没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵

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二人の王子後編

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ルイズとマークの様子はア・ドルマの魔法によって全てレオンの目に入っていた。

二人のとった行動を見て、レオンは何も言わずに佇んでいただけだ。

長い沈黙の後、ようやくア・ドルマが口を開いた。


「これで分かっただろう、人間の本性が……」

それは確信めいた声色であるようにも、残念そうに呟いただけのようにも思える。

レオンは答えない。

その代わりに隣にいたディーレインが口を開く。


「本性……か。でも仕方がないだろう? 長年過ごした友を目の前で殺されたら、誰だって相手を憎むに決まっている。その行動を悪魔への裏切りの可能性と結びつけるのは早計すぎるんじゃないか?」


ディーレインはレオンをフォローしようと思ったわけではない。

ただ、思ったままに自分の考えを述べた。

ルイズとマークが見たのはただの幻。ア・ドルマの作り上げた精巧な幻影魔法である。

二人が王宮に一歩入ったその瞬間に魔法は発動し、二人を別々の異空間へ飛ばした。

そこにはルイズとマークしかおらず、二人の見た傷ついたレオンの姿やレオンを襲った二人の悪魔、ア・シュドラとア・ダルブはその場にはいなかった。

全てが紛い物。嘘である。

とはいえ、その魔法を体験した者がそれを見破れていない限り、体験した二人にとってだけは真実と変わりない。

学院で苦楽を共にした親友を目の前で傷つけられれば恨んで然るべきとディーレインは思ったのだ。

ディーレインがそう感じることもわかっていたかのようにア・ドルマは笑った。そして頷く。

「そうだな……当然かもしれない。しかし、その当然が残っていることが問題なのだ。人間の当たり前は我らの当たり前では決してない。人間が悪魔を害する可能性がほんの一握りだとしても残っているのならば我らは安心して暮らしていくことができない」


ア・ドルマはよく喋った。
本当は、心の内では「人間と悪魔の共存」というレオンの夢物語を信じたいと思っていた。

しかし、自分の背後には数千、数万という悪魔たちの魂があることをア・ドルマはわかっていた。

その中にはまだ生まれたばかりの赤子や、戦闘に参加していない女性や老齢の悪魔達もいる。

彼らの行く末を自分の一時の感情で決めるわけにはいかない。

ア・ドルマの根底に眠るその責任感が彼の口数を増やしていた。

まるで言い訳をするように。
そして、その言い訳はレオンでもディーレインでもなく自分自身に聞かせるために。



「人間は悪魔のことを『強さにしか目を向けず、他者のことを考えない種族』だと思っているらしいな……いや、それは精霊と同じか。……我からしてみれば、他者のことを考えない生き物とは正しく人間のことよ。別に悪いと言っているわけではない。お前達が命を尊ぶ文化を持った心根の優しい種族だというのもわかっている。ただ、その優しさは同じ種族にしか発揮されないのだ」


人間は自分と少しでも違う見た目の者を忌み嫌い、虐げる習性がある。

さらにいえば見た目だけでなく、立場によっても態度を変える。

同じ人間同士であっても貴族かそうでないかで派閥ができ、同じ派閥に属さないものには冷たく当たる傾向がある。

悪魔にとってその狭い派閥で生きていくことは苦痛になるのだ、とア・ドルマは主張した。


彼が話を続ける間、レオンはただ黙って聞いているだけだった。

ア・ドルマは不思議に思う。
「何も反論しないのか?」と。

ここで黙っていることはア・ドルマの意見を認めることと同義。


「何故、何も言わない。諦めたか? お前の希望とやらはそんなに簡単に諦めのつくものだったか」


問いかけるア・ドルマの声には苛立ちの感情が含まれていた。

ディーレインはレオンの顔を覗き込む。
ア・ドルマの言うように本当に諦めてしまったのか。

そうではないとディーレインは思った。

あれだけバカみたいに自分を信じ来てきたやつだ。こんなところで諦めるような玉ではない。

覗き込んだレオンの顔。その瞳からは絶望の色は感じられなかった。

ディーレインは察する。
「ああ、こいつはバカみたいに信じているのだ」と。

自分を……ではない。仲間をだった。


レオンの視線はずっとア・ドルマの魔法である映像に向けられていた。

その視線に気づいたディーレインも映像に目を向ける。

つられるようにア・ドルマも。


「……? 何を見ている。お前の仲間たちなら二人とも無事……!?」


ア・ドルマの言葉が詰まる。

映像の中にはまだルイズとマークがいた。
暗闇の中で立っている二人の姿が見える。

おかしい、とア・ドルマは思った。
幻影の魔法は映し出された悪魔の幻の命が尽きた時に自然と消え去るはずだった。

ルイズはその手でア・シュドラにトドメを刺し、マークはア・ダルブを見殺しにした。

その瞬間に魔法は消え、二人は自分の身に起こったことを理解するはずだったのだ。

それなのに、魔法はまだ消えていない。


「何故だ!? 魔法に不備があったのか? いや、我に限ってそんなはずはない」


ア・ドルマは齧り付くように映像を見据えた。

その答えはもうわかっている。
ただ、認められないだけだ。


ルイズが突き刺したように見えた氷像の槍はア・シュドラの脇腹、後数センチずれていれば心臓だった場所を掠めただけだった。

ア・ダルブに一度背を向けたマークは、そのまま立ち去らずに踏みとどまり、ア・ダルブに手を差し伸べていた。


二人が悪魔の命を救う選択をした時、奇しくも二人の発言は同じだった。


俺が私がアイツレオンの信頼を裏切れるわけねぇだろないでしょ!!」


ギリギリのところで選択を誤らなかった二人。

そんな二人をレオンはただ信じて見守っていた。
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