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不穏な影編

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レオンの次の対戦相手は控室で見かけた帽子の男に決まった。

すべての第一試合が終わり、残りの出場者は十人。
その中に暗殺者が潜んでいる可能性は高い。レオンは気を引き締めて舞台に上がった。


「さあ、トーナメント第二試合! 最初の出場者は先ほど華麗な魔法で窮地を脱したレオン・ハートフィリア。対するは一回戦を圧倒的な力で勝ち抜けてきたルルーチだあ!」


司会が二人を紹介するとレオンはそれに「あれ?」と疑問を抱いた。
控室で話しかけてきた少女は彼の名前を「ルッチ」と言っていたはずだ。

闇社会の人間と事前に聞き、レオンはこのルッチのことを一番警戒していた。
名前が違うことで事前に聞いた情報が間違っていた可能性に気がつき、少なからず動揺したのだ。

わざと間違った情報を伝えレオンを惑わせようとした……「あの少女が暗殺者?」という考えがレオンの中に出てきてしまう。


レオンのその動揺にルルーチと紹介された対戦相手も気が付いたらしい。


「俺は闇世界の人間でねぇ。表向きに大きく名乗れる名前じゃないんだ。だから偽名なのさ」


ルッチはレオン以外誰にも聞こえないような声でそう言うと口元に人差し指を当てる。「秘密にしてくれよ」という意味を込めて左目でウィンクまでしている。

レオンは少しほっとした。そしてむやみに少女のことを疑ってしまったのを心の中で謝罪する。


「まぁ、疑心暗鬼になるのもわかるぜ。あんたみてぇな清廉潔白そうな魔法使いは誰かに命を狙われる状況に慣れてはいないだろうしな」


瞬間、緊張の糸が張り詰める。
「知っている……。この人は僕が命を狙われていることを知っている」とレオンの中で点と点が線でつながる。

それを知っているという事実は「彼が暗殺者である」という事実を告げている。


「それでは、試合開始!」


レオンが考えを整理する間もなく無情にも試合が始まる。
それと同時にルッチが走り出した。


「速い!」


レオンは動揺により明らかに対応が遅れた。しかしそれを差し引いてもルッチは早かった。

身体強化の魔法ではなかった。
筋力を強化するだけではここまで瞬間的なスピードはだせない。

ルッチはそのままレオンの懐まで潜ると右手をレオンの首元に伸ばす。

その右手に脅威を感じてレオンは無理やり体をひねり舞台の床の上に伏せる。


「バシッ」という何かが弾けるような音をレオンは確かに聞いた。
それとともに振り返るまでもなくルッチが追撃してくるのを感じる。

レオンは杖を振った。風の魔法がレオンの身体を無理やり動かす。


ルッチは右手をレオンに向けて振り下ろしていた。
風の魔法でレオンがすり抜けたことで、その手は舞台の床にあたった。

拳を握っていたわけではない。形としては掌底打ちに近い。
逃げながら振り返ったレオンの目にも、二人の戦いを見守っていた観客の目にもその攻撃は「魔法」ではなくただの打撃のように見えた。

ルッチが触れた床が大きくひび割れ、そして破裂する。

彼は身体能力を強化する魔法を使ってはいない。
身体に魔力を纏わせるそれらの魔法は相対する魔法使いから見れば使っているかどうか一目でわかるものだ。


そして、砕けた床は直接的な力で壊されたというよりも内部から破壊されたようにレオンには見えた。


ルッチがレオンにはわからない「得体のしれない魔法」を使っているのは明らかだった。


どういう魔法かわからなければそれを防ぐのも難しい。

レオンはルッチに遠距離から魔法で攻撃しながら自分の体勢を整える。

魔法は炎や風を主体とし、それを防ぐルッチの行動からその魔法を予測しようとしたのである。
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