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二人の王子後編
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しおりを挟むレオンがそれまでに見たどの景色よりも酷い光景だった。
飛び交うに魔法から必死に逃げようとする人々。
あるいは、戦おうと杖を抜き反撃を試みる者。
まるで大陸そのものが唸っているのではないかと思えるほどの怒声が上がる戦争をレオンは上空から見下ろしていた。
「これが俺の国の戦争だ。俺は物心着く頃にはもうこれが日常になっていた」
レオンの横に立つ男、ディーレインが言う。感情の読めない、抑揚のない声だった。
ここはディーレインの記憶の中である。
魔法によって映し出された風景はとてもリアルに見える。
「あれが親父だ。反乱軍のリーダーだった」
ディーレインの指す方向に大剣を背負った黒髪の男がいる。ディーレインの父、シーライだ。
シーライは大剣を振り上げて敵に向かっていくところだった。
大剣に纏わせた風の魔法で相手の魔法使いを吹き飛ばし、怒涛の勢いで突き進んでいる。
レオンは眼前に広がる戦場を一通り見回した。
そして不思議そうにディーレインに聞く。
「相手のリーダーは?」
レオンが不思議に思ったのは反乱軍が戦っている相手、つまり王国軍の方に戦場の指揮をとっている人間が見当たらないことだった。
シーライが指揮を取る反乱軍は数こそ少ないが一つに纏まっている。
反対に王国軍の方は人数こそ多いが連携の取れた戦いとは言えない。
大胆に横に広がり、ただ闇雲に魔法を撃っているだけのようにレオンには見えた。
人数の少ない反乱軍が生き残っているのはシーライが指揮を取り効果的に動いているからだろう。
「リーダーか。この戦場にそんな奴はいない。王国軍には指揮官の一人もいないのさ」
ディーレインは苦笑してからある方向を指差す。
レオンが顔を向けると少し離れたところに大きな城が建っていた。
「王国軍のリーダー、つまり国王だな。そいつがいるのはあそこだ。戦場なんて危険な場所じゃなくて安全なところから眺めているだけだ」
ディーレインは憎々しげに言う。
自らの過去を振り返るとどうしても冷静ではいられなくなる。
煮えたぎるような怒りが沸々と湧いてくるのだ。
記憶の魔法は場面をいくつか転換させていく。
ディーレインが初めて戦争に参加した時の出来事が写り、そこから反乱軍の敗北。そして、ディーレインが国外に逃げ出したところが映った。
その後も場面は流れていき、ディーレインは名のない傭兵として働くようになった。
「あの頃は最悪だった。少ない情報を元に仲間を探しながら、生きるためになんでもした。傭兵の扱いなんてのはどの国でも同じようなもんだ。素性を深く探られない代わりに、人間扱いもしてもらえない」
ディーレインの言葉の通り、レオンの目に映る過去のディーレインは生きることに必死だった。
泥水をすすり、馬小屋で眠る。
満足に食事も取れない日がほとんどで、依頼された内容を確実にこなしていく。
そんな日々が数年間続いた。
ディーレインにとって長く、苦しかったその数年は記憶の魔法の中では一瞬で過ぎていく。
「あっ……」
記憶の中のディーレインをずっと見ていたレオンが思わず声を上げる。
ふらふらとした足取りで歩いていたディーレインが不意に路地裏に入っていった。
そして、建物の壁に背をつけてその場に座り込み、動かなくなったのだ。
その一連の動作がレオンの目には糸か何かで操られていたのがプッツリと途切れてしまったかのように見えた。
「もう限界だった。仲間は一人も見つからず、どうしていいのかもわからなかった。肉体も精神も擦り切れて、生きている意味がわからなくなった。そんな時だ」
ディーレインはア・ドルマと出会った。
そして、場面は再び切り替わりどこかの国の小さな城が映し出される。
そして、その城の塔の一つ。
一番高いところに幽閉された一人の少女が現れた。
ディーレインの妹、ファナだ。
それは厳密に言えばディーレインの記憶ではなかった。
ア・ドルマの記憶だ。
しかし、ア・ドルマと融合したディーレインにはその記憶は既に自分のもののように感じられた。
レオンとディーレインはファナが息を引き取るその瞬間をただ黙って見つめていた。
映像が全て終わると記憶の魔法は解ける。
レオンが立っていたのは暗い石造りの廊下だった。
その材質にレオンはなんとなく見覚えがあった。
五年前に行った、魔界の居城とよく似ている。
レオンはそこがディーレインの精神世界であることに気付いた。
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