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二人の王子後編
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しおりを挟む「そんなバカな……何故悪魔を助ける? 憎くないのか……」
ア・ドルマは戸惑っていた。
こんな結末は予想していなかった。
いや、確かに心のうちのどこかでそうなればいいという思いはあった。
しかし、それは希望のようなもの。
少年がヒーローに憧れるのと同じ夢物語だと思っていた。
マークとルイズはア・ドルマの思惑通りには動かず、レオンの信頼に応えてみせた。
その後どうするか。ア・ドルマは考えてなどいなかった。
その代わりにレオンが手を伸ばし、ア・ドルマに差し出す。
「これで全てうまく行くとは思ったない。彼らは僕を信じて、憎しみに打ち勝ってくれた……でも、それができない人もいるだろう。僕たちはそんな人たちとも戦うよ。君たちが、安心して暮らせるように。故郷の魔界となんの遜色もなく感じられるように力を尽くすよ。あの二人の行動はそれを信じる材料にはなったはずだ」
差し伸べられた手をア・ドルマは見つめる。
無意識のうちに手が伸びる。
レオンの手を掴みかけたその腕をア・ドルマは指が触れる寸前で止めた。
最後の部分。
理性的なその部分がア・ドルマを止める。
「止めろ、仲間の命を危険に晒すな。そんなのは上に立つ人間下していい判断ではない」
と、心が叫んでいる。
幾許かの年数をア・ドルマは悪魔達の生存のために費やしてきた。
それは人間にとっては果てしなく長い年月で、悪魔にとっても短いとはいえないくらいの時間である。
その長い時間のほとんどをア・ドルマは人間を全滅させるという考えで一貫してきた。
それが何故。
何故今。最後の最後、後一歩で全てが終わるという時に迷っているのだ。
ア・ドルマの根底を揺らがせる一つの原因に彼自身は気づいていた。
似ているからだ。
目の前に立つこの銀髪の少年がアイツにあまりにも似ているからだ。
まっすぐな目をしていて、負の感情など持っていないかのような性格。
真面目で勤勉であり、時には強引に周りを動かす。
最愛の親友にそっくりだ。
レオンを見ていると、彼を思い出す。
だから我はこんなにも迷っているのだ。
時間にして数分。伸ばした腕は止まっていた。
見かねたレオンがさらに手を伸ばす。
「ここまで来たら、種族の違いがどうとかじゃない。君が僕を信じれるかどうかだ! 後一歩、踏み出すだけだ!」
レオンの手がア・ドルマの指先に触れた。
その瞬間、そこから光が発生して二人を包み込む。
温かい光だとア・ドルマは感じた。
♢
ハッとしてア・ドルマが周囲を見渡すとそこはもう暗い世界ではなかった。
闇は悪魔にとっての落ち着く空間である。
自らの作り出した精神世界も闇をベースに作り出されているためにほんのりと薄暗い。
しかし、今いる場所はそうではなかった。
一面が白。
光っているのか、ただただ眩しい場所だ。
それなのに、不思議と不快感はなかった。
やたらと落ち着くのは何故だろうか。
ア・ドルマはその場所に懐かしさを感じていた。
古郷の匂いを感じた。
ふと、気配に気づいて振り返る。
そこにはよく見知った顔があった。
「……エレノア」
「久しぶりだね、デストロ」
かつての友……親友のファ・ラエイル、エレノアがそこにいた。
エレノアを見てからア・ドルマ……デストロは世界を見渡す。
その場所がどこなのかわかったのだ。
そこはエレノアの精神世界である。
デストロがそうであったように、エレノアもまたレオンの精神の一番深いところに確立した自分の存在場所を作っていた。
レオンと指が触れ合った時に、エレノアの魂がデストロを呼び、ここに誘ったのだろう。
「なぜ……今まで姿を隠していた」
ここまでなんの動きも見せずにレオンに任せていたエレノアが、急に姿を現したことにデストロは疑問を持った。
エレノアは至極真面目な顔で答える。
「君も知っての通り、精神体が二つ以上肉体に宿るのはそれなりのリスクも伴う。彼はまだ成長途上だし、極力危険を伴わせたくなかった……それに、彼ならば出来ると思っていたしね」
エレノアの言葉にデストロは納得したように笑う。
自分とディーレインがそうでいるようにエレノアとレオンの間にも二人だけにしか感じられない信頼関係がある。
エレノアの言い分には妙に納得できた。
「それで……? なかなか首を縦に振らない我に業を煮やして出てきたのか」
エレノアは少し悩んでから首を振る。
「いや、姿を現したのは君に会いたいという私の我儘だ……それに、私が説得なんてしたくても君の心はもう決まっているはずだ」
ア・ドルマはエレノアの目を見た。
やはり似ていると感じる。
こちらを信じ切っている目。
悪魔のくせにこんなに光に満ちた精神世界を作るようなやつだ。
どこか変わっているのは明白。
それなのに、この精神世界がやたらと落ち着くのはエレノアの性格がよく表された世界だからだろう。
「なぁ、覚えているか……かつて私とお前の意見がぶつかり、戦ったあの日のことを」
デストロは思い出すように言う。
話にはなんの脈絡もない。普通ならば何故そんな話しを? と訝しがるところだろう。
しかし、エレノアは笑いながらそれに答える。
まるで、本当に昔話を懐かしむかのように。
「ああ、覚えてる。レオンの記憶を見て知ったんだけど、あの時の戦いを人間に見られていたらしい。君は赤い鳥、僕は白い馬としてまるで神みたいに崇められていた時代があったみたいだよ」
クスクスと笑うエレノアにデストロは意外そうな顔をする。
二人が戦ったのは魔界でのこと。
まさかそれを人間に見られているとは思わなかった。
戦いがあまりにも激しすぎて、世界の次元を超えて垣間見えてしまったのだろうか。
「あの時、お前は言っていた。『人間にも分かり合える者はいるはずだ』と。俺は否定した『そんな少数に全幅の信頼はおけない』と。今思えば……」
そこまで言ったデストロの言葉をエレノアは手で制する。
「やめよう。あの時ああしとけばよかった……なんて、意味のない言葉だ。それに……戦いの末勝ったのは君だ。強者が絶対のルール、それが悪魔の掟だろ?」
「……しかし」
「大事なのは今さ。あの時の君の判断が、今も同じとは限らない。何が正解かも、誰にもわからない。わかるのは決断する時は今だってことだけさ」
エレノアはトンッとデストロの胸をつく。
別れの合図だった。
これ以上はレオンの精神に影響が出るかもしれない。
「信じて、デストロ。レオン・ハートフィリアはこの僕、ファ・エレノア・ラエイルが全幅の信頼を置く男だ。彼には君が必要だし、君にも……きっと彼が必要だ」
その言葉を最後にデストロは再び光に包まれた。
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