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もう一つの器編
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しおりを挟むディーレインの父親、シーライはシドルト族の族長だった。
故に今では反乱軍のリーダーになっていて、商船との裏取引も彼が手を回して行われていた。
そのシーライが国王と商船の取引内容に気がついたのである。
もともと疑ってはいた。
本来であれば人目を避けるために最大限の注意を払ってやってくるはずの商船の警戒が杜撰だったからである。
取引は夜間に行われるため、商船は王国軍にその存在を知られぬように岸から離れた海を灯りを灯さずに進まねばならない。
それなのに男達の商船は岸の近くを通ってやってくるのだ。
取引が終わり、去る時もまだハルバシオンの海域を抜ける前から船に火を灯していることにシーライは気づいていた。
そのためずっと怪しんではいたのだが、決定的な証拠もなく言及できずにいたのだ。
疑いが確信に変わったのはディーレインが戦争に参加する数日前であった。
国王軍に密偵として加わっている仲間から国王が商船の男達と取引をしているという確かな情報を入手したのである。
激昂したシーライだったが、一部の見方を除いて反乱軍の他の者には話していない。
混乱を避けるためだった。
その上で裏から手を回し、近々確かな証拠を手にしてハルバシオンの国民に告発するつもりだったのだ。
「国王はこの戦争の非常事態に自分だけがいい思いをするつもりだ」と。
そうすれば今も尚国王軍に味方をしている者達も国王を見限るはずだという算段だった。
この反乱軍の一部の人間しか知らない情報をディーレインは知っていた。
屋敷の扉の前で父親が国王の愚行を話していてるのを偶然聞いてしまったのである。
だからこそ、ディーレインは今自分が置かれている現状を即座に理解して国王に対して怒りを募らせたのである。
長い間他国の介入など存在しなかったこの戦争に今になって帝国の兵が参戦している。
その理由は容易に想像ができる。
恐らく国王は反乱軍に商船との取引がバレたことに気付いたのだ。
シーライがそれを告発しようとしていることも見抜いたのだろう。
そうさせないために、帝国の協力を仰ぎ戦争に参加させたのである。
その迅速な対応、それは初めからいつでも帝国を参戦させられたということを意味している。
この不必要に長く続く戦争は国王に仕組まれたものだったのだ。
国王は自らの至福を肥やすために敢えて戦力が拮抗しているように見せかけ、戦争を続けていたのだ。
そして、それがバレると全てを闇に葬り去るために即座に帝国兵を参戦させたのである。
ディーレインには全てが許せなかった。
国王の所業は反乱軍だけでなく、自らの味方すらも騙す愚行なのだから。
いくら反乱軍側の取引相手と密約を結び、売上の一部を受け取る仕組みにしていたとしてもそれだけで国から出る資本を賄えるわけがない。
国王軍側も他国との取引は行っていて、国から出る資源の流出は止められない。
国王の行いは国から出せる資本を自分の懐に入れているだけ。
当然、国力はどんどん下がっていく。
戦争により、国民は日に日に貧しくなり生活も突き詰めていかなくてはいけない。
そんな状態をこれ以上続ければ待つのは国の滅亡のみ。
国王はそれでもいいと思ったのだ。
いや、恐らくそこまで考えが及んでないのであろう。
目先の金品に目が眩み、自分だけが良い思いをすればいい。
そんな考えがディーレインには手に取るようにわかった。
それに気づいた時、彼が感じたのは強い絶望である。
そして、今まで戦争で死んでいった全てのものに対する後悔と謝罪の念。
怒り。
心が闇に染まり、視界がどんどん狭まっていくのを感じた。
それと同時に脳は驚くほどに冴え渡り、波一つたたない水面のようであった。
彼は立ち上がり、目の前の二人の兵がそれに気づく。
ディーレインに向けて何かを叫んでいるが、その声はもうディーレインには聞こえていなかった。
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