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入国編
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しおりを挟むこの船が聖レイテリア神聖国へ向かうということ以外イリファは聞いていなかった。
レイテリア神聖国といえばいわずとしれた宗教国である。
唯一神とされているレターネを信仰し、「魔法とは神から与えられた神聖な物」という考えを持つ。
その性質上、世界で最も魔法使いの人口が多いとされている国であるため今回の訪問の理由が「魔法に関する何か」であることはイリファにも理解できた。
詮索するような真似はしないと使用人としての矜持として心に誓っていたイリファだったが、それでも気になるものは気になってしまう。
そんなことを考えながら船内を進むと、やがて調理室の扉が見えてくる。
扉をノックすると中から無骨そうな大柄の男が顔を出した。
事前に船員の紹介があったためにイリファは覚えている。
この男がこの船のコックである。
コックというには些か不釣り合いな風貌の男にイリファは事情を話した。
「何、船酔い? それならいいもんがある。ちょっと待ってろ」
怖そうな見た目からは想像もつかないくらいに快く男はイリファの話を聞いてくれた。
その様子にイリファはほっと胸を撫で下ろす。
レオンが彼女に抱いた「クールで知的、真面目」という印象とは裏腹に彼女はその辺にいる女性となんら変わりはない。
確かにそういった一面も持ち合わせてはいるのだが、他者に対して恐怖心を抱かないということは決してなく。
魔法も使えず、今までは貴族の令嬢として過ごしてきた一人の女の子でしかない。
そのイリファにとって高い波と強い潮風に鍛えられた荒くれの海の男達と面と向かって話をするというのは初めての経験だった。
「ほら、これをすり潰してジュースにするといい。うちの船員達も昔はよく船酔いになってたもんだ。ま、最近じゃめっきりなくなったがな」
調理室の奥から再び顔を出したコックは袋に詰めた黄色い果実をイリファに手渡した。
イリファはその果実の名前を知らなかったが、顔を近づけると酸味のある香りがする。
長年船で働いてきたコックの言うことだ。間違いはないだろうとイリファは信じ、言われた通りにその果実でジュースを作るのだった。
♢
「ありがとう、イリファ。だいぶ楽になったかも」
レオンは受け取ったジュースを飲み干してから礼を言った。
いつの間にか日はすっかり暮れ始め、船は日暮前に到着した無人島の近くに錨を下ろしていた。
「あの無人島に降りれたら少しは楽になんのにな」
テーブルに顔をついてだるそうにマークが言う。
「仕方ないわ。なんでもあの島、大量の虫がいて近づくのも危ないらしいから」
マークの言葉にルイズが先程船長から聞いてきた話を返す。
島には多くの種類の虫がいて、中には病原菌を持つものもいるという。
万が一にも虫に刺され、病気になっては大変だからとレオン達を始め誰も島に降りることは許可されていなかった。
ぐったりとテーブルに項垂れる三人のもとにやってきたのはシミエールである。
その後ろにはコックと船員が数名、食事を持って立っている。
「やっぱりなったか。私も初めての航海の時にはなったからね。経験あるよ。なぁに、今夜は波も穏やかだ。少しすれば気分も良くなるだろうさ」
シミエールはレオン達を見て笑う。
それからレオン達と同じテーブルの席につき、その目の前にコック達が料理を置いていく。
焼いた魚に海老や蟹。肉や野菜はザオの港をでる前に買い込んであったものだろう。
それらは決して貴族が嗜む高貴な食事というわけではなく、どちらかといえば漁師飯である。
それでも、レオン達からすれば十分にごちそうと言えた。
普段のレオンならば文句など言うはずもなく、ありがたくいただいていただろう。
ただ、船酔いという今この状況においてだけは食事を見るだけで吐き気が込み上げてきて、一向に食べ始める気にはなれなかった。
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