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樫野 珠代

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高校1年-9月

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学園祭まで1ヶ月を切り、各クラスにもまとまりがでてきていた。春菜のクラスでもあるA組も以前よりかはクラスの雰囲気も少しだけ良くなっていた。そのきっかけはやはり祐介だった。春菜と話した日から、祐介は教室の中で篤達と談笑しながらもサボることなく自分に分担されたものを一つずつこなしていた。彼が最初に参加した日、そこにいた誰もが自分の動きを止めるほど驚いていたが、今はそれが当たり前となり自然と祐介に声をかける男子も多くなった。しかしその一方で、春菜と他の女子との間にある温度差は歴然としたままだった。女子の半数以上は春菜と口をきくこともなかった。その状態が続いていたある日、春菜や優香達が演技の練習をしていると衣装係になった女子数名が教室にやってきた。衣装係は、舞台で使用する衣装を被服室で作っている。その彼女達が委員長に抗議にきたのだ。
「委員長!絶対に無理!15人分の衣装をたった10人で作るなんて!慣れている人なら出来るだろうけど、私達は素人だし、しかもミシンなんて授業で触ったくらいしかないのよ!おまけにミシンの台数も時間だって限られてるわ!」
「言い分はわかるけど、それでもやってもらわないとなぁ。他に手の空く奴がいないし。それに厳しいのは君達だけじゃない。舞台も大道具が5人でやってて本番に間に合うかどうか。」
委員長が首に手を当てて困惑していた。その態度に女子達も苛立ちを募らせる。すると、春菜が一歩前に出てきて声をかけた。
「あの・・・。」
そこに集まっていた全員が一斉に春菜を振り返った。その視線にどぎまぎしながら、春菜は言葉を続けた。
「もしよかったら・・・私もお手伝いします・・・けど。」
「うーん・・・でも五十嵐さんは演技の方が・・・。」
委員長が言っている途中で、中心にいた島津 果歩が怒りを露にした。
「はっ。片手間でやられたらこっちが迷惑よ。それ以前に演技の方はちゃんと出来るんでしょうね?人見知りだかなんだか知らないけど、人格がコロコロと変わるような人に演技がまともに出来るとは思えないんだけど。正臣君もかわいそう。こんな人を相手にしなきゃならないなんて。」
その言葉に優香がキレた。
「ちょっと!なによ、その言い方!」
「だって本当の事でしょ?この前まで鉄仮面だった表情が今は過剰反応しちゃって。絶対にどこかおかしいわよ!」
「もう一度、言ってみなさいよ!今度はあんたのその顔が真っ赤になるまで殴ってやるわよ!」
「やれるものならやってみなさいよ!本当の事を言って何が悪いのよ!私に非なんてないんだから!」
2人が掴みかからんばかりの勢いで言い合いを始めた。すると、
「いい加減にしろよ!」
教室中にその声が響き渡った。誰もが動きを止め、教室が一瞬にして静けさに包まれた。そして一人の男子に視線が集中する。その時、部活を終えた正臣が静かに教室の中に入ってきた。いつもと違う雰囲気がそこに漂っていることに気付き、ドアの近くにいた優香にゆっくりと近づいた。正臣の登場に気付かない生徒もいる中、再び視線の先の祐介が口を開く。
「間に合いそうにないんだろ?だったらガタガタ言ってる暇があるんなら少しでも手を動かせよ。」
祐介は静寂の中、淡々と話す。
「赤城君には関係ない・・・。」
「つーか、おまえウザイ。」
果歩の言葉を遮り、いつも以上に冷たい視線を果歩に向けた。
「春菜が手伝うって言ってんだろ?だったら素直に受けてもいいんじゃね?それに・・・おまえのさっきの言葉、サイアクだな。春菜のこと何にも知らねーくせに勝手なことばっか言ってんじゃねーよ。」
「な、何よ!赤城君だって知らないくせに!」
「おまえより知ってると思うけど。春菜の親の事や妹の事、おまえはどんだけ話せる?」
「っ・・・。」
何も言い返せず、果歩が悔しそうに顔を歪ませた。その時、他の女子が恐る恐ると口を開く。
「と、とりあえず学園祭を成功させなきゃいけないし・・・。」
「今はとにかく本番に間に合わせようよ・・・。」
「そう、よね・・・。今は少しでも進めなきゃいけないよね。」
「うん・・・。」
「ちょっ!あんた達まで!」
果歩が振り返って口々に意見する女子をキッと睨んだ。その視線に皆は顔を背け、お互いに視線を見合わせる。ふいに優香が春菜のそばに歩み寄った。
「果歩、もうよしなよ。今は皆が一つにならなきゃいけない時でしょ。とりあえずさ、それぞれ思う事はあるだろうけど、少し大人になって考えて行動しようよ。」
そう言って周りを見渡す。そして最後に委員長へと視線を向けた。
「春菜の演技は最後にまとめてやるってことでいいよね?委員長。だって春菜の役って基本は横たわってるだけだし。それに衣装が間に合わなかった、なんて話聞いたこともないし。春菜って裁縫の腕もかなりのもんなのよ。小さい頃からお母さんに仕込まれたからね。衣装係にはもってこいよ!」
その言葉に輪に混ざっていた未久が目を輝かせた。
「マジ?すごーい!五十嵐さんってホントに何でも出来ちゃうんだ!だったらぜひお願いしようよ!ね?皆!」
そう言って女子の中心人物である果歩ににっこりと微笑んだ。果歩は嫌そうな表情を浮かべていたが何も口にはしなかった。するとさらにもう一人が未久の言葉に続いた。
「猫の手も借りたいくらいだし、有り難いよね。迷う所じゃないでしょ。」
そう言いながら綾女がすっと前に出てきて春菜の手を取った。
「ぜひお願い!バスケの時も頼りになったけど、今回も頼りにしちゃっていい?」
「あ、うん。私でお役に立てるなら。」
「じゃ、決まり!良いでしょ?委員長。」
優香は委員長に最後の決断を任せた。女子全員に見つめられ、嫌というわけにもいかない。
「はぁ。わかった。五十嵐さんの方の練習は他の皆に協力してもらってなるべく集中的に出来るように組んでおくから。」
「やったぁ!そうと決まったら、すぐに始めなきゃ!」
そう言って綾女が春菜の手を取った。
「あ、春菜。ちょっと待って。」
優香が立ち去ろうとする春菜を呼び止めた。
近づいて春菜に耳打ちする。
「皆をあっと言わせてくるのよ。」
言い終わると、にっこりと微笑んで春菜の背中を押し出した。春菜は苦笑しながら優香に手を振り、綾女に連れられるように教室を出て行った。優香がその後姿を見送っていると、
「俺、決めたから。」
後ろから正臣の声が聞こえてきた。優香が振り向くと、正臣は真剣な眼差しで春菜の後姿を見つめていた。


 



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