのか?
それに気付かなかったとは。
でも今はそんなことどうでもいい。
「彼と出かけるのか?」
「え?」
一番聞きたいことだった。
そして一番否定して欲しいことだった。
「さっきの男と出かけるのか?」
つい口調が強くなってしまった。
これではまた彼女が発作を起こしてしまう。
「いえ、まだ決まったわけじゃ・・・。」
「っ・・・そうか。」
喉まで出掛かった言葉を無理矢理呑み込み、目を逸らす。
このまま彼女といれば、また俺は彼女に詰め寄ってしまう。
そして彼女を怖がらせてしまう。
それだけは避けなければ・・・。
彼女を避けるようにリビングに戻り、ソファに座り込んだ。
俺は何をやってるんだ。
彼女が他の男と話をしていただけだ。
相手が一方的に琴未を好きなだけだ。
そう、一方的に・・・・・・。
本当に?彼女が奴を好きでないと言い切れるのか?
不安が俺の心を蝕んでいく。
俺にどうしろと?
これ以上、彼女の負担にはなりたくない。
でも俺の体は、無意識に彼女を求めている。
心と体が真逆をいく。
ふいに彼女の声がした。
「あ、あの。喉渇いたので、何か貰ってもいいですか?」
振り返ると彼女がすぐ傍まで来ていた。
彼女の視線を浴びるのが怖くて、何も答えずにキッチンへと向かった。
飲み物を用意していると彼女もキッチンに来て見回していた。
ふと彼女の顔が赤いのに気が付いた。
「どうかした?」
「い、いえ。別に・・・。」
慌てて俺からグラスへと視線を逸らし、言葉を濁した。
その曖昧な態度と台詞。
彼女と会ったときから感じる距離感。
そしていつも以上に他人行儀な行動。
これらが指すものはきっと・・・。
「どうやら俺は嫌われたようだな。」
嫌われても仕方がない。
今日の俺は、彼女から見れば拒絶したくなるような言動ばかり。
おまけに先程の醜態。
「壱也さん、あの誤解です。私は別に・・・」
彼女は気を利かせて何かを言おうとしていた。
「では、どうして目を逸らす?」
「それは・・・。」
口篭るということは、そういうことだろう?
ならばはっきりとそう言えばいい。
すると彼女がいきなり噴き出していた。
「ぷっ、ククッ。ごめんなさい、笑ってしまって。でも壱也さんがあまりに真剣なんですもん。」
「真剣になって何が悪いんだ。」
こんな時に冗談言えるほど、俺は出来た人間ではない。
「だって私が目を逸らしただけなのに・・・。壱也さんは女性のことを快く思ってないんですよね?だったら私のことなんて軽く流せるはずなのに、ってちょっと意地悪ですね。目を逸らしたのは、ただ・・・ちょっと照れてしまってただけなんです。私ってあんまり男の人と面と向かい合って話す事ってないし。・・・慣れてないんです。」
俯き、赤くなりながら彼女はそう言った。
単純に嬉しかった。
彼女の素直な気持ちが聞けて。
そして愛しかった。
彼女の仕草、言葉、それら全てが。
そう思った瞬間、体は動いていた。
彼女を抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめていた。
「い、壱也さん・・・あ、の・・・。」
体を強張らせながら彼女は声を発していた。
しかし今の俺は彼女の温もりを感じたい一心だった。
「俺を嫌っていないんだな?そう思っていいんだな?」
「し、しつこいですよ、壱也さん。」
「よかった・・・。」
彼女の肩に頭を乗せ、そう呟いた。
「あ、あの・・・えー・・と・・・。」
「なんだ?」
彼女が戸惑っているのがわかった。
今の状況が理解できないという感じがヒシヒシと伝わってくる。
でもこの手を振り解きたくない。
だからわからないフリをする。
「その・・・そろそろ腕を解いて欲しいなぁ・・・と。」
「嫌か?」
「え?」
「こうされて嫌かと聞いてるんだ。」
無理強いしているのはわかる。
こんなことをするとまた発作が起きる可能性だってあるんだ。
早く離さなければ、そう思っていても体がそれを拒む。
俺ってこんなに情けない男だったのか?
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