黒い青春

樫野 珠代

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本編

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わからない


自分のことなのに


それでもいつかはわかるのだろうか


澄み切った空のように晴れ晴れしく―――










大地の言葉に思わず笑ってしまった。
何を言うかと思ったら、予想もしていない話で。

「俺だって可笑しくてしょーがねーよ。おまえらが未だにくっ付いてない事も相手の気持ちにも気付いてない事もな。俺から見たら明らかなのによー。」

何がどう明らかだっていうの?
私と空が未だにくっついてないって何?
そもそも私が昔から空を好きって・・・

『勝手に私の気持ちを決めないで。今はともかく昔は空のことを弟みたいにしか思ってなかった。』

「だからおまえは自覚がないって言ってんの。っつーか、それも結局は俺のせいなんだけどな。女が好きになりそうな『大地』をずっと見せてたからさ。子供ってすぐに周りに感化されるだろ?俺はアイツから優越感を得るためにそれを演じてたけど、周りの女子はそんな『大地』に興味を持って、気持ちが変化してく。みーも周りに感化されて摺りこまれたんだろう。他の女子よりも俺との距離が近い分、『かっこいい大地』を好きだと思い込んでしまうのも当然だったろうな。」
上から目線も、わかったような口ぶりも全部が腹立たしく思う。
第一、そう思うのは勝手だけど、現実は違うし。

『そんな精神分析なんていらない。』

「はは、まぁな。俺の想像だから実際はどうだかわかんねー。ただ少なくともあの頃、みーのアイツへの気持ちはそれなりにあったさ。覚えてねーだろうけど、おまえ、俺らのお袋に宣言してたぜ?」

『宣言?』

「そ。けど、内容までは教えねーよ。」

『そこまで言っといてそれはあんまりじゃない?』

「ばーか。これでも当時それを聞いた時はすっげーショックだったんだぜ。純真無垢な俺のハートはあの時点で木端微塵だ。そうだ、あの頃からおまえは残酷な奴だったんだ。その後も平然と俺を期待させるような態度で接してさ。誰がそんな奴にほいほいと教えてやるかよ。自分で思い出すんだな。」
そう言って大地は完全にこの話は終わりたといわんばかりの体勢を取った。

・・・気になる。
私は何を言ったのだろう。
だけど、しつこく訊いたところで大地はたぶん話してくれない。
結局、聞き出すことを諦めるしか選択肢がないのだ。

ただでさえ『考えること』を避けたいと願っている入院患者に、そんな悩みの種なんて提供しないでほしい。
その不満をぶつけるように、

『一体何しに来たの?』

そう書いた紙を大地に見せると、大地は大袈裟に溜息を吐いた。
「おまえねぇ、見舞いに来た相手にそれはねーだろ。」

『見舞いにきたなら手ぶらじゃないわよね?』

そう指摘すると、
「もちろん。」
大地はそう言ってニヤッと笑った。

嫌な予感・・・。

「なぁ、みー。気にならないか?アイツが今、どうしてるか。おまえのことだから、どうせテレビや雑誌なんて見てないんだろ。」
その言葉に答える事ができず、視線を逸らせた。

そんなの・・・見る必要なんてない。
それに空がどうしてるかって・・・そんなの、決まってる。
普段通り。
それだけ。

そう思う私に構わず、大地は話を続ける。
「アイツ、おまえがいなくなって焦ってるぜ。」

そんなわけないじゃない。
大地はとても大きな勘違いをしてるよ。
空にとって私はただの性欲を処理するだけの女だっただけ。
今はもうそんな存在ですらなくなったけど・・・
私は空に見放されたんだもの。
それに最後に見た空の顔は怒りに満ちていて・・・

その事を思い出したら、またこみ上げてくるもがあった。
それを唇を噛んで堪える。

「なんでそんな顔してんだよ。全っ然わかんねー。普通、喜ぶとこじゃねーの?」
そう言って完全に勘違いしている大地に顔を伏せたまま、事実を書いた紙だけをつき出した。

『空は私のことをそんな風に思ってないから。』

その紙を見たであろう大地は、急に大笑いした。
「あははははは!すっげーウケる!マジでそう思ってんだ!あはははは!」

なによ!
笑うポイントなんでどこにもないじゃない!

ギロっと大地を睨むと、大地もその視線を感じたらしく、声を抑えた笑いに変わった。
「あんまり笑わすなよ。おまえって本当に鈍いのな。たまにはさ、客観的に考える事を覚えろよ。いいか?超有名人の、顔も知れ渡ってる男が好きでもない女と自分の部屋で一緒に暮らすなんてことするか?マスコミに自分から話題を振ってるようなもんだろ?」

それは空と私の事を知らないから言える事だわ。
大地には決して言えないし、言わないけれど。

「それに俺と会った次の日に、おまえがなぜあんなにボロボロになっていたのか。服は引きちぎられて、体中に痣だらけ。痣っつってもほとんどがマーキングだけどな。」

あれは私がルール違反を犯したから。
だからそんなんじゃない。
そんな私の思考を読みとったのか、はたまた私の態度を見て納得していないことがわかったのか、大地は再び溜息を吐いて、
「どうしても信じられないってか。じゃあ、試してみるか?アイツの気持ちを。」

え?
大地の言葉に疑問符を頭につけて見上げた。
すると大地が私の目の前にパサっと新聞を置いた。
「これ、今日の朝刊。で、おまえに見せたいのは・・・って言わなくてもわかるか。」
大地の言葉のとおり、言わなくても大地の見せたい個所はすぐにわかった。
だって一面掲載してるんだもの。
『葵、急遽降板!過労でダウンか!?』
そんな見出しで空の写真も大きく取り上げられていた。

空が……ダウン?

ドクン。
急に胸を締め付けられるような苦しさが体中に走り抜けた。

落ち着いて。
大丈夫・・・空は絶対に大丈夫なんだから。

胸元に手を置き、自分を落ち着けるように呼吸をする。
それを見ていた大地はくくっと笑った。
「心配すんな。アイツは病気でダウンなんてしてねーよ。」
そう告げる大地の言葉が少しだけ私の胸の痛みを取ってくれた。
けれど、次第にその言葉に違和感を覚え始めた。

なんで?
どうして大地がそんなことを知ってるの?

私の言いたい事がわかったのか、大地は楽しげな表情で返してきた。
「死にそうな顔はしてるだろうけどな。」

『どういうこと?』

「それは本人から聞くんだな。そろそろここを嗅ぎ付けてくるだろうから。」

え・・・?

「みー。アイツはおまえが今、どんな状況か全く知らねーんだ。もちろんおまえが今、しゃべれない事も知らない。病院関係者にも絶対に口外するなって言ってあるから。それにこの病室は面会謝絶で必要以上に人は近付けない。」

『どうして?』

「その方が効果てき面だから。さっき言った事覚えてるよな?アイツの気持ちを試そうって話。それを知るには最高のシチュエーションなわけよ。焦って探してた相手が病院のベッドの上。しかも面会謝絶ときてる。それを知ったアイツがどう行動を起こすか。楽しみだ。」
その言葉通り、大地はとても楽しそうで。
でも・・・

『私は会いたくない。』

だって、仮に空が会いにきたとしても、その理由なんて決まってるもの。
最後の言葉を言う為。

― 終わりにしよう ―

その言葉を私に告げるためなんだよ。
それを聞いてしまったら、もう二度と空に会えないじゃない。
往生際が悪いってわかってるけど、でもその言葉を今はまだ聞きたくないの。

「その言葉もアイツに会えば間違いだったって気付くさ。」
そう言ってフッと笑った。


もう一度、新聞の一面に視線を戻す。
久しぶりに空の姿を目にした気がする。
ただ、そこにある空の写真はこの前の映画の舞台挨拶の時のもので、今の空の姿ではない。
たった一枚の写真なのに、それがいつのものなのかわかるくらい、私は空の事をずっと見てた。
けれど空は決して私を見ることなんてなかった。


・・・・もう潮時ってことかもしれない。

ふいにそんな思いに駆られた。

大地はそのためにここにいてくれるのかも。

私の背中を押すために。

だったら私、踏み出せるかもしれない。

空とは別の道を歩み出す一歩を。

新しい土地で、新しい生活。

空の存在を全く感じない場所で、自分の居場所を見つけ出す。

それも・・・きっと悪くない。

気が付けば、空との決別の思いが次第に心の中に広まっていた。





 




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