睡蓮

樫野 珠代

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本編

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週末は怒涛のように過ぎていった。
土曜日の午後、私の体調が完全ではないと判断した課長が宣言どおり家まで送ってくれて。
そこまでは良かったのだけれど、家の前で母とばったり遭遇。
そう言えば無断外泊した事になるんだと気づき、慌てて説明しようとしたら既に課長から話は聞いていると返ってきた。
どうやら夜に母が携帯に何度も電話したらしく、課長が出たようですまないと謝ってきた。
仕方ないことだし、母の事だから出るまで意地でも電話をかけ続けたはず。
だから課長には気にしてないからと伝えた。
母と挨拶を交わしてそのまま課長は帰っていき、私も部屋で休もうとしたけれど母が黙って私を見送るわけもなく、家に入って課長と付き合い始めた事を言うと延々と質問を受けることになった。ようやく解放されたと思って部屋へ戻り少し休んだ所で、仕事から帰ってきた父がどうやら母に聞いたらしく、階下から大声で名前を呼ばれ、溜息をつきながら降りた。
すると父はついてくるように視線で促し、そのまま居間へと向かうと父と向き合って座ると暫く無言の時間が過ぎ、ようやく父が口を開いたかと思ったら押し殺すような声でぽつりと、
「一度、会わせなさい。」
とその一言で終わった。
呆気ないなと思いながらも父の一言はズシンと重く圧し掛かっていて、どうしようと悩んでいたら、体調を心配した課長から電話がきて、日曜日に挨拶に行くよと言ってくれてあっさりと解決してくれた。
そうして日曜日はいつも以上にしゃべらない父といつも以上に話が止まらない母、オロオロする私、冷静に応対する課長と、なんとも言えない微妙な4人の食事会が開かれた。
終盤になると漸く父も落ち着いたのか、課長と普通に話をするようになってほっとしたのも束の間、課長が、
「実はなぎささんの事で心配な点があります。彼女は会社まで毎日ご実家から通勤をされていますが、あまりにも距離があり、通勤時間を考えるととても心配なんです。特に帰りは時間的に気が緩み、善からぬ人間がなぎささんを標的にするのではと。なぎささんの性格を考えますと声を上げることも恐らく出来ないであろうことは想像は難しくありません。その点をお二人はどのようにお考えでしょうか。」
という質問から始まり、ここから営業の腕を見せたというか、丸め込んだというか、私の思考が追い付かないまま、話は終わった・・・。結果から言うと、私は課長と一緒に住むことになった、1年以内に結婚するという条件で。
その後、私は最低限の荷物をまとめることになってあれよあれよという間に課長の車に押し込まれていた。
あまりの展開にまた熱が上がってきて、昨夜は再び課長に看病してもらう羽目になり、申し訳ないやら恥ずかしいやらで・・・。


今朝の事を思い出しても恥ずかしさしか浮かばない。
見ていないとはいえ、同じ家にいるのを意識して着替えもドキドキするし。
寝起きの顔、歯ブラシが並んでいる事、朝食を一緒に食べる事、一緒に家を出る事。
挙げてもキリがないくらい、些細な事が1つ1つがもう赤面する有様で。
さすがに会社の人に見られるのは避けたいと思って、なんとか言葉にすると課長は残念そうな顔をしながら会社から少し離れた場所に車を止めて降ろしてくれた。
降りる直前に手をギュッと握られ、手が離れる瞬間は後ろ髪を引かれたけれど。

これからも暫くはほんの少しの事でも反応してしまうだろう。
果たして慣れるのかどうか。
でもそれはとても幸せなことだと思う。
だから私はこれからも彼にドキドキして、ハラハラして。
そうして幸せを噛みしめていきたい。
彼と二人で。






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