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不穏な影編

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レオンを取り囲んだルッチの「破裂」の魔法はその周囲三百六十度を埋め尽くすように「バシッバシッ」と定期的に弾ける音を発している。

それは決してすぐに終わるようなものではなく、一つの魔法が弾ければ次の魔法が、それが弾ければまたその次が、というように何度も何度も繰り返して徐々にレオンとの距離を詰めてきている。

ルッチはずっと魔力を放出し続けていたのだ。

それは話に気を取られていたとはいえ、レオンが気がつかないほどに微細なコントロールでさらに舞台上を覆い尽くすほど広大に。

その場にいるほとんどの者がこの試合の勝者は「ルッチ」だと思っていた。

レオンがこれからどんな魔法を使おうとも、魔法そのものを内部から破裂させて消し去るルッチの魔法に囲まれてはどうしようもないだろうと。

それは試合を観戦している多くの観客たち。
実況席で声を張り上げる司会者。

ルッチ本人ですらそう思っていた。

勝ちを確信し、気を抜いたわけではない。
勝利をその手に掴むその最後の瞬間までルッチの目はレオンを捉え続けていた。

「破裂」の魔法のコントロールも誤ったつもりはない。

しかし、気がついた時にはルッチの視界からレオンの姿は消えていた。

瞬きをしたのか、何かに気を取られたのか。
いや、そのどちらでもない。

ほんの一瞬の隙に姿を消したのだ。

ではどこへ? 決まっている。
俺を攻撃するために必ずこちらに向かってくる。

その一瞬の中でルッチの思考回路がこうも早く回ったのは彼がこれまで死と生の境界を潜り抜けてきたおかげだろう。

物心つく頃にはもう闇社会の一員だった彼にとって「戦い」はレオンたちよりも身近な存在だった。

そんな彼をもってしても「間に合わなかった」のだ。


視線を下に向ければ、ルッチの懐に潜り込むようにレオンがいた。

手にはどこから出したのかもわからない黒い剣を二本持っていて、その背中には黒い羽が生えていた。


「一体どうやって……なぜここにいる」


そう考えながらもルッチは反射的に動いていた。

広げていた両手を胸の前に持っていき、防御の姿勢を取ろうとする。

ただ、それすらも間に合わなかった。

ルッチの腕が彼の胸の前に来るよりも早く、レオンの黒い剣がルッチの体を貫いた。


「ぐ……は……」


ルッチの口から言葉が漏れる。
彼は「死んだ」と思った。

目の前の幼い顔をした軟弱そうな魔法使いはその見た目とは裏腹にとんでもない化け物だった。

それを見誤った自分の敗北。

「ついてねぇな」

心の中でそう呟いてルッチはその場に倒れ込む。

固唾を飲んで見守っていた観客たちから大きな拍手と共に歓声が上がる。

司会が勝者の名前を声高々に叫ぶ。


その音をルッチは倒れながらも聴いていた。


「……? 痛くねぇ」


体は動かなかったが、痛みはなかった。
血も出ていないようだ。

その事実にルッチは困惑する。


「僕の魔力を流し込んで、少しの間動けないようにしました。でも、他に外傷はないはずです」


レオンの声が聞こえた。

黒い剣がルッチの体を貫いた時、レオンは剣を通して自分の魔力をルッチの体の中に流し込んだ。

それはごく微量なものでルッチの命を脅かすほどの力はない。

ただ、彼の全身を駆け巡り魔力に障害を起こし身体を麻痺させる程度である。


「かなわねぇな……あの一瞬にそんな細かい芸当を」


辛うじて動く口でルッチは言った。

そのルッチにレオンが無防備に近づいていく。


「おいおい、いいのかい? 動けないフリをしているだけでお前の命を狙ってるかもしれないぜ」


負け惜しみだった。
動くのは口程度で顔を上げてレオンの位置を確認することもできなければ、得意の「破裂」魔法を放つこともできやしない。


「あなたにそんな力は残っていない。それに、そんな気もないのでしょう」


レオンはそう言って「浮遊」の魔法で動けなくなったルッチを運ぶのだった。
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