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第7章
掛け違えたボタンたち⑲ ~激情、四葉の判決~
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府中駅前のファーストキッチン店内で一人コーヒーを飲みながら四葉の到着を待つ二郎は、現在の状況において若干後悔の念を抱えて一人独白の中にいた。
(はぁ~、ブンさんに感化されたせいか勢い余って四葉さんに相談を持ちかけてしまったけど、こんな話を聞かされても四葉さんも迷惑だよな。それになんで俺は自分の恋の悩みなんかを同級生の女子に話そうとしているんだろう。今更ながらもの凄く恥ずかしい気がしてきたわ。まぁ四葉さんなら誰かに話すこともないだろうし、きっと真剣に話しを聞いてくれると思うけど、それにしたってダブルブッキングになった相手と顔も名前も知らない俺の小学校時代の同級生の話を聞かされてもどうしようもないよな。あぁ~わざわざバイトを早アガリさせてまで聞かせる話じゃない気がしてきたけど、今更そんなこと言えないしなぁ。はぁ~慣れない事は安易にするモノじゃないな~)
二郎は自分を曝け出して悩み事を友人に打ち明けることに今更ながら尻込みしていると、キョロキョロと店内を見渡すように制服姿に戻った四葉が入店してきたのを見つけて、声を掛けた。
「四葉さん、こっち!」
「あぁ二郎君、ゴメンね、遅くなってしまって」
「いやいや、時間通りだよ。それにこっちこそわざわざ時間を作ってもらってごめんよ、今日は俺が奢るから、好きなモノ注文してよ」
四葉は二郎の掛け声に気がついて二人掛けのテーブルに着くと、一息ついて言った。
「ありがとう、でもさっきお店でまかないのパンを食べてきたから気にしないで大丈夫だよ」
笑顔で遠慮の申し出をする四葉に、二郎は肩透かしを食らったような表情を見せた。
「え、もうご飯食べたの!?そ、そっか。ならコーヒーくらいは奢らせてよ。ミルクと砂糖はいる?」
「え、あぁうん、ありがとう。じゃミルクだけお願い」
「分かった。少し待っていてな」
二郎はそう言って注文カウンターに向かって行った。
実のところ、二郎は四葉を待っている間に早いところ夕食を取ってしまうことも考えたが、せっかく相談事に付き合ってくれる四葉を差し置いて自分だけと言うわけにはいかないと思い直していた。また正直自分のくだらない悩みを聞かせるだけに時間を取らせることに若干後ろめたく思ったせいか、せめて食事だけでもお詫びとして奢ることで何とかその埋め合わせにしたいと思っていた。ところが、四葉がすでに夕食を済ましていた事を聞かされて恩返しする機会を逸したことでさらに悩みを話しづらい心境になっていた。
二郎が運んできた淹れ立てのコーヒーの湯気がすっかりなくなった頃、そのコーヒーを挟んで向き合っていた二人が数瞬黙り込んでいた後で、四葉が重い口を広げて言い放った。
「・・・それで・・それを聞かせて、私にどうしろっていうのかな、かな?・・・こんなのただの自慢じゃない、いや、のろけでしょ、そうなんでしょ?二郎君がその子にどうやって謝るべきかを本気で悩んでいると思って、せっかく私も真剣に話しを聞こうと思っていたのに、結局二郎君がモテて困るって話しじゃないの!そんな恋愛の悩み事なんて恋人のいない私に相談されたって分かる訳ないじゃない!あぁもうなんかイライラしてきたわ、ちょっとだけビンタしても良いかな、いや、良いよね?」
「ど、どどどうしたの、四葉さん?急におっかないこと言い始めて」
「どうしたもこうしたもないでしょ、二郎君のバカ!この女ったらし!女泣かせのおたんこなす!」
「えぇぇぇぇぇ!!?」
突如怒り狂う四葉にただただ怯える二郎というこの状況を理解するためには、およそ20分程時間を逆戻る必要があった。
コーヒーを持って戻ってきた二郎は、それを四葉の前に置き正面に座ると、覚悟を決めて話し始めた。
まず初めは忍についてである。二郎は四葉やレベッカと同じくダブルブッキングで犯した失態を忍にも謝罪をして、ようやく先週の日曜日に和解したこと、その後は以前と同じように接していることを説明した。その上で、日常に戻ったはずなのにどこか忍と距離が出来てしまったような違和感を抱いていた二郎はその事を四葉に話した。
「それでその、四葉さんの場合、どうかな。やっぱり意識してもあんなことがあったら以前と同じように振る舞うのは難しいモノなのかな?」
二郎の問に考え込みながら、重い口を四葉が開いた。
「う~ん、私の場合はあのことが切っ掛けで以前と違ってより仲良くなれた気がしているし、むしろそう言う本音を言えたおかげで今の二人の関係があるから、そう言う意味ではやっぱり以前とは明らかに違うと思うわ。二郎君だってそうでしょ?」
「まぁそうだね。俺も四葉さんとは以前よりも今の方が凄く近く感じるし、あぁ別に前が悪かったって訳じゃないけど、だけど、やっぱりこうして悩みを話そうと思えたのは、あれからだし、うん、やっぱり今まで通りというわけにはいかないのかな」
二郎は自分でも分かっている事を改めて口に出すことで、忍との関係でもやはり以前と全く同じようにはなれないのかも知れないと納得しようとしていた。
「そう思うわ。ただ成田さんの場合はどうなのかな?正直、二郎君と成田さんがどう言う関係だったかはレベッカに少し聞いているけど、深くは知らないし、だけど二人がとても深い信頼関係にあったとして、ああいうことがあったら、もしかしたら、私達とは違ってなにかしらマイナスに働くって事はあるのかもしれないわ。それにまだ関係の浅い私ですら、それなりに落ち込んだり、怒ったり、色々考えたのだから、成田さんは口では許してもまだ納得出来ていないことがあるんじゃないかな」
「そう、なのかな。やっぱり、そんな簡単には許してはもらえないかぁ」
暗い表情で言葉をこぼす二郎に、四葉はフォローを入れるように言った。
「いやでも、成田さんだってきっと本当は以前の様になりたいと思っているだろうし、そうなろうとしていると思うよ。だけど、頭ではそう思っても心がどうしても簡単には言うことを聞いてくれないって事はあると思うの。そう言うギャップを周囲に見せないようにするのって凄く息が詰まるし、できることなら周囲には分からないようにしたいと思うわ。さっきも二郎君が話していた通り、周囲の人達は成田さんが以前のように戻ったって感じているのでしょ?だけど、それに違和感を抱いている二郎君は、周囲の人以上に成田さんを意識しているから、そのわずかな違いを感じ取ってしまっているのかも知れないよ」
四葉の分析に二郎は唸るように考え込んだあとで答えた。
「・・・・・・・そう言うモノなのかな?あんなことがあったせいか、確かに以前よりも俺は忍を意識しているかも知れないな。だから余計に気になるのかなぁ」
「正直私は2人の日常の姿を知らないから、実際は二郎君の考え過ぎって事も十分あるかも知れないけど、その一応女の立場で言わせてもらうと、頭で分かっていても気持ちが追いつかないっていうギャップはあると思うよ」
四葉の真剣な言葉に二郎は納得するように頷き感謝を述べた。
「そっか。きっとそうだね。ありがとう、四葉さん。俺、そういう微妙な女心って奴が全然分からなくてさ。1人でイライラモヤモヤしてまたあいつとケンカしてしまうところだったよ。よし、今はとにかく時間が過ぎるのを待った方がいいんだよな。あまり余計な事を考えずに、普段の様に接していれば忍の中のギャップも少しずつ埋まっていってくれるのよな」
「そうだね。時間は掛かると思うけど、成田さんが本心で二郎君と元の関係に戻りたいと思っているのなら、きっといつかは仲の良い2人に戻れると思うわ。だから、二郎君は成田さんの事をゆっくり待ってあげてね」
前向きな表情に変わった二郎を見て四葉も少しは役に立てたのかもと思いにこりと笑って二郎にエールを送った。
「うん、わかった。そうしてみる」
「うん、がんばってね。それで相談はこれで解決かな?」
およそ10分程度の会話を終えた四葉はここでようやくコーヒーを一口飲みながら二郎にそう尋ねると、二郎は首を横に振って答えた。
「いや、実はさ。今の話は前座って言うか、次の話に比べればまだ軽いモノでさ」
「え、前座?私にしてみれば十分重い話しに聞こえたけど、もっと深刻な話があるの?」
四葉が顔を引きつりながら、これ以上どんな悩みがあるのかと不安そうにしていると、二郎が話しにくそうに手で頭や顔をなでながら落ち着き無く話し始めた。
「そのちょっとした事件というか、サプライズというか、とにかく思わぬ事が先週起きてさ」
その言葉を聞いて四葉が両手で体を引き縮めるように小声で言った。
「え!?事件?・・・サプライズ?・・・一体何があったって言うの?」
「それが忍に謝罪した日が先週の日曜日で、その日俺らバスケ部は対外試合で桃李高校に行ったんだけどさ。そこで思わぬ人物に出くわしてさ・・・・」
二郎はその日偶然最近知り合った女子高生が通う桃李高校に行き、その子に差し入れをもらった切っ掛けで、その子の友達が同じ部の大和に一目惚れをして、流れで練習試合後にファミレスに行ったことを簡単に話した。
それを聞いた四葉は先程まで何を聞かされるのかと不安そうにしていたが、二郎がまた自分の知らない別の女子たちと仲良くしている話を聞かされて、目を細めて呆れた目線を向けていた。
「ふ~ん、へ~、随分楽しそうな話しじゃない。良かったね、私立のお嬢様と一緒に合コンみたいな事して、さぞ楽しかったでしょうね。ふん、二郎君ってこうして目の前にいてもそうは見えないけど、本当に手が早いよね。ほんの少し前まで成田さんの事で悩んでいたのは一体誰だったのかしらねぇ」
明らかに軽蔑するような冷え切った目線を向けてくる四葉からなんとか逃れるため、二郎は四葉の機嫌を直そうと褒め殺しで迎え撃った。
「何を言ってんのさ。見ての通り俺なんて地味で根暗なモテない日陰男子だぞ。周りにいる女子達だって俺の扱いなんてひどいもんだぜ。実のところ四葉さんとレベッカくらいだよ、いつでも俺に優しく誠実に接してくれるのは。やっぱり他のあーだこーだうるさい女子達とは違うよな。本当にありがとう、いつも感謝しています」
急に二郎に褒められ、無意識に頬を赤らめる四葉であったが、改めて夏祭りや遊園地のことを思い出して、ここは騙されてはいけないと首を振ってさらに追求した。
「え、そうかな。別に私は普通に二郎君と接しているつもりだけど・・・・。って、調子の良いこと言っても騙されないよ。色々思い返してみても、二郎君は言う程ひどい扱いなんて受けていないんじゃないかな?」
「そんなことないさ。知っての通り俺なんてクラスじゃ居ても居なくても同じような地味野郎だし、誰も相手にしないし、ほとんど空気扱いだよ」
二郎がなんとか自分を卑下して疑いを晴らそうとするも、四葉の方が一枚上手だった。
「だって夏祭りの時も、成田さんに一緒に花火を見に行こうって誘われていたよね、確か」
「いや、それは・・」
「それに遊園地で会ったときも、確か三佳ちゃんとかクラスの女の子達と遊びに来ていたんだよね」
「あれは、ただ・・」
「しかも二階堂先輩ともいつも生徒会の手伝いとか言ってイチャイチャしているってレベッカが言っていたし、今回の事だってその料理部の人と仲良く合コンしてるくらいだし、なんなら一般的な男子高校生と比べても相当恵まれているんじゃないのかな?その辺どう思っているのかな?・・・それにレベッカだって、私だって一応、二郎君の友達として仲良くしているのだし、そう考えてみてもやっぱりただの女ったらしって言えるんじゃないのかな、二郎君?」
四葉の追求にタジタジになりながら、二郎は何とか話しを戻そうとごまかすように言った。
「レベッカの奴、余計な事を・・・はははは、いや~四葉さんは色々見ていて凄いな~。これじゃ何も隠し事も出来ないな~。はははは、まぁ今後もお手柔らかにお願いします。よし、それじゃ話しの続きをしてもいいかな?」
冷や汗をかきながら言い逃れを試みる二郎に女ったらしの嫌疑を掛ける四葉であったが、ここは一端落ち着いて二郎の話しを聞こうと追撃の手を緩めた。
「もうしょうがないな、とにかく先に話の全容を聞いてから追求させてもらうわ。さぁ二郎君、思う存分話してちょうだい」
「まだ追求する気満々なんだね・・・・」
「何か言ったかな?」
「いえ、なにも。それじゃ、話しの続きだけど・・・」
二郎は少し頬を膨らませて二郎を見つめる四葉に咲との間で起こったことや2人の関係について話した。
「・・・・まぁそんな感じで、委員長はそのクラスの悪ガキ共に苛められていた関係で引っ越すことになったんだ。それでまぁその子と久しぶりに再開した訳だけど、色々と気まずいことになっていて・・・・」
二郎の話しを黙って聞いて四葉はまだ要点がつかめていない様子で問いかけた。
「えっと、ちょっとまだ二郎君が何に悩んでいるのか分からないけど、二郎君はその委員長さんと何かあったの?もしかして二郎君もその子を苛めていたとか?」
「いや、まさかそんなことしていないよ。だけど、実はその子が学校に来た最後の日の放課後に、そのいじめっ子の奴らに委員長が囲まれているのを見つけた俺は彼女を助けようとして何も出来なかったんだ。本当はそいつらをぶっ飛ばして助けようとしたんだけど、その頃はただのチンチクリの雑魚だったから、そいつらにボコボコされてしまって結局委員長はそこからは逃げることは出来たけど、その日以来彼女は学校には来なくなってしまったんだ」
「そんなことが・・・」
「だから俺はずっと彼女に謝りたかったんだ。あの日助けることが出来なくてごめんって。もっと前から助けを求めるサインを出していたはずなのに気付いてあげられなくてごめんって。そのことだけは今まで一度も忘れたことがないくらい俺にとって大きな出来事だったんだよ」
四葉は二郎の本音を聞いて何かを察したように言った。
「そうだったんだ。・・・もしかしてあの時も・・・」
四葉のハッとした表情を見て二郎は答え合わせをするように言った。
「うん、四葉さんが思ったとおり、君と会ったあの放課後も元を辿れば、その委員長との事が関係しているんだよ。俺は委員長が学校を辞めたのは、放課後に良からぬ事を企む輩を野放しにするのがいけないと考えて、そう言う奴らを監視しようと思って、バカみたいに放課後に校舎を見て回るようになったんだよ。中学の時もそして高校になってからもずっとね。まぁ実際その活動が役に立ったのは中学・高校の五年間の内でほんの数回しかないんだけどね。本当に小学生のガキが考えることはバカだよな。ふん、まぁそんなこと言っても未だに続けている俺は今でも十分バカか」
己の行動に呆れたように苦笑いする二郎に、四葉は先程までの冷めた目線から真剣な表情で言った。
「そんなことないよ。二郎君の行動に救われた人はきっといたはずだよ。少なくとも私はあの時、あの五十嵐君に告白されたときに二郎君が駆けつけてくれて救われたよ。それにきっと委員長さんだって、二郎君の事を責めたりはしないと思うよ。だって、二郎君はそのいじめっ子達に立ち向かったのでしょ。そのおかげでその子はその場から逃れることが出来たのだから、二郎君に感謝はすれど悪くは思わないと思うわ」
二郎は四葉の言葉を受けても、まだなお元気なく笑って言った。
「ありがとう。でも、結局彼女は学校を退学して引っ越したんだよ。彼女にとって不安分子がなくならない限り学校に通うのはもう無理だったんだよ。それは結局あいつらを懲らしめることが出来なかった俺のせいだし、そもそもそんなことになる前にもっと早く気付いて居れば、彼女を苦しめることもなかったのだから、俺がやった事なんて時すでに遅しだったんだよ」
二郎の諦めの表情に四葉は掛ける言葉を失っていた。
「二郎君・・・・・・」
(そっか、二郎君の悩みはつまり、そんな委員長さんと不意に再会したことで、彼女になんて声を掛ければ良いのか分からないって事なんだよね。そりゃそうだよね、幼い二郎君にとってトラウマのような出来事の張本人に突然再会して、しかもしばらくの間それに気付かずに普通に接していたのだから、今更過去のことを謝るのも切り出しにくいだろうし、なにより心の準備だってまだ出来ていないのだろうから、これは悩ましいことだよね。ゴメンね、二郎君。こんな重大な話だと思わず、手が早いとかひどいこと言っちゃって。はぁ~私もまだまだだわ。これからはちゃんと最後まで人の話に耳を傾けなきゃダメだね)
四葉が長考をしている様子を言葉に窮していると見た二郎は、申し訳なさそうに言葉を続けた。
「ごめん。こんな話しを聞かされても困るよな。やっぱり今日はこれ以上話すのは止めておくよ」
二郎の申し出に四葉は驚きの声を上げて引き留めた。
「え?!いや、そんなことないよ。私こそごめんね。こんな真剣な話だと思わずひどいことを言ってしまって。ちゃんと最後まで聞くから全部話して、お願い」
「いや、でも・・・」
二郎としてみれば、ここから咲に告白されたことを言う流れなのだが、四葉の真剣な態度を見て、逆に聞かせるのはやばいと思い始めていた。結局のところ二郎の悩みは当初の咲にどうやって謝罪を切り出すかから、咲の告白にどう対応すべきかに変わっており、前者であれば四葉の予想の範疇であるが、後者の話はどうも話しづらい雰囲気になっていたからだった。
「遠慮しなくて良いの、二郎君。私は反省したから、せっかく私に悩みを話してくれる二郎君の言葉を疑わないし、ちゃんと受け止めて私なりの助言と言うかアドバイスができるようにがんばるから何でも話して、ね」
「え、いや~、でも、そんなこと言って、また怒ったりするんじゃ・・・」
「もう、そんなこと言わないって。私を何だと思っているのよ。確かに私なんか二郎君よりも友達も少ないしそう言う人間関係の悩み事に力になれるか分からないけど、少なくとも女子としてその子の気持ちを考えることは出来ると思うの。それに1人で悩むよりも誰かに話すだけでも気持ちがスッキリするかも知れないし、話しを聞くことくらいできるから、ね」
四葉の献身的な言葉を信じた二郎は覚悟を決めて最重要課題である咲の告白について話し始めた。
「・・・・・・・・・と言うわけで、最寄り駅で降りる直前で、彼女が俺に言ったんだよ。私が二郎君の彼女になっても良いですか?って」
それまで一言一句聞き逃さないようにと真剣に二郎の話しに耳を傾けていた四葉が素っ頓狂な声をあげた。
「は?」
「まぁそうなるよな。俺も何を言っているのか分からなかったから、冗談かと思ったんだけど、彼女は本気らしくて、ずっと前から俺の事を知っていたって言い始めて、電車から降りる間際にこう言ったんだよ。だって私は吉田咲だから!!!だから昔からずっと君のことを知っているだよ。ってね。俺、本当にパニクっちゃってさ。こんなのマジで驚くだろう。だって、ほんの数回会った子から突然告白されたと思ったら、それがまさか小学校の頃からずっと忘れられない相手で、その上、その子は俺の事を高校になってからずっと見ていてよく知っているんだって言んだぜ。しかも、昔よりもずっと可愛くなっているしさ。俺はどうしたら良いのかな、四葉さん。是非何か良いアドバイスを下さい。お願いします」
予想だにしない二郎の話しに四葉が固まっている事など気付かずに二郎はダムの堰きを切ったように当時の事を思い出しながら、状況を説明し今の自分の本当の悩みを話したが、その言葉達はすでに四葉には届いていなかった。
「・・・それで・・それを聞かせて、私にどうしろっていうのかな、かな?・・・こんなのただの自慢じゃない、いや、のろけでしょ、そうなんでしょ?二郎君がその子にどうやって謝るべきかを本気で悩んでいると思って、せっかく私も真剣に話しを聞こうと思っていたのに、結局二郎君がモテて困るって話しじゃないの!そんな恋愛の悩み事なんて恋人のいない私に相談されたって分かる訳ないじゃない!あぁもうなんかイライラしてきたわ、ちょっとビンタしても良いかな、いや、良いよね?」
「ど、どどどうしたの、四葉さん?急におっかないこと言い始めて」
「どうしたもこうしたもないでしょ、二郎君のバカ!この女ったらし!女泣かせのおたんこなす!」
「えぇぇぇぇぇ!!?」
最後まで二郎の話しを聞き、自分に出来る最善のアドバイスをすると心に決めて、先の話をする事を遠慮していた二郎を説き伏せて最後まで話しをさせた結果、四葉は二郎に死刑判決を下した。
そう四葉は何故か分からないが二郎がよく分からない幼馴染みのような相手から告白を受けたことに腹が立った。そのよく分からない告白に真剣に悩んでいる二郎に腹が立った。さらにそんなことを自分に相談してきた二郎の鈍感さに腹が立った。その上、その子が昔より可愛くなっていたと少し嬉しそうにハニかむ二郎を見て無性に顔をひっぱたきたくなっていた。そして、何より、そんなことを思う自分に、そんな事で苛つく自分に腹が立っていた。
「・・・・私、帰る」
これ以上会話を続けていたら、良からぬ事を言ってしまうと悟った四葉は最後の理性を振り絞って席から立ち上がり言葉少なく帰ろうとしたが、二郎がそれを許さなかった。
「え、でも、・・・アドバイスをくれるって・・・」
すがるように助言を求める二郎に、四葉が般若面のようなメンチを切って言い放った。
「地獄さ、墜ちろ!!!」
「っぇ!!?」
四葉は激怒した。空気を読まない二郎の無神経さに。二郎は凍り付いた。普段からなんやかんや優しく接していてくれた四葉の激情に。
(はぁ~、ブンさんに感化されたせいか勢い余って四葉さんに相談を持ちかけてしまったけど、こんな話を聞かされても四葉さんも迷惑だよな。それになんで俺は自分の恋の悩みなんかを同級生の女子に話そうとしているんだろう。今更ながらもの凄く恥ずかしい気がしてきたわ。まぁ四葉さんなら誰かに話すこともないだろうし、きっと真剣に話しを聞いてくれると思うけど、それにしたってダブルブッキングになった相手と顔も名前も知らない俺の小学校時代の同級生の話を聞かされてもどうしようもないよな。あぁ~わざわざバイトを早アガリさせてまで聞かせる話じゃない気がしてきたけど、今更そんなこと言えないしなぁ。はぁ~慣れない事は安易にするモノじゃないな~)
二郎は自分を曝け出して悩み事を友人に打ち明けることに今更ながら尻込みしていると、キョロキョロと店内を見渡すように制服姿に戻った四葉が入店してきたのを見つけて、声を掛けた。
「四葉さん、こっち!」
「あぁ二郎君、ゴメンね、遅くなってしまって」
「いやいや、時間通りだよ。それにこっちこそわざわざ時間を作ってもらってごめんよ、今日は俺が奢るから、好きなモノ注文してよ」
四葉は二郎の掛け声に気がついて二人掛けのテーブルに着くと、一息ついて言った。
「ありがとう、でもさっきお店でまかないのパンを食べてきたから気にしないで大丈夫だよ」
笑顔で遠慮の申し出をする四葉に、二郎は肩透かしを食らったような表情を見せた。
「え、もうご飯食べたの!?そ、そっか。ならコーヒーくらいは奢らせてよ。ミルクと砂糖はいる?」
「え、あぁうん、ありがとう。じゃミルクだけお願い」
「分かった。少し待っていてな」
二郎はそう言って注文カウンターに向かって行った。
実のところ、二郎は四葉を待っている間に早いところ夕食を取ってしまうことも考えたが、せっかく相談事に付き合ってくれる四葉を差し置いて自分だけと言うわけにはいかないと思い直していた。また正直自分のくだらない悩みを聞かせるだけに時間を取らせることに若干後ろめたく思ったせいか、せめて食事だけでもお詫びとして奢ることで何とかその埋め合わせにしたいと思っていた。ところが、四葉がすでに夕食を済ましていた事を聞かされて恩返しする機会を逸したことでさらに悩みを話しづらい心境になっていた。
二郎が運んできた淹れ立てのコーヒーの湯気がすっかりなくなった頃、そのコーヒーを挟んで向き合っていた二人が数瞬黙り込んでいた後で、四葉が重い口を広げて言い放った。
「・・・それで・・それを聞かせて、私にどうしろっていうのかな、かな?・・・こんなのただの自慢じゃない、いや、のろけでしょ、そうなんでしょ?二郎君がその子にどうやって謝るべきかを本気で悩んでいると思って、せっかく私も真剣に話しを聞こうと思っていたのに、結局二郎君がモテて困るって話しじゃないの!そんな恋愛の悩み事なんて恋人のいない私に相談されたって分かる訳ないじゃない!あぁもうなんかイライラしてきたわ、ちょっとだけビンタしても良いかな、いや、良いよね?」
「ど、どどどうしたの、四葉さん?急におっかないこと言い始めて」
「どうしたもこうしたもないでしょ、二郎君のバカ!この女ったらし!女泣かせのおたんこなす!」
「えぇぇぇぇぇ!!?」
突如怒り狂う四葉にただただ怯える二郎というこの状況を理解するためには、およそ20分程時間を逆戻る必要があった。
コーヒーを持って戻ってきた二郎は、それを四葉の前に置き正面に座ると、覚悟を決めて話し始めた。
まず初めは忍についてである。二郎は四葉やレベッカと同じくダブルブッキングで犯した失態を忍にも謝罪をして、ようやく先週の日曜日に和解したこと、その後は以前と同じように接していることを説明した。その上で、日常に戻ったはずなのにどこか忍と距離が出来てしまったような違和感を抱いていた二郎はその事を四葉に話した。
「それでその、四葉さんの場合、どうかな。やっぱり意識してもあんなことがあったら以前と同じように振る舞うのは難しいモノなのかな?」
二郎の問に考え込みながら、重い口を四葉が開いた。
「う~ん、私の場合はあのことが切っ掛けで以前と違ってより仲良くなれた気がしているし、むしろそう言う本音を言えたおかげで今の二人の関係があるから、そう言う意味ではやっぱり以前とは明らかに違うと思うわ。二郎君だってそうでしょ?」
「まぁそうだね。俺も四葉さんとは以前よりも今の方が凄く近く感じるし、あぁ別に前が悪かったって訳じゃないけど、だけど、やっぱりこうして悩みを話そうと思えたのは、あれからだし、うん、やっぱり今まで通りというわけにはいかないのかな」
二郎は自分でも分かっている事を改めて口に出すことで、忍との関係でもやはり以前と全く同じようにはなれないのかも知れないと納得しようとしていた。
「そう思うわ。ただ成田さんの場合はどうなのかな?正直、二郎君と成田さんがどう言う関係だったかはレベッカに少し聞いているけど、深くは知らないし、だけど二人がとても深い信頼関係にあったとして、ああいうことがあったら、もしかしたら、私達とは違ってなにかしらマイナスに働くって事はあるのかもしれないわ。それにまだ関係の浅い私ですら、それなりに落ち込んだり、怒ったり、色々考えたのだから、成田さんは口では許してもまだ納得出来ていないことがあるんじゃないかな」
「そう、なのかな。やっぱり、そんな簡単には許してはもらえないかぁ」
暗い表情で言葉をこぼす二郎に、四葉はフォローを入れるように言った。
「いやでも、成田さんだってきっと本当は以前の様になりたいと思っているだろうし、そうなろうとしていると思うよ。だけど、頭ではそう思っても心がどうしても簡単には言うことを聞いてくれないって事はあると思うの。そう言うギャップを周囲に見せないようにするのって凄く息が詰まるし、できることなら周囲には分からないようにしたいと思うわ。さっきも二郎君が話していた通り、周囲の人達は成田さんが以前のように戻ったって感じているのでしょ?だけど、それに違和感を抱いている二郎君は、周囲の人以上に成田さんを意識しているから、そのわずかな違いを感じ取ってしまっているのかも知れないよ」
四葉の分析に二郎は唸るように考え込んだあとで答えた。
「・・・・・・・そう言うモノなのかな?あんなことがあったせいか、確かに以前よりも俺は忍を意識しているかも知れないな。だから余計に気になるのかなぁ」
「正直私は2人の日常の姿を知らないから、実際は二郎君の考え過ぎって事も十分あるかも知れないけど、その一応女の立場で言わせてもらうと、頭で分かっていても気持ちが追いつかないっていうギャップはあると思うよ」
四葉の真剣な言葉に二郎は納得するように頷き感謝を述べた。
「そっか。きっとそうだね。ありがとう、四葉さん。俺、そういう微妙な女心って奴が全然分からなくてさ。1人でイライラモヤモヤしてまたあいつとケンカしてしまうところだったよ。よし、今はとにかく時間が過ぎるのを待った方がいいんだよな。あまり余計な事を考えずに、普段の様に接していれば忍の中のギャップも少しずつ埋まっていってくれるのよな」
「そうだね。時間は掛かると思うけど、成田さんが本心で二郎君と元の関係に戻りたいと思っているのなら、きっといつかは仲の良い2人に戻れると思うわ。だから、二郎君は成田さんの事をゆっくり待ってあげてね」
前向きな表情に変わった二郎を見て四葉も少しは役に立てたのかもと思いにこりと笑って二郎にエールを送った。
「うん、わかった。そうしてみる」
「うん、がんばってね。それで相談はこれで解決かな?」
およそ10分程度の会話を終えた四葉はここでようやくコーヒーを一口飲みながら二郎にそう尋ねると、二郎は首を横に振って答えた。
「いや、実はさ。今の話は前座って言うか、次の話に比べればまだ軽いモノでさ」
「え、前座?私にしてみれば十分重い話しに聞こえたけど、もっと深刻な話があるの?」
四葉が顔を引きつりながら、これ以上どんな悩みがあるのかと不安そうにしていると、二郎が話しにくそうに手で頭や顔をなでながら落ち着き無く話し始めた。
「そのちょっとした事件というか、サプライズというか、とにかく思わぬ事が先週起きてさ」
その言葉を聞いて四葉が両手で体を引き縮めるように小声で言った。
「え!?事件?・・・サプライズ?・・・一体何があったって言うの?」
「それが忍に謝罪した日が先週の日曜日で、その日俺らバスケ部は対外試合で桃李高校に行ったんだけどさ。そこで思わぬ人物に出くわしてさ・・・・」
二郎はその日偶然最近知り合った女子高生が通う桃李高校に行き、その子に差し入れをもらった切っ掛けで、その子の友達が同じ部の大和に一目惚れをして、流れで練習試合後にファミレスに行ったことを簡単に話した。
それを聞いた四葉は先程まで何を聞かされるのかと不安そうにしていたが、二郎がまた自分の知らない別の女子たちと仲良くしている話を聞かされて、目を細めて呆れた目線を向けていた。
「ふ~ん、へ~、随分楽しそうな話しじゃない。良かったね、私立のお嬢様と一緒に合コンみたいな事して、さぞ楽しかったでしょうね。ふん、二郎君ってこうして目の前にいてもそうは見えないけど、本当に手が早いよね。ほんの少し前まで成田さんの事で悩んでいたのは一体誰だったのかしらねぇ」
明らかに軽蔑するような冷え切った目線を向けてくる四葉からなんとか逃れるため、二郎は四葉の機嫌を直そうと褒め殺しで迎え撃った。
「何を言ってんのさ。見ての通り俺なんて地味で根暗なモテない日陰男子だぞ。周りにいる女子達だって俺の扱いなんてひどいもんだぜ。実のところ四葉さんとレベッカくらいだよ、いつでも俺に優しく誠実に接してくれるのは。やっぱり他のあーだこーだうるさい女子達とは違うよな。本当にありがとう、いつも感謝しています」
急に二郎に褒められ、無意識に頬を赤らめる四葉であったが、改めて夏祭りや遊園地のことを思い出して、ここは騙されてはいけないと首を振ってさらに追求した。
「え、そうかな。別に私は普通に二郎君と接しているつもりだけど・・・・。って、調子の良いこと言っても騙されないよ。色々思い返してみても、二郎君は言う程ひどい扱いなんて受けていないんじゃないかな?」
「そんなことないさ。知っての通り俺なんてクラスじゃ居ても居なくても同じような地味野郎だし、誰も相手にしないし、ほとんど空気扱いだよ」
二郎がなんとか自分を卑下して疑いを晴らそうとするも、四葉の方が一枚上手だった。
「だって夏祭りの時も、成田さんに一緒に花火を見に行こうって誘われていたよね、確か」
「いや、それは・・」
「それに遊園地で会ったときも、確か三佳ちゃんとかクラスの女の子達と遊びに来ていたんだよね」
「あれは、ただ・・」
「しかも二階堂先輩ともいつも生徒会の手伝いとか言ってイチャイチャしているってレベッカが言っていたし、今回の事だってその料理部の人と仲良く合コンしてるくらいだし、なんなら一般的な男子高校生と比べても相当恵まれているんじゃないのかな?その辺どう思っているのかな?・・・それにレベッカだって、私だって一応、二郎君の友達として仲良くしているのだし、そう考えてみてもやっぱりただの女ったらしって言えるんじゃないのかな、二郎君?」
四葉の追求にタジタジになりながら、二郎は何とか話しを戻そうとごまかすように言った。
「レベッカの奴、余計な事を・・・はははは、いや~四葉さんは色々見ていて凄いな~。これじゃ何も隠し事も出来ないな~。はははは、まぁ今後もお手柔らかにお願いします。よし、それじゃ話しの続きをしてもいいかな?」
冷や汗をかきながら言い逃れを試みる二郎に女ったらしの嫌疑を掛ける四葉であったが、ここは一端落ち着いて二郎の話しを聞こうと追撃の手を緩めた。
「もうしょうがないな、とにかく先に話の全容を聞いてから追求させてもらうわ。さぁ二郎君、思う存分話してちょうだい」
「まだ追求する気満々なんだね・・・・」
「何か言ったかな?」
「いえ、なにも。それじゃ、話しの続きだけど・・・」
二郎は少し頬を膨らませて二郎を見つめる四葉に咲との間で起こったことや2人の関係について話した。
「・・・・まぁそんな感じで、委員長はそのクラスの悪ガキ共に苛められていた関係で引っ越すことになったんだ。それでまぁその子と久しぶりに再開した訳だけど、色々と気まずいことになっていて・・・・」
二郎の話しを黙って聞いて四葉はまだ要点がつかめていない様子で問いかけた。
「えっと、ちょっとまだ二郎君が何に悩んでいるのか分からないけど、二郎君はその委員長さんと何かあったの?もしかして二郎君もその子を苛めていたとか?」
「いや、まさかそんなことしていないよ。だけど、実はその子が学校に来た最後の日の放課後に、そのいじめっ子の奴らに委員長が囲まれているのを見つけた俺は彼女を助けようとして何も出来なかったんだ。本当はそいつらをぶっ飛ばして助けようとしたんだけど、その頃はただのチンチクリの雑魚だったから、そいつらにボコボコされてしまって結局委員長はそこからは逃げることは出来たけど、その日以来彼女は学校には来なくなってしまったんだ」
「そんなことが・・・」
「だから俺はずっと彼女に謝りたかったんだ。あの日助けることが出来なくてごめんって。もっと前から助けを求めるサインを出していたはずなのに気付いてあげられなくてごめんって。そのことだけは今まで一度も忘れたことがないくらい俺にとって大きな出来事だったんだよ」
四葉は二郎の本音を聞いて何かを察したように言った。
「そうだったんだ。・・・もしかしてあの時も・・・」
四葉のハッとした表情を見て二郎は答え合わせをするように言った。
「うん、四葉さんが思ったとおり、君と会ったあの放課後も元を辿れば、その委員長との事が関係しているんだよ。俺は委員長が学校を辞めたのは、放課後に良からぬ事を企む輩を野放しにするのがいけないと考えて、そう言う奴らを監視しようと思って、バカみたいに放課後に校舎を見て回るようになったんだよ。中学の時もそして高校になってからもずっとね。まぁ実際その活動が役に立ったのは中学・高校の五年間の内でほんの数回しかないんだけどね。本当に小学生のガキが考えることはバカだよな。ふん、まぁそんなこと言っても未だに続けている俺は今でも十分バカか」
己の行動に呆れたように苦笑いする二郎に、四葉は先程までの冷めた目線から真剣な表情で言った。
「そんなことないよ。二郎君の行動に救われた人はきっといたはずだよ。少なくとも私はあの時、あの五十嵐君に告白されたときに二郎君が駆けつけてくれて救われたよ。それにきっと委員長さんだって、二郎君の事を責めたりはしないと思うよ。だって、二郎君はそのいじめっ子達に立ち向かったのでしょ。そのおかげでその子はその場から逃れることが出来たのだから、二郎君に感謝はすれど悪くは思わないと思うわ」
二郎は四葉の言葉を受けても、まだなお元気なく笑って言った。
「ありがとう。でも、結局彼女は学校を退学して引っ越したんだよ。彼女にとって不安分子がなくならない限り学校に通うのはもう無理だったんだよ。それは結局あいつらを懲らしめることが出来なかった俺のせいだし、そもそもそんなことになる前にもっと早く気付いて居れば、彼女を苦しめることもなかったのだから、俺がやった事なんて時すでに遅しだったんだよ」
二郎の諦めの表情に四葉は掛ける言葉を失っていた。
「二郎君・・・・・・」
(そっか、二郎君の悩みはつまり、そんな委員長さんと不意に再会したことで、彼女になんて声を掛ければ良いのか分からないって事なんだよね。そりゃそうだよね、幼い二郎君にとってトラウマのような出来事の張本人に突然再会して、しかもしばらくの間それに気付かずに普通に接していたのだから、今更過去のことを謝るのも切り出しにくいだろうし、なにより心の準備だってまだ出来ていないのだろうから、これは悩ましいことだよね。ゴメンね、二郎君。こんな重大な話だと思わず、手が早いとかひどいこと言っちゃって。はぁ~私もまだまだだわ。これからはちゃんと最後まで人の話に耳を傾けなきゃダメだね)
四葉が長考をしている様子を言葉に窮していると見た二郎は、申し訳なさそうに言葉を続けた。
「ごめん。こんな話しを聞かされても困るよな。やっぱり今日はこれ以上話すのは止めておくよ」
二郎の申し出に四葉は驚きの声を上げて引き留めた。
「え?!いや、そんなことないよ。私こそごめんね。こんな真剣な話だと思わずひどいことを言ってしまって。ちゃんと最後まで聞くから全部話して、お願い」
「いや、でも・・・」
二郎としてみれば、ここから咲に告白されたことを言う流れなのだが、四葉の真剣な態度を見て、逆に聞かせるのはやばいと思い始めていた。結局のところ二郎の悩みは当初の咲にどうやって謝罪を切り出すかから、咲の告白にどう対応すべきかに変わっており、前者であれば四葉の予想の範疇であるが、後者の話はどうも話しづらい雰囲気になっていたからだった。
「遠慮しなくて良いの、二郎君。私は反省したから、せっかく私に悩みを話してくれる二郎君の言葉を疑わないし、ちゃんと受け止めて私なりの助言と言うかアドバイスができるようにがんばるから何でも話して、ね」
「え、いや~、でも、そんなこと言って、また怒ったりするんじゃ・・・」
「もう、そんなこと言わないって。私を何だと思っているのよ。確かに私なんか二郎君よりも友達も少ないしそう言う人間関係の悩み事に力になれるか分からないけど、少なくとも女子としてその子の気持ちを考えることは出来ると思うの。それに1人で悩むよりも誰かに話すだけでも気持ちがスッキリするかも知れないし、話しを聞くことくらいできるから、ね」
四葉の献身的な言葉を信じた二郎は覚悟を決めて最重要課題である咲の告白について話し始めた。
「・・・・・・・・・と言うわけで、最寄り駅で降りる直前で、彼女が俺に言ったんだよ。私が二郎君の彼女になっても良いですか?って」
それまで一言一句聞き逃さないようにと真剣に二郎の話しに耳を傾けていた四葉が素っ頓狂な声をあげた。
「は?」
「まぁそうなるよな。俺も何を言っているのか分からなかったから、冗談かと思ったんだけど、彼女は本気らしくて、ずっと前から俺の事を知っていたって言い始めて、電車から降りる間際にこう言ったんだよ。だって私は吉田咲だから!!!だから昔からずっと君のことを知っているだよ。ってね。俺、本当にパニクっちゃってさ。こんなのマジで驚くだろう。だって、ほんの数回会った子から突然告白されたと思ったら、それがまさか小学校の頃からずっと忘れられない相手で、その上、その子は俺の事を高校になってからずっと見ていてよく知っているんだって言んだぜ。しかも、昔よりもずっと可愛くなっているしさ。俺はどうしたら良いのかな、四葉さん。是非何か良いアドバイスを下さい。お願いします」
予想だにしない二郎の話しに四葉が固まっている事など気付かずに二郎はダムの堰きを切ったように当時の事を思い出しながら、状況を説明し今の自分の本当の悩みを話したが、その言葉達はすでに四葉には届いていなかった。
「・・・それで・・それを聞かせて、私にどうしろっていうのかな、かな?・・・こんなのただの自慢じゃない、いや、のろけでしょ、そうなんでしょ?二郎君がその子にどうやって謝るべきかを本気で悩んでいると思って、せっかく私も真剣に話しを聞こうと思っていたのに、結局二郎君がモテて困るって話しじゃないの!そんな恋愛の悩み事なんて恋人のいない私に相談されたって分かる訳ないじゃない!あぁもうなんかイライラしてきたわ、ちょっとビンタしても良いかな、いや、良いよね?」
「ど、どどどうしたの、四葉さん?急におっかないこと言い始めて」
「どうしたもこうしたもないでしょ、二郎君のバカ!この女ったらし!女泣かせのおたんこなす!」
「えぇぇぇぇぇ!!?」
最後まで二郎の話しを聞き、自分に出来る最善のアドバイスをすると心に決めて、先の話をする事を遠慮していた二郎を説き伏せて最後まで話しをさせた結果、四葉は二郎に死刑判決を下した。
そう四葉は何故か分からないが二郎がよく分からない幼馴染みのような相手から告白を受けたことに腹が立った。そのよく分からない告白に真剣に悩んでいる二郎に腹が立った。さらにそんなことを自分に相談してきた二郎の鈍感さに腹が立った。その上、その子が昔より可愛くなっていたと少し嬉しそうにハニかむ二郎を見て無性に顔をひっぱたきたくなっていた。そして、何より、そんなことを思う自分に、そんな事で苛つく自分に腹が立っていた。
「・・・・私、帰る」
これ以上会話を続けていたら、良からぬ事を言ってしまうと悟った四葉は最後の理性を振り絞って席から立ち上がり言葉少なく帰ろうとしたが、二郎がそれを許さなかった。
「え、でも、・・・アドバイスをくれるって・・・」
すがるように助言を求める二郎に、四葉が般若面のようなメンチを切って言い放った。
「地獄さ、墜ちろ!!!」
「っぇ!!?」
四葉は激怒した。空気を読まない二郎の無神経さに。二郎は凍り付いた。普段からなんやかんや優しく接していてくれた四葉の激情に。
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