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二人の王子後編
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しおりを挟むディーレインの心の中。
レオンがたどり着いたところよりもさらに奥の方の深層心理と呼ばれる場所。
そこはディーレイン自身も意識していない彼の根底に流れる感情の棲家となる場所である。
ア族を纏める最強の悪魔、ア・ドルマはその深層心理の一画に自分の居場所を作っていた。
魂だけの存在である彼は物理的にはその場所にいるとは言えないのだが、かつてファ・ラエイルがそうだったように魔法で精神世界を作り出してそこに自分の姿を存在させていた。
レオンがその精神世界に足を踏み入れた時、懐かしさを感じた。
古ぼけた洋館のような屋敷。
レオンが学院時代に夢で幾度となく通ったあの場所だ。
その時はそこはファ・ラエイルの精神世界だったが、ア・ドルマの精神世界にも同じ建物が建っている。
「おい、ここから先は俺も全く知らない領域だ。俺の心の中にあるとはいえ、デストロと俺の精神は確立されているからな。何があるかはわからないぞ」
レオンの隣に立つディーレインは注意を促す。
この精神世界という特殊な場所にレオンを連れてきたのは彼だった。
そもそも精神世界というのは個人が確立した状態で保有する特別な場所。
その世界を作っている本人以外には入る方法はない。
ア・ドルマと融合したディーレインにしかこの世界への道を開くことはできないのだ。
「友人になろう」というレオンの突拍子のない言葉はディーレインを大きく動揺させた。
まさかそんなことを言い出すとは思ってもいなかっただろうし、脈絡のないバカな話だと思いました。
しかし、その型にハマらないレオンの言葉は不思議とディーレインの心を軽くしたのだ。
世界を滅ぼしたいほど憎んでいるのにどこか迷っている自分。その姿をレオンの言葉が打ち消した。
憎しみが消えたわけではない。妹や同胞の命を蘇らせることを諦めたわけでもない。
ただ、他にもやりようがあるのではないのか? という考えが頭に浮かんだ。
さすがにすぐにレオンに協力しようと思ったわけではない。
妹を蘇らせる時に悪魔の魂が人間の体に入っていなければならないのならば、悪魔の力が必要だということは変わっていない。
さらに、ディーレインは自ら望んでア・ドルマと契約したのだ。
決して無理強いされたわけでもなく、契約を結んだ後のア・ドルマはディーレインの仲間の遺体を見つけるために力も貸してくれた。
自分の気持ちに変化があったからと言ってすぐに意見を変えたのではア・ドルマに対する裏切りになる。
それはディーレインにとってはしたくないことだった。
もしも人間を滅ぼさずに共存していくという未来を選択するのだとしたら、そこにはア・ドルマの理解が必ず必要である。
だからディーレインはレオンをここへ連れてきた。
レオンならばア・ドルマの考えも変えられるかもしれない。
そして、その行末を見届ける必要があるとディーレインは思ったのだ。
二人は古ぼけた屋敷の扉に手をかける。
その中に入れば恐らくア・ドルマに会えるだろうという考えだ。
古くなって建て付けが悪そうなのに扉は音もなく開いた。
レオン達は確かに取っ手を握ってはいたが、力を入れたつもりはなかった。
まるで扉が自ら開いたようだ。
「アイツはもうここにお前が来たことに気付いてるな。それでも扉を開けるってことは話を聞く気くらいはあるみたいだな」
ディーレインは屋敷の中に足を踏み入れる。
そして、右腕を突き出すと
「クルー、来い」
と呼びかけた。
すると真っ黒な一話の鳥が廊下の奥から飛んでくる。
カラスのように見えたその鳥はよく見ると鷹のようだ。
しかし、全身は真っ黒だった。影の使い魔である。
「こいつがデストロと俺の橋渡し役なんだ。デストロが直接俺の精神に語りかけるのはあまり良くないらしくてな、必要な時を除いてデストロの指示はこいつが伝えてくれる」
そう言ったディーレインはクルーという名の鷹と何か話し込んでいるようだ。
その様子を見てレオンはクルーが陰の魔力で作られた使い魔なのてばないかと思った。
人間界で戦った時、ディーレインは使い魔を使用していない。
それは恐らく陽の魔力を使って使い魔を作っていなかったからだ。
この仮設が正しければこの精神世界では陰の魔力を支えるということになる。
試しにレオンは「モゾ」と呼びかけてみた。
五年前、ファ・ラエイルと融合してからレオンの力となったモゾは陽の魔力に長く触れていることができないために、人間界ではレオンの陰の中に隠れたまま出てこない。
つまり、この世界ならば久しぶりにモゾに会えるのではと思ったのだがその予測は外れていた。
モゾは出てこなかったのだ。
念のため、レオン自身が陽の魔力で作った使い魔「テト」の名前も読んでみるが結果は同じだった。
どうやらこの精神世界は陰と陽のどちらかの魔力で作られているというほど単純なものではないようだ。
ディーレインが自分の使い魔を呼び出せるのは恐らくア・ドルマとディーレインの関係性に理由があるのだろうとレオンはなんとなく思った。
学院時代によく見ていた夢の中にモゾが姿を現していたこともそれで納得できるからだ。
使い魔と仲良さそうに話すディーレインをレオンは少しだけ羨ましく思ったのだった。
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