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4巻
4-2
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二人がレオンたちと合流したのはそのすぐ後だった。
花に追われることもなくなり、森の中を歩いていると同じように歩き回っていたレオンたちを見つけたのだ。
「……ということがあってね! すごいよ精霊界の植物は!」
テンションが高いオードの話を、レオンはまたしてもぼーっとして聞いていた。
内容は確かに頭の中に入るのだが、話自体は耳から耳へとすり抜けてしまうような感じだった。
四人はそのままはぐれた仲間の最後の一人、ヒースクリフを捜しに行く。
彼を見つけたのはそれからしばらく後。
四人が森を抜けた時だった。
広い草原に不自然に立つ大きな木。その木は扉や階段、窓などがついていてまるで家のようだった。
◇
ヒースクリフは精霊界に着いてすぐにその家の前にたどり着いた。
辺りを見渡しても誰もいない。
声をかけても家からは何の反応もなかったが、明らかに人が住んでいそうなその場所を見てヒースクリフは「むやみに歩き回るよりもここで誰かが来るのを待った方がいい」と判断した。
草原に腰を下ろしジッと前を見つめる。
考えているのはリーンにいる魔法使いたちのことだった。
「僕は、本当にここへ来ても良かったのだろうか」
そんな言葉がぽつりと漏れる。
リーンでレオンから「精霊界へ行こう」と誘われた時、ヒースクリフは断ろうと思っていた。
レオンたちが精霊界へ向かおうとする理由は「悪魔に対抗する術を精霊王から学べないか」という思いつきだったが、それを知ってもなおリーンの町に集まった魔法使いたちを置いて離れることは彼にはできなかった。
今も気にしているのは町に残してきた人たちの安否だ。
実の兄アーサーは魔法使いではないが、実に狡猾な男だとヒースクリフは知っていた。今は警戒してリーンに攻め込んできてはいないがそれも時間の問題だろうと考えている。
もしもヒースクリフがリーンにいないことをアーサーが知れば、すぐにでも攻めてくるかもしれない。その心配が彼を引き留めていたのだ。
リーンの屋敷でレオンの誘いに迷いを示すヒースクリフに、友人であるダレンは言った。
「行ってこい。お前、アーサー王子に勝ちたいんだろう? なら今ここで力をつけてこないでどうするんだ。心配すんな。お前たちがいない間くらい俺がこの町を守ってみせるさ」
ダレンにそう言われ、一度は納得し精霊界にやって来たヒースクリフ。しかし、それでもやはり心配の気持ちは消えなかった。
「ヒース!」
ヒースクリフがしばらく家の前で座って待っていると森からレオンたちが出てきて、オードに声をかけられた。
顔を上げて立ち上がり、彼らはようやく合流した。
レオンたちはヒースクリフの目の前にある大きな木を見上げ、それが家になっていることに気づいた。
「すげえな。これが精霊王の家か?」
マークが興味を惹かれた様子でヒースクリフに尋ねる。
「わからない。だが誰かが住んでいるのは明らかだろう」
ヒースクリフはそう言ってから声をかけても何の反応もなかったと皆に伝える。
「留守かしら? もう少し待ってみる?」
ルイズはそうレオンに尋ねたが、彼は上の空だった。
「レオン?」
もう一度ルイズが声をかけるとようやくレオンは反応する。
「精霊王様が……来る」
四人の方を振り返ってそう言ったレオン。
その表情は感情が薄く、普段の彼らしくない。
レオンの異変にようやく皆が気づいた瞬間だった。
「おい、大丈夫かレオン」
マークがそう言ってレオンに寄ろうとした時、轟音が響いて彼らの前に大きな土煙が立ち上る。
何が起こったのか、一瞬すぎて誰にもわからなかった。
少し時間が経って土煙が収まると、家の目の前、草原だった場所がえぐれて大きな穴が開いている。
それだけではなく、その穴の中心に何者かがいた。
マークは剣を、他の皆は杖を抜こうとする。何者かに攻撃されたのかと思ったのだ。
「大丈夫。精霊王様だよ」
しかし、レオンだけは冷静に四人を制した。
穴の中に落ちた人物がゆっくりと振り向く。
「あれが……精霊王?」
マークが呟いた。
振り向いた人物が口を開く。
「僕が精霊王では不満か?」
それは子供だった。
幼くあどけない表情をした少年がレオンたちを見て口を尖らせている。
マークの言葉がかんに障ったらしい。
「まったく……お前たち人間というのはどうも見た目で判断する癖があるんだな。数百年前に会った人間もそうだった。僕の偉大さに気づかずに生意気なことばかり言って」
精霊王は相当に気分を害した様子で、ぶつぶつと文句を言い始める。
「数百年前っていくつだよ……」
マークはその見た目にまだ疑問を感じているようだったが、その手をルイズが引っ張る。
「ちょっと! 本当に精霊王様なら怒らせるのはまずいわよ」
ルイズが小さな声でそう言うとオードとヒースクリフも頷いた。
「そうだよ。悪魔に勝てる方法を聞きに来たんだから、もっと丁寧に接しないと」
「それに『精霊王』と呼ぶのは不敬なんじゃないか? ちゃんと『様』をつけるべきだ」
三人に怒られてマークは少し反省したようだ。
四人は顔を見合わせて、それからにっこりと笑顔を作ってから精霊王の方に向き直る。
「あの……精霊王様? 大変申し訳ありませんでした。あの、私たち『精霊王様に呼ばれている』と聞きまして精霊界に来たのですが、ご用件は何でしょうか」
マークが手をもみながらそう尋ねる。
普段そんな言葉づかいをしないからか、その様子はどこかぎこちない。
精霊王はまだ機嫌が直っていないのか、いまだにぶつぶつと文句を言っている。
「大体僕が呼んだのはレオン・ハートフィリアだけだよ。それなのにイグニスったらこんなにいっぱい人間を連れてきちゃって……精霊界のバランスが崩れたらどうするのさ」
精霊王の文句の中にレオンの名前が出てきたことで、マークは彼の様子がおかしかったことを思い出す。
レオンの方を振り向いて肩を抱き、そのまま精霊王の前まで連れていく。
「あ、あの精霊王様! レオンの様子がおかしいんですが何か理由を知りませんか?」
マークがそう尋ねている間もレオンはぼーっとしている。それは段々と悪くなっているようにも見える。
精霊王はレオンの様子を見てようやく本題を思い出したらしい。
「あっ、そうだった。そのために彼を呼んだんだ」
精霊王はレオンの胸に手のひらを置く。
「はいはい、子供たち。もういいからね、彼の身体から出ていっていいよ」
精霊王がそう言うとレオンはその場で気を失い、倒れてしまう。
ルイズたちが急いで駆け寄るが、彼女たちにも一番近くで見ていたマークにも、精霊王が一体何をしたのかわからなかった。
「レオンはどうなってしまったのですか?」
ヒースクリフが精霊王に尋ねる。
精霊王は仕方なくといった様子でレオンに起こった現象を説明した。
事の始まりは、魔力が枯渇し滅びかけていた魔界を捨て、王都と人間の身体を乗っ取りに来た悪魔を倒すため、レオンが八人の悪魔の魂を自身の身体に取り込んだことである。
「本来、一つの肉体には一つの魂。それが理なのさ。だけど彼はそれを破った。多くの魂を身体に入れるだけならばまだ耐えられただろうけど、先の戦いで彼は魂を無理やり奪われてしまったからね。多くの魂が出入りした影響で彼の精神はもうぼろぼろだったのさ」
精霊王によればディーレインとの戦いの後、そのまま何もしなければぼろぼろになった精神は二度と元には戻らず、レオンは心を壊してしまったかもしれないという。
精霊王がレオンを精霊界に呼んだのはそれが理由だった。
「精霊界には目には見えなくても無数の精霊たちがいる。僕はその子たちに頼んで彼の心の中に空いた穴を埋めてもらっていたのさ」
それはレオンが精霊界にやって来た瞬間からもう既に始まっていた。
目には見えない精霊たちは、魂を無理やり抜かれたことでぼろぼろになったレオンの精神に干渉することができた。そしてひび割れた壁に土をかけて隙間を埋めるように、レオンの心を修復していたのだ。
それによりレオンの精神、感情は一時的に麻痺してしまい、普段の彼らしくないぼーっとした様子になってしまっていた。
「それじゃあ、レオンの中にもともといたファ・ラエイルの魂はどうなるんだ? あれだってレオンの身体を壊す可能性があるのか?」
話を聞いてマークが尋ねる。
精霊王の言う通り「一つの肉体には一つの魂」なら、レオンと彼の父親とも言うべき存在である伝説の悪魔エレノア――ファ・ラエイルの二つの魂が入っているレオンの身体はどうなるのだろう。
ファ・ラエイルの魂がレオンの心を再び壊してしまうのではないかとマークは思ったのだ。しかし、精霊王は呆れたようにため息を吐く。
「君は彼からちゃんと話を聞いていないのか? 彼の中にある悪魔の魂は彼の身体に入る時に彼の魂と一緒になっている。エレノアという悪魔も彼の精神が壊れる可能性を危惧していたんだろう。魂の融合が終わるまで彼の心の中に潜んでいたようだしね。それに、もともと親和性が高い者同士だ。二人の魂はすっかり一つのものとして定着しているから問題はないはずだ」
そう精霊王は説明した。
「さっき子供たちが塞いでくれた穴を完全に固めたからね。もう大丈夫さ」
精霊王がレオンの胸に手を置いたのは、精霊たちが修復したレオンの心を完全に元通りにするためだった。
それは精霊王にしかできない不思議な力だったが、マークたちにはその力を感じることすらできなかった。
それどころか、今も周囲に無数にいるという目には見えない精霊たちの魔力さえ、感じることができない。
その疑問をルイズが精霊王に尋ねると、彼は面倒くさそうにしながらも答える。
「それは君たちが人間だからさ。本来は人間、悪魔、精霊の使う魔力っていうのは全て別物だからね。お互いに干渉することはできないようになっていたはずなのに、いつの間にかそのバランスが崩れ始めていたみたいだけど」
そう言うと精霊王は気を失ったレオンを抱えて家の中に向かう。見た目は子供だがレオンのことを軽々と持ち上げている。
家の扉を開けてから精霊王は振り返る。
「入りなよ。悪魔の力に対抗するために来たんだろう? そんなところでぼーっとしていたって強くはならないよ」
そう言って不敵に笑う精霊王の姿はマークたちにはやはり子供にしか見えなかった。
◇
レオンが目を覚ますと森の匂いに身体が包まれていた。
壁に触れてみると、それは本物の木でできていてそれが匂いの正体だと知る。
レオンは少し小さめのベッドに寝かされていた。ベッドはレオンの身長よりも明らかに小さかった。
どうして自分がここに寝かされていたのかを考えてみる。
精霊界に来たところまでは覚えているが、その後のことはよく覚えていない。
ただ、来た時にあったぼーっとする感覚はもうなくなっていて、意識がはっきりとしていた。
「そうだ……皆は」
マークたちと共に来たことを思い出しベッドを下りる。
階段を下りるとそこは暖かい日の光が差し込むリビングになっていた。
そこにもマークたちの姿はなく、レオンは扉を開けて外に出た。
家の外には草原が広がり、その奥に森があった。
「すごいところだ。魔力に溢れている……」
レオンは呟いた。
ここに来た時にはぼろぼろだった精神のせいで何も感じられなかったが今は違う。
この世界に存在する森の木々、花々、そして目には見えない精霊たちの生命力を魔力として感じることができた。
その場にいるだけで力がみなぎるような不思議な感覚だった。
心が落ち着いていく。
レオンは森の奥の方からかすかに懐かしい魔力を感じ取った。
「マークだ。皆もいる」
レオンはその懐かしい魔力を確かにマークやルイズのものだと思った。
今までも近くにいる相手の強大な魔力を肌で感じ取ったことはある。しかし、離れたところにいる相手の魔力をこれだけはっきりと感じたのは初めてだった。
レオンの身体がふわりと浮き上がる。「飛行」の魔法だ。
そしてそのまま感じ取った魔力の方へと向かっていく。
「起きたか。その様子だと身体はもうすっかりいいようだな」
レオンが森の奥に着くと、そこには子供が一人いた。
しかし、その少年から感じ取れる魔力は普通ではなく、悪魔のものとも人間のものとも違うことにレオンは気づいた。
「精霊王様?」
感じ取れる膨大な魔力から推測してそう呟くと、精霊王はにんまりと笑う。
「やはり僕がこの世界に呼んでもいいと思っただけのことはあるな」
嬉しそうにしているのはレオンが一目で精霊王だと見抜き、見た目で判断せずに敬意を示したからのようだ。
「お前は見込みがあるぞ。少なくともあいつらよりはな」
精霊王はそう言って視線を横に向けた。
視線の先にいるのはマークたちだった。
四人はそれぞれが森の木の前に座り、目を閉じて魔力を練っている。
「あの……あれは?」
レオンが聞くと精霊王は短く「特訓さ」と答える。
それを聞いてレオンは驚いた。
精霊界に来た目的は悪魔たちを倒す方法を見つけるためである。しかし、精霊王がこんなに簡単に魔法を教えてくれるとは思っていなかったのだ。
「まあ特訓といっても今はまだ精霊たちの魔力を感じ取れるようになる段階。それも三か月もやっているわけだから才能はないと思うけどね」
精霊王はそう言って鼻で笑う。マークたちを鍛えていると言っても精霊王は本気で取り組んでいるわけではなかった。
精霊王にとって精霊界は広い庭のようなものである。
その庭で彼はたった一人で過ごしてきた。
目には見えない精霊たちこそこの世界には無数にいるが、彼らは普段精霊王に話しかけてくることはない。
広い庭にたった一人。そんな精霊王にとってマークたちはいい遊び相手になっていたのだ。
しかし、レオンが気になったのは精霊王のその態度ではなく、彼が言った「三か月もやっている」という部分だった。
「三か月? それはいったいどういう……」
レオンがそう言いかけた時、特訓をしていたマークたちもようやくレオンの存在に気づいたようだ。
「レオン、よかった。やっと目を覚ましたのね」
まず、そう言ってルイズが駆け寄ってくる。
その後ろにオード、マークと続き、最後にヒースクリフがやって来た。
「ようやく? ようやくってどういうことなの?」
レオンが尋ねるとマークが驚くべき発言をする。
「お前、ここに来てから三か月も眠ってたんだぜ? 精霊王……様は『大丈夫だ』って言っていたけど、すごく心配したんだ」
その言葉にレオンは目を丸くした。
眠っていたのはせいぜい一日程度だと思っていたのだ。それが三か月も経っているなんて思ってもみなかった。
「三か月って……それじゃあリーンは? アーサーたちとの戦いはどうなったの?」
レオンはヒースクリフの方を見て尋ねる。
もともと自分たちに時間がないことをレオンはわかっていた。ヒースクリフがリーンの町を心配していたことも。
悪魔に勝つためのヒントを精霊王に聞けたらすぐに人間界に帰るつもりだったのだ。それが三か月も経ってしまっているという事実に驚いていた。
あのアーサーが三か月もの間、リーンの町を放っておくとも思えなかった。
しかしレオンの心配とは裏腹にヒースクリフはあっけらかんとしている。
花に追われることもなくなり、森の中を歩いていると同じように歩き回っていたレオンたちを見つけたのだ。
「……ということがあってね! すごいよ精霊界の植物は!」
テンションが高いオードの話を、レオンはまたしてもぼーっとして聞いていた。
内容は確かに頭の中に入るのだが、話自体は耳から耳へとすり抜けてしまうような感じだった。
四人はそのままはぐれた仲間の最後の一人、ヒースクリフを捜しに行く。
彼を見つけたのはそれからしばらく後。
四人が森を抜けた時だった。
広い草原に不自然に立つ大きな木。その木は扉や階段、窓などがついていてまるで家のようだった。
◇
ヒースクリフは精霊界に着いてすぐにその家の前にたどり着いた。
辺りを見渡しても誰もいない。
声をかけても家からは何の反応もなかったが、明らかに人が住んでいそうなその場所を見てヒースクリフは「むやみに歩き回るよりもここで誰かが来るのを待った方がいい」と判断した。
草原に腰を下ろしジッと前を見つめる。
考えているのはリーンにいる魔法使いたちのことだった。
「僕は、本当にここへ来ても良かったのだろうか」
そんな言葉がぽつりと漏れる。
リーンでレオンから「精霊界へ行こう」と誘われた時、ヒースクリフは断ろうと思っていた。
レオンたちが精霊界へ向かおうとする理由は「悪魔に対抗する術を精霊王から学べないか」という思いつきだったが、それを知ってもなおリーンの町に集まった魔法使いたちを置いて離れることは彼にはできなかった。
今も気にしているのは町に残してきた人たちの安否だ。
実の兄アーサーは魔法使いではないが、実に狡猾な男だとヒースクリフは知っていた。今は警戒してリーンに攻め込んできてはいないがそれも時間の問題だろうと考えている。
もしもヒースクリフがリーンにいないことをアーサーが知れば、すぐにでも攻めてくるかもしれない。その心配が彼を引き留めていたのだ。
リーンの屋敷でレオンの誘いに迷いを示すヒースクリフに、友人であるダレンは言った。
「行ってこい。お前、アーサー王子に勝ちたいんだろう? なら今ここで力をつけてこないでどうするんだ。心配すんな。お前たちがいない間くらい俺がこの町を守ってみせるさ」
ダレンにそう言われ、一度は納得し精霊界にやって来たヒースクリフ。しかし、それでもやはり心配の気持ちは消えなかった。
「ヒース!」
ヒースクリフがしばらく家の前で座って待っていると森からレオンたちが出てきて、オードに声をかけられた。
顔を上げて立ち上がり、彼らはようやく合流した。
レオンたちはヒースクリフの目の前にある大きな木を見上げ、それが家になっていることに気づいた。
「すげえな。これが精霊王の家か?」
マークが興味を惹かれた様子でヒースクリフに尋ねる。
「わからない。だが誰かが住んでいるのは明らかだろう」
ヒースクリフはそう言ってから声をかけても何の反応もなかったと皆に伝える。
「留守かしら? もう少し待ってみる?」
ルイズはそうレオンに尋ねたが、彼は上の空だった。
「レオン?」
もう一度ルイズが声をかけるとようやくレオンは反応する。
「精霊王様が……来る」
四人の方を振り返ってそう言ったレオン。
その表情は感情が薄く、普段の彼らしくない。
レオンの異変にようやく皆が気づいた瞬間だった。
「おい、大丈夫かレオン」
マークがそう言ってレオンに寄ろうとした時、轟音が響いて彼らの前に大きな土煙が立ち上る。
何が起こったのか、一瞬すぎて誰にもわからなかった。
少し時間が経って土煙が収まると、家の目の前、草原だった場所がえぐれて大きな穴が開いている。
それだけではなく、その穴の中心に何者かがいた。
マークは剣を、他の皆は杖を抜こうとする。何者かに攻撃されたのかと思ったのだ。
「大丈夫。精霊王様だよ」
しかし、レオンだけは冷静に四人を制した。
穴の中に落ちた人物がゆっくりと振り向く。
「あれが……精霊王?」
マークが呟いた。
振り向いた人物が口を開く。
「僕が精霊王では不満か?」
それは子供だった。
幼くあどけない表情をした少年がレオンたちを見て口を尖らせている。
マークの言葉がかんに障ったらしい。
「まったく……お前たち人間というのはどうも見た目で判断する癖があるんだな。数百年前に会った人間もそうだった。僕の偉大さに気づかずに生意気なことばかり言って」
精霊王は相当に気分を害した様子で、ぶつぶつと文句を言い始める。
「数百年前っていくつだよ……」
マークはその見た目にまだ疑問を感じているようだったが、その手をルイズが引っ張る。
「ちょっと! 本当に精霊王様なら怒らせるのはまずいわよ」
ルイズが小さな声でそう言うとオードとヒースクリフも頷いた。
「そうだよ。悪魔に勝てる方法を聞きに来たんだから、もっと丁寧に接しないと」
「それに『精霊王』と呼ぶのは不敬なんじゃないか? ちゃんと『様』をつけるべきだ」
三人に怒られてマークは少し反省したようだ。
四人は顔を見合わせて、それからにっこりと笑顔を作ってから精霊王の方に向き直る。
「あの……精霊王様? 大変申し訳ありませんでした。あの、私たち『精霊王様に呼ばれている』と聞きまして精霊界に来たのですが、ご用件は何でしょうか」
マークが手をもみながらそう尋ねる。
普段そんな言葉づかいをしないからか、その様子はどこかぎこちない。
精霊王はまだ機嫌が直っていないのか、いまだにぶつぶつと文句を言っている。
「大体僕が呼んだのはレオン・ハートフィリアだけだよ。それなのにイグニスったらこんなにいっぱい人間を連れてきちゃって……精霊界のバランスが崩れたらどうするのさ」
精霊王の文句の中にレオンの名前が出てきたことで、マークは彼の様子がおかしかったことを思い出す。
レオンの方を振り向いて肩を抱き、そのまま精霊王の前まで連れていく。
「あ、あの精霊王様! レオンの様子がおかしいんですが何か理由を知りませんか?」
マークがそう尋ねている間もレオンはぼーっとしている。それは段々と悪くなっているようにも見える。
精霊王はレオンの様子を見てようやく本題を思い出したらしい。
「あっ、そうだった。そのために彼を呼んだんだ」
精霊王はレオンの胸に手のひらを置く。
「はいはい、子供たち。もういいからね、彼の身体から出ていっていいよ」
精霊王がそう言うとレオンはその場で気を失い、倒れてしまう。
ルイズたちが急いで駆け寄るが、彼女たちにも一番近くで見ていたマークにも、精霊王が一体何をしたのかわからなかった。
「レオンはどうなってしまったのですか?」
ヒースクリフが精霊王に尋ねる。
精霊王は仕方なくといった様子でレオンに起こった現象を説明した。
事の始まりは、魔力が枯渇し滅びかけていた魔界を捨て、王都と人間の身体を乗っ取りに来た悪魔を倒すため、レオンが八人の悪魔の魂を自身の身体に取り込んだことである。
「本来、一つの肉体には一つの魂。それが理なのさ。だけど彼はそれを破った。多くの魂を身体に入れるだけならばまだ耐えられただろうけど、先の戦いで彼は魂を無理やり奪われてしまったからね。多くの魂が出入りした影響で彼の精神はもうぼろぼろだったのさ」
精霊王によればディーレインとの戦いの後、そのまま何もしなければぼろぼろになった精神は二度と元には戻らず、レオンは心を壊してしまったかもしれないという。
精霊王がレオンを精霊界に呼んだのはそれが理由だった。
「精霊界には目には見えなくても無数の精霊たちがいる。僕はその子たちに頼んで彼の心の中に空いた穴を埋めてもらっていたのさ」
それはレオンが精霊界にやって来た瞬間からもう既に始まっていた。
目には見えない精霊たちは、魂を無理やり抜かれたことでぼろぼろになったレオンの精神に干渉することができた。そしてひび割れた壁に土をかけて隙間を埋めるように、レオンの心を修復していたのだ。
それによりレオンの精神、感情は一時的に麻痺してしまい、普段の彼らしくないぼーっとした様子になってしまっていた。
「それじゃあ、レオンの中にもともといたファ・ラエイルの魂はどうなるんだ? あれだってレオンの身体を壊す可能性があるのか?」
話を聞いてマークが尋ねる。
精霊王の言う通り「一つの肉体には一つの魂」なら、レオンと彼の父親とも言うべき存在である伝説の悪魔エレノア――ファ・ラエイルの二つの魂が入っているレオンの身体はどうなるのだろう。
ファ・ラエイルの魂がレオンの心を再び壊してしまうのではないかとマークは思ったのだ。しかし、精霊王は呆れたようにため息を吐く。
「君は彼からちゃんと話を聞いていないのか? 彼の中にある悪魔の魂は彼の身体に入る時に彼の魂と一緒になっている。エレノアという悪魔も彼の精神が壊れる可能性を危惧していたんだろう。魂の融合が終わるまで彼の心の中に潜んでいたようだしね。それに、もともと親和性が高い者同士だ。二人の魂はすっかり一つのものとして定着しているから問題はないはずだ」
そう精霊王は説明した。
「さっき子供たちが塞いでくれた穴を完全に固めたからね。もう大丈夫さ」
精霊王がレオンの胸に手を置いたのは、精霊たちが修復したレオンの心を完全に元通りにするためだった。
それは精霊王にしかできない不思議な力だったが、マークたちにはその力を感じることすらできなかった。
それどころか、今も周囲に無数にいるという目には見えない精霊たちの魔力さえ、感じることができない。
その疑問をルイズが精霊王に尋ねると、彼は面倒くさそうにしながらも答える。
「それは君たちが人間だからさ。本来は人間、悪魔、精霊の使う魔力っていうのは全て別物だからね。お互いに干渉することはできないようになっていたはずなのに、いつの間にかそのバランスが崩れ始めていたみたいだけど」
そう言うと精霊王は気を失ったレオンを抱えて家の中に向かう。見た目は子供だがレオンのことを軽々と持ち上げている。
家の扉を開けてから精霊王は振り返る。
「入りなよ。悪魔の力に対抗するために来たんだろう? そんなところでぼーっとしていたって強くはならないよ」
そう言って不敵に笑う精霊王の姿はマークたちにはやはり子供にしか見えなかった。
◇
レオンが目を覚ますと森の匂いに身体が包まれていた。
壁に触れてみると、それは本物の木でできていてそれが匂いの正体だと知る。
レオンは少し小さめのベッドに寝かされていた。ベッドはレオンの身長よりも明らかに小さかった。
どうして自分がここに寝かされていたのかを考えてみる。
精霊界に来たところまでは覚えているが、その後のことはよく覚えていない。
ただ、来た時にあったぼーっとする感覚はもうなくなっていて、意識がはっきりとしていた。
「そうだ……皆は」
マークたちと共に来たことを思い出しベッドを下りる。
階段を下りるとそこは暖かい日の光が差し込むリビングになっていた。
そこにもマークたちの姿はなく、レオンは扉を開けて外に出た。
家の外には草原が広がり、その奥に森があった。
「すごいところだ。魔力に溢れている……」
レオンは呟いた。
ここに来た時にはぼろぼろだった精神のせいで何も感じられなかったが今は違う。
この世界に存在する森の木々、花々、そして目には見えない精霊たちの生命力を魔力として感じることができた。
その場にいるだけで力がみなぎるような不思議な感覚だった。
心が落ち着いていく。
レオンは森の奥の方からかすかに懐かしい魔力を感じ取った。
「マークだ。皆もいる」
レオンはその懐かしい魔力を確かにマークやルイズのものだと思った。
今までも近くにいる相手の強大な魔力を肌で感じ取ったことはある。しかし、離れたところにいる相手の魔力をこれだけはっきりと感じたのは初めてだった。
レオンの身体がふわりと浮き上がる。「飛行」の魔法だ。
そしてそのまま感じ取った魔力の方へと向かっていく。
「起きたか。その様子だと身体はもうすっかりいいようだな」
レオンが森の奥に着くと、そこには子供が一人いた。
しかし、その少年から感じ取れる魔力は普通ではなく、悪魔のものとも人間のものとも違うことにレオンは気づいた。
「精霊王様?」
感じ取れる膨大な魔力から推測してそう呟くと、精霊王はにんまりと笑う。
「やはり僕がこの世界に呼んでもいいと思っただけのことはあるな」
嬉しそうにしているのはレオンが一目で精霊王だと見抜き、見た目で判断せずに敬意を示したからのようだ。
「お前は見込みがあるぞ。少なくともあいつらよりはな」
精霊王はそう言って視線を横に向けた。
視線の先にいるのはマークたちだった。
四人はそれぞれが森の木の前に座り、目を閉じて魔力を練っている。
「あの……あれは?」
レオンが聞くと精霊王は短く「特訓さ」と答える。
それを聞いてレオンは驚いた。
精霊界に来た目的は悪魔たちを倒す方法を見つけるためである。しかし、精霊王がこんなに簡単に魔法を教えてくれるとは思っていなかったのだ。
「まあ特訓といっても今はまだ精霊たちの魔力を感じ取れるようになる段階。それも三か月もやっているわけだから才能はないと思うけどね」
精霊王はそう言って鼻で笑う。マークたちを鍛えていると言っても精霊王は本気で取り組んでいるわけではなかった。
精霊王にとって精霊界は広い庭のようなものである。
その庭で彼はたった一人で過ごしてきた。
目には見えない精霊たちこそこの世界には無数にいるが、彼らは普段精霊王に話しかけてくることはない。
広い庭にたった一人。そんな精霊王にとってマークたちはいい遊び相手になっていたのだ。
しかし、レオンが気になったのは精霊王のその態度ではなく、彼が言った「三か月もやっている」という部分だった。
「三か月? それはいったいどういう……」
レオンがそう言いかけた時、特訓をしていたマークたちもようやくレオンの存在に気づいたようだ。
「レオン、よかった。やっと目を覚ましたのね」
まず、そう言ってルイズが駆け寄ってくる。
その後ろにオード、マークと続き、最後にヒースクリフがやって来た。
「ようやく? ようやくってどういうことなの?」
レオンが尋ねるとマークが驚くべき発言をする。
「お前、ここに来てから三か月も眠ってたんだぜ? 精霊王……様は『大丈夫だ』って言っていたけど、すごく心配したんだ」
その言葉にレオンは目を丸くした。
眠っていたのはせいぜい一日程度だと思っていたのだ。それが三か月も経っているなんて思ってもみなかった。
「三か月って……それじゃあリーンは? アーサーたちとの戦いはどうなったの?」
レオンはヒースクリフの方を見て尋ねる。
もともと自分たちに時間がないことをレオンはわかっていた。ヒースクリフがリーンの町を心配していたことも。
悪魔に勝つためのヒントを精霊王に聞けたらすぐに人間界に帰るつもりだったのだ。それが三か月も経ってしまっているという事実に驚いていた。
あのアーサーが三か月もの間、リーンの町を放っておくとも思えなかった。
しかしレオンの心配とは裏腹にヒースクリフはあっけらかんとしている。
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未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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