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本編
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しおりを挟む命の選択を迫られたら人はどちらを選ぶだろう
守りに入る道
それとも攻めに出る道
どちらを選んでも、未来は道を進まないと見えてこない
それならば僕は・・・
中川さんとの一件のあと、撮影は別のシーンから撮ることになって僕の出番はほとんどなくなった。
そして他の出演者を残し、僕は三沢さんに促され一足先にその場を後にした。
三沢さんは何も口にはせず、ただ僕を運ぶために車を運転していた。
そして向かった先は事務所。
予定ではこのまま僕は帰ることになっていたはずだった。
やっぱり何かあるんだ・・・
車を降りた僕はその結論に達し、気を引きしめて三沢さんの後に続いて建物の中へと入った。
社長室に入った瞬間、机に向かっていた社長の視線が僕に突き刺さってきた。
けれど社長が言葉を投げかけたのは僕ではなく三沢さんにだった。
「三沢、葵にはまだ?」
「ええ。社長を交えて最初から話をした方が早いと思いましたし、何より葵の本分を優先して考えましたので。」
「そう。正しい選択ね。」
そう言うと社長は立ち上がり、目の前の応接用のソファへと僕達を促した。
3人が座り終えると、目の前に座った社長が口火を切った。
「葵、あなたにとって今日という日は運命の分かれ道になるわ。」
「え・・・。」
「中川氏があなたと直に話したいそうよ。」
「それは・・・。」
最初から話に追いつけずにいた僕に三沢さんが説明を始めた。
「スタッフが中川さんを説得に行ったのは知ってるでしょう?あの時、そのスタッフに言ったらしいの。あなたとの話し合いの場を設けるならば現場に戻るって。それですぐに私達の所に来てスタッフにお願いされたの。」
あぁ、あの時スタッフと話してたのはその事だったのか。
それを訊いて、正直言うとほっとした。
役を降ろされる覚悟で事務所に入ったから。
だからそうじゃないとわかって、ただ中川さんと話すだけなら全然マシだ。
そう思って二人の顔を見た。
そしてすぐに気付く。
二人はやけに重い空気を覆い、表情がどことなく強張っていることに。
そしてさっきから二人がずっと黙りこんでいることに。
「ど、どうかしたんですか?」
あまりにも沈黙に耐えられず、訊いてしまった。
僕の声に社長がはっとして次に深い溜息を吐いた。
そして三沢さんも視線を揺るがせ、社長の動向を探るように口を開いた。
「中川さんにはある噂があるの。その・・・・あまりよくない噂。」
「良くない・・・噂?」
「そう。その・・・新人の男の子を餌食にしてるってい・・・。」
「三沢、やめなさい。ただの噂よ。」
「で、でも・・・。」
「本当かどうかわからない内は口にするべきじゃないわ。」
「でも!社長だってそう思ってるから葵を彼女の所に行かせるのを躊躇ってるんですよね?!そうじゃなきゃ、葵をわざわざここに呼んだりしないでしょ?それに・・・・・・さっきご自分で仰ったじゃないですか。今日が運命の分かれ道になるって。そういう意味でしょう?!」
「落ち着きなさい、三沢。あなたがそんなんじゃ葵が余計に混乱するでしょう?」
そう言われて三沢さんはぱっと僕を見て、
「すみません。言い過ぎました。」
バツが悪そうに三沢さんは口に手をやった。
僕は、その噂というものがどういうものか気になっていた。
ただの根も葉もない噂だとしたら、社長や三沢さんがこんなに深刻にならないと思うから。
つまりそれは、信憑性の高い噂だということだ。
「教えて下さい。その噂の内容・・・。」
「あなたは知らなくても良い事よ。」
「でもその人に僕は呼ばれてるんですよね?それなら知っておいた方がいいと思うんです。」
「葵・・・・・・わかったわ。」
僕の真剣な物言いに社長は渋々と折れた。
「私達も詳しい事はわからないの。あくまで噂だということを忘れないで。」
「・・・・・・・はい。」
「中川瑠璃子本人はあなたも知ってる通り、実力のある女優よ。それは皆が認める現実。そして同時に裏の顔もあるみたいなの。」
「裏の顔…。」
「そう。どの業界にも裏の世界というものが存在するわ。それは当然この業界にも。今、その裏の世界で囁かれているのが彼女に関する噂。『彼女は共演した新人俳優と関係を持ち、自分の思い通りに彼らを動かす。そして売れてくると必ず彼らとの仕事を持ちかけ、自分の仕事を食い繋げている。』簡単に言えばそういう噂よ。一見、笑って流しそうになる噂でしょ?でもね、最近それが真実味を帯びてきたの。噂になった相手の俳優達が最近売れ出して必ずと言っていいほど、中川との共演を熱望するの。そうなると制作側も話題にもなるし、人気俳優が出れば数字も取れる。2度おいしい話になるのよね。そうして彼女は常にメディアの注目の的。」
「偶然じゃ・・・。」
「そうかもしれない。けれど、実際に最近彼女が出演した作品には彼女と以前に関係した俳優が主演として出ているの。それが何本も続くと、偶然という言葉で考えるのは不自然でしょう?」
「そして今回その相手に葵は呼ばれたの。どういう事だかわかるでしょ?」
社長と三沢さんに言われ、僕はようやく二人の先程の雰囲気を理解した。
「で、でも僕はまだデビューしたばっかりだし、そんな僕をそういう相手にするわけ・・・。」
「ないともいえない。可能性はゼロじゃない。それにこれまでの俳優達も当時は名前さえ売れてない人間ばかりだった。つまり今のあなたと同じ立場だったということよ。」
そう言って社長はシガレットケースから煙草を取り出し、火を付けた。
僕の隣りでは三沢さんが心配そうに僕を見つめている。
煙草の煙が部屋に広がり始めた頃、再び社長が口を開いた。
「中川にとってはとてもおいしい関係よね。自分の地位を保てるんだもの。けれど相手の俳優は違う。いろんな危険が付いて回るわ。周りには中川の手に落ちた男として認識されてしまうし、それによってCMや作品も制限されてしまう。何よりも本人の印象よりも中川という女優のイメージが先に出てしまうの。これから本格的に活動しようとする俳優にとってはマイナスからの出発になるということよ。」
そう言って立ち上がる煙の先を見上げ、社長は眼を閉じた。
すると、それまで沈黙を貫いてきた三沢さんが口を開く。
「私は反対です。葵が・・・彼がボロボロになることを目をつぶって見過ごすなんて、私には出来ない。」
「三沢、気持ちはわかるわ。でもね・・・」
「葵は今まで見てきた他の俳優よりも繊細なんです。ほんのちょっとしたことでも傷ついて駄目になってしまう。もし、この件を受ければきっと葵は駄目になります。」
「まだ、そうと決まったわけじゃないわ。それにあくまで噂だということを忘れるなとさっき言ったでしょう?」
「でも!可能性はゼロではないとも言いました。社長、やっぱり中川さんとの話し合いは私が行きます。そしてそれを葵に伝える。相手にもそう言いましょう。」
「それで相手が納得するとでも?」
「そ、それは・・・。」
社長の鋭い眼差しに三沢さんはたじろぎ、そして言葉を失った。
すると社長の視線が今度は僕に向いた。
「さっきも言ったけれど、あくまで噂。それに悪いことばかりじゃないのよ。中川は才能を持った人間にしか興味を持たないの。そして相手に選ばれた俳優は必ずと言っていいほど、成功しているわ。つまり葵、あなたもその一人になるチャンスだということ。」
「ぼ、ぼくが・・・?」
「そうよ。中川の人を見る目は一流よ。その中川の目にあなたが留まったの。」
あまりにも話が想像を超えていて、うまく頭がまわらない。
今、僕が考えなければいけない事さえも思考が停止してまとまらない。
「決めるのは、葵・・・あなたよ。」
そう言ったのは社長。
「葵、断りましょう。まだこれから先、チャンスはあるわ。今ここで危険を冒さなくても・・・。」
そう言ったのは三沢さん。
けれどその直後、社長は冷静な声質で続けた。
「甘いわね、三沢。中川の誘いを断ればこの業界でどうなるか、あなたも知ってるでしょう?その場しのぎの優しさは捨てなさい。」
「でも!」
結局、僕の答えが全てなんだ。
「もし・・・僕が引き受けなかったらその時は僕・・・もうここにはいられないんですよね。」
「・・・はっきり言えばそうね。」
僕の問いかけに社長らしいはっきりとした言葉が返ってきた。
「だったら、僕の答えは決まってます。行きます。」
「葵!」
三沢さんが身を乗り出して僕に詰め寄る。
「ありがとう、三沢さん。でも僕、このまま社長や三沢さんに迷惑をかけたまま居なくなるのは嫌なんだ。中川さんとどういう話になるのかわからないけど、せめて二人に恩返しが出来るように頑張るから。」
「そんな事考えなくていいの!葵はそのままでいいんだから!」
「三沢さん、そんな事言っちゃ駄目だよ。決心が鈍っちゃうだろ。大丈夫。社長や三沢さんの事を思ったら僕はなんでも出来そうな気がするんだ。」
「葵・・・。」
三沢さんはそれ以上言う事をやめた。
きっと僕の気持ちを尊重してくれたんだと思う。
それから社長は僕の意思を再度確認した。
「葵、最後にもう一度聞くわ。本当に行くのね?」
「はい。」
「・・・そう、わかったわ。先方とは私が話をします。」
「よろしくお願いします。」
立ち上がる社長に頭を下げ、僕は三沢さんを見た。
「ごめん、三沢さん。僕のために言ってくれたのに。」
「いいの、そんな事は。でも・・・・・・後悔しない?」
「・・・しないように頑張ります。」
心配をかけないように強く頷いて見せた。
これで良かったんだ・・・
社長と先方との会話を聞きながら、僕は自分自身にそう言い聞かせていた。
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