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樫野 珠代

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高校1年-7月

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「久しぶりねぇ。元気そうじゃない。」
深いルージュの口が皮肉っぽく話し掛けてくる。夕暮れ時の駅前のカフェ。明るい店内に不似合いな装いの女性。見かけは金を掛けてるだけあって年齢よりも10歳は若く見えるが、実際は40を超えている。しかも顔が俺に似てるとくる。いや実際はその逆なのだが。
「・・・・・・。」
「相変わらず無愛想な子ね。誰に似たのかしら?」
無表情な自分の息子をちらりと見ると、千鶴子はバッグからたばこを取り出し徐に吸い始めた。これが自分の母親だと思うと、吐き気がする。身体を武器に男に媚びて金をむしり取るハイエナだ。祐介は目の前に座る女性を冷めた目で見つめた。
「会いに来た理由はなんだよ。」
「あら、用が無かったら来ちゃ行けない?」
「はっ。用が無い限り来ないのはそっちだろ?」
吐き捨てるように千鶴子へと言葉を投げつけた。それを見た千鶴子はフンっと鼻で笑う。
「まぁ、あんたの言うとおりだけど。実はね、今度結婚するのよ。」
その一言で祐介は全てを把握した。
またか・・・。
祐介は視線を窓の外に向け、椅子に深く座りなおす。そんな息子を気にも留めず、千鶴子は続けた。
「心配しなくても大丈夫よ。学費と生活費はきちんと振り込むから。その代わり、連絡はしないで頂戴。」
「言われなくても連絡なんてするかよ。」
「あっそ。なら安心だわ。相手にはあんたの存在は言ってないの。」
「つぐみのことは?」
「それは言ってあるわ。だって仕方ないじゃない?あの子はまだ小さいし、私が面倒みなきゃ。それに私の歳であの子ぐらいの子供が居た方が受けがいいのよ。」
「なるほどね。子供も手段の一つってわけか。」
「なんとでも言って頂戴。」
煙草を灰皿に押し付け、千鶴子は席を立つ。
「さてと、話が終わったから帰るわ。あんたも元気でね。」
もう一度、祐介の顔をチラっと視界に入れ、そのまま去っていった。その後姿をじっと見つめ、そして目を瞑った。何度同じことを繰り返すのか。祐介はほぅっと息を吐き、店の外に出た。すると先程まで降っていなかった雨が降り出し始めていた。
「最悪・・・。」
ただでさえ会いたくない人間に会って気分が重いのに・・・。
小降りの雨の中、足早に道を行く。次第に雨脚が強くなってきた。
やばいな。
祐介は手を額の前に当て、視界に雨が入り込まないようにしながら急ぐ。視界に何かが飛び出してきた瞬間、どかっと胸に衝撃が走った。
「きゃっ!」
「ってぇ・・・。」
祐介は胸を押さえながら、痛みの元凶を見た。相手は傘を飛ばし、うつ伏せに倒れていた。その周りには買い物袋が散乱している。
「わりぃ。」
そう言って相手の腕を取り、立たせた。その時、ようやく相手の顔を見ることができた。
「春菜?」
「え?あ・・・。」
春菜は驚き、落ちた傘を拾う事も忘れている。祐介は傘を持ち上げ、散らばった物を拾い集めると未だ呆然とする春菜へそれを渡す。
「ほら、これ。」
「あ、ありがとう。」
こうして話すのは久しぶりだな・・・。
身長の差のせいか、俯いた春菜の表情が全く見えない。あのバスケ以来、祐介はまた普段の生活に戻っていた。そして春菜と会話をする機会も以前と同じく全く無かった。それは今までのように意図的にではなく、自然とそういう環境がすでに出来ていた。ただ変わった事と言えば、祐介が健一達と話す様になったということだけ。春菜は傘と買い物袋を受け取り、そして辺りを見回す。
「傘は・・・?」
「持ってねぇよ。」
「え!やだ、濡れて風邪引いちゃうよ。これ、使って!」
春菜は慌てて自分の傘を差し出した。明らかに祐介に貸そうとしていた。
「春菜、俺にこれを貸して自分はどうするつもり?」
「へ?あ・・・そうだね。でも私の家、近いし・・・。」
「っつーか、こうしてる間に2人とも濡れていってるんだけど。」
「あっ。」
祐介に言われて初めて気付いたらしい春菜を他所に祐介は広げられた傘を持ち、買い物袋も奪い取る。
そして最後に春菜を引き寄せた。
「とりあえずこれが一番、賢明だと思うから。」
肩が触れ合うほどの近距離で2人は並んで歩く。
「家に帰る途中なのか?」
「あ、うん。・・・祐介君は?」
「俺も。」
春菜と距離を置こうとしていた自分はもういない。あのバスケの時間が全てを決めた。いくら春菜を無視しようとしてもいつの間にか手を差し伸べてしまう自分がいる。そんな矛盾した自分が可笑しく、両手を挙げて降参した。沈黙が2人を包む。無言でいるのもどうかと思い、祐介の方から話を切り出す。
「どこかに出かけてたのか?」
「あ・・・うん。」
「ひょっとして・・・またフラフラしてたのか?」
その言葉に春菜は少し困惑した。正臣と展望台を後にして昼食を取った後、特に何か目的があって行くわけでもなく、話をしながらのんびりと歩いていた。そして1時間程前に送ると言う彼の厚意を断り別れることになった。すぐには帰る気にもならず、春菜は買い物をしながら時間を潰していたのだ。これをフラフラしていたと言うのだろうか。一方、軽く冗談のつもりで聞いた祐介だったが春菜が無言になったことでそれを肯定と受け止めた。
「相変わらずだな。そんなに出掛けるのが好きなのか?」
「そういうワケじゃないんだけど・・・。」
春菜は言葉を濁す。表情は依然として変わらない。しかしその瞳は横から見てもわかるほどに、暗く深い闇に包まれていた。祐介は春菜の肩を抱き寄せた。
「春菜は何でも胸の中に溜め込みすぎなんだよ。誰でもいいから思ってることを吐き出してみろよ。」
「吐き出す・・・。」
「ただし自分が信頼できると思った奴だけにな。それ以外の人間だと話のネタにされて終わりだ。」
春菜は隣りを歩く人物を見上げた。
出会った時は意地悪で。
再会した時は冷たくて。
バスケをした時は負けん気が強くて。
今は・・・優しい。
その時々によってコロコロと人が変わる。赤城 祐介という人物がわからない。わからないけれど、直感で思う。この人は悪い人ではないと。



「春菜の家はどの辺?」
2人で歩き始めたのはいいが目的地が不明だったことに祐介が気付き、問い掛けた。
「えっと・・・岬町って所なんだけど・・・オレンジ色のスーパーがある所の近く。ってわからないよね・・・。」
「いや、知ってる。」
知ってるも何も俺の家の近く。
4月からここに住み始めて、最近ようやく駅を中心にした地理が把握できるようになった。これもナンパのおかげだろうな。それから特に盛り上がった話もなく、春菜の言うスーパーが見えてきた。春菜の言うとおり、彼女の家はスーパーのすぐ近くで徒歩2分くらいの距離だった。
「私の家、ここなの。」
そう言って春菜が指を指す。それは普通の家。ごく普通の家庭が住む家。そして祐介が逃げるように飛び出したモノとは明らかに違う雰囲気を醸し出していた。
「祐介君?」
春菜が不思議そうな顔を見上げている。祐介はその声で現実へと戻ってきた。
「なんでもない。それよりこれ。」
手に持った荷物と傘を春菜に差し出す。
「あ、ごめんなさい。持たせちゃって・・・。」
春菜が慌てて祐介の手からそれを受け取った。
「じゃあな。」
祐介はそのまま体の方向を変え、立ち去ろうとすると、
「あ、待って!これ・・・この傘、使って。」
先程、持たされた傘を祐介に押し付けた。
「いいよ、既に濡れてるし。それにこの傘、俺には合わないしさ。」
祐介は苦笑しながらその傘を返す。2人の間を行き来する傘は、いかにも女の子が差すような代物だった。薄桃色で所々に小さな花柄があしらっている。さすがに春菜もそれに気付いた。
「あの、ちょっと待ってて。置き傘ならいっぱいあるから・・・。」
鍵を開けて、家の中から傘を一つ取り出してきた。
「これなら大丈夫だよね?」
そう言って春菜は濃紺の傘を祐介に渡した。祐介もそれには素直に従い、傘を広げた。
「サンキュ。借りてく。じゃ。」
そう言って歩き出す。数十メートル歩いた時、祐介は何気なく後ろを振り返った。すると春菜がまだ俺の姿を目で追っていた。
何やってんだよ・・・。
「風邪引くぞ!早く家の中に入れよ!」
大きめな声で春菜へ告げた。春菜はコクっと頷き、手を振ってきた。それに応える様に祐介も手を上げ、春菜の視界から消えるように角を曲がった。


 



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