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番外編(side舞)
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車内では始終無言だった。
切り出す言葉が見つからない。
楓もまた口を開こうとしなかった。
ずっと前を向き、こちらを見ようとしない。
何気なく楓に視線を向けてる自分に気が付いたが、敢えて逸らそうとはしなかった。
楓・・・スーツのままだ・・・。
先刻までは気が動転して気付かなかったが、よく見ると会社で見かけた姿そのままだった。
ただネクタイだけが無造作に緩められていた。
そのまま視線を窓の外に移し、ガラス越しに見える街灯を次々と見送る。
うっすらと流れるBGMだけが、二人を優しく包んでいるだけだった。
マンションの近くに差しかかった所でようやく楓が沈黙を破った。
「舞、おまえ飯は?食ったのか?」
「え・・・あ、ううん。まだ・・・だけど。」
「コンビニ寄って帰るか?」
「あ、楓は?ご飯、食べたの?残業早く終わったんだね。こんなに早いとは思わなかったよ、へへ。」
普段どおりに振舞おうとなんとか作り笑顔を見せた。
ちゃんと笑えてる?
「何、言ってんだ?おまえ・・・。」
眉間に皺を寄せて、楓がチラッと私を見る。
「え・・・だっていつも夜中に帰ってくる・・・。」
「じゃあ今は夜中じゃないのか?」
そう言って、車のデジタル時計を指差した。
描かれている文字は・・・PM11:00!?
うそ・・・だって楓の会社にいたのって19時くらいだったでしょ?
3時間以上も私・・・ぶらぶらしてたの?
考え事をずっとしてたから、時間の感覚がなかったけど・・・。
「は、ははは・・・夜中・・・だよね~」
「何が、『だよね~』だ・・・。」
「ご、ごめんなさ~い。」
楓は何かを言いかけたが溜息を一つ落とすとまた、コンビニに寄って家に帰るまで口を閉ざしてしまった。
家に入ると、楓は私をバスルームへ押し込んだ。
「楓?」
「お湯は張ってあるから、とりあえず体を暖めろ。」
有無を言わせず、楓はドアを勢いよく閉めた。
しばらく閉じられたドアを眺め、開ける勇気もないままその場に佇んでいた。
はぁ~・・・仕方ないか・・・
楓の言われたとおりお風呂に入り、バスタブに浸かりながらこれから起こるであろう事を予想した。
この後、言われちゃうのかな・・・さよならの言葉。
さっき何かを言いかけてた楓。
だけど楓は口籠っていた。
少なくとも言い出しにくい言葉だということは明らかだった。
・・・それなら、私のほうから話をしよう。
もう戻れないかもしれないけど・・・最後になるかもしれないけど・・・
私の気持ちや考えを全て楓に聞いてもらおう。
その為には泣いて言葉を詰まらせることだけは避けたい。
ちゃんと全てを言い終わるまでは・・・。
楓に全てをぶつけ終わるまでは・・・。
お風呂から上がると、楓はソファに座ってテレビを見ていた。
私の気配に気付くとテレビを消し、キッチンへと向かった。
彼はすぐに着替えたのか、Tシャツとスウェットパンツに変わっていた。
突っ立っているのも変だな・・・と思い、私はダイニングテーブルへと足を向けた。
ちょうど椅子に座った時、目の前にマグカップが置かれた。
ホットミルクが、熱さを伝えるように湯気を撒き散らしていた。
楓は自分の分を片手に持ち、目の前の椅子に座った。
「飲めよ。冷めるだろ。」
「あ・・・うん。」
いざ話そうと思ったら、なんだか勇気がなくなってしまった。
とりあえずその場しのぎに目の前のコップへと手を進めた。
それを確認すると、楓はコンビニで買ったサンドイッチをテーブルに無造作に放り投げた。
なんだか怒気を感じる・・・。
ミルクやサンドイッチを出してくれるのは有難い。
だがそれに伴う言動が明らかに怒りを発していて、それをヒシヒシと肌で感じる現状は、居た堪れない。
「あ、あの・・・楓?」
「とりあえず腹に入れろよ。話はそれから聞くから。」
そう言って、私をじっと見据えていた。
そんなに見られると・・・食べられない、よ・・・
心の中で楓に視線を外して欲しいと祈った。
しかしその願いも空しく、私が食べ終わるまでその視線が揺れる事はなかった。
本当はお腹なんて空いてなかった。
だけど楓の視線が意地でも食べろと言わんばかりで・・・。
結局、味なんてわからないまま、サンドイッチをなんとか口の中へと押し込んだ。
ホットミルクも飲み終わり、ほっとした瞬間、楓が口を開いた。
「それで舞さん。君は一体、何を考えてるんだい?」
言葉は丁寧だが、口調は冷ややかだった。
「な、何って・・・。」
「言ってくけど、俺、かなりキレてるから。」
ギロっと睨みながら言い放つ楓に息を呑んだ。
な、なんでよ・・・
楓、意味わかんないよ・・・
キレてるって・・・何に?
視線を逸らそうにも楓の視線がそうはさせない。
「自分でもわからないくらい、いろいろな感情が今、俺の中に渦巻いてる。」
椅子にきちんと座りなおし、腕を組んで真っ直ぐに私を捕らえている。
でも・・・ここで怯んだら、私の気持ちが伝わらない。
言わなきゃ・・・。
「わ、私もあるよ。・・・楓は一体、何を考えてるの?言っておくけど・・・私も自分じゃわからないくらい複雑な気持ちなの。」
「へぇ~。そうなんだ・・・今夜は長くなりそうだな。」
そう言って、楓はフンっと鼻で笑った。
な、なんかムカついてきた・・・。
どうして私が悪いみたいな空気になってるのよ・・・。
そもそも楓が!・・・楓が・・・別れたがってるんでしょ?違うの?
楓がタバコに手をかけた。
ゆっくりと火をつけ、忽ち独特な匂いが部屋を埋め尽くしていく。
「で?何かな?舞さん。君からどうぞ?」
楓はあくまで怒りを含んだ姿勢を崩さない。
その態度がさらに私を煽らせる。
「浅野君こそ、いいの?私から言わせても。後悔しない?」
私から話を切り出そうと思ってたのに・・・。
でも、苗字で呼ぶのって出会った頃以来だった。
そんな暢気な私の軽い一言が彼の怒りにさらに火をつけたようだった。
いきなりテーブルをバンっと叩き、楓は立ち上がった。
「はっ!なるほどね~。舞の中では、もう俺は過去の人間かよ。」
あまりの意味不明なセリフで私は何も言えず、目を見開くばかりだった。
「か、楓・・・。何を言って・・・。」
「何ってそうだろ?今日一日の行動を考えたら!おまえが本当にわからなくなったよ。」
最後の方は呟くように言い放ち、楓はソファへと腰をおろし、頭を抱えていた。
「か、楓だって今日、嘘付いた!私だって楓のこと、わからなくなったよ?でも、それでも自分の気持ち・・・言おうと思ってここにいるのに・・・。」
悔しかった・・・楓の言葉。
悲しかった・・・わかってもらえない自分の気持ち。
寂しかった・・・楓との距離が。
気が付いたら、目の前が歪んで見えた。
今にも零れそうになり、慌てて目を擦って涙を拭った。
楓は顔をあげ、怪訝な顔でこちらを見ていた。
「俺がいつ嘘ついたって?」
「だから・・・今日!メールで仕事で遅くなるって・・・。」
「・・・で?」
「でも遅くなる理由は仕事じゃなかった。そうでしょ?」
これ以上は聞きたくない。
でも聞かなきゃ、前に進めない。
だからお願い。
彼らが言った事、間違いだよって言って!
外回りだったって言ってよ!
「おまえ・・・それ、どこで・・・」
その一言で私の微かな期待はあっけなく崩れ去った。
彼の中から怒りは薄らいだが、その分不機嫌な表情を含ませ始めた。
そしてアイツ・・・、と呟きチっと舌打ちをした。
「だからか?だからお前、家に・・・いなかったのか?」
彼の問いかけに素直に頷いた。
「はっ・・・笑えるな。それくらいのことで・・・」
「それくらい?」
眉間に皺をよせて、楓を見据えた。
楓の浮気が・・・『それくらいのこと』なの?
彼氏が女と会ってるのを知って・・・ショックで、どこにいるかもわからないくらい動揺した。
私にとってはそれくらい大きな衝撃だった。
それを楓は・・・『それくらいのこと』?
楓を理解する気力が一気になくなってきたよ・・・
聞けば聞くほど、楓がわからなくなってくる。
もうイヤ・・・。
「楓は!楓は・・・どうしたいの?もう、はっきり言ってよ!もう私イヤ!こんな状態のままじゃ無理だよ・・・。」
我慢してたものが爆発した。
同時に堪えていた涙も頬を伝って流れ落ちる。
「無理・・・か。はは・・・無理なんだ・・・。」
半分あざけ笑うかのように、楓は繰り返した。
そんな楓の態度に怒りが頂点に達した。
ソファに座っている楓の前に駆け寄り、叫んでいた。
「だってそうでしょ?楓は、私といるより仕事をしてた方がいいんでしょ?私のいるこの家に帰るより他の女の人と会ってた方が楽なんでしょ?無理して一緒に住むことないよ、もう。そんな同情いらない。楓の気持ちをはっきり言ってくれた方がどんなに楽か!!」
「おい・・・ちょっと待て。おまえ・・・。」
「待たない。もう、待てない。私、昨日からずっと楓と話がしたかった。今のままじゃ、楓と向き合えないって思ったから。私の気持ちや考えを楓に全部聞いて欲しかった。楓の気持ちも全部聞きたかった。でも楓は仕事でしょ。だから今日、楓の仕事の後、いっぱい話そうって決めて・・・だから会社の前で待ってたのに・・・。」
「え?」
「楓からのメールが来た後、会社から出てくる楓を見たわ。もちろんその時は仕事先に行くんだって思ってた。でも実際は違ったんだよね?偶然、楓の友達が会社から出てきて、彼らの話、聞いちゃったの。聞きたくないこと、いっぱい聞いてしまった。だから!・・・だから、ショックで・・・。」
それ以上は何も言えなかった。
声を出すより、嗚咽が先に出てしまって言葉にならなくなったから・・・。
両手で口を押さえ、気持ちを落ち着かせようと試みたが、一度溢れた想いをどうすることもできなかった。
どうして・・・どうしてこんなことに・・・
こんなにも楓のことが好きなのに・・・
一方、楓は呆然としながらも、舞の怒涛のごとく一気に話した内容をゆっくりと把握する為、一つずつ思い返していた。
そして疑問が次々と浮かび、その疑問と自分の今日の行動を割り当てていく。
楓の表情にはすでに怒りが消えていた。
目の前でひたすら水滴を床に落とす女性を見上げた。
彼の中で、何かが変わった瞬間だった。
楓はいきなり私の腕を掴み、自分の方へ引き寄せ腕の中で抱きしめた。
突然のことで、泣いていた私も顔を上げて、楓の顔を窺った。
「舞・・・。泣くのはさぁ・・・後にしない?」
楓の言葉の真意がつかめなかった。
でも、楓の顔になぜだかうっすらと笑みが零れていた。
「しょうがないな・・・。結局、俺かよ・・・。」
ぽつりと呟く楓を怪訝そうに見上げる舞。
「か・・え、で?」
「舞・・・とりあえず、さ・・・。俺の気持ち。」
そう言って楓は、舞の唇にキスを落とした。
驚きのあまり、涙がピタッと止まった。
それでも楓は唇を離そうとはせず、逆に深いものへと変化した。
唇を合わせたまま舐め上げるように楓の舌が私の唇を這い回し、苦しくなって口を開いたと同時に楓の舌が侵入し上顎や舌の裏を刺激していく。
自然と私もそれに合わせて舌を絡め、お互いに貪るようなキスを繰り返す。
ようやく唇を離すと、息が上がって顔もほんのり赤くなっていた。
「どう?とりあえず俺の気持ち、わかった?」
楓は、涼しそうな顔で舞を見つめた。
な、何を言ってるの?
楓の・・・気持ち?
キス・・・が?
え・・・ちょっと待って・・・
頭が混乱してきた。
「何?まだわからない?仕方ないなぁ、もう一回しようか?」
そう言って、また楓が顔を近づけてくる。
慌てて、両手で楓の顔を押し上げ、首を横にブンブン振った。
「い、いえ。いいです。大丈夫です。わかった、から・・・。」
「ホントに?ちゃんと理解してる?」
「う・・・うん。たぶん・・・楓は・・・私のこと、まだ好き・・・?ってこと」
「・・・舞。なんで疑問符なわけ?あんなに熱いキスしてやったのに。やっぱ、まだわかってないみたいだな。」
「い、いえ!わかりました!!すご~くわかりました!」
「そう?遠慮してない?」
「してない、してない!」
「よろしい。」
そう言って楓は私の頭をよしよしと撫でていた。
私の心中は・・・・複雑だった。
楓の気持ち・・・わかったというのは嘘。
わからない。
だって・・・今日のデートをしてた相手に『好きだ』と言ってたって・・・。
私にも同じ気持ちなの?
それって二股?
他にもある。
どうして残業をするの?
楓の行動に疑問ばかりが募る。
無意識のうちに私の表情にもそれが表れていたのだろう。
楓は、私の顎を持ち上げ、真っ直ぐに楓の方を見るように固定した。
「舞には・・・敵わないな。」
楓はふっと笑いながら私の頬にそっと触れる。
「結局、俺がいつも折れる羽目になるんだからな~。舞はいつも俺を翻弄させてばかりだ。」
「え・・・?」
「舞の想像力豊かなのはわかった。だけど、たまにはその想像力より俺を信じろよ。」
楓の意図してることがわからず、首をかしげた。
そんな私を楓は再びそっと抱きしめた。
切り出す言葉が見つからない。
楓もまた口を開こうとしなかった。
ずっと前を向き、こちらを見ようとしない。
何気なく楓に視線を向けてる自分に気が付いたが、敢えて逸らそうとはしなかった。
楓・・・スーツのままだ・・・。
先刻までは気が動転して気付かなかったが、よく見ると会社で見かけた姿そのままだった。
ただネクタイだけが無造作に緩められていた。
そのまま視線を窓の外に移し、ガラス越しに見える街灯を次々と見送る。
うっすらと流れるBGMだけが、二人を優しく包んでいるだけだった。
マンションの近くに差しかかった所でようやく楓が沈黙を破った。
「舞、おまえ飯は?食ったのか?」
「え・・・あ、ううん。まだ・・・だけど。」
「コンビニ寄って帰るか?」
「あ、楓は?ご飯、食べたの?残業早く終わったんだね。こんなに早いとは思わなかったよ、へへ。」
普段どおりに振舞おうとなんとか作り笑顔を見せた。
ちゃんと笑えてる?
「何、言ってんだ?おまえ・・・。」
眉間に皺を寄せて、楓がチラッと私を見る。
「え・・・だっていつも夜中に帰ってくる・・・。」
「じゃあ今は夜中じゃないのか?」
そう言って、車のデジタル時計を指差した。
描かれている文字は・・・PM11:00!?
うそ・・・だって楓の会社にいたのって19時くらいだったでしょ?
3時間以上も私・・・ぶらぶらしてたの?
考え事をずっとしてたから、時間の感覚がなかったけど・・・。
「は、ははは・・・夜中・・・だよね~」
「何が、『だよね~』だ・・・。」
「ご、ごめんなさ~い。」
楓は何かを言いかけたが溜息を一つ落とすとまた、コンビニに寄って家に帰るまで口を閉ざしてしまった。
家に入ると、楓は私をバスルームへ押し込んだ。
「楓?」
「お湯は張ってあるから、とりあえず体を暖めろ。」
有無を言わせず、楓はドアを勢いよく閉めた。
しばらく閉じられたドアを眺め、開ける勇気もないままその場に佇んでいた。
はぁ~・・・仕方ないか・・・
楓の言われたとおりお風呂に入り、バスタブに浸かりながらこれから起こるであろう事を予想した。
この後、言われちゃうのかな・・・さよならの言葉。
さっき何かを言いかけてた楓。
だけど楓は口籠っていた。
少なくとも言い出しにくい言葉だということは明らかだった。
・・・それなら、私のほうから話をしよう。
もう戻れないかもしれないけど・・・最後になるかもしれないけど・・・
私の気持ちや考えを全て楓に聞いてもらおう。
その為には泣いて言葉を詰まらせることだけは避けたい。
ちゃんと全てを言い終わるまでは・・・。
楓に全てをぶつけ終わるまでは・・・。
お風呂から上がると、楓はソファに座ってテレビを見ていた。
私の気配に気付くとテレビを消し、キッチンへと向かった。
彼はすぐに着替えたのか、Tシャツとスウェットパンツに変わっていた。
突っ立っているのも変だな・・・と思い、私はダイニングテーブルへと足を向けた。
ちょうど椅子に座った時、目の前にマグカップが置かれた。
ホットミルクが、熱さを伝えるように湯気を撒き散らしていた。
楓は自分の分を片手に持ち、目の前の椅子に座った。
「飲めよ。冷めるだろ。」
「あ・・・うん。」
いざ話そうと思ったら、なんだか勇気がなくなってしまった。
とりあえずその場しのぎに目の前のコップへと手を進めた。
それを確認すると、楓はコンビニで買ったサンドイッチをテーブルに無造作に放り投げた。
なんだか怒気を感じる・・・。
ミルクやサンドイッチを出してくれるのは有難い。
だがそれに伴う言動が明らかに怒りを発していて、それをヒシヒシと肌で感じる現状は、居た堪れない。
「あ、あの・・・楓?」
「とりあえず腹に入れろよ。話はそれから聞くから。」
そう言って、私をじっと見据えていた。
そんなに見られると・・・食べられない、よ・・・
心の中で楓に視線を外して欲しいと祈った。
しかしその願いも空しく、私が食べ終わるまでその視線が揺れる事はなかった。
本当はお腹なんて空いてなかった。
だけど楓の視線が意地でも食べろと言わんばかりで・・・。
結局、味なんてわからないまま、サンドイッチをなんとか口の中へと押し込んだ。
ホットミルクも飲み終わり、ほっとした瞬間、楓が口を開いた。
「それで舞さん。君は一体、何を考えてるんだい?」
言葉は丁寧だが、口調は冷ややかだった。
「な、何って・・・。」
「言ってくけど、俺、かなりキレてるから。」
ギロっと睨みながら言い放つ楓に息を呑んだ。
な、なんでよ・・・
楓、意味わかんないよ・・・
キレてるって・・・何に?
視線を逸らそうにも楓の視線がそうはさせない。
「自分でもわからないくらい、いろいろな感情が今、俺の中に渦巻いてる。」
椅子にきちんと座りなおし、腕を組んで真っ直ぐに私を捕らえている。
でも・・・ここで怯んだら、私の気持ちが伝わらない。
言わなきゃ・・・。
「わ、私もあるよ。・・・楓は一体、何を考えてるの?言っておくけど・・・私も自分じゃわからないくらい複雑な気持ちなの。」
「へぇ~。そうなんだ・・・今夜は長くなりそうだな。」
そう言って、楓はフンっと鼻で笑った。
な、なんかムカついてきた・・・。
どうして私が悪いみたいな空気になってるのよ・・・。
そもそも楓が!・・・楓が・・・別れたがってるんでしょ?違うの?
楓がタバコに手をかけた。
ゆっくりと火をつけ、忽ち独特な匂いが部屋を埋め尽くしていく。
「で?何かな?舞さん。君からどうぞ?」
楓はあくまで怒りを含んだ姿勢を崩さない。
その態度がさらに私を煽らせる。
「浅野君こそ、いいの?私から言わせても。後悔しない?」
私から話を切り出そうと思ってたのに・・・。
でも、苗字で呼ぶのって出会った頃以来だった。
そんな暢気な私の軽い一言が彼の怒りにさらに火をつけたようだった。
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「はっ!なるほどね~。舞の中では、もう俺は過去の人間かよ。」
あまりの意味不明なセリフで私は何も言えず、目を見開くばかりだった。
「か、楓・・・。何を言って・・・。」
「何ってそうだろ?今日一日の行動を考えたら!おまえが本当にわからなくなったよ。」
最後の方は呟くように言い放ち、楓はソファへと腰をおろし、頭を抱えていた。
「か、楓だって今日、嘘付いた!私だって楓のこと、わからなくなったよ?でも、それでも自分の気持ち・・・言おうと思ってここにいるのに・・・。」
悔しかった・・・楓の言葉。
悲しかった・・・わかってもらえない自分の気持ち。
寂しかった・・・楓との距離が。
気が付いたら、目の前が歪んで見えた。
今にも零れそうになり、慌てて目を擦って涙を拭った。
楓は顔をあげ、怪訝な顔でこちらを見ていた。
「俺がいつ嘘ついたって?」
「だから・・・今日!メールで仕事で遅くなるって・・・。」
「・・・で?」
「でも遅くなる理由は仕事じゃなかった。そうでしょ?」
これ以上は聞きたくない。
でも聞かなきゃ、前に進めない。
だからお願い。
彼らが言った事、間違いだよって言って!
外回りだったって言ってよ!
「おまえ・・・それ、どこで・・・」
その一言で私の微かな期待はあっけなく崩れ去った。
彼の中から怒りは薄らいだが、その分不機嫌な表情を含ませ始めた。
そしてアイツ・・・、と呟きチっと舌打ちをした。
「だからか?だからお前、家に・・・いなかったのか?」
彼の問いかけに素直に頷いた。
「はっ・・・笑えるな。それくらいのことで・・・」
「それくらい?」
眉間に皺をよせて、楓を見据えた。
楓の浮気が・・・『それくらいのこと』なの?
彼氏が女と会ってるのを知って・・・ショックで、どこにいるかもわからないくらい動揺した。
私にとってはそれくらい大きな衝撃だった。
それを楓は・・・『それくらいのこと』?
楓を理解する気力が一気になくなってきたよ・・・
聞けば聞くほど、楓がわからなくなってくる。
もうイヤ・・・。
「楓は!楓は・・・どうしたいの?もう、はっきり言ってよ!もう私イヤ!こんな状態のままじゃ無理だよ・・・。」
我慢してたものが爆発した。
同時に堪えていた涙も頬を伝って流れ落ちる。
「無理・・・か。はは・・・無理なんだ・・・。」
半分あざけ笑うかのように、楓は繰り返した。
そんな楓の態度に怒りが頂点に達した。
ソファに座っている楓の前に駆け寄り、叫んでいた。
「だってそうでしょ?楓は、私といるより仕事をしてた方がいいんでしょ?私のいるこの家に帰るより他の女の人と会ってた方が楽なんでしょ?無理して一緒に住むことないよ、もう。そんな同情いらない。楓の気持ちをはっきり言ってくれた方がどんなに楽か!!」
「おい・・・ちょっと待て。おまえ・・・。」
「待たない。もう、待てない。私、昨日からずっと楓と話がしたかった。今のままじゃ、楓と向き合えないって思ったから。私の気持ちや考えを楓に全部聞いて欲しかった。楓の気持ちも全部聞きたかった。でも楓は仕事でしょ。だから今日、楓の仕事の後、いっぱい話そうって決めて・・・だから会社の前で待ってたのに・・・。」
「え?」
「楓からのメールが来た後、会社から出てくる楓を見たわ。もちろんその時は仕事先に行くんだって思ってた。でも実際は違ったんだよね?偶然、楓の友達が会社から出てきて、彼らの話、聞いちゃったの。聞きたくないこと、いっぱい聞いてしまった。だから!・・・だから、ショックで・・・。」
それ以上は何も言えなかった。
声を出すより、嗚咽が先に出てしまって言葉にならなくなったから・・・。
両手で口を押さえ、気持ちを落ち着かせようと試みたが、一度溢れた想いをどうすることもできなかった。
どうして・・・どうしてこんなことに・・・
こんなにも楓のことが好きなのに・・・
一方、楓は呆然としながらも、舞の怒涛のごとく一気に話した内容をゆっくりと把握する為、一つずつ思い返していた。
そして疑問が次々と浮かび、その疑問と自分の今日の行動を割り当てていく。
楓の表情にはすでに怒りが消えていた。
目の前でひたすら水滴を床に落とす女性を見上げた。
彼の中で、何かが変わった瞬間だった。
楓はいきなり私の腕を掴み、自分の方へ引き寄せ腕の中で抱きしめた。
突然のことで、泣いていた私も顔を上げて、楓の顔を窺った。
「舞・・・。泣くのはさぁ・・・後にしない?」
楓の言葉の真意がつかめなかった。
でも、楓の顔になぜだかうっすらと笑みが零れていた。
「しょうがないな・・・。結局、俺かよ・・・。」
ぽつりと呟く楓を怪訝そうに見上げる舞。
「か・・え、で?」
「舞・・・とりあえず、さ・・・。俺の気持ち。」
そう言って楓は、舞の唇にキスを落とした。
驚きのあまり、涙がピタッと止まった。
それでも楓は唇を離そうとはせず、逆に深いものへと変化した。
唇を合わせたまま舐め上げるように楓の舌が私の唇を這い回し、苦しくなって口を開いたと同時に楓の舌が侵入し上顎や舌の裏を刺激していく。
自然と私もそれに合わせて舌を絡め、お互いに貪るようなキスを繰り返す。
ようやく唇を離すと、息が上がって顔もほんのり赤くなっていた。
「どう?とりあえず俺の気持ち、わかった?」
楓は、涼しそうな顔で舞を見つめた。
な、何を言ってるの?
楓の・・・気持ち?
キス・・・が?
え・・・ちょっと待って・・・
頭が混乱してきた。
「何?まだわからない?仕方ないなぁ、もう一回しようか?」
そう言って、また楓が顔を近づけてくる。
慌てて、両手で楓の顔を押し上げ、首を横にブンブン振った。
「い、いえ。いいです。大丈夫です。わかった、から・・・。」
「ホントに?ちゃんと理解してる?」
「う・・・うん。たぶん・・・楓は・・・私のこと、まだ好き・・・?ってこと」
「・・・舞。なんで疑問符なわけ?あんなに熱いキスしてやったのに。やっぱ、まだわかってないみたいだな。」
「い、いえ!わかりました!!すご~くわかりました!」
「そう?遠慮してない?」
「してない、してない!」
「よろしい。」
そう言って楓は私の頭をよしよしと撫でていた。
私の心中は・・・・複雑だった。
楓の気持ち・・・わかったというのは嘘。
わからない。
だって・・・今日のデートをしてた相手に『好きだ』と言ってたって・・・。
私にも同じ気持ちなの?
それって二股?
他にもある。
どうして残業をするの?
楓の行動に疑問ばかりが募る。
無意識のうちに私の表情にもそれが表れていたのだろう。
楓は、私の顎を持ち上げ、真っ直ぐに楓の方を見るように固定した。
「舞には・・・敵わないな。」
楓はふっと笑いながら私の頬にそっと触れる。
「結局、俺がいつも折れる羽目になるんだからな~。舞はいつも俺を翻弄させてばかりだ。」
「え・・・?」
「舞の想像力豊かなのはわかった。だけど、たまにはその想像力より俺を信じろよ。」
楓の意図してることがわからず、首をかしげた。
そんな私を楓は再びそっと抱きしめた。
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