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本編
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しおりを挟む人を理解するということはどういうことだろう
人を理解した先に何が見えるのだろう
幸福?それとも・・・・
空が帰ってきた。
何の前触れもなく唐突に。
「おかえり。今日は早い・・・んだね。」
そう言った私の顔は少し引き攣っているのが自分でもわかる。
さらに視線は微妙に空から逸らし、動揺を悟られない様にとわざと必要もないのに食器の整理なんか始めたりして。
空はそんな私の横を通り過ぎ、寝室へと向かっていった。
それを見ながらそっと溜息を吐く。
今は普通に空と話す自信がない。
頭の中は色んな事でいっぱいで。
でもやっぱり数日前に大地から聞いた話が一番ダメージが大きくて。
しばらくすると空が大きな荷物を抱えて寝室から出てきた。
そしてそのまま玄関へ向かおうとする。
「そ、空?」
私の呼びかけに空は立ち止まり、チラッと視線だけを私に向けた。
そんな些細なことだけでも私の胸は騒ぎ出していた。
「仕事に戻るの?」
「・・・ああ。」
「そ、そっか。」
何か言わなきゃ。
空が行っちゃう。
けど、言葉が浮かばない。
頭をフル回転させて、ようやく出たのが、
「つ、次はいつ帰ってくる?」
ぎこちない言葉で顔も張り付けたような笑顔でそう聞いていた。
とりあえずそれだけが頭に浮かんだ事だった。
話す時間をとにかく持ちたくて。
次に会うそれまでには私も落ち着いてるはずだから。
すると空は体ごと私の方を向き、
「当分、戻らない。」
そう告げた。
それを聞いて、ほっとしたのと残念な気持ちが混ざる。
落ち着く時間が出来るのは嬉しいけど、空のいない時間がまたやってくると思うと寂しさを覚えた。
「そ・・・か。仕事、大変そうだもんね。体に気をつけてね。」
そう言うと空は溜息を吐いた。
「別にそれだけじゃないけどな。外に居るだろ、何人も。あいつらがここに居るのはわかってたし、わざわざ写真を取られに帰ってくる馬鹿はいないだろ。」
「あ・・・・。」
そうか。
今更そんなことに気付いた。
空がここに居る時間が増えれば、必然的に私の存在が発覚する恐れも増えてくる。
だからか。
「じゃあもし帰れそうな日がわかったら教えて。」
「なんで?」
「え?」
何気なく、それとなく言った言葉に疑問形で返されるとは思ってなくて少し戸惑っていると、
「何?なんかあんの?」
「なんかって・・・。」
言われても困るんだけど。
ただ空の帰ってくる日がわかったら、手の込んだ料理も出来るし、何よりもゆっくり話をしたいっていう、ただそれだけなんだけど。
さすがにそれを言うのも躊躇われる。
恥ずかしいというか、照れくさいというか。
それにそんな事を言ったら、たぶん空に私の気持ちがばれてしまう気がする。
それだけは駄目だ。
じっと見据えてくる空の視線に耐えられず、そっと逸らしながら、
「ほら、空が帰ってくるのに私がどこかに出かけてたら申し訳ないかなってそう思って・・・。」
そう言うと、空は荷物をその場に置き、私に一歩近づいた。
「どこかに出かける予定でもあるのか?」
「それはないけど・・・あくまで例えばの話。」
ドキドキしながら話を逸らそうと必死に言い訳を考えたが空はそれを許さない。
「美月。何を隠してる?」
「別に隠してなんか・・・。」
「あのさ、これでも過去、幼馴染だったんだ。美月の嘘をつく時の癖ぐらい覚えてるよ。」
癖?
私にそんなものがあったの?
初めて知った。
「何よ、癖って。」
「そんなことはどうでもいいんだよ!何を隠してる?言えよ。」
そう言って空は私の腕を掴み、引き寄せた。
「だから何も隠してなんかないってば!」
そう言ってすぐ近くにいる空と対峙した。
空は何かを探るように目を細めてじっと私を見つめてきた。
しかし次の瞬間、ふっと私の手が解かれ、
「もういい。」
それだけ言うと、空は私から離れ、荷物を持つとそのまま玄関に向かった。
う、うそ。
こんな形でまた行ってしまうの?
喧嘩したまま、そのまま当分帰って来ないの?
慌てて玄関まで走っていくと空の背中に追いついた。
けれどどう声をかければいいのかわからない。
空はドアノブに手をかけると抑揚のない声で、
「なぁ、美月。俺は美月の何を信じればいい?」
こちらを見ようともせず、その言葉を私に投げかけてきた。
「そ・・・・ら?」
背中を向けた空に触れようと手を伸ばすと、空はそれよりも早くドアを開けて出て行った。
私は宙に浮かぶ自分の手の行き場を持て余しその場に暫く固まったまま動けずにいた。
空のあの言葉はどういう意味だろう。
あれからずっと考えた。
空がどういう意図であの言葉を残したのか。
でも全然わからなくて。
そのまま2週間が過ぎてしまった。
結局、本当に空は宣言通り戻ってこなくて。
でも今、頭を悩ませてるのは、空の言葉よりも大地の存在だった。
あれから何度かマンションにやってくる。
もちろん、私は居留守を使って無視してるけど。
一体、何が目的なの?
空が忙しい身だって知ってるはずなのに。
こんな昼間にいないってわかってるはずなのに。
もう来ないでほしい。
けれどそんな私の願いはあっさりと裏切られた。
『みー、居るんだろ?電話に出ろよ。』
電話機から聞こえるその声は紛れもなく大地で。
そしてその電話機は空の家にある留守電で。
無視、無視。
そう思って部屋の掃除をしていると、
『おまえとそこに住んでる奴の事、バラしていいわけ?今だったらどのくらいの価値になるだろうな。かなりいい値で売れると思うぜ。ちょうどいいことにそこのマンションの前には欲しがってる連中もいるし?』
それを聞いた瞬間、受話器を取っていた。
「ふざけないで!一体、どういうつもりよ!」
『お、やーっぱり居たかー』
飄々と返してくる言葉に苛立ちしか生まれない。
なんで・・・・・・なんでこんな奴と私・・・・。
悔しくて、情けなくて。
過去を消せるものならば、今すぐ私の中から大地との過去を消したい。
『話があんだよ。今から出て来れねーか?』
「無理。」
『即答かよ。』
「大地に割く時間なんて私には存在しないから。じゃあ、切るわよ。」
そう言って受話器を耳から話そうとしたら、
『おまえらの事、バラしていいのか?』
その言葉がそこから聞こえてきた。
なんて奴!
再び受話器を耳に当て怒りをぶつけた。
「あんた・・・それでも空の兄貴?なんでそんなことが言えんの!」
『兄貴だから言えんの。特権だろ?』
「・・・・サイテー。」
『おー、懐かしい言葉だな。おまえっていつも最後はその台詞だよな。』
「っ・・・とにかく、無理。」
『なんで?どうせ暇なんだろ?』
「さっきも言ったでしょ?大地に費やす時間は存在しな・・・」
『今からそっちに行くから。言っとくけど、居留守とかナシだからな。もしそんなことしたら・・・・・・わかってるよな?』
「大地っ!」
『じゃ!』
「ちょっ・・・」
反論する余地も与えず、大地からの電話は切れてしまった。
茫然として受話器を暫く見つめていたが、はっと我にかえった。
急がなきゃ。
大地が来るまでに出かける用意をして、来たらすぐにここから離れて。
そんな事を考えながら、着替えていると・・・
リンゴーン。
予想外に早い、大地の到着を知らせるエントランスからの呼び出し音が部屋に木霊した。
「な、なんで・・・。」
あれから5分と経っていない。
まさかすでにこのマンションの近くに居たってこと?!
モニター画面を見ると、やはりそれは大地その人で。
仕方なく通話ボタンを嫌々押した。
「は、はい。」
『俺。』
言われなくてもわかってるわよ。
心で呟きながら、溜息を吐いた。
「ちょっと待ってて。すぐに降りるから。」
『あれ?入れてくんないわけ?冷たいなぁ。』
「それは本当に無理。ここは・・・・私の部屋じゃないし。」
画面の中に、大地以外の人物がいないことを確認してその事を伝えると、大地はニッと笑った。
『心配しなくても大丈夫だって。いきなり襲ったりなんかしねーからさ。』
「そういう事を言ってるんじゃ・・・」
『ここで言い合ってても変に目立つだけだぜ?みーは大人しくここを開ければいいんだよ。それとも、ばれてもいいわけ?』
「っ・・・・。今、開ける。」
私に選択の余地はなかった。
「よ!」
軽快な声とともに笑顔で私に返す大地を私は頭の痛い思いで迎え入れた。
結局、化粧さえできないまま大地を入れるしかなくて。
大地は靴を脱ぐとすぐにリビングに向かって歩き出した。
やはり片足を引き摺りながら。
鍵を閉めて大地の後を追うと、大地はおぉっと歓喜の声を上げていた。
「すげーな。さすが高層階。全てが小さく見える。」
「ここに来た事ないの?」
「ない。空は俺を歓迎してないしな。」
「でも前に連絡を取ってるって・・・・。」
「まぁ、それは俺が一方的に取ってるだけ。」
「そう。」
心の中で納得していた。
空が好んで大地に連絡を取るなんてきっとあり得ないもの。
だって一緒に住むようになってから一度も大地の名前を空から聞くことはなかったから。
でもそれ以前に空からは何も話そうとしないけれど。
「それで?話って?」
大地がソファに座ったところを見計らって本題に入った。
「あ?ああ、そうだ。これ、空に返しといてくれよ。」
そう言って分厚い封筒を私に差し出した。
「何?これ。」
その封筒を受け取りながら訊くと、
「金。500万。」
「は?」
「空に借りてたんだよ。返さなくてもいいって空は言ってたし、俺もそのつもりだったんだけどよ・・・・・・・アイツが返せって。」
「アイツ?」
「俺の未来の嫁。」
「はい?」
意味がわからない。
「だから近い未来の嫁になる予定の女。」
「・・・・・・大地、頭大丈夫?」
「失礼な奴だな、おまえも。」
大地が眉を歪ませながらそう言った。
「未来の嫁って何よ。普通そう言う人のこと、彼女とか恋人とかって言わない?」
「だってまだそんな関係じゃねーし。」
「なにそれ。」
「俺が珍しく口説いてやってるのに全然なびかねー女でさ。それが逆に俺を燃えさせてるっていうか。ま、そんな感じ。」
「全っ然、意味がわかんない。」
「別にいいよ、わかんなくて。」
「あ、そう。じゃ、いいや。」
「おまえ・・・・はぁ、つまらん奴だな、相変わらず。」
「つまらなくて悪かったわね。」
「まぁ、いいや。とにかく空に渡しといてくれればいいから。」
「ダメよ。大地が借りたんでしょ?だったら、きちんと自分で返さなきゃ。」
そう言ってその封筒を突き返す。
「それが出来たらこんな面倒くさいことしねーよ。携帯に連絡してんだけどよ、全く出ねーし。おまけに掛け直してもこねー。さすがにこの封筒の状態で家に放置すんのもヤバいと思って、持ってきたんだよ。」
「口座に振り込めばいいでしょ?メールでそれくらいは聞けるでしょ?」
「なるほど!気がつかなかった。でももうここにあるわけだし、空に渡すだけだからそれくらいいいだろ?」
「私、そういうの嫌いなの。」
「別にいいじゃん。今回くらい・・・」
「無理だってば。」
「はぁ・・・・ホント、相変わらずだな。ところでさ、ここ禁煙?」
ポケットからたばことジッポーを取り出し、大地が吸いたいとアピールする。
「たぶん・・・空も私もたばこなんて吸わないし、とりあえず禁止。」
「あー、つまんねー!」
「じゃあ帰れば?」
「そうはいかねーな。」
そう言って大地はぐっと私に顔を近づけた。
そしてニヤッと笑うと、
「ここまで来て、俺が何もせずに帰るとでも思う?」
そう言った大地の目が、何かを企む怪しい光に包まれていた。
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