没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵

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二人の王子前編

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アーサーは突如として現れた弟、ヒースクリフを睨みつける。

そしてすぐに視界を左右に踊らせる。

つい先程まで目の前に立っていたはずの司祭の姿がない。


「お前、エルシム司祭をどこにやった」

「精神に魔法をかけられていたようなので避難させました。僕の友人の風精霊は人を隠すのが上手いようで」

ヒースクリフには余裕があるようにアーサーは思った。

こんな状況で一人乗り込んでくるのだから策があって当たり前だろう。


「き、貴様! これは明らかな反逆行為だぞ」


後方から儀式を見守って貴族の一人が声を荒げる。

その言葉にヒースクリフは不思議そうな顔をする。

彼からすれば「何を当たり前なことを」と言い返したいくらい状況である。

ヒースクリフは声を荒げた貴族と実の兄アーサーを交互に見やり、得心がいったように頷いた。

声を荒げた貴族の態度が本物かどうかはさておき、アーサーからすればこれは茶番なのである。

ヒースクリフが王位を継ぐのを邪魔しにくるのは当然アーサーにも読めていたわけで、ヒースクリフがここに辿り着く前に防ごうとすれば防げたはず。

そうしなかったのはヒースクリフをここに呼び寄せることに意味があったのだ。

ヒースクリフはすっかり静まり返った王都の住人達を横目に見る。

彼らは何が起きているのか完全には把握できずに息を呑んでいる。

アーサーの狙いはここだろう。
ヒースクリフが「反逆者」であるということを国民に見せつける。

そのためにヒースクリフを泳がしていたのだ。


「相変わらず腹黒い」


アーサーに向けた杖を下げることなく、ヒースクリフは呟いた。

ここで反逆者にされることに抵抗はない。

どんな形であれ、アーサーが王位を継ぐのを止めるのがヒースクリフの目的なのだから。


「王に仇なす逆賊だ! 引っ捕えろ」

先程声を荒げた貴族とは別の貴族が命令する。

その号令に合わせ王宮の衛兵達がヒースクリフを取り囲む。

焦っている様子はなく、事前に準備された動きであることが貴族の動きからわかる。

号令した貴族自身も杖を取り出し、ヒースクリフに向けている。

ヒースクリフはその貴族に見覚えがあった。

アーサーの側近のような立場の男だ。


「これは……バルドルト卿。あなたならもっと冷静な判断を下せると思っていました」


王宮貴族ダン・バルドルト侯爵である。
アーサー派の筆頭であり、腕利の魔法使いでもある。

その明晰な頭脳と冴え渡る魔法の才は国内でも随分と有名だ。


「ヒースクリフ様、申し訳ないがここで全てを終わらさせていただく。王位を継ぐのは我が主人アーサー様だ」


バルドルト卿の杖が光る。
魔法を発動したのだ。


杖先から放たれた雷は一直線にヒースクリフに飛ぶ。

光の速度で放たれた魔法は周囲の人間からすれば何かが一瞬光った、という程度にしか認識できなかっただろう。

反応したのはヒースクリフだけだった。

雷の魔法が胸に届く寸前で、ヒースクリフは身を翻し間一髪で交わしたのだ。

さらに、くるりと姿勢を制御して振り向きざまにバルドルト卿に向けて魔法を放つ。

ヒースクリフの杖から放たれるのは風の魔法だった。

無数に飛び出た風の刃がバルドルト卿を襲う。


「……やりおる」


バルドルト卿がその風の刃を防ぎ、再びヒースクリフの方に視線を向けたときには既にそこにヒースクリフの姿はなかった。


「探せ! あれほどの速度で転移の魔法を構築できる者はいない。奴はまだこの近くにいるぞ」


バルドルト卿の命令に従い、衛兵達が走り去っていく。

それを確認してからバルドルトはアーサーの下へ向かった。

「若、すぐに賊を捕まえます故もうしばらく辛抱を」

「放っておけ、儀式を再開しすぐに王位に就けばいい。そうすればアイツにはもう何もできん」


「ですが……」といいかけてバルドルトは先程までヒースクリフが立っていた場所を見る。

その視線でアーサーも気がついたらしい。

国王の象徴である王冠が無くなっている。ヒースクリフが持ち去ったのだ。


「バカが……あれは教会の権威の象徴でもある。あれがないと国民は納得しない」

アーサーは少し苛立った様子で言う。

確かにヒースクリフがここに来ることは予想していたが、すぐに捕えられるつもりでいた。

衛兵を近くに配置していたし、バルドルトもいたのだ。

何より、ア・ドルマと契約したことにより得た新たな力。八人の魔法使い達がその場にいたのだから。

しかし、ディーレインを始め他の八人の悪魔達も決して動こうとはしなかった。

ヒースクリフが現れた時も、逃げる時も用意された椅子に座って眺めていただけだ。

「貴様……どういうつもりだ」

アーサーはディーレインを睨みつける。

男はクスッと笑ったようにアーサーには見えた。

「いやはや、まさかあそこまでの早技で逃げれるとは思ってなかったんでね。油断しました」

ディーレインは悪びれもせずに言う。
その様子にアーサーはさらに苛立つが、ここで取り乱しても仕方がない。

「さっさと奴を捕まえてきてくれ……契約はまだ有効だろう」

ディーレインはやれやれ、といった様子で立ち上がる。

そして、八人の魔法使い達に「行くぞ」と短く言うとその場を後にした。

それと入れ替わりに衛兵の一人が現れる。
そして、息も絶え絶えにこう言ったのだ。


「王都の方々で火の手が上がっています! ヒースクリフ派の仕業です」

その言葉を聞いてアーサーは外を見た。

少なくとも見える範囲だけで三箇所、黒い煙が立ち上っているのだった。
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