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入国編
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しおりを挟む「……というわけだよ」
話の締めくくりをシミエールは笑いながら話した。
しかし、レオンも他の二人もそれを笑って聞くことはできなかった。
シミエールの表情が、時折沈む声の抑揚が彼の後悔を明確に表していたからだ。
「こんな話をして頼りなく思ったかな? それでも私は君たちには正直に話しておこうと思った。我が甥、ヒースが君達を信頼していることは十分に伝わってきたからね。私もヒースと同じくらいに君たちのことを信頼しているんだ」
シミエールはそう言うと夕食の後に用意された紅茶を一口飲んだ。
この話はシミエールにとっては恥じるべき過去である。
なにしろ自分が何もしなかったから起こった悲劇を知っているからだ。
アドルフ国王の悪政も国王の座を争って甥二人が争ったこともシミエールは知っている。
そして、その全てをあの時何もしなかった自分のせいだと恥じているのだ。
「ま、まぁよ。エレオノアールはヒースクリフが王になって安泰になったんだ。良かったよな……ですよね?」
しんみりとした空気をぶち壊すかのようにマークが言った。
それは場の雰囲気とは似つかわしくないほどに軽薄な言葉だったが、そこにいた誰もが「場の空気を明るくする為にわざとそうしているのだ」と理解できた。
シミエールも苦笑する。
「ああ、もちろんさ。それに帝国に身を預けられたことも悪いことばかりではなかった。これから向かうレイテリア神聖国、我が甥の国新生国家エレオノアール、それから魔導大国イリジュエル帝国は世界でも屈指の魔法発展国だからね。それも三国それぞれに独自の発展を遂げた魔法文化がある。エレオノアールと帝国の二国をこの目にできた上にこれから神聖国まで見れるのだから私にとっては役得と言えよう」
シミエールはマークの無理矢理な空気の切り替えにノッた形でそう言ったが、その言葉自体は本心でもあった。
その言葉に食い付いたのはルイズである。
「そんなに違う物ですか? 他国とエレオノアールの魔法は」
ルイズはシミエールの言った「三国それぞれの独自の発展」というところに興味を惹かれたらしい。
魔法に対する知的好奇心を抑えられない彼女らしい興味であるが、それはレオンも同じであった。
食卓を囲む四人、それからその後ろに控えるイリファを入れて彼らの中でただ一人、マークだけがルイズとレオンの目の色が変わったのを察していた。
それと同時に「まずい」と心の中で唱える。
早く話題を変えなければこの二人の知的好奇心は留まるところを知らず、絶えずシミエールを質問攻めにするであろうことはマークには容易に想像できた。
それがシミエールに対して不敬に当たるかどうかはマークには計り知れないところだったが、間違いなく短時間で話が終わるはずがない。
回復してきたとはいえ重度の船酔いにあったばかり。
お腹も満たされた今、マークが一番したいことといえば用意された船室に戻ってベッドの上で休むことだった。
「それはまた明日聞くんでもいいんじゃないか? 旅はまだ長いんだし……」
マークがそう言いかけて机から身を乗り出す二人を静止しようとした時だった。
細い腕がマークの顔めがけて伸び、その口を迅速に塞ぐ。
「ぐ……む!」
「教えてください、シミエール様!」
マークの口を右の手のひらで綺麗に押さえつけたルイズは目をさらに輝かせてシミエールへ向き直る。
その様子にシミエールは呆気に取られたようだが、ルイズの迫力に負けて説明を始めた。
マークは「始まってしまったか……」と内心で諦め、それから口を塞ぐルイズの手を優しく解くとダメで元々なことを理解していながら行動に出た。
「それじゃあ、俺はこの辺で寝ることにするよ」
そう言って席を立つ。
そして、そろそろとなるべく音を立てないように気をつけながら歩き出そうとした。
しかし、そのマークの腕がガシッと掴まれてしまう。
「ダメだよマーク、こんな貴重な話を聞かないなんて」
振り向くまでもなくマークは自分の手を掴んだのがレオンであることを知っていた。
案の定、マークの手をがっしりと掴んだレオンは顔だけはシミエールの方をしっかりと見て聞く体制を整えている。
ここでようやくマークは観念した。
結果として、夜が老けるまでこの二人がマークとシミエールを解放することはなく。
彼らの初めての海の上での夜は魔法の話題で埋め尽くされていくのであった。
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