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秘書編
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しおりを挟む「一体、どういうことだっ!」
ドン!と机を叩く音と共に正義の怒鳴り声は廊下にまで聞こえていた。
その間にも会社の玄関には噂を聞きつけたマスコミや記者、そしてその手の業者で賑わっていた。
そして正義の目の前には平然と佇む恭介がいた。
「俺に聞くよりもご自分の胸に手を当てられて考えてはいかがですか?」
淡々と話す息子に正義は再び怒鳴り声をあげた。
「おまえがしっかりしとらんからこんなことになるのだろ!」
「部下の失態は上司の責任。つまり私の失態はあなたの責任でもありますよ、会長。」
「な、なんだとぉ!」
顔を真っ赤にして正義が立ち上がった。
「もっとも今回の件に関しては俺の失態というよりも、会長自らの失態になるでしょうが。」
「ど、どういうことだ?」
「まだおわかりにならないんですか?あなたの言動が全てを引き起こしているんですよ。」
「はっ。何を言っておる。わたしが何を・・・。」
「数日前。」
正義の言葉を遮り、恭介が続けた。
「あなたは自分の妻に何を言われたか、もうお忘れですか?」
「何を急に。今はそんな事を話してる場合か!」
「あなたが聞いたことでしょう?今回の事はお母さんを怒らせたあなたが発端なんですよ。」
「ばかな。何を言っておるんだ。だいたいアイツはそんなことをするようなやつじゃない。何事にも俺を第一に考えるような出来た妻だ。そんなやつがこんな・・・」
その時、正義を黙らせるかのように正義の携帯が鳴った。
チッと舌打ちをして正義は携帯を手にした。
渋い顔をしながら荒々しくボタンを押し、正義は不機嫌な声を隠さずに出た。
『もしもし、珠子です。』
「ああ、おまえか。今忙しいんだよ。」
『それはわかっております。ただ一言だけお伝えしておこうと思いまして。』
「なんだ一体。」
『実家に帰らせて頂きます。それじゃあ。』
「お、おい!どういうことだ!?ちょ、ちょっと待て!おい!」
茫然として携帯を耳に当てたままの正義に恭介が冷めた言葉を投げかけた。
「お母さんを怒らせてしまったようですね。まぁ、起きてしまった事はしょうがない。ですが今後のあなたの行動如何では本当に銀行が手を引くことでしょうね。」
「他人事のように言ってる場合か!」
正義は恭介の前に立ちふさがり、ぎろっと睨む。
恭介はそれに対してククッと笑った。
「何がおかしい!」
「いつも冷静なあなたのその取り乱し様が可笑しくてつい・・・。」
「恭介!」
「それでは自室に戻りますよ。きちんとお母さんとお話をなさってください。頼みますから会社を潰すようなマネだけはしないでください。それから・・・。」
恭介は出ていこうとした体勢のまま、正義を振り返った。
「この件が解決した暁には、あなたにもそれなりに責任を取って頂きますよ。」
「なんだと!」
「では。」
正義が激しく叫んでいるのを尻目に恭介は会長室をあとにした。
二階堂家では電話を切った珠子がスーツケースをコロコロと転がしながら楽しそうに鼻歌を歌い、玄関へと向かっていた。
「奥様、本当に実行なさるおつもりですか?」
駆け寄ってきた松井が心配そうに尋ねながら珠子の後をついていく。
珠子は振り返り、にっこりとほほ笑んだ。
「もちろんよ。だってもうあの人に言っちゃたんだもの。」
「ですが・・・。」
「あら、松井は反対?」
「いえ、そういうわけではありませんが。しかしこのままでは本当に旦那様と・・・。」
「それはないわね。取引銀行の頭取の妹であるわたくしと不仲になればどうなるかぐらいあの人でもわかることよ。あの人は根っからの仕事人間だし、自分の積み上げてきたものを壊す勇気なんてないわ。あの人はね、今まで本当の意味での挫折を味わった事がないの。だからどんな時でも強気でいられるのよ。あの人は自分がここまで大きくしたんだって思ってるけれど、一人で成し遂げたんじゃない。今の成功の陰には多くの人が関わっているの。それをわからせる良い機会だわ。」
「それはそうですが・・・。」
言葉を濁す松井に珠子の歩くペースが緩む。
「私だって本当はこんな形であの人を苦しめたくないの。だからね・・・一度だけチャンスを作ったのよ、3日前に。朱里ちゃんと恭介のことを認めるようにって。私の説得で彼なりに譲歩してくれたのなら私は大目に見ようと思ってたの。でもあの人は全く聞く耳を持たない上に、おまえは俺の言われた通りにしとけばいいんだ!って頭ごなしに言われたわ。それを聞いて覚悟を決めたの。何が何でも恭介と朱里ちゃんには幸せになってもらおうって。」
「奥様・・・。」
「恭介があの人と同じ道を歩まない為にも朱里ちゃんが必要なの。松井もわかるでしょ?」
「そうですね。風立君がこの屋敷に来てから、恭介様の雰囲気が柔らかくなりましたし。良いお顔をするようになりました。」
「そう!そうなのよ!あの無愛想だった子が!あーやっぱり朱里ちゃんて良い子よねぇ。絶対に恭介のお嫁さんにしてみせますわ!」
そう言って両手を組んで目を輝かせながら歩く珠子に松井は苦笑した。
そして、
「奥様。お荷物を車にお載せ致します。」
松井はそう言って珠子のスーツケースを受け取り、玄関のドアを開けた。
「社長。」
会長室から戻ってきた恭介に相羽が声をかけた。
「結城様がお見えですが如何いたしますか?」
「結城?」
「LOC産業の社長です。」
「LOCとうちとは特に接点はなかったはずだが?」
「ええ。ですが突然来られて社長とお話がしたいと。今、第2応接室にお通ししております。」
「・・・わかった。次の予定までどのくらい時間がある?」
「はい15分程でしたら・・・。」
「充分だ。」
そう言って恭介は応接室へと向かった。
恭介がドアを開け、足を踏み入れると、ソファに座っていた涼が立ち上がった。
「初めまして。LOCの結城です。」
「初めまして。二階堂です。」
そう言って互いに握手を交わす。
「すみません、お忙しい時にいきなり押しかけてしまいまして。」
そう言って爽やかな笑顔を向ける。
「いや、お目にかかれて光栄です。どうぞお座り下さい。」
涼の前の席に移動するとそう促し、涼は一礼をして座る。
「こちらこそ、ぜひ一度お会いしてお礼を言いたいと思っていたんですよ。知り合いがお世話になっておりましたので。」
そう言った涼の瞳は鋭く恭介を捉えていた。
恭介はそれに気付かず、話を進める。
「うちにお知り合いの方が?」
「ええ。先日、こちらを辞めたようですが。」
「そうでしたか。」
「それで早速、本題に入りたいのですが。」
「どうぞ。社長であるあなたがこうした形でお越しになるということはかなり重要、且つお急ぎな用件でしょうから。」
恭介は姿勢を正し、膝の上に肘をつき涼をじっと見据えた。
涼もその顔から笑みが消えた。
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