Calling

樫野 珠代

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メイド編

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仕事が終わり、恭介が家に辿り着いたのは夜中の1時半。
今日はいつも以上に疲れた。
理由は決まってる。
母親だ。
恭介はどさっとベッドにその身を預け、今日のやり取りをぼんやりと思い出す。
一体どういうつもりだ?
たかがメイドに男を紹介する為だけに二階堂家の名でパーティを開くとは。
それに・・・気になるのはあのメイドだ。
もう少しで思い出しそうなのに、思い出せない。
あの瞳どこかで・・・・・・・・・思い出した!
じっと天井を見つめていた恭介はがばっと起き上がり、自分の過去の記憶を呼び起こした。
まさか彼女なのか!?
名前・・・なんて言ってた?
くそっ、思い出せない!
メイドの名前なんて覚える気もなくて聞き流していた。
それが仇となるなんて。
恭介はすぐさま内線をまわす。
こんな夜中に悪いとは思うが、必ず誰かが起きている。
数回の呼び出し音のあと、頼りになる執事の松井が応答した。
「松井か?」
『恭介様、どうなさったんです?こんな夜中に・・・。』
「悪い。どうしても聞いておきたい事があるんだ。母に付いてるメイドの名前、教えてくれ。あと、彼女の経歴も。」
『奥様の・・・あぁ、風立のことですね。彼女は、風立朱里と申しまして、つい先日、奥様が連れてこられたメイドです。あとの詳しい資料は、どうしましょう。お持ちしましょうか?』
「いや、FAXで構わない。」
『畏まりました。すぐにそちらにFAXしましょう。』
「ああ、頼む。悪いな、こんな夜中に。」
『とんでもございません。それより・・・彼女が何か?』
「いや、松井が心配するようなことは何もないから安心してくれ。」
『そうでございますか。では、早速FAXの方をお送りします。』
「ああ頼む。じゃあ。」
電話を切って程無く、松井からのFAXが届いた。
FAX受信が終わると同時に、その紙を破り取り内容を確認した。
送られてきたFAXには彼女の履歴書が映し出されていた。
やはり・・・。
彼女だったのか。
最後に彼女を見たのは・・・もう10年前か。
彼女の容姿も変わるはずだ。
久しぶりの再会が・・・メイド姿とはね。
思わず苦笑した。
しかし疑問にも思う。
苗字が違う。
結婚したのか?
いや、おそらくそれはないだろう。
仮に結婚をしているのならば住み込みで働くわけが無い。
そうだ、そこが一番の疑問だ。
なぜ俺の家でメイドを・・・?
彼女程の資質があれば、メイドという職業を選ぶ必要もない。
何よりも彼女が高校に行っていないということがおかしい。
恭介は持っていたFAX紙をテーブルに置くと、再び携帯を手にし、知り合いの興信所へと連絡を入れた。


ベッドに横たわってからも自然と彼女の事を考えてしまう。
後にも先にも彼女だけだ、俺が唯一認めた女性は。
彼女を知ったのは、中学2年の時。
生徒会という枠組みに俺と彼女はいた。
最初は気にも留めなかった。
ただ俺の下についた、要は俺の補佐をするだけの人間。
そういう位置付けだった。

その時から・・・いや物心ついた時からすでに俺は周りの人間と一線を引いていた。
俺の後ろにある二階堂というブランドに惹かれて近づいてくる連中に嫌気が差していたからだ。
下手に親しくすれば俺の都合など、お構いナシにどんどん俺のプライベートな部分にまで入りこんでくる。
そんなウザいだけの人間は必要ない。
必要なのは“使える人間”だけだ。
だから彼女にも最初から距離を置いて、最小限の指示、意見、会話をしていた。
俺は人間の評価を3段階で分けている。
有能な人間は3、凡人は2、無能な人間は1という風に。
特に女性に対してはほとんどが1という評価しかしていなかった。
一緒に生徒会の仕事を始めた頃、彼女に対しても同様に1という評価だった。
だから最初は雑用ぐらいしかさせなかった。
重要な仕事を任せても出来ないだろうと踏んでいたからだ。
しかし彼女は例え雑用だとしても手を抜かず、きっちりと仕事をしていた。
試しに一度、前年の資料をもとに膨大なデータの累計をまとめさせてみた。
すると彼女は俺の仕事内容を理解した上で、データをまとめるだけじゃなく、それに推測とその対応までを見事にまとめてきたのだ。
さすがにそれには驚いた。
その日から自分の仕事を少しずつ彼女に任せていった。
彼女は俺の期待以上の仕事をしてくれた。
頭の回転が速い上に、さりげない気配りもある。
ずうずうしくなく、潔い。
生徒会としての任期が終わる頃には、彼女に対する評価が3になっていた。
今まで俺が関わった女で評価3を与えたのは彼女だけだ。
その評価へと助長した理由が実はもう一つある。
彼女の俺に対する態度だ。
他の女性のように黄色い声で騒いだり、纏わり付いたりしなかった。
媚び諂うどころか、むしろ俺自身には無関心らしく、俺との会話も素っ気無いものばかり。
俺にはそれが新鮮で、清々しく感じられた。
異性としての感情を抜きにした関係もあるのだとこの時初めて知った。
ただの同級生として終わらせるには惜しい人材だった。
しかしその時の俺は若干15歳の義務教育の中にいる学生であった。
彼女を導く事も、ましては引き止める事も出来ない無力な子供だ。
それを痛烈に実感したのは、あの時・・・彼女と最後に言葉を交わした、あの時だ。
進路指導の時期に、偶然にも彼女と職員室の前ですれ違った。
その時に、彼女の志望校が俺の目指す高校の数ランク下の高校であることを知った。
俺にはそれが解せなかった。
彼女の学力なら俺と同じ高校に行けるはずだったからだ。
しかし彼女が儚く微笑みながら告げた現実に俺は言葉を失った。
母子家庭、余裕の無い生活、行きたくても行けない志望校。
それでも彼女は限られた中で一生懸命に生きていた。
それを知っても俺は・・・・・・何も出来なかった。
彼女の資質を活かせる場所を提供する力を俺は持ち得ていなかった。
その時に自分に誓いを立てた。
自分の望むモノを手に入れるだけの力を必ず身に付けてやると。
それからの俺はただひたすらその誓いを叶えるべく行動した。
親の会社に入っても休む事もなく、働いた。
誰にも『親の七光り』などと言わせない。
誰よりも多くの仕事量をこなし、誰よりも迅速に対処した。
そして俺は今、ようやくその誓いを叶えるだけの力を手に入れた。




 





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