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突然ウチにやってきた子猫
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ある日、母が子猫を拾ってきた。リビングには聞き慣れない子猫の泣き声が響いていて、私がこの子どうしたのと聞くと、道路でひろったという。え、そんなことある?と思っていると、わけを話してくれた。
事の発端は、母が仕事に向かうために車を走らせていたときのこと。道路の真ん中に座り込む子猫を発見したので、慌てて車を急停止した。あまりにもちっちゃな子猫だったので気付くのが遅れたという。下手すりゃひいてたかもしれないが、ギリギリセーフで車は無事に止まり、子猫がどいてくれるのを待っていたのだが、子猫はどうも道端にぺたんと座り込んだまま動かなかった。不思議に思って車から降りて近づいてみると、子猫は目やにで両眼がとじてしまっていた。これでは逃げようにも逃げられぬ。ということで、ここで母は子猫を道路の端っこに避けてこの場を立ち去るか、子猫を保護するかという決断に迫られたのであった。
迷ったあげく、母は子猫を抱え、そのまま動物病院へ連れて行き診てもらったあと家に連れ帰ってきたということだった。
ちなみに私の家では、すでに三匹の猫を飼っている。その状態で増やすのは難しいし、里親を見つけたいところだ。でも、もし里親が見つからなかったら?そうなれば、もう飼うしかない。一生面倒をみるのだ。命の責任は重い。だからこそ迷いもしたのだが、連れて帰ってきたからには覚悟はしていたのだろう。
そういう経緯でウチにやってきた子猫。私も家にいる時は、動物病院で処方された薬をのませ、目薬をさしてやり、ご飯を食べさせ、からだをふいて、たくさん眠らせた。(勝手によく寝ていた)そんなことをしていたもんだから、もうすっかり子猫にめろめろだった。家に来た時は歩いているのか、転がってるんだか、よくわからないほどよたよたしていて、鳴き声も小さくて、かぼそくて、目もめやにで潰れていて、猫のチャームポイントと言っても過言ではないようなあのキュートなくりくりおめめとは程遠い細い目をしていた。とにかくみすぼらしくて、汚くて、おまけに風邪まで引いていた。なのにこんなにかわいいとはおそるべしである。
「この子ね、前にも見たことあったのよ。十日くらい前に...お母さん猫と、そのうしろに何匹かちっこい子猫がついていってて、その少し離れたところに、さらに小さな子猫がよたよたついていってたの。その子だけ遅れてて、あーはぐれそうだな、なんて思って見てたのよ。...こいつ、たぶんそのときの子猫なんだと思う」と母が言った。
とにかく、来た時は本当に弱々しかったし、小さすぎて、おにぎりを持つくらいの力でも、つぶれて死んでしまいそうで怖かった。その姿を思い出して、わたしもそうかもねと言った。
だけどこんなことしてちゃキリないよ。野生の猫なんてくさるほどいて毎日どこかで生きてたり死んでたりするし、いちいち拾ってたら....そんなふうに最初の日に母を責めてしまったのだけど、それはわかってるけど、どうしても放っておけなかったという。私はよくわからなくなってきた。救える命は救った方がいいとは思うが、それには責任が伴うし、毎度毎度助けてやれるわけでもないのに、道端の猫をひろってくるなんて、それって、たんなる偽善者なんじゃないか。それとも手を差し伸べることが "できた" のに、それを "しなかった酷い奴" になるのが嫌なだけの腰抜けなんじゃないか。いい人ぶりたいっていう、人間の勝手な、エゴなんじゃないか。そんな考えが頭になかったわけでもない。それは母もおなじだろう。でもあのまま放っておいたら死んでいただろうし、またそれも自然のしきたりと言われれば、それまでのことである。野生の動物にしたら、生きていけなさそうな弱い個体は、切り捨てられてしまうものだから。それでいうと、まさに切り捨て一番にされそうなこいつは、小さなからだを震わせながらくしゃみをして、鼻水を垂らしたままのこいつは、それすらも自分では拭けないから鼻の周りにその鼻水が付いたまま固まって、そのせいで呼吸も苦しそうにしているこいつは、確実に死んでしまうに違いない。そして、この無力の権化みたいなおチビを見捨てるのはたしかに心苦しい。ええい、連れ帰れ、子猫いっぴき、どうにかなる。そういう気持ちに駆られるのもわからなくもない。
そんなこんなで数日がすぎたころ、母が言った。
「里親がみつかったの」
「え、もう?早すぎない?」私は急なことに拍子抜けしつつ、驚きと嬉しい気持ちと安堵と寂しさが混ざったまま言った。母もどこか寂しそうな、安心したような、複雑な顔をしていた。
なんでも職場の友達の友達で、昔猫を飼っていたことのある人だという。もうすでに連絡先も交換して、写真も見せたらしい。あの小汚い顔をした猫の写真を見てもいやがらず、かわいいと言ってくれた人だという。しかも、引渡すのは来週とのこと。こんなにすぐ決まるなんて、なんと展開の早い...早すぎる。私はてっきり、1ヶ月、2ヶ月、いや3ヶ月くらいは余裕で家にいるものだと思っていたのに。
相手方も飼うなら早いうちがいい、と早急な受け渡しをご希望のようで。それもそうか。でも何ヶ月も一緒にいたら、それこそ離れ難くなってしまう。早くてよかったのかもしれない。
というわけで、何の因果か突然ウチにやってきた子猫は、やさしい里親さんのところへ引き渡されたのでした。
ねこのこと、動物のこと、いのちのこと、そして責任のこと、人生のこと。この子猫のおかげで、ものすごく色々なことを考えさせられた。受け渡しの日である今朝、雨がものすごく降っていた。
母親猫とその兄弟から見放されそうだった一番弱い、死ぬかもしれなかったこの子猫は、きっとだれよりもげんきに長生きするだろう。わたしはそう思う。
事の発端は、母が仕事に向かうために車を走らせていたときのこと。道路の真ん中に座り込む子猫を発見したので、慌てて車を急停止した。あまりにもちっちゃな子猫だったので気付くのが遅れたという。下手すりゃひいてたかもしれないが、ギリギリセーフで車は無事に止まり、子猫がどいてくれるのを待っていたのだが、子猫はどうも道端にぺたんと座り込んだまま動かなかった。不思議に思って車から降りて近づいてみると、子猫は目やにで両眼がとじてしまっていた。これでは逃げようにも逃げられぬ。ということで、ここで母は子猫を道路の端っこに避けてこの場を立ち去るか、子猫を保護するかという決断に迫られたのであった。
迷ったあげく、母は子猫を抱え、そのまま動物病院へ連れて行き診てもらったあと家に連れ帰ってきたということだった。
ちなみに私の家では、すでに三匹の猫を飼っている。その状態で増やすのは難しいし、里親を見つけたいところだ。でも、もし里親が見つからなかったら?そうなれば、もう飼うしかない。一生面倒をみるのだ。命の責任は重い。だからこそ迷いもしたのだが、連れて帰ってきたからには覚悟はしていたのだろう。
そういう経緯でウチにやってきた子猫。私も家にいる時は、動物病院で処方された薬をのませ、目薬をさしてやり、ご飯を食べさせ、からだをふいて、たくさん眠らせた。(勝手によく寝ていた)そんなことをしていたもんだから、もうすっかり子猫にめろめろだった。家に来た時は歩いているのか、転がってるんだか、よくわからないほどよたよたしていて、鳴き声も小さくて、かぼそくて、目もめやにで潰れていて、猫のチャームポイントと言っても過言ではないようなあのキュートなくりくりおめめとは程遠い細い目をしていた。とにかくみすぼらしくて、汚くて、おまけに風邪まで引いていた。なのにこんなにかわいいとはおそるべしである。
「この子ね、前にも見たことあったのよ。十日くらい前に...お母さん猫と、そのうしろに何匹かちっこい子猫がついていってて、その少し離れたところに、さらに小さな子猫がよたよたついていってたの。その子だけ遅れてて、あーはぐれそうだな、なんて思って見てたのよ。...こいつ、たぶんそのときの子猫なんだと思う」と母が言った。
とにかく、来た時は本当に弱々しかったし、小さすぎて、おにぎりを持つくらいの力でも、つぶれて死んでしまいそうで怖かった。その姿を思い出して、わたしもそうかもねと言った。
だけどこんなことしてちゃキリないよ。野生の猫なんてくさるほどいて毎日どこかで生きてたり死んでたりするし、いちいち拾ってたら....そんなふうに最初の日に母を責めてしまったのだけど、それはわかってるけど、どうしても放っておけなかったという。私はよくわからなくなってきた。救える命は救った方がいいとは思うが、それには責任が伴うし、毎度毎度助けてやれるわけでもないのに、道端の猫をひろってくるなんて、それって、たんなる偽善者なんじゃないか。それとも手を差し伸べることが "できた" のに、それを "しなかった酷い奴" になるのが嫌なだけの腰抜けなんじゃないか。いい人ぶりたいっていう、人間の勝手な、エゴなんじゃないか。そんな考えが頭になかったわけでもない。それは母もおなじだろう。でもあのまま放っておいたら死んでいただろうし、またそれも自然のしきたりと言われれば、それまでのことである。野生の動物にしたら、生きていけなさそうな弱い個体は、切り捨てられてしまうものだから。それでいうと、まさに切り捨て一番にされそうなこいつは、小さなからだを震わせながらくしゃみをして、鼻水を垂らしたままのこいつは、それすらも自分では拭けないから鼻の周りにその鼻水が付いたまま固まって、そのせいで呼吸も苦しそうにしているこいつは、確実に死んでしまうに違いない。そして、この無力の権化みたいなおチビを見捨てるのはたしかに心苦しい。ええい、連れ帰れ、子猫いっぴき、どうにかなる。そういう気持ちに駆られるのもわからなくもない。
そんなこんなで数日がすぎたころ、母が言った。
「里親がみつかったの」
「え、もう?早すぎない?」私は急なことに拍子抜けしつつ、驚きと嬉しい気持ちと安堵と寂しさが混ざったまま言った。母もどこか寂しそうな、安心したような、複雑な顔をしていた。
なんでも職場の友達の友達で、昔猫を飼っていたことのある人だという。もうすでに連絡先も交換して、写真も見せたらしい。あの小汚い顔をした猫の写真を見てもいやがらず、かわいいと言ってくれた人だという。しかも、引渡すのは来週とのこと。こんなにすぐ決まるなんて、なんと展開の早い...早すぎる。私はてっきり、1ヶ月、2ヶ月、いや3ヶ月くらいは余裕で家にいるものだと思っていたのに。
相手方も飼うなら早いうちがいい、と早急な受け渡しをご希望のようで。それもそうか。でも何ヶ月も一緒にいたら、それこそ離れ難くなってしまう。早くてよかったのかもしれない。
というわけで、何の因果か突然ウチにやってきた子猫は、やさしい里親さんのところへ引き渡されたのでした。
ねこのこと、動物のこと、いのちのこと、そして責任のこと、人生のこと。この子猫のおかげで、ものすごく色々なことを考えさせられた。受け渡しの日である今朝、雨がものすごく降っていた。
母親猫とその兄弟から見放されそうだった一番弱い、死ぬかもしれなかったこの子猫は、きっとだれよりもげんきに長生きするだろう。わたしはそう思う。
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