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樫野 珠代

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高校1年-11月

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いつもと変わらないはずの教室が今日は違っていた。
朝からやけに騒がしい。最新の結果が届いたのは午後3時過ぎ。バスケ部が今日の試合で勝利したとの知らせが届き、皆が盛り上がる。
「あと1勝じゃん!」
「そしたら優勝かぁ。これはひょっとしたらひょっとするかも?」
「きゃー、私、明日応援に行きたいー!」
クラスメイトが同じような言葉を発しながら正臣達を称える。クラスの雰囲気が華やかなもので春菜は正直救われていた。最近ずっと重苦しい気持ちで落ち込んでいたからだ。あの日、祐介にはっきりと言われた日からすでに5日が経っていた。それなのに全然気持ちの切り替えが出来ない。将樹とのことは親の事故のこともあって心を閉ざしていたからこんなにも苦しいと思うことはなかった。
でも今は・・・すごく辛い。
同じ教室でその姿を見るたびに苦しい。こういう時、同じクラスというのはかなりきつい。気を紛らわせようにもその術を知らない。どうしても同じ事を考えてしまう。春菜はそんな日々を送っていた。



ホームルームを終えて生徒達がぞろぞろと帰り始める中、春菜はなかなか立ち上がろうとしない。そんな春菜を見かねた優香は、そっと春菜に近づいた。
「春菜。まだ帰らないの?」
「優香。」
春菜は視線を優香に向けた。
「最近、元気ないね。やっぱりアイツのこと?」
「・・・考えても仕方ないんだけど、気がついたら・・・ね。」
「そっか。」
優香はそれ以上聞かない。
「そうだ!たまには駅前でお茶して帰ろうよ。最近、正臣に取られて春菜と二人でゆっくり帰ることもなかったし。」
「そんなことないよ。」
「あるわよ。まぁ、私も拓海が駅まで迎えに来てくれるから仕方ないんだけど。さ、そうと決まったら行くわよ!」
春菜の腕を取り、立たせた。
「春菜が元気ないと私まで元気がなくなっちゃうの。だから元気の出るものでも食べようよ。ね?」
「優香・・・・・・うん、そうだね。」
春菜は頷き、優香とともに帰ることにした。ちょうど校門に差し掛かった時、
「春菜?」
「え?」
後ろから声をかけられ春菜と優香は振り返った。そこにはジャージ姿の正臣が立っていた。
「あら、正臣じゃない。今、戻ってきたところ?」
「ああ。」
「正臣君、おめでとう。試合勝ったって聞いたよ。」
春菜がそう言うと正臣は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。でもまだまだ勝ち続けないと。全国が目標だし。」
自信に満ちた表情で正臣がそう言うと、優香が鼻で笑いながら続けた。
「負けないといいわね。」
「俺がこんな所で負けるわけがないだろ。全国大会のならまだしも県大会だぜ?」
「自己過信しすぎて出鼻挫かれたりして。」
優香はペロッと舌を出した。
「不吉なこと言う奴だな。」
「あら、忠告してるんじゃない。有難く思ってほしいわね。」
「はいはい。」
肩を竦めて降参とばかりに話を流した正臣は校門の外に視線を向けた。
「春菜、少し待っててくれない?着替えてくるから一緒に帰ろう。」
「駄目!今日は私達二人でお茶して帰るんだから。」
「それは無理だろ。」
そう言うと正臣は顎で校門の外を指した。
優香が怪訝そうな顔でその方角を見ると、
「え?拓海?」
そこには校門の外に止まっていた車の運転席から顔をだして手を振る拓海がいた。
「ほら、行けよ。春菜は責任もって俺が送り届けるから。」
「でも・・・。」
躊躇いながら優香はチラッと春菜を見た。
「優香、行っていいよ。お茶なら明日でもいいし。ね?」
「うん・・・わかった。あ、でも正臣が着替えてくるまで一緒にいるからね!」
「いいよ。一人で待てるし。」
「だーめ。春菜を一人にしとくなんて狼の群れの中にウサギを放り込むようなものだもの。危ない、危ない。」
「じゃあ俺、速攻で戻ってくる。ちょっと待ってろ。」
そう言って正臣は少し離れたところにある大きな荷物まで走り寄り、その勢いのまま体育館の脇へと消えて行った。正臣がいない間、春菜は優香に連れられて拓海の待つ車へと向かった。運転席のドア越しに優香が拓海に話しかけた。
「拓兄、今日はどうしたの?」
「ん?いやバイト入れてたんだけど、急に他の奴と替わることになってさ。」
「そうなんだ。」
「これからどこかに行かないか?春菜ちゃんも暇なら一緒にどう?たまには違う女の子とも話したいし。」
にっこりと人懐こい笑顔で拓海が誘うと、優香がフフンと鼻で笑った。
「残念でした。春菜にはちゃんとナイトがいるの。」
「ひょっとしてさっきの?」
「そう。今、着替えに行ってて、もうすぐ来るから今はそれまでの時間稼ぎ。だから誘ってもムダよ。」
「なるほど。そりゃ残念。」
二人の会話を聞きながら春菜はクスクスと笑った。久し振りに楽しそうに笑う春菜を見て、優香は心の中でほっとしていた。すると間もなく、噂の正臣がダッシュで戻ってきた。
「お待たせ。」
鞄を肩に担いで正臣は春菜の横に立った。
「優香はこれからデートだろ?もう行っていいぞ。」
「何よ、人を邪魔者みたいに。」
「みたいじゃなくて邪魔なの。」
「なんですって!春菜、やっぱり私達と一緒に行こう。こんな奴ほっといてさ!」
そう言って優香が春菜の腕を取って引っ張る。すると正臣も反対の腕を取り、春菜の取り合いが始まった。
「おまえは彼氏のことだけ考えてろ。」
「言われなくても考えてるわよ!ちょっと、その手を放しなさいよ!」
「おまえが放せ。」
二人の言い合いが始まり、春菜を右に左にと引っ張られ、おろおろと二人を見比べる。すると拓海が呆れたように
「優香、春菜ちゃんが困ってるだろ。おまえは助手席に座ればいいんだよ。春菜ちゃんのことは彼に任せてさ。」
「でも!」
「俺と一緒にいたくないってのなら話は別だけど。」
「拓海・・・もう!わかったわよ!」
優香は名残惜しそうに春菜の手を放すと、正臣を睨みプイっと体を翻して車に乗った。正臣は苦笑しならが拓海を見た。
「俺、尊敬しますよ。優香を彼女にしたあなたに。しかも優香をうまく操縦できてるし。」
「そりゃ長い付き合いだからね。じゃあ、後はよろしく!春菜ちゃん、またね。」
拓海が軽く春菜に手を振ると、優香が運転席側に身を乗り出した。
「春菜、何かあったらすぐ電話するのよ!ううん、何もなくても電話してきていいから!待ってるからね!」
優香の言葉が終わるか終らないうちに拓海はゆっくりと車を発進させた。春菜と正臣は手を振って車を見送る。小さくなった車から視線を外し、正臣と春菜はゆっくりと歩き出した。



梅見丘駅に降り立つ頃、正臣は春菜はお茶に誘った。春菜も一瞬迷ったが結局頷き、一緒に店の中へと入った。
そう言えば・・・。
春菜は席に着きながらふと少し前の光景を思い出した。ここは祐介君が女の人といた所だ。あの時は少し距離が遠くて二人のやり取りはよくわからなかったけど、でも祐介君の表情があまりにも怖くて暫く忘れられなかった。
「どうかした?」
正臣に話しかけられ、春菜ははっと現実に戻った。
「ううん。なんでもない。」
頭の中から過去の記憶を打ち消し、春菜は微笑んだ。注文を終えた時、春菜は何気なく周りに視線を向けた。するとちょうど店内に入ってきた女性に視線が止まった。
あれは・・・この前の・・・。
その女性は店の中を見回し、そしてゆっくりと春菜達の座っているテーブルの方へヒールの音を高鳴らせ歩いてきた。そして春菜の横を通り過ぎると斜め後方の席で立ち止まり、
「一体、何の用?」
そこにいた人物に話しかける声が聞こえた。春菜の座っている席からだと植え込みが邪魔して相手が見えない。しかし次の瞬間、春菜は自分の耳を疑った。
「決まってるだろ、つぐみのことだ。」
この声・・・祐介君?
何度も聞いたことのある声、そして話の中に出てきた名前に春菜の意識が完全にそちらに向かった。






 




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