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本編
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**晃貴視点です**
樋野を大浴場へと促して、扉が閉まるのを確認すると俺はまず自分の部屋へ戻り、手にしていた荷物を置き、携帯を持つとすぐさま隣りの部屋にいるであろう住田を訪ねた。
「あれ?課長、どうしたんすか?」
「悪いが益子達の部屋を教えてくれ。」
「え?え?ひょっとして抜け駆けですか!?ずるいっすよ!」
「そうじゃな・・・・いや、そうだな。住田、おまえ彼女達ともう少し飲みたいだろ。一緒に来い。」
「マジっすか!わかりました!すぐ!ちょ、ちょっと待ってください。」
そう言って慌ててテーブルの上に置いてある部屋割りの紙を持ってきた。
「えっと・・・305号室ですね。」
「行くぞ。」
そう言って住田の存在を置いてすぐにその部屋を出た。
そんな俺に住田は張り付かんばかりに追ってくる。
「いやー、楽しみっすね!」
そう言ってニコニコと無害な笑顔を向ける住田に心の中で詫びながら目的の部屋へと向かう。
そして歩きながらも考えるのは樋野の事。
あんな所で1人でずっといるのはおかしい。
そう考えてしまうのはやはり樋野に対してどこか負い目があるからだろうか。
少なくとも益子と樋野の関係を悪くしたのは自分のせいだと実感しているからだ。
少し前、仕事の事で益子を追いつめたのは自分であって樋野ではない。
益子に厳しく当たった事に関しては後悔していない、むしろ当然の事をしたと今でも思っている。
けれど、もし益子がそのことを根に持っていたら?
そして今回、その事で樋野が被害を受けているとしたら?
そう考えるに至るのは至極単純だ、益子にとって怒りの矛先を向けるには樋野は十分な対象だから。
何もなければいい、部屋に行ってそれを確認出来たならそのまま自分の部屋に戻ればいいだけ。
自分が考えすぎだったと、そうであって欲しかった。
が、現実は怒りを通り越して呆れに至るものだった。
住田と共に305号室に向かうとすぐに違和感を感じた。
部屋の扉が僅かに開いたまま、誰かが出てくる気配はないからだ。
「あれ?開いてますね。」
そう言って住田は少し疑問に思いながらも気にせず、
「樋野ちゃーん、益子さーん!いる?ドア開いてたよー、不用心だなー。」
とノックもせずにずかずかと部屋へ入っていった。
俺が止める間もなくだ。
我が部下ながら非常識な行動に呆れながらも今の状況はむしろ有り難いものだった。
住田に続き一歩だけ入り踏込みで立ち止まると、中で大きな物音が断続的に響き、騒がしい。
住田が俺に視線を向け、お互いに首を傾げた。
そして視線の先が下へと向かった。
スリッパが2組。
樋野はここにはいない。
では益子以外に誰かがいるということ。
今度は俺が声を掛ける。
「おーい、俺だ。話があるんだが出て来れるか?」
すると、
「あ、今行きます!ちょっと待って下さいっ!」
「入っていいか?」
「え!?ダ、ダメです!そこで待ってて下さい!」
慌てた様子の益子の声が聞こえ、それと同時に男の声が聞こえる。
「なんだよ、追い返せよ。邪魔してんのはあっちなんだからさ。」
「しっ!静かにして。」
「あー、ったく冷めちまったよ。」
それが聞こえて暫くすると襖が開き、知らない男が出てきた。
そして俺達を睨みながら、
「邪魔してんじゃねーよ!クソ野郎。」
そう吐き捨てて男は部屋から出て行った。
それを見届けると、そのまま開いた襖の前まで歩み寄り、中をしっかりと捉えた。
「か、課長。これはその!」
慌てて着たのだろう、浴衣の合わせ目を片手で抑え、けれど帯は結び目も巻き方も散々な状態で益子は慌てて言葉を口にする。
しかし瞬時に状況を把握して、それをバッサリと切り捨てる。
「言い訳して納得させる自信があるのか?」
その一言に益子は目を見開き、そのまま黙り込んでしまった。
部屋に充満した嫌悪しか感じない空気によって否応なしに眉間に皺が寄るのがわかる。
もちろん住田も同じものを見ていて、こちらは驚きで固まっている。
「住田、今すぐフロントに行って部屋を1つ押さえてこい。空いてる部屋が1つくらいあるだろう。そのカギを持ってその部屋で待っててくれ。俺もそこで落ち合うから。」
ようやく現実に戻ってきた住田は俺の言葉にコクコクと頷く。
「いいか、これは他言無用だ。わかったら行け!」
「は、はい!」
その指示に住田は体を翻し、躓きそうになりながらも部屋から出て行った。
それを見送った後、色々な感情を含んだ重い溜息を吐き出すと益子を見据えて、
「樋野はどうした。追い出したのか?」
敢えて知らないフリをしてそう訊ねる。
すると益子は首を素早く振りながら、
「ち、違います。その・・・お風呂に行ってて・・・でもたぶん一度戻ってきたと思います。でもすぐにどこかに行って・・・。」
「当然だな、こんな所に誰だって居たくないだろ。」
そう言うと益子は俯き、キュッと唇を噛みしめている。
「樋野の荷物は?」
訊ねると一瞬、益子は怪訝な顔をしたがすぐに何かを察したのだろう。
「あそこの端にある鞄がそうです。」
それを訊き、樋野の荷物を持つとそのまま入り口に続く襖の前へと戻る。
そして、
「樋野は別の部屋を用意する。おまえはここで反省してろ。それから樋野に会ったら謝れよ、最低限の常識があるならな。」
まだまだ言いたい事はあったが、長居すれば樋野が風呂から出て、そのままどこに行ったかわからなくなる。
その前になんとしても樋野を確保しなければ。
今の最優先は樋野を落ち着ける場所へ促す事。
そう、これは俺の償いだ。
部下をきちんと見極められない上司である俺の。
そして同時にまた彼女を追いつめたという事実がのしかかってきていた。
どうしてこうなるんだ。
彼女をこれ以上、苦しませたくないのに。
そうして胸に広がる痛みが次第に全身へと蝕んでいった。
樋野を大浴場へと促して、扉が閉まるのを確認すると俺はまず自分の部屋へ戻り、手にしていた荷物を置き、携帯を持つとすぐさま隣りの部屋にいるであろう住田を訪ねた。
「あれ?課長、どうしたんすか?」
「悪いが益子達の部屋を教えてくれ。」
「え?え?ひょっとして抜け駆けですか!?ずるいっすよ!」
「そうじゃな・・・・いや、そうだな。住田、おまえ彼女達ともう少し飲みたいだろ。一緒に来い。」
「マジっすか!わかりました!すぐ!ちょ、ちょっと待ってください。」
そう言って慌ててテーブルの上に置いてある部屋割りの紙を持ってきた。
「えっと・・・305号室ですね。」
「行くぞ。」
そう言って住田の存在を置いてすぐにその部屋を出た。
そんな俺に住田は張り付かんばかりに追ってくる。
「いやー、楽しみっすね!」
そう言ってニコニコと無害な笑顔を向ける住田に心の中で詫びながら目的の部屋へと向かう。
そして歩きながらも考えるのは樋野の事。
あんな所で1人でずっといるのはおかしい。
そう考えてしまうのはやはり樋野に対してどこか負い目があるからだろうか。
少なくとも益子と樋野の関係を悪くしたのは自分のせいだと実感しているからだ。
少し前、仕事の事で益子を追いつめたのは自分であって樋野ではない。
益子に厳しく当たった事に関しては後悔していない、むしろ当然の事をしたと今でも思っている。
けれど、もし益子がそのことを根に持っていたら?
そして今回、その事で樋野が被害を受けているとしたら?
そう考えるに至るのは至極単純だ、益子にとって怒りの矛先を向けるには樋野は十分な対象だから。
何もなければいい、部屋に行ってそれを確認出来たならそのまま自分の部屋に戻ればいいだけ。
自分が考えすぎだったと、そうであって欲しかった。
が、現実は怒りを通り越して呆れに至るものだった。
住田と共に305号室に向かうとすぐに違和感を感じた。
部屋の扉が僅かに開いたまま、誰かが出てくる気配はないからだ。
「あれ?開いてますね。」
そう言って住田は少し疑問に思いながらも気にせず、
「樋野ちゃーん、益子さーん!いる?ドア開いてたよー、不用心だなー。」
とノックもせずにずかずかと部屋へ入っていった。
俺が止める間もなくだ。
我が部下ながら非常識な行動に呆れながらも今の状況はむしろ有り難いものだった。
住田に続き一歩だけ入り踏込みで立ち止まると、中で大きな物音が断続的に響き、騒がしい。
住田が俺に視線を向け、お互いに首を傾げた。
そして視線の先が下へと向かった。
スリッパが2組。
樋野はここにはいない。
では益子以外に誰かがいるということ。
今度は俺が声を掛ける。
「おーい、俺だ。話があるんだが出て来れるか?」
すると、
「あ、今行きます!ちょっと待って下さいっ!」
「入っていいか?」
「え!?ダ、ダメです!そこで待ってて下さい!」
慌てた様子の益子の声が聞こえ、それと同時に男の声が聞こえる。
「なんだよ、追い返せよ。邪魔してんのはあっちなんだからさ。」
「しっ!静かにして。」
「あー、ったく冷めちまったよ。」
それが聞こえて暫くすると襖が開き、知らない男が出てきた。
そして俺達を睨みながら、
「邪魔してんじゃねーよ!クソ野郎。」
そう吐き捨てて男は部屋から出て行った。
それを見届けると、そのまま開いた襖の前まで歩み寄り、中をしっかりと捉えた。
「か、課長。これはその!」
慌てて着たのだろう、浴衣の合わせ目を片手で抑え、けれど帯は結び目も巻き方も散々な状態で益子は慌てて言葉を口にする。
しかし瞬時に状況を把握して、それをバッサリと切り捨てる。
「言い訳して納得させる自信があるのか?」
その一言に益子は目を見開き、そのまま黙り込んでしまった。
部屋に充満した嫌悪しか感じない空気によって否応なしに眉間に皺が寄るのがわかる。
もちろん住田も同じものを見ていて、こちらは驚きで固まっている。
「住田、今すぐフロントに行って部屋を1つ押さえてこい。空いてる部屋が1つくらいあるだろう。そのカギを持ってその部屋で待っててくれ。俺もそこで落ち合うから。」
ようやく現実に戻ってきた住田は俺の言葉にコクコクと頷く。
「いいか、これは他言無用だ。わかったら行け!」
「は、はい!」
その指示に住田は体を翻し、躓きそうになりながらも部屋から出て行った。
それを見送った後、色々な感情を含んだ重い溜息を吐き出すと益子を見据えて、
「樋野はどうした。追い出したのか?」
敢えて知らないフリをしてそう訊ねる。
すると益子は首を素早く振りながら、
「ち、違います。その・・・お風呂に行ってて・・・でもたぶん一度戻ってきたと思います。でもすぐにどこかに行って・・・。」
「当然だな、こんな所に誰だって居たくないだろ。」
そう言うと益子は俯き、キュッと唇を噛みしめている。
「樋野の荷物は?」
訊ねると一瞬、益子は怪訝な顔をしたがすぐに何かを察したのだろう。
「あそこの端にある鞄がそうです。」
それを訊き、樋野の荷物を持つとそのまま入り口に続く襖の前へと戻る。
そして、
「樋野は別の部屋を用意する。おまえはここで反省してろ。それから樋野に会ったら謝れよ、最低限の常識があるならな。」
まだまだ言いたい事はあったが、長居すれば樋野が風呂から出て、そのままどこに行ったかわからなくなる。
その前になんとしても樋野を確保しなければ。
今の最優先は樋野を落ち着ける場所へ促す事。
そう、これは俺の償いだ。
部下をきちんと見極められない上司である俺の。
そして同時にまた彼女を追いつめたという事実がのしかかってきていた。
どうしてこうなるんだ。
彼女をこれ以上、苦しませたくないのに。
そうして胸に広がる痛みが次第に全身へと蝕んでいった。
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