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本編
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しおりを挟むこの気持ちはどうしたらいいのだろう
一番簡単なのは、逃げるコト
一番苦しいのは、心を偽るコト
一番望むのは―――――――
「ごめんなさいね、急に来たりして。」
「いえ。」
大人の女性、それが彼女の印象だった。
そしてデキる女性、それが次の印象。
仕草や表情でそれくらいはわかる。
私もそれなりに社会人としてやっていたから。
ただ・・・・・電話での態度とこうして会ってからの態度がなんとなく違っていて、それが気になったけど。
「葵から伺ってるわ、あなたのこと。」
三沢さんはソファに座るとすぐにそう切り出してきた。
空はどこまで私のことを話してるんだろう・・・・
マネージャーなのだから、少しは話しておくべきだとは思う。
けど、まさか全部じゃない・・・よね。
脳裏にそんなことが過ぎる。
「葵とはデビューからずっと一緒なの。いいえ、それ以前からね。まだ素人の頃からだから。だから彼も私を信頼して色々話をしてくれてるの。今回のあなたとのことも前もって訊いてたわ。もちろん、事務所には内緒にしてはいるんだけど。」
「そうなんですか・・・。」
今、頭にあるのはなぜわざわざ会いに来たかということ。
だって空から訊いてるなら、別に私に会わなくてもいいわけだもの。
もしかして・・・・空が帰って来ないことと関係してる?
そんな私の考えを察したのか、彼女はすっと何かを差し出してきた。
「これは明日掲載予定の記事よ。事務所に昨日、送られてきたの。」
差し出されたそれに視線を移動させると、真っ先に目に入ってきたのはモノクロの写真。
そしてその対象は嫌でも知ってる空、その人だった。
しかもその隣りにうつるのは、有名女優。
さらにその写真の上の見出しが目に入る。
『ビッグカップル誕生?!』
縁取りされたその文字を茫然と見つめていた私に、
「別にこれが掲載されたからと言って事務所は特に問題視してないの。2人は今度公開の映画で共演をしてるし、話題作りになるから。もちろん事務所は葵と彼女の間に何もないと信じてるし、各社へのコメントもそういうものを用意してる状態なの。でも実際の関係は・・・・・・・あなたにもわかるんじゃない?」
「え・・・。」
意味深な視線を私に送りながら、三沢さんはくすっと笑った。
「言い方が悪いけど、葵は女優を食い物にしてたのよ、ずっと。抱いては捨ての繰り返し。しかも名の知れた女優ばかり。彼女達は皆プライドを持ってる人達だけに男に捨てられたなんて言えないでしょ?葵はそこまで計算して抱いてるの。さすがに最近は忙しくてそんな暇がないみたいでそれで・・・・。」
三沢さんはそこでチラッと私を見て、口を濁した。
痛い。
今、頭を殴られたのだろうか。
そう思ってしまうぐらい、ひどい頭痛がする。
吐き気も合わさって気分が悪くなった。
本当はもう何も訊きたくない。
けれど・・・・
彼女は卑怯だ。
気になるようにわざと語尾を濁して。
そして私を追い詰めてくる。
それがわかってるのに、それ以上に空の事を知りたいと思う自分がいた。
「・・・・・・・それでなんですか?続けて下さい。」
気が付いたら、彼女を促していた。
それを待ってましたというように三沢さんは口を開く。
「気を悪くしないでね・・・・葵はおそらく手軽に抱ける誰かをキープしておきたかったんだと思うの。女優と落ち合うのも時間とか場所とか気を遣うし、何よりも互いのスケジュールが噛み合わない事がほとんどだし。それで・・・・幼馴染のあなたを呼び寄せたのね。」
「・・・っ!」
ぎゅっと握りしめすぎた両手は冷たくて白くなっている。
けれど、そんなものは今の胸の痛さに比べたら全く気にもならなかった。
何よ、これ・・・
なんで胸がこんなに苦しいの・・・?
わかってたことじゃない。
空は私の身体だけが目的だって。
それなのになんで・・・・こんなにショックなんだろう・・・
他人から聞かされた事で空と私の関係が身体だけの繋がりだと肯定されたも同然で。
きっと空以外の人が知ってる事にショックを受けたのよ・・・。
そう自分に言い聞かせる私に彼女は追い打ちをかけるような発言をした。
「葵の相手も大変でしょう?抱いてる間もどこか冷めてて、自分本意だし。こっちの気持ちも考えないで自分が満足したら、終わり。本当に女泣かせよね。」
その言葉の意味を理解するのに時間はそんなにかからなかった。
この人も空と・・・
その考えが頭に浮かんだ瞬間、軽い眩暈がした。
だって彼女の言う事は全て的を射ていて・・・
いつも冷静に溺れる私を見ていて・・・
私のことを全く考えずに抱くだけ抱いて・・・
満足するまで抱いて、そしてこの部屋から居なくなって・・・
空の私への行動と全く同じ。
そんな空を知ってるという事は、つまり空と関係を持ったことがあるということ。
それ以外に考えられない。
今まで色々悩みながらもそれなりに空を理解しようとしていた。
けれどそれは無理なことなんだと今、ようやくわかった。
だって彼女が語る空は私には到底理解できない人物像で、昔の空を知っているだけに同一人物とは思えなかった。
これがもし・・・・もし空でなく・・・・
ふと、脳裏に一人の人物が浮かび上がった。
かつて私が唯一身体を許した、そして裏切った男。
空の兄であり、私のもう一人の幼馴染でもある大地、その人。
そう、彼女の語る人物が大地ならば容易に結びつける事ができる。
でも今語ったのは紛れもなく空の事で・・・。
茫然とする私を見て、三沢さんはさらに可笑しそうに笑った。
「その様子じゃ、何も知らなかったようね。でも今のあなたと葵の関係を考えたら、少なくともそういう相手がいることくらいわかりそうなものじゃない?特にここ1週間、葵はここに戻ってきてないわけだし、他の誰かの所にいるって考えるのが普通だもの。」
「彼は・・・・・今、あなたの所に?」
私の言いたい事が彼女にも伝わったらしく、
「ええ。家には帰りたくないって言うし、ホテルを取っても良かったんだけど、経費も馬鹿にならないでしょ?それに葵は放っておくとすぐ女の子を誘惑するくせがあるから。それなら私の家の方が色々とお世話が出来て好都合だし、ねぇ?」
彼女の視線や言葉が辛くて下を向いた。
「どうして私に・・・。」
なぜそんな話を聞かせるのだろう。
そう思っていたら、自然とそれが口から出ていた。
すると三沢さんは、
「葵は今や事務所で一番の有望株だもの、彼のマネージャーとして彼の行動はそれなりに把握しておかなきゃいけないのよ。例えば今、誰と関係を持っているのかとか。その相手が葵にとって不安要素にはならないかとか。」
「・・・・・・・・釘を刺しに来たってことですか?」
「そうね、半分は。でも残りの半分は・・・・・・あなたの本心を知りたかったの。まさか彼に本気だなんて事になってたら、それこそ危険だもの。」
「危険?」
「そうよ。女の本気ほど怖いものはないでしょう?彼の芸能人生を失う致命的なものにならないとも限らないし。でもそうね・・・あなたは間違っても葵にとって不利になるような行動をする人には見えないし、少し安心したわ。」
そう言って三沢さんはコーヒーを最後にもう一口飲むと、
「あ、そうそう。今日、私がここに来た事は葵には内緒にしてて。ほら、男としては嫌なものでしょう?こうやって彼と関係のある女同志が陰で会うのって。それから・・・。」
立ち上がってカウンターテーブルにある電話機へと向かった。
そして、
「これ、消しておくわね。私が来たってバレバレだし。」
そう言ってさっきの留守録を消去した。
言うだけ言ってすっきりしたのか三沢さんは振り返り、最後に、
「これ、渡しておくわ。困ったことが起こったら、すぐに連絡を頂戴。ちなみにこれも葵に見つからない様にね。」
そう言って名刺を1枚差し出してきた。
それを拒む事もできず受け取ると、
「あとこれは余計なお世話かもしれないけど・・・・・・葵は執着心がなくて飽きっぽいの。相手にされなくなったらそれまで。今までもそうだったし。だからもしそういう兆しが見えたら、早めに新しい居場所を見つけておくことね。」
そう言って彼女は用は済んだようでさっさと部屋から出ていった。
静かな時間はすぐに訪れた。
そして重い空気も一気に襲ってくる。
「はは・・・何やってんだろ、私。」
誰に言うわけでもなく、そう呟いていた。
言葉にしたことで、胸の奥に押し込めていた次々と感情があふれ出る。
そしてそれは涙となり、外へと放出された。
もうわかってるよ。
この気持ちがなんなのか。
この胸の痛みも、頭痛も、その原因がどこから来るのかも。
昔、一度は同じ経験をしたんだもの。
そしてその時の傷の痛みに似たものを今、私は抱えてる。
だけど・・・
あの時と一つだけ違う事がある。
それは、こんな関係でも、こんなに傷ついても、それでも空のそばにいたいと思う自分。
大地の時にはなかった思いだった。
あの時、裏切られたことの方が大きくて、大地への気持ちはその次だった。
けれどたとえ私のその思いが大地の時と違ったところで行き着く先は結局、一緒。
いずれ空からも見限られ、突き放される。
最後に身体を交わした時の空がその証拠だ。
あの時の空の言葉は、それまでずっと胸に渦巻いていた感情だったんだろう。
彼は無意識のうちに自分の気持ちを口にしてしまったんだと思う。
私が気を失っていると思って。
でも私はそれを聞いてしまった。
そうか・・・・・・だから空は帰って来ないのか。
ほんの少しの気まずさと、最後の一言をいうタイミングを計るために。
近い将来、私は空に言われるんだろうな。
『もういいよ。飽きたから。』と。
でもそれを悟ったところで、今の私は何をどうすることもできない。
だって、空はここにいないのだから。
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